仲間、親友、ほんとは夫婦。 

July 07 [Sat], 2012, 14:02
2012年7月7日(土) 


このブログは渡米の準備に追われ始めた、
2011年7月7日に始めました。

そうなんです。ちょうど1年たったんです。

できる限り書くようにしてきたこのアメリカ日記ですが、
1周年を機に、この記事でさいごにしたいと思います。


私たちのアメリカでの10か月が、

本当に人に恵まれた滞在だったということは、
これまでにも何度も書いたことですが、

今振り返っても本当にそうだったと思います。

「みーんな、もっと仲良くしたかったって
 思うような良い人にしか出会ってないよね。」


とトーマスが言いましたが、本当にそうでした。

そんな方々と過ごせたことで、
私たちの人生がより豊かになったと思います。


そして、トーマスはこうも言いました。

「僕ら2人にとって、ものすごく貴重な10か月だった」

私の博士課程入学以降は、
同じ研究室に所属するようになりましたが、

最初の出会いはゼミでした。

本を貸し借りするようになったり、
ファミレスで深夜まで議論するようになったり、

「親しい先輩と後輩」に。


その後、付き合い始めたのですが、
デートということはほとんどせずに、

学会に一緒に行ったり、読書会をしたり、議論をしたり、

恋人同士というよりも、
特別親しい研究仲間という方が強かったと思います。


共訳を始めたり、
一緒に調査を始めたりするようになってからは、

結婚したにもかかわらず、
よりいっそう研究仲間という要素が強くなりました。


だから、渡米前の私たちは、

「まずは研究仲間、そして共訳者、もちろん親友、
 そういえば夫婦?」


という感じだったと思います。


ところが渡米してからは、他に家族もいないし、

私も派遣リサーチャーが始まるまでは、
自分の研究をしていなかったこともあり、

「私たちも、やれば夫婦できる!」

と発見


結局、派遣リサーチャーになったことで、
トムロリの主な話題は研究のことになりましたが、

私たちって夫婦

という気持ちが私たちにしっかり芽生えたようです


「私たちってどれくらい研究のことしゃべってるんだろう」

とあるときふと疑問がわいて意識してみたら、

トーマスが6時に帰宅してから12時に寝る瞬間まで、
夕食の準備をして食べている間もずーっと、

お風呂の時間以外は、

日本の学会の将来的なあり方について議論していたり、

「もうあるアイディアが僕から出たのか、
 ローリンから出たのかわからない」


とトーマスが言ったり、

日本行とアフリカ行の飛行機に乗る直前も、
トーマスに依頼がきた書評をどう書くかを、

2人で話し合っていたり、

今でも表面上はそれほど変わりはありません。


でも、お互いの実家から離れ、
アメリカで10か月2人で生活したことで、

トムロリは夫婦になった気がします。

今は、

「研究仲間でもあるし、親友でもあるけど、
 ほんとのところは夫婦!」


だと感じます。


この先、私たちがどんなふうに生きていくか、
まだ私たち自身にもわかりません。

もしかすると一緒に暮らせないかも知れません。

それでも、

ほんとのところは夫婦

という気持ちがあれば大丈夫な気がします。

そんな気持ちを持てるようになったのはこの10か月のおかげ。

かけがえのない10か月でした。


そんな10か月を、
このブログを通して見守ってくださったみなさん。

ありがとうございました

この10か月を忘れずに、トムロリは新たな旅に出ます

トムロリの新たな旅をこれからも見守ってください

プチ引越し中 

July 03 [Tue], 2012, 8:10
2012年7月3日(火) 


プチ引越し中です。


渡米前に、アパートの荷物はすべて、
カーペンター家に入れさせていただいたのですが、

実は本当の「すべて」ではありませんでした。


何しろ本や資料が多い私たち。

それだけで場所をとってしまうので、
私は自分の本や資料をほとんどムジカ家に。

衣類も季節が変わるごとに、
こまめに持ち帰っていたのです。

そのため、まずはムジカ家の私の荷物を、
カーペンター家に運ばなければなりません


帰国の翌日から取り組んでいますが、
暑いし重いし多いし…


明日、カーペンター家におじゃまするので、
少しだけでも運ぼうと思い、

今日も朝から段ボール&ガムテープと格闘。

資料の持ちすぎで手が腱鞘炎です…


3年前の春、トーマスと暮らすためMハウスへ。

2年前の初夏、入籍を機にSコートへ。

1年前の夏、Sコート→カーペンター家→4131へ。

そしてこの夏は、4131を引き払い、新天地へ。


夏生まれの私ですが、暑さと夏に弱い。

それなのに夏に引越しが続くここ最近。

でもそれもきっともうちょっとで終わる

もう少し頑張ります

W大の妻たち 

July 02 [Mon], 2012, 8:10
2012年7月2日(月) 


トーマスの所属していたW大学は、
アメリカでも有数の私立大学です。

そこに(主には医療系で)世界各国から
集まる研究者たちはエリート中のエリート。

そんなW大学研究者たちの妻たちを、
私の英語の学校の先生マークは、

「W大の妻たち(W University Wives)」

と呼んでいました。

エリート中のエリートなので、どの家庭も、
経済的にものすごく余裕があります。

(注:私たちの場合は日本の大学から
 派遣されていたので事情はかなり異なります)

リッチで優雅な生活をしているW大の妻たち。


でも内実は…というのが、
マークのいわんとするところだったと思います。


どの奥様も、家族や友人と離れて、
夫のため、子どものために渡米しています。

ビザや言葉の関係で、働くことができない。

夫や子どもは、職場や学校で、
それぞれに社会で根付いていくのに、

自分には家族しかいない。

お茶だ、ランチだ、ショッピングだ、では満たされなくなり、

疎外感に圧迫されホームシックになり、
それが夫への不満につながって夫婦関係が悪化…


海外赴任の妻たちの生活は、
シビアなものになる場合もあるのです。

だからマークはよく、そんな「W大の妻たち」の
身の上相談に耳を傾けていました。


そんな事情を見聞きしたからという訳ではありませんが、

「毎日が楽しい生活を築かなければ」

と、肝に銘じて過ごした10か月でした。

家族も友人もいないのに、
言葉もできないなどという状況では、

ホームシックになるのは簡単で、
そうなってしまったらトーマスに迷惑がかかり、

トーマスの調査を妨げてしまう…。

そうなるのだけは避けたかったのです。


私のアメリカ滞在の10か月は、
歌って踊って出会って食べた楽しい10か月でした。

でもこれを別の言葉で説明すると、

トーマスに頼らずに自分の生活を築き、
一人でも楽しく、かつ実のある生活を送ることに

全力を尽くした10か月でもあるのです。

出来ない英語を絞り出しながら、行く場所を見つけて人と交流する。

楽しい生活をするために、常に緊張していた10か月でした


トーマスもこの点についてはよくわかってくれている様で、

「ローリンの英語が上達する様子をみたり、
 ダンスに熱中したりする様子をみたりするのが、

 僕はものすごく嬉しかった」


と言ってくれたうえ、 

「この10か月のお礼に何でも買ってあげる!」

と言ってくれました。


せっかくなのでアフリカの太鼓でも買って来てもらいましょうかね〜

というのは冗談で(すでに前回買ってきたのがあるし…)、
果物を入れるカゴをリクエストしてあります。


私はいろんな意味で「W大の妻たち」にはなれませんでした。

でも「W大の妻たち」の世界を覗き見られたことは、
とても良い社会勉強になったと思います。

私の10か月は、妻として、女として、
どんなふうに生きていきたいかということを、

初めて考えた10か月でもありました。


本当に様々なことを経験できた10か月でした











出発の日 

July 01 [Sun], 2012, 16:52
2012年7月1日(日) 


ようやくトーマスから無事アフリカに着いたという
メールが届きました。

今回はSシティ→東海岸→ドイツ→エチオピア→最終目的地

と4回も乗り換えて現地に真夜中に着くという、
タフな日程だったのでいつも以上に心配でした。


といっても、トーマスの日程を知ったのは、
出発の日の当日の朝…直前は忙し過ぎて余裕がなく


出発の日は朝早く起きてタクシーで空港に向かいました

「あー、僕、絶対オーバーだ」

と前日から言っていたトーマスですが、
本当に2ポンド(約1キロ)オーバー。

アフリカで捨てるつもりだったという靴を捨て、
ジャケットを着てクリアしてチェックイン終了。


私は西海岸、トーマスは東海岸に向かったので、
ゲートは別でした。

だからセキュリティ・チェックを受ける前にトーマスとお別れ。

私たち、一緒に国際線に乗ったことがないので、
空港はいつもお別れの場所です。

でも再会の場所でもあります


それから私は国内線でロスの空港で乗り換え。

思ったより時間がギリギリでしたが、
無事に国際線に乗りました。

はじめてJALの国際線に乗ったのですが、
映画が各自で選べるタイプ

トーマスが好きなマット・デイモン主演の
「We bought a zoo」をはじめとして、

4本も映画を観ちゃいました

飛行機で映画を観たのは初めてでしたが、
なかなか良いもんだなぁと思いました。

これまではわからなかったであろう、
背景などがわかったので余計に面白かったです。

(誤訳もあったり…!)

「We bought a zoo」おすすめです


成田から東京駅までは良かったのですが、
何とムジカ家まで帰る電車が「大幅な遅れ」。

0時に着く予定が1時半近くになってしまいました。

でもとにかく無事に着きました。


トーマスから連絡が来るまでは心配でしたが、
これで一安心です

明日こそトムロリの10か月を総括する記事を書きます





4131さいごの日 

June 30 [Sat], 2012, 14:53
2012年6月30日(土) 


無事、日本に帰って来ました


4131で過ごしたさいごの日はバタバタな1日でした

この1日はとても長かったです…

8:30
私がずっと愛用していたIKEAの
エンドテーブル&コーヒーテーブルの引き渡し。

9:00
トーマスは銀行、インターネットの解約へ。
私はお洗濯

10:30
自転車を売りに

近くの中古自転車を扱うお店に行ったのですが、
何しろロイも売ってしまった後だったので、

自転車を売った後は30℃以上の暑さのなか、
てくてく歩いて4131に戻りました

12:00
昼食(ごはんと納豆とお味噌汁)

12:30〜
食器なども引き取っていただくために梱包したり、
不要なものは捨てたり。

13:30
NPO法人の代表の方が来られて、

カウチ、ベッド、キッチンテーブル以外の
家具と雑貨などを引き取っていただきました。

15:00
ようやく一息つくことができて、
アイスコーヒーとアイスで休憩



本当はカフェでスムージーを飲みたかったのですが、
車も自転車もなかったので…

でも本当にホッとした瞬間でした。

16:30

デイビットがやって来ました。

何度も美味しいごはんを作ってくれたデイビットに、
調味料などを引き取って欲しいと言ったら、

取りに来てくれたのです。



17:30
夕食の準備をして夕食。

18:30
キッチンを空っぽにして、自分たちの最終パッキング。


ほぼ空っぽになった4131をみていたら、
引越してきたばかりのことを思い出しました。

そして改めて、4131で過ごした10か月が
本当に幸せで楽しかったなぁと思いました。

天井が高くて快適だったリビング。



ここで決めたと言っても良いくらい気に入っていたバスルーム。

(もっと家賃が高いところでも、
 バスルームはカンタンなつくりなことが多いです)



ほうき&ちりとりで掃除していた廊下。



窓から裏庭が見える窓のあるキッチン。

ここからリスや小鳥をみるのが好きでした。



裏庭のポーチ。



ぜーんぶ大好きでした。


アメリカ生活が快適だった理由の一つは4131。

「ありがとう」と心の中でたくさん言いました。

4131に住むことができて本当に良かった

大事な思い出の一部です
P R
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:ローリン
読者になる
新婚2年目にして1年間海外へ。
渡米準備や渡米先でのあれこれを、のんびり綴っていきたいと思います。
2012年07月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
最新コメント
アイコン画像ローリン
» 仲間、親友、ほんとは夫婦。 (2012年07月10日)
アイコン画像GOODLUCK
» 仲間、親友、ほんとは夫婦。 (2012年07月10日)
アイコン画像ローリン
» プチ引越し中 (2012年07月07日)
アイコン画像GOODLUCK
» プチ引越し中 (2012年07月04日)
アイコン画像GOODLUCK
» プチ引越し中 (2012年07月04日)
アイコン画像ローリン
» W大の妻たち (2012年07月03日)
アイコン画像GOODLUCK
» W大の妻たち (2012年07月03日)
アイコン画像ローリン
» 出発の日 (2012年07月02日)
アイコン画像GOODLUCK
» 出発の日 (2012年07月01日)
アイコン画像ローリン
» 4131さいごの日 (2012年07月01日)