僕の短所♪ 

October 07 [Thu], 2010, 13:18
ご無沙汰でした。
久しく滞らせていた理由は、ただなんとなく、それだけです。

久し振りなので今回は短く。


長所、短所の類を書く機会は、まぁ割とある。
履歴書もそうだが、最近ではblog(よく知らないが、ツイッターだとかアメブロだとかが流行っているらしく)にプロフィールとして書かれていたりもする。

いつも思うのだが、長所はいいとして、問題は短所。短所っていいながら、実際に本気ガチな短所を書いている人は少ない、というかみたことがない。
短所といいつつ、短所になっていない気がするのだ。履歴書は、採用されるように都合よく書くものだから良いとしても、個人の趣味で書くようなサイトでもそうだ。
…と、ここまで書いておいて、僕の悪性格が垣間見られたようで躊躇が生じたが、気にせず続ける。

例えば…
短所 おっちょこちょいなとこかな☆


…短所じゃなく、愛らしいだけだろう。差し出がましいが、もっと他にあるのではなかろうか。

他には
短所 忘れっぽいとこ


…確かに短所と言えなくもないが、ニュアンスによるのだろうが、やはり愛らしい印象の方が強い。


これらをみて思うのは
?自覚がない。周りから見れば他に見いだせるが。

?敢えて書きたくない。ひた隠したい。

のいずれかなのではなかろうかということだ。
僕は別に非難しているわけではない。だって


短所 よく人を騙すところかなぁ☆

だとか

短所 不特定多数と交遊しちゃうとこだろうな

とか書いてあったら、みんなびびる。僕もびびる。
だから多分、別に自己評価の短所長所をみてその人の『ホント』を知ろうとは思っていないはずだ。
敢えて言えば、その人の自己評価の『仕方』からその人を見て取ることはできる。

で、僕の短所?

短所 優柔不断なとこだとぉもうょ☆

…時間を守れないとこだとか、クレーマーなとこだなんて、書けやしない(そして実際きっと、もっとある)。

「人間失格」〜太宰生誕100周年に寄せて 

February 03 [Wed], 2010, 4:40
 このコラムは…。
とりあえず、ご一読頂ければ幸いです。少々長いですが、ご容赦下さい。


 私は、この作品を批判的な姿勢で読み始めた。相づちを打ちながら読んではいけない作品だと思っていた。
「『人間失格』は、太宰の内的な自叙伝である」のは、以前から知っていた。そして太宰の、自殺未遂の多い、沈鬱な影に包まれた生涯を思うと、彼の作品に賛同することは、どこか危険な世界へ片足を踏み入れる行為のような気がしてならなかったからだ。しかし気付くと私の胸には、読んでいく上で抱いた幾つかの疑義に対する好奇心と、ある程度の感銘の思いがあった。それは、主人公・葉蔵を取り巻く人間関係は現代社会においても調和する、という事実を発見したためである。この、思いも寄らぬ興趣を嬉しく思った私は、自らの好奇心を満たすため、自分なりに疑義を理解し納得しようと、思考を巡らせていった。
 
 「人間失格」とは如何なる意味か。どうすることによって、その刻印を押されてしまうのだろうか。これは、私が初めて本の題(タイトル)を見たときに抱いた疑問である。「失格」というと、スポーツ競技で出場資格を失った選手のことや「〜として失格」という言葉が思い当たる。〜の部分には、医者、教師など主に職業名を入れて使われることが多い。ここで両者ともにいえるのは、悲しみを伴う、という点だ。大抵の場合において、失格になり(或いは見做されて)欣喜雀躍する人はいない。失望落胆し、そこからなかなか抜け出せないこともあるだろう。けれども、それにより生きる道が閉ざされたのだ、とは言い難い。人には、一生涯、ある1つのことをしなければならないという義務はないからだ。思い直して身を転じることは幾らでも可能である。しかし「人間」は、これらの例に分類することは出来ないだろう。今まで私たちは、人間として生まれ、生きてきた。喩え、どんなにつらくとも他の生物に憧れようとも、自分が人間であるという事実は変えることが出来ない。医者や教師の場合と違い、私たちからこの事実を消去したとき、残されるものはもはや何も無いだろう。

 「狂人、そして廃人。自分は、完全に人間でなくなりました。」
薬物自殺を再三試みた末、脳病院の窓の無い鉄格子部屋に入れられた葉蔵は、自らの零落をこう言い表している。行く末の希望も見えず、己の再起不能を感じたとき。これこそが「人間失格」の形象なのだろう。では、彼をそこまで追い込んだものは何だったのか。

 葉蔵は、幼い頃から極度に人間を恐れていた。人間の営みというものが理解できず、そのことで、自分が1人全く変わっているのだという不安と恐怖を高めていった。そこで考え出したのが道化であり、彼はあらゆる人間に対してこの技を用いた。何故、彼がこのような思いを持ち生まれてきたのかは私にはわからない。けれど、もし前途の光明を与えてくれるような者に彼が出逢っていたならば、あんな悲境に陥らずに済んだかもしれない。しかし不運にも彼の周りは、道化をする彼に惹かれる女性達や、善人を装った悪人ばかりだった。それを知る度に彼は「自分」というものを押し殺していった。彼を救うものなどなく、結局、彼は最後まで心から人間を慕うことは出来なかったのだ。

 葉蔵、そして作者太宰は、悲痛な最期を遂げたが、決して弱かったからではない。物事を捉える心が人よりも純粋で、感じ易かったゆえのことだろう、と私は思う。また、歩んできた人生の辛さも人並みではなかったはずだ。
 最近では、自分というものを持たず、直ぐに何かに流されてしまう人が多い。それは、連続的な愉快犯による事件やコンピュータ等の世界に陶酔し、我を失う人が増えていることにも繋がる。それこそ「人間失格」の意味に近いと私は思う。
「この話は自分の辛さを表している。太宰は、共通の苦しみを持った仲間だ」と安易に思ってはいけない。そう思うことで、弱くなった自分を慰め、却って悪い方向へと進んでしまうだろう。当時も、また現代においても、彼のような心の持ち主は、稀にはいても滅多にはいないはずである。
 
 「必要以上に物事に流されず、強い自分を持つ」
これは、次々と経済、技術の発展を遂げる現代、忘れてはならない最も大切な事ではないだろうか。
 21世紀も近い今、このことに未だ気付かず、偏った考えにより悪行を犯す人たちに、これを伝えたい。


   長文閲読ありがとうございました。これは、僕が高校1年生、今から10年前に執筆した読書感想文です。
現在でも残っているのは、朝日新聞社の受賞作だからです。我ながら弱冠16歳で執筆したことに驚きもしますが、
思うことも多々あります。次回は、映画・人間失格のコラムと僕のコラムのコラム(講評)を併せて・・・。

贋作か、はたまた幼きシンガーソングライターか 

January 09 [Sat], 2010, 4:49
明けましておめでとうございます。といっても初七日も過ぎ、正月らしさも失せつつある今日この頃。僕はクリスマスから続く「非日常感」からやっと解放されて、正直安堵している。
「いつもと違う何か、が起こるかもしれない」と切に願う一方で、現実は現実のまま。相変わらずの抽象論はさておき。


年末の大掃除で、戸棚から過去の遺産がたくさんでてきた。買った覚えのないフェラガモのパスケースは掘り出し物だった。異性から高価なものをもらった記憶はないので、恐らく父親が年齢不相応にも幼少の僕にくれて、そのままお蔵入りしたのだろう。



そんななかで、歌詞の切れ端がでてきた。「何だろう」と思う間もなく、すぐに分かった。
僕が8歳の頃に書いた歌詞だった。それもメロディ付き。ドレミに変換する技術は持ち合わせていないが、今でも口ずさめる。
全身から火が出るほど恥ずかしい詞だ。弱冠8歳が考えたと思うと、余計に恥ずかしい。

当時、クーピーで詞を書き上げた僕は、入浴中の母親のもとに押し入り、歌って聴かせた。
湯船から一言
「気持ち悪いから捨てなさい」


幼心にショックだった。

続いて、親戚の叔父さんに見せた。
「たまげた!たまげたが、贋作じゃないのか??」


贋作…。もしそうなら、贋作というより盗作になるのだろうが、そんな卑怯を働いた記憶はない。ない。
が、我ながら、歌詞はさておいても、こんなメロディをパッと思い浮かぶとは信じがたい。自らに疑心暗鬼となる。

さては、銀河鉄道999事件(槇原敬之がCHEMISTRYに提供した楽曲が、自作の盗作だと松本零士氏が抗議した事件)のように、「知らない間に記憶にあったものを、知らない間にオリジナルとして二次創作してしまった」、謂わば"刷り込み"なのかも知れない。(※当事件では、槇原氏は二次創作だと認めたわけではない)
だとすれば、レコード会社に売り込めない。というのはジョークだが、自分自身、パクリかオリジナルか白黒つけたいので、恥を承知で掲載する。メロディは、さしあたりツールが口ずさみしかないので、当面は控える。
以下、歌詞


♪雨の中 2人だけ

鳥が飛ぶ 屋根の上

パステルの街 きらきらきらめく

シグナルは蒼く 輝いていた

時が変わると 心の中も変わっていく


(※サビ、繰り返し)
君は僕から 離れられない 遠い空までつれていく

君は僕から 離れられない

強く 強く 強く抱きしめて


…ご傾聴ありがとうございます。寒空を裸体で全力疾走したいくらいの羞恥心をお年賀として皆様に。

でもね… 

December 11 [Fri], 2009, 20:58
あの人 悪くないのよ うわさ信じた 私が悪い…」


というのは長山洋子の名曲だが、今回はそれとは無関係に会話術のお話。といっても、僕がコミュニケーション能力を偉そうに語る謂われはないので、あくまで僕はこうしている、というだけだとご承知頂きたい。

 僕は、人に対して怒ったことがほとんどない。「ほとんど」とつけたのは、僕が忘却しているだけで実は憤激したことがあり、あとから誰かに指摘され「うそつき」呼ばわりされてはかなわないから、自己防衛のための予防線を張ったのである。ともかく、まぁそれくらい怒ったことがない。
 別に、怒らないことが美徳だと自己陶酔しているわけではないし、怒った方がいい場合というのもあると思う。上司が部下に、母親が子供に叱責するように、相手のその後を考えてぶつける感情は悪いものではない。
ただ、自分は未だ「怒らなければならない立場」になったことがないので、想定されるケースとしては友人・恋愛相手・せいぜい先輩後輩、くらいであり、その範囲では「怒」は必要ないと思うのだ。(もちろん、僕が一方的に怒らないだけで、相手から怒られたり嫌われたりはある。)

 まず、一番怒ってはいけないのは、相手が激昂している場合。顔面ちゃんこ鍋なんじゃないかとおののくほど血圧高く捲くし立てているときに、こちらもコケコッコーと応戦しては、なんら生産性ある結論は導けない。
相手に意向を伝えようなどと毛頭考えておらず「ただバトルしたい!」というのであれば一向に差し支えないだろうが、そこに「わかって欲しい」という気持ちが微塵でもあるなら、憤りの発露はお勧めしない。
この場合は、貝になってただひたすら相手の鍋が冷めるのを待つのがよい。永遠に沸騰し続けられるはずがないので、相手が発熱に疲れるまで、横やりを入れず相槌を打っておくべきだ。その後の処理は以下に同じ。


 次に、相手がさほど感情的になっていない、もしくは相手は無感情だがこちらに「イイタイコト」がある場合。
自分が「こう受け取って欲しい」と思う通りに伝わるよう、相手の感情を操作することは極めて難しい。それでも一抹の期待を抱いて「わかって欲しい」を表現しようとする。その思いのあまり、頻繁に用いられる会話形態がこれだ。

「○○ちゃんの思ってること、わかるよ。そう考えるのも仕方ないと思う。


でもね


 これは、文章表現には非常に有効な手法で、現代国語や小論文の書き方でも習うし私も多用する。正確には「確かに…しかし…」という譲歩→逆接の形で文章構成することで、読み手に「しかし」以降に重きを置いて読んでもらえるという効果がある。つまり、反対意見も私は十分に理解しているけれど、それとは相容れない後半部分に「イイタイコト」が含まれているんだよ、という書き手の心情が見え隠れしているのである。

 だが、これを話し言葉で用いるのはよろしくない。お相手さんが、よほど温厚で寛容な人物なら別だが、運が悪ければ「わかったふうに言ってるけど、やっぱり私の考えに反対なんだ。自分はこうだって、主張したいんだ」と受け取られかねない。後半部分に重きを置く手法がフルに活かされ、自分のイイタイコトばかり浮き彫りにされてしまう。「わかって欲しい」のは自分だけでなく誰しも同じなのだから、まずは「わかってるよ」をいかにうまく伝えるかを考えなければいけない。

 そこで僕が実行しているのは「逆・でもね」である。すなわち、先程と「でもね」前後の内容を逆転させるのである。ちょっと実践してみよう。


「でもね」の場合

「確かにゴンザブロウさんは悪くないと思う。残業忙しいのわかるし、接待だって大切だと思う。時には他の女の人と飲みに行くことも仕方ないよね。でもね、そういうゴンザブロウさんの行為によって、ひろみはとっても哀しい思いするんだよ!?帰ってこない日とか、何してるんだろうって耐えられないし、他の女の人と一緒にいるかと思うとどうにかなっちゃいそう!そういうひろみの気持ちとか、考えてくれたことあるのかな?!」


「逆・でもね」の場合

「ひろみ、ゴンザブロウさんが帰ってこない日とか、何してるんだろうって耐えられなかった。他の女の人と一緒にいるかと思うとどうにかなっちゃいそうだし、こんなひろみの哀しい気持ちをゴンザブロウさんは考えてくれてるのかな、って思ったりもした。でもね、残業忙しいし接待だって大変なんだって、ひろみわかるんだ。それに、時には他の女の人と飲みに行くことだって仕方ないんだよな、ってひろみ思うよ。」


いかがだろうか。内容自体は敢えてほとんど変えずに前後をチェンジしただけだが、相手に与える印象が違うのをお分かりいただけようか。前者の発言を選べば、ゴンザブロウさんは「ほら、やっぱりわかってねぇじゃねぇか!」とちゃぶ台を叩きそうだが、後者を選べば粗野なゴンザブロウさんも思わずひろみをヨシヨシしそうである。


…僕自身は、こういう色めいたシチュエーションで使うことはまずないのだが、友人の場合もこの方法で対応している。すると、たいていは相手の方もこちらの心情を汲み取ろうという姿勢を見せてくれる。
ここで大切なのは、いくらこのような手法を用いたところで、心の中で「へっ、バーカバーカ」と嘲り笑って舌を出していては意味がないということだ。心の内でも、「相手はどう思っているのだろう。こっちに非があるかもしれない。」と模索することが必要である。そうすることで、たとえ意思疎通に失敗しても、自分自身穏やかな気持ちになれる。相手の気持ちを操作することより、自分の気持ちを操作する方がよほど簡単なのだから。


僕の高校デビュー 

October 27 [Tue], 2009, 20:05
「お前、垢抜けたなぁ!」

大学生や社会人になって、同窓会等々で久方振りに旧友に会うと、こう感じることはないだろうか。
少年相撲でもやってそうな奴がホスト的風貌に変していたり、メガネ少女がJAYROと巻き髪が似合う美人になっていたり。
もちろん「変わってねぇなぁ、お前」のパターンもあるが、皆が豹変しては自分1人思い出アルバムに取り残されたようで非常に淋しいので、こういう人も必要である。

かくいう僕は、後者の「変わってねぇなぁ」の方なのであるが、それは客観的評価を反映したものであって、当人としては転機を二度も経験している。
二度目の転機は大学入学後。とにかく手っ取り早く垢抜けられるのは……という安直な発想から、髪を真っ黄色にした。意向に沿ってか、とりあえず物凄く目立った。すぐ人に覚えてもらえた。ただ何事もバランスが大切なようで、服はnon・no系、ノーメイクに眉毛なしの僕はまるで、すっぴん朝帰りのキャバ嬢なりそこないみたいだった。

…と、こんな自己分析も最近になってのことで、数年前までは「我が絶頂期」とさえ思っていた。


そして一度目の転機。
中学3年の僕は、テスト勉強と、そのご褒美の遊園地巡りだけで充実感を覚えて過ごす、幸せな奴だった。そのご褒美の一環で、既に垢抜けていた親友とネズミーランドへ行った。
ガールズトークなぞ無縁な僕は、待ち時間を飽きずに過ごそうと、並ぶ度にチュロスやアイスを買った。お世辞にも痩せているとは言えなかった僕の体型とチュロスを見て、彼女は「食べちゃダメ!!!」と叱責した。

ショックというより嬉しかった。時に女性は怖くて意地悪な生き物と思う。自分より圧倒的にふくよかな相手に対して、「○○ちゃん、少食だねぇ。私なんかおやつも夜食も食べるよ!」とか、よく耳にする言葉だ。その言葉を浴びせられた女の心情を察するとやりきれない。

なのに、目の前の細い彼女は僕の食べ過ぎを叱ってくれた。僕は素直にチュロスを捨て、何となく気を付け始め、気が付いたらとっても痩せていた。

そして迎えた高校時代。
彼女はその後もファッションやヘアスタイルや、デビュー素材を提供してくれた。

といっても、一気に彼女ほど開放的になれたわけではなく、三つ折り靴下がハイソックスに、愛読雑誌が東京ウォーカーからnon・noに、膝下スカートが膝ちょい上になったくらいである。それでも僕にとっては劇的変化だった。

マツキヨと西武しかないと思っていた渋谷に、109とセンター街があると知った。文房具店しか寄らなかった道草も、ハラハラしつつ歌広やゲーセンが増えた。

不思議なのが、中学期の自分のライフワークを懐古しても「何が楽しいんだろう」という気さえするが、当時の僕はエクスタシーを全身に感じていたということ。髪はボサボサで健康優良児体型だったが、弁当をたらふく食べて、友達と昨日のMステについて喋って、それで大満足だった。


よく、変身成功したテレビ人が、Before&AfterのBeforeの写真流出を嫌い、葬り去りたい忌まわしい過去と捉えるが、もっと「過去の私」を愛して欲しい。華々しくはなかれ、その頃なりの幸せはあったはずなのだから。

「大丈夫、僕は大丈夫だよ」

と言いたいところだが、いかんせん「変わってねぇなぁ、お前」が客観的評価のようだから、憂いを見せることも出来ない。ちょっと残念。だから時たま、こうやってアルバムを引っ張りだして、シニカルにほくそ笑むのである。

君なき里にも 春は忍び寄りぬ 

October 10 [Sat], 2009, 5:31
僕は、ドキュメント番組が極めて好きでない。低俗な娯楽番組を観賞するより余程ためになるのに、と揶揄されそうだが、ためになんぞならなくて一向に構わない。気が弱い僕は、終末期医療だとか介護施設の現状だとか、そういった現実を突き付けられるのが怖くて仕方ないのだ。明るいニュースと耳あたりの良い情報以外、極力捨象したい……そんなどうしようもなくダメな大人の僕が偶然観てしまった日テレのドキュメント。


3年前、2006年の4月放送だった。

「父さん、歌ってよ」

こんなタイトルのあと、藤野にある小さな雑貨屋さん、「シーゲル堂」と老夫婦が映った。
横山しげるさんは、数年前から認知症を患い、日に日に言語障害がひどくなり、ついには長年寄り添った妻の名前も「誰だっけ?」となった。夫を少しでも日常に連れ戻したい…そう願う奥さんは、ある日しげるさんに楽譜を見せた。戦場で聴いて以来、しげるさんが懐古しては歌い続けたロシア民謡だ。


と、会話もままならないはずのしげるさんが「♪りーんごーの花ほころーび」と歌詞を諳じ始めた。驚いた奥さんが、リズムに合わせて背中を叩くと、更にメロディーに乗せて歌詞が流れてきた。もともと声楽をやっていたしげるさん、歌唱力は見事なものだ。それ以後、コンサートの機会を設けては地方を2人でまわった。

唯一歌える数曲は、しげるさんが荒野と化した戦禍のロシアで立ち尽くしていると、どこからか聴こえてきたメロディラインだった。

…この歌を生で聴きたい。

しげるさんと一緒に練習している音楽教室の先生に、僕が次の日に電話をかけたのは、ただ本当にそれだけの理由だった。
…テレビ観ていきなり電話してきて、冷やかしだと思われるかな。。
そんな心配を払い除けるほど、電話の声は穏やかで自然体だった。大竹しのぶ似の、たつの素子先生もしげるさんの奥様も、よそ者の僕を温かく迎え入れてくれた。僕は、練習風景と本番の二度、足を運んだ。

池袋から電車で少し揺られた先にある音楽教室には、歌好きな人たちが世代を越えて集っていた。サロン、という言葉がよく似合うと思った。その日の練習にはしげるさんはいなかったが、たつの先生は「今日はお客様がいらしてるから、何か歓迎の曲を歌いましょう」と皆に促してくれた。
「わぁ、緊張するなぁ…」と、はにかんだ中学生の女の子を見て思わず僕も照れ笑いをした。普段渋谷で行き交う女子学生からは垣間見れない表情に安らぎを覚えた。

歌は、とても明るくやさしくて僕は肩を揺らしながら聴いていた。

「ドキュメントは夫婦愛メインだったけど、こんな面もあるのよ」
見送りぎわにたつの先生が言った言葉が印象的だった。


翌々週、しげるさん主役のコンサートに行った。何ヶ所か歌詞も飛びつつではあったが、低音にビブラートが綺麗にかかった声はロシア民謡にぴったりで聴き心地がとてもよかった。そして本当に奥さんが背中で刻むリズムが、しげるさんの忘却を助けていた。
しげるさんの他にも、子供達や年配の音楽愛好家が童謡や祭り音楽を披露してくれた。その中でしげるさんは本当に嬉しそうで、ただただにこにこしていた。最後、お礼を言いに行った僕に対しても、手をぶんぶん振りながら笑い返してくれた。来てよかった、心からそう思った。



しげるさんは認知症だ。
そのことを全く忘れるくらい、終始愉快な気持ちで空間を共有していた。育ちからくる品の良さもあろうが、彼から悲愴感とか絶望感という負の空気が一切流れてこないのは、あんな温かい気候で暮らしているからだろう。優しい奥さん、きれいな心の仲間たちに恵まれて幸せだ、…そうしげるさんも胸の奥で感じているんじゃなかろうか。


ボケや病気は哀しい。哀しいが、周りの環境次第でいくらでも哀しさを逓減させることができるのだと体感した。
昔行った地元の老人ホームは哀しかった。「きつく言っては怯えるから」と、まるで幼児をあやすように「おば〜あちゃん、ごはんこぼしちゃダメでちゅよー」と女性職員が声かけしていた。もっと違う言葉を選べないのか。怒涛の時代を気丈に生き抜いたこの人たちがいたから、アンタ今不自由ない暮らしできてんだぞ?…事情も知らず関係もない僕だが、思わずそう言いたくなった。

ある日のニュースは、80歳の女性がスプーンを、また別の女性がビニールを、虐待で飲んでいたと伝えた。

あやしたりスプーン飲ませたり、そんなおぞましい接し方があっていいはずがない。もっと敬意を持って、人生の先輩として接してほしい。

確かに、介護の苦悩は尋常でないという。葬式に、思わず安堵感で涙した、という話も聞く。僕は祖父も祖母もいない。本当なら知ったように言う資格なんかないかもしれない。
でも、だからって、スプーンやあやしが「仕方ない」なんてことはないはずだ。しげるさんは恵まれている方かも知れないが、もっとみんな、家族も職員も、接し方を考えて欲しい。部外者の僕はただ、シーゲル堂のような空間が少しでも増えればと切に願っている。

君なき里にも 

August 01 [Sat], 2009, 3:28



    りんごの花ほころび
  川面(かわも)にかすみたち
  君なき里にも
  春はしのびよりぬ
 
   岸辺に立ちてうたう
  カチューシャの歌
  春風やさしく吹き
  夢が湧くみ空よ

   カチューシャの歌声
 はるかに丘を越え
 今なお君をたずねて
 やさしその歌声
 
   りんごの花ほころび
 川面にかすみたち
 君なき里にも
 春はしのびよりぬ

カチューシャの唄(ロシア民謡)


…素敵な曲ですね。歪んだ性格からか、涙腺が正常機能しない僕でも、袂を濡らしそうだ。

なぜこの曲を引用したか、近いうちにしたためたいと思う。

昼時のシュール 

May 09 [Sat], 2009, 15:50
真夏日の昼下がり、オープンテラスで僕がマルゲリータをむさぼり食っていると、隣にアベック。店員さんにたっぷりパルメザンチーズをかけてもらったアラビアータが美味しそうだ。
と、欲張り過ぎたからか、CanCam系彼女はパルメザンの粉が喉を攻撃しむせ返った。 そしてずっとむせ返っている。

が、ベトナム風彼氏
「天動説と地動説の違い説明できる?わかんないなら、あの映画観たほうがいいよ。」

ハンケチで咳を押さえながら「観たい観たい」とうなづく彼女。

更に彼氏
「新しいファンデーション買ったっていったじゃん、見せてよ!」

未だにゴホゴホしながら、サマンサタバサのバッグをかさこそし始めた。

そして追い討ちをかけるように彼氏
「デザートなにする?とりあえず店員呼ぶ?」

…呼ばれた店員が「大丈夫ですか?お水お持ちしましょうか?」…彼氏に先に気付いて欲しかったよな、アユミ(名前覚えてしまった)

ようやく気付いた彼氏が、まさかの一言
「風邪?まさかインフルじゃないよね?(口を押さえる)」

彼女を引き取って帰りたかった。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

ある日の午後、断髪のため原宿竹下通り入り口を歩いていると、イタリア料理屋の店先で客引き。今は日の目を見ぬ「坂本ちゃん」似の店員が、コック姿で菩薩の笑みを浮かべて宣伝している。

「おいしい  おいしい  パスタはいかがですか  サクッと  おいしい  ピザもございますよ」
独特の間合いで喋り続ける。

しかしここは原宿。彼の横を「ちょっとマジかんべんなんだけど〜」「てめぇのせいでグダグタなんすけど!」とかのたまう若人がドスドス通り過ぎてゆく。彼ったら、まさに「1人芝居」状態。



「…こっちは必死なんだよ」

耳を疑ったが、間違いなく彼が発した。…豹変か?遠巻きに彼を観察していると

「ご家族で  カップルで  楽しい  午後のひとときを  」
まるで何事もなかったかのように、アルカイックスマイルを取り戻し彼は再び任務を遂行し始めた。

一瞬の出来事で、僕以外目撃者がいないのが非常に口惜しい。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
国民が浮き足立つゴールデンウィーク。ETC1000円効果で各観光地は大にぎわい。テレビでも、かっこうのネタとして人混みを取材していた。お昼のワイドなショーにて。

「こちらは香川のパーキングエリアです。見てください、この行列!讃岐うどんを目当てに、3時間半も並んでいます!」

そんだけ並ぶだけでも、まず驚きだ。

すると、やっとうどんにありつけた人にカメラが向けられた。

「どうですか?!3時間半待ちのうどんの味は!」

30代男性、麺を頬張りながら満面の笑みでVサイン。

「おいしいでーす♪    あっ、でも、あんまかわんな……」

ブチッ…

そこで映像が途切れた。 そしてスタジオへ。

「いやぁー、混んでますねぇ!」
「でも、男性の食べてた讃岐うどん、美味しそうでしたね〜」

…カットされた男性の発言は察しうる。所謂゛テレビ的に゛は好ましくなかったのだろう。



今日も外はぽかぽかとあったかい

俺のオヤジを馬鹿にするな 

April 30 [Thu], 2009, 21:10
小学生の頃、クラスメイトに「ちかん」というあだ名の奴がいた。僕も率先して「おぃ、ちかん!」と呼んでいた。これだけ聞くと、いじめの首謀者の前科と認識されそうだが、大いに否定したい。彼自身、その呼称を利用して「ぐへへー」と痴漢行為(小学生の痴漢なんて程度が知れてるが)をクラスの女子にしていたのだから、 まぁ、差し支えなかっただろう。

そのちかんが(多用するに躊躇があるので便宜上、以下、チカーンとしよう)、あるときクラスメイトのぽっちゃり君(今は容姿端麗である)に「よぉ、チカーン!」と声かけられた。
「なんだよ、ぜいにく〜」両者とも笑顔である。だが……

「チカーン、父ちゃんも痴漢なのかぁ?!(笑顔)」


言うやいなや、チカーンはぽっちゃり君に飛び掛かった。ロッカーに頭を打ち付け、毛根までひっこぬくんじゃないかとばかりに髪を引っ張った。さすがに外野も見るに堪えない。すると彼は言った。

「俺のオヤジを馬鹿にするな!!!」


…なんてすさまじい親族愛なんだろう。小学生の僕は理解できずにいた。だが、振り返れば彼の思いが共感に変わるように思えた。

同じく小学生の頃、反抗期の僕は母親と喧嘩し、友達に「うちの母ちゃん、鬼ババアみたいだよ!」と愚痴った。すると、次の瞬間、意外な言葉が彼女の口をついて出た。「あ〜、見える見える〜!(爆笑)」

…え?
興奮も一気に冷めた。ただの悪口が、まさか身体的特徴だと誤想共感されるとは思わなかったし、第一、自分が言った身内の悪口に対して積極的に同意をされると、胸にもやもやと不快感の綿が形成されることを知った。自己中なようだが、そういうものではなかろうか。


またあるときは、友達に「ねぇ、今日は家にあの人いる?」と尋ねられた。
今、僕のうちにいる「あの人」は1人しかいない=僕のママ、ということはすぐに解せたし、いない方が気遣いなく遊べるんだろうとも思ったが、「あの人」と呼称されたことに違和感を覚えた。


そういう経験なかろうか。彼氏彼女の不満をこぼしていても、「あー、あいつマジくそだよね!」と積極同意されると、「おまえに何がわかる!」と、気が付いたら擁護にまわっていたり。僕は、これは「距離」の問題だと思うのだ。友達の不満でも、話す相手より自分の方がそいつとの距離が近ければ、積極同意には不平を感じるはずだ。要は、適度に相づちを打ってくれるのが一番の期待解答なのだ。だとしたら、自分を含め、実に面倒くさい性格の持ち主だが、こればかりはどうしようもない。

チカーンの激昂も、彼自身の特殊事情によるものではなかったのだ。

魅惑のローラースルーゴーゴー 

April 06 [Mon], 2009, 2:27

「ぼくは自転車に乗れない」


まるで、B級シネマかタレント本の表題のようである。というか、どこかで見た文句な気さえするので、パクっているのは僕の方かも知れない。
とにもかくにも、この表題に何の暗喩もなく、全くもってそのままの意味である。今年で26になるが、未だに自転車を操れない。
といっても、全く乗れないわけではない。どこまでも続く大草原の一本道なら僕でもイケる。だが残念なことに、僕の暮らす東京砂漠にそのような道はない。
狭いペイブメントは通行人、中途半端に広い小路は車との接触に怯えながらぐらぐらと漕ぐのは苦痛である。ある時は、前方から来るトラックを目撃するや否や、咄嗟に自転車を路上に捨てて自分だけ逃げた。身の安全を優先させた適切な判断だと思ったが、トラックの主には罵声を浴びせられた。

あぁ、僕には自転車は不向きなのだ。

そう実感した。
たまに、自転車に乗ったまま菓子を食ったり、両手を離している輩を見るが、僕からすれば正気の沙汰とは思えない。サーカス団にでも入団すればいいとすら思う。

そんなに嫌なら、ぐちぐち言わず乗らなきゃいい、と一蹴されそうだが、僕だって本当は自転車に乗りたい。今の季節、そよ風に桜舞う並木道を疾走できたらどれほど心地よかろうか。
だが、怖いものは怖い。自ら操縦する乗り物は、エキスポランドのコースターに乗り合わせるより危険性が高い気がしてならない。

ちきしょう…


と、いいものをみつけた。

「♪ブーンブーン、早いぞブーン」
推定年齢6歳くらいの坊やが、L字型の乗り物に乗り、楽しそうに目の前を駆け抜けてゆく。(※実際ブーン、などと発してはないが、イメージである)


これならイケそうだ。


早速、何人かにこの乗り物について尋ねてみた。ある人は「それはローラースルーゴーゴーだよ」といった。本当は「キックボード」という呼称のほうがメジャーらしいが、僕はローラースルーゴーゴーの方が魅力的な呼び名な気がして好きだ。だが、哀しいことに、誰に聞いても「こどもの乗り物だよ」と言う。そして確かに街中でも、大人が「♪ブーンブーン」しているのは見かけない。なぜだろう。僕のように自転車に乗れない奴でも気軽に爽快感を味わえる夢のような玩具なのに。でも確かに、だいの大人がブーンしている姿は想像するに滑稽である。


玩具……自分で定義づけてしまったが、もしかすると本当におもちゃにカテゴライズされるのか。だから大人は乗れないのか。


早速明日、どこに売っているのか確かめに行こう。

おもちゃ売場にさえなかったら、遠慮なくブーンさせて頂くとしよう。