〔意〕と有りますが、
意味通り意味の事ですけれど、
ただ私はこれは書きたくない事だけは知って下さい。
何故書きたくないかと言いますと、
私も坂井泉水さん同様に、
「詩を・・・・・言葉を・・・・・大切にして来ました。」
そう泉水さんが言ってなさった様に、
私も詩を・・・・・言葉を・・・・・そして意味も・・・・・文章の繋がりさえも大切にしているからです。
だぶん泉水さんも同じ様に後を付け足すと思います。
それが作家や作詞家の思いだからです。
詩の意味と言うものは、
取り様によっては様々に取れるものです。
そうです。
四方八方からの取り方があるものです。
十人十色な様に、
十人居れば十通りの意味が生まれるものです。
それは中には同じ考えを持つ人が沢山居ます。
しかしですね、
その詩に隠された意味を見つけ出すのも、
勉強になると思いますよ。
泉水さんの作詞にしたって然りです。
皆さんは「勇気や希望や恋愛」の詩としか見てないんでしょうか?
他の方々のもそうですが、
捉え方を変えて読んでみたりすると意味が増えるんですよ。
簡単に言えば“哲学”が現れるんです。
書いている人も気付かなかったりしますよ。
私も人に言われるまで、
「何て固い詩しか書けないんだ!!全然駄目だ!!」
そう思ってましたから・・・・・。
泉水さんのどの詩を読んでも、
必ず哲学は見つかりますよ。
簡単に説明しましょう。
泉水さんの歌詞の中にこんな歌い文句があります。
“悲しい現実を嘆くより今 何が出来るのかを考えよう”(「Today is another day」より引用)
悲しい現実は誰だって嘆きますよね?
しかし泉水さんはあえて“嘆くより今”と表現をし、
尚且つその後に“何が出来るのか考えよう”と表現しています。
この“何が出来るのか考えよう”が生きるポイントは“より今”です。
表現が変わると意味が深く重みを増します。
他にも飛鳥涼さんの“愛には愛で 感じあおうよ”(「SAY YAS」より引用)もそうです。
“愛には愛で”ですよ。
愛に愛で応えるのは物凄く難しい事です。
優しさが愛と言うなら、
優しくすれば応えられるのかと思ったら大間違いです!!
優しさと言うものはどうしても目に見えます。
分かり易く言えば“現れる”かな。
愛と言うものは無色無形で目に見えないものです。
その無色無形のものに対し、
同じ“無色無形で応えて”と表現してます。
尚且つそれを“感じあおうよ”と付け足して・・・・・。
それを感じるのは物凄く難しいです。
こう見てみますと、
何気ない言葉・何気ない表現方法で詩の意味が深く重くなるんです。
そう考えて見ますと、
意外とヒット出来なかった曲の中にもいい詩が沢山眠ってるんですよ。
だから詩の意味を深く理解してみると、
自分の人生を変えてくれる様な“詩や歌”に巡り逢う事でしょう。