かおり 

2005年06月01日(水) 23時36分
さつきまつ花たちばなの香をかげば昔の人の袖の香ぞする

香りの不思議。香水とか、煙草とか香りに心が騒ぐのは今も昔も変わらないと思う。昔は「たちばな」「うめ」など花の香りが昔を想い出させる匂いとして多いだろう。
私はと言えば、圧倒的に香水に弱い。同じ香水でもつける人が違うと若干匂いが違う。その少しの違いに、今、その人が目の前にいないことを実感する。接客業に従事しているので人の香りに接する機会はほかの人より多いかもしれない。これ以上、淋しく思いをする匂いは増やしたくないな…

スタート 

2005年05月02日(月) 18時20分

 あひみてののちの心にくらぶれば昔はものを思はざりけり

 『拾遺和歌集』より権中納言敦忠の歌。和歌で普通「逢う」と言えば、直接逢える様になり、契りを結ぶことになります。私、この和歌を見ると「敦忠、わかってるなぁ〜おぬし」と感心してしまいます。
 ティーン向けの雑誌を見ていると男女とわず「モテ○○」とか告るとかなんとか、恋人を作るまでのことを熱心に特集しています。でも、告って付き合うってのは、恋愛のゴールじゃなくって、スタートなんですよね・・・付き合ってるから嫉妬したり、淋しくなったり、色々な想いが生まれてきて、それでもやっぱ好きだから付き合ってるってのが恋愛なんだとおもうんですが・・・ん〜うまくまとまりません

 

2005年04月28日(木) 18時12分

 欠かさずに水をやってね寒さより淋しさで枯れちゃう花だから

天野慶さん『短歌のキブン』より。最近仕事が忙しすぎて、職場の人間と家族以外の人に逢っていません。付き合ってまだ日の浅い彼氏は、付き合ってからあまり水をやってくれなくなったような気がします。
仕事も勿論大切ですが、仕事を栄養に咲く花にはなりたくないなぁ・・・

しあわせ 

2005年04月18日(月) 16時38分
 忘れじの行く末までは難ければ今日をかぎりのいのちともがな

『百人一首』において9日の道綱母の歌の次に配されている儀堂三司母の歌だ。かるく訳しておくと、お前のことを忘れないと言うあなたの気持ちがずーっとかわらないとはおもわない。それならいっそ今日、幸せの絶頂で絶えてしまう命であったらいいのにってかんじである。熱い。熱すぎる。私が大学2年のときに研究していた歌なのだが、昔の人の恋の歌って「カレと一緒に居られて超シアワセずーっとラブラブだもんねっ」って歌はない。少なくとも私は知らない。恋ってなんだか悲しくて、切なくて、儚いから美しい!って思われていたのだろうと思う。
でも、それじゃぁ、恋していてシアワセだったの

大丈夫。 

2005年04月11日(月) 3時34分
 電話にて風邪の具合を告げながら安心させたい心配させたい

俵万智さん『もう一つの恋』より。友人に以前「おまえの大丈夫程あてにならない言葉はない」と言われた事があります。こちらとしては自分に言い聞かせるような気持ちも含めて「大丈夫」と言ってるのに、ひどく相手を不安にさせる言葉のようです。
恋人にも私は「大丈夫」といいます。友人の場合とは違って「大丈夫」といいつつ大丈夫じゃないことに気付いて欲しいときに言うのですが、絶対に私の彼氏はそういうことには気付きません。安心してくれたことにほっとしつつも「なんで気付かないのよ」って勝手に怒ってしまいます。(笑)
 俵万智さんは、結局電話でどっちを告げたのでしょうか??

サンキュ。 

2005年04月10日(日) 23時22分
 この店をながれるチャック・ベリーには少しうつむくおもいでがある

吉村実紀恵さん『カウントダウン』より。皆がいう「イイ曲」ってあると思うけど、それ以上に心に残ってる曲は誰もが持っていると思う。私の勤務先は隣が新星堂で今日は松浦あやの『桃色片思い』が流れていた。それを聞いたお客さんが「好きな人が好きな曲で、一生懸命歌った」と話していたのを耳にした。
私にもそういうときがあって、私にとってはタイトルの曲がそう。そのとき好きだった人と付き合ったきっかけの曲(と私は思ってる)だし、今でも聞くとその時の一生懸命さを思い出して他の人とは違った意味でしみじみ「イイ曲だ」と感じる。
その人とは結局別れて、別れた直後はドリカムを聞くのすらヤだった。だけど今は一緒にカラオケに行って歌っても、お互いちょっと目を合わせて秘密を確認しあうように笑う。大人になったもんだ。

待つ 

2005年04月09日(土) 22時29分
 嘆きつつ一人寝る夜の明くるまはいかに久しきものとかは知る

1日のブログに書いた『蜻蛉日記』作者の右大将道綱母の歌である。彼女はあんまり有名ではないが日本三大美人の一人らしい。また『大鏡』には「きはめたる歌の上手」と言われていて美人かつ才能のある女性だったようだ。そんな彼女の夫は藤原兼家:藤原道長の兄である。どう考えてもシアワセな女性だと思うのだが、生まれた時代がよくなかった。上は内親王から下は町の女までマメに通う兼家に嫉妬し、兼家が明け方に訪れてもプイと拗ねてやすやすと門を開けない。そして「今日もいっらっしゃらなかった」と一人で嘆き寝る夜が明けるまでの長さ、どれほど長く感じるか、あなたはご存知?なんて恨み言をいってしまう。好きなんだから、本当は笑顔で迎えたかったんだよね…なんて、私は道綱母に同情してしまう。

 「ごめん」と言う君に返信「もぅいいよ」のみこんでしまった「待つから逢いたい」

さくら 

2005年04月08日(金) 23時02分
 世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし

 在原業平の歌です。この前雑貨屋さんで「日本人にこれほど愛されている花はない」というポップを見ましたが、私もそういった桜が好きな日本人の一人。春はのどかな季節であるが、桜が散ってしまうが故に人の心は急いてしまう。いっそ桜がなければ・・・という歌ですが、勿論桜がなくなるのを願ったわけではなく、桜の散るところに美しさを感じているわけです。
 近頃暖かい日が続いて、桜が心地よさげに咲いていますね。春に散るのは桜だけではなく、人も同じ。学校や職場で大勢の人と別れ、出会い、桜が散ってしまう頃には寂しい気持ちも新しい生活によって消されてしまうのでしょう。
 散ってしまった人の気持ちは遠い想い出になってしまうけど、桜の方は相も変わらずに今年も日本人の目を楽しませています。

 右の画像はサークルの仲間が卒業式の日に「持って帰るのがめんどくさい」と言ってたのを替わりにもらったもの。ソメイヨシノとは違う種類だったようで花弁の淵はピンク、中は白に近い色をした桜です。サークルでの4年間はいつまでも過去ではなく現在であってほしい。
 

ブログに挑戦 

2005年04月01日(金) 23時44分
 おとこもすなる日記といふものを をんなもしてみむとて、するなり

 紀貫之『土佐日記』の冒頭である。よくブログにも引用されてりしているが、貫之が生きていた当時「日記」とは男の人が主にシゴトについて書くものだった。
 しかし、現在私達が古典の日記について考えたとき思い浮かべるのは『蜻蛉日記』『更級日記』『紫式部日記』など、女性が残したものであろう。『小右記』や『御堂関白日記』もっとマニアックに言ってみれば三蹟の一人である藤原行成の残した『権記』などのような男性の書いた日記は史料として価値は高いけれどもたぶん認知度は低い。
 しかし、今のブログを見ると、本にもなっている『実録鬼嫁日記』など、男の人もたくさんおもしろいブログを書いている。そこで私も、男のひとがしているというブログを女である私が書いてみようと思ってするなり。というわけである。
 タイトル説明にあるように(約)31文字の和歌とか使いながら自分の感じたことをつづろうと思っています・・・
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