モンマルトル

December 27 [Mon], 2010, 22:04

母の希望でモンマルトルに行った。この日の朝もとても寒かった。9時前に到着した為、丘の上までのケーブルカーはやっていなかったが、歩いても全然平気だった。むしろ歩いて暖かくなりたかった。朝早い事もあってサクレ・クール寺院の中は観光客の人がポツポツといるだけだったが、入り口に厳格なおじさんが立っていて、帽子をかぶっている男性とおしゃべりをしている観光客に注意をしている姿が目立った。寺院は石造りなのかこの寒さをいっそう引き立て寒々しい感じがした。そして、昨晩起こった母との関係を象徴するかのようであった。
寺院を後にして、周辺を散策しながらモンマルトル墓地へ向かった。途中、ゴッホの家に立ち寄り墓地へ。有名人が数多く眠っている墓地ではあるが、なかなか見つけられなかったので、墓地にいた清掃員のやさしいおじいさんにダリダの墓の場所だけ聞いて墓地を後にした。ダリダ以外でもフランスのお墓って個性的でおもしろかった。
地下鉄の駅を探している際に偶然にもムーランルージュを発見した。
余りにも寒かったせいか思考回路がぶっとび、オランジュリー美術館に行くのを忘れ、ギャラリー・ラファイエットへ向かっていた。私のここでの一番の目的は、食品フロアにあるボルドーワイン専門店でサンテミリオンのとあるシャトーのワインを買うことだった。私の探していたヴィンテージ1996年はなかったが、2004,2006,2007,2009年があった。最近2年のものは400ユーロ以上もして私には買う事ができなかった。2004と2006も200ユーロ以上もしたがどちらを買うか迷った。
母もお正月帰省する弟にワインをお土産に買いたいというので、私が飲みたいポムロールのワインを推薦した。(後日、弟がおいしかったと言っていたのでよかった。)
この食品フロアでお土産を買い、チーズ売り場では全てのチーズを買いたい位であったが、お目当てのモンドールとなぜかバノンを買った。このチーズ、日本で買うとモンドール3000円、バノンはこんな小さくて2300円するのが二つで10ユーロだった!!!!日本で買うのがバカらしい。
ラファイエットの本館1階は日本のデパートと同様化粧品と宝石、ヴィトンなどのブランド品の売り場であったが、中国人観光客の姿しか見えなかった。フランス人の男性店員が一生懸命たどたどしい中国語で対応していた。びっくりした。そして、私と母のお目当てのロクシタンも我々以外、店員さんもお客さんも中国人だった。その買い方も私みたいにあれこれ悩むのではなく、中国人は大人買い。パリでも銀座のような光景を見た気がした。
ラファイエットで購入した物が重くて、我々はホテルへ戻った。

ルーブル美術館

December 26 [Sun], 2010, 21:07

この日から自由行動となった。
朝イチで地下鉄に乗ってルーブル美術館へ行った。フィレンツェのウフィッツイ美術館では朝早く行ったにも関わらず入場するだけで1、2時間並んだ記憶があった。思ったよりも混んでおらずすんなり入る事ができた。見るものはガイドブックに出ている物だけにした。まず、ミロのヴィーナス、ハムラビ法典、モナリザ、戴冠式、ルノワールetc..
午後はルーブルから歩いてオルセー美術館へ。
こちらの美術館は小さかったので余り歩く事もなかったが、この時点でかなり疲れていた。
にも関わらず、オルセーからセーヌ河沿いを歩いてノートルダム寺院に行った。こちらの寺院には観光客なのか地元の人なのかはわからないが見学する人が中にも外にもいっぱいだった。前日のシャルトルのノートルダム寺院の方が大きく、ステンドグラスも鮮やかできれいだったので、パリのノートルダムはちょっとがっかりだった。
疲れたし寒いのでお茶をしようと、近くにいっぱいカフェがあるにも関わらずスタバに行こうと、さっきルーブルで見つけたのでまたルーブル美術館まで歩いて戻った。日が落ちるとかなり寒くなってきた。
6時に始まるエッフェル塔の5分間のショーを凱旋門の上から見るため、スタバでお茶をしながら待っていた。
地下鉄に乗って凱旋門まで行った。凱旋門の270段の階段を登る列が地下に出来ていて初め並んでいたが、ミュージアムパスを持っていた我々は並ぶ必要がなかった。凱旋門の狭い階段を登りきった時には既にエッフェル塔のショーが始まっていたがなんとか見ることが出来た。きれい〜。かわいい〜。東京タワーにもやってほしい。
せっかくだからシャンゼリゼ通りを歩きたかったが、そんな気力は寒くてなくホテルに戻った。

シャルトルのノートルダム大聖堂

December 25 [Sat], 2010, 23:19

トゥールのホテルを朝8時にシャルトルに向けて出発。
おとなしいフランス人のバスの運転手さんの取り計らいで、昨日遅くなって真っ暗で見れなかったお城に寄ってくれる事になった。9時頃に到着したので、朝焼けのお城をバックにとてもステキな写真を撮ることができた。
そしてほぼ正午にシャルトルに到着。バスから降りてノートルダム大聖堂に向かう途中、鐘が街に鳴り響いていた。
中に入ると、クリスマスのミサが行われていた。ステンドグラスがパリのノートルダム寺院の数倍も美しかった。そして、マリア様がイエス様を産んだ時に着ていたという洋服があった。戦争中、この教会の全てのステンドグラスは取りはずして避難させたという。そうとうな労力であったろう。
シャルトルからパリまでは1時間程の距離。シャルトルには雪が積もっていたがパリにはなかった。パリの団体での観光は車窓でのみ。オペラ座、ホテル・リッツのあるヴァンドーム広場を通り、シャンゼリゼ通り、エッフェル塔を見てホテルへ。
予定よりも早くホテルへ到着したので、添乗員さんが地下鉄の乗り方を伝授しつつシャンゼリゼ通りのクリスマス・マーケットに案内してくれる事になった。
前回、添乗員さんがパリに来た時には無かったというシャンゼリゼ通りのクリスマス・マーケット。ホットワイン、スラブキ、ドライフルーツ、スペインの生ハム類、サンタと写真、クレープ、ワッフル、チュロス、フレンチフライ、などの出店があった。
冬は6時から7時、8時、9時、夏は10時(も)から5分間だけ、エッフェル塔のショーが始まるというので、ルイ・ヴィトンの本店のから塔の頭の先っぽが見えたので立ち止まってみる事になった。
約1時間程シャンゼリゼ通りにいたが、寒さで手足の感覚が無くなった。

ロワールの古城巡り

December 24 [Fri], 2010, 23:28

フランスは朝9時頃にならないと明るくならない。ライトアップされたモンサンミッシェルを車窓から眺めながら8時にホテルを出発。ロワール地方へ向かった。レオナルド・ダ・ヴィンチが晩年過ごしたというお城を遠くから眺め、お昼頃にシュノンソー城に到着した。このお城に到着するまでのバスの中で、我々のガイドさんは1時間いやもっとだろうか、このシュノンソー城にまつわる歴史を語ってくれた。私は何かを見て話をされていたのかと思っていたが、添乗員さんの近くに座っていた母は何も見ていなかったと言っていた。高校時代、世界史が大の不得意だったが、隣国の誰々と結婚してと複雑なこのヨーロッパの歴史は改めて覚えられないと思った。お城には6人の女性にまつわる話があり、女性の嫉妬や愛憎劇の話を添乗員さんによって聞かせていただいた。フランス革命中、6人目の女性城主が周辺農民に手厚い保護をしていた為に、民衆によって略奪にあわず当時のお城の調度品がそのまま残っている貴重なお城なのだそうだ。
そして、次のお城に向かっている最中、事件は起きた。
片側一車線の道で車何台かが事故を起こしていた。4時位の辺りが暗くなり始めた頃だった。大型バスの為にUターンができず、そのまま1時間位足止めされた。クリスマス・イヴの夜に交通事故。かなり車の損傷が激しかった。誰もケガ人がいない様にと祈りながら現場を通過した。
そして、次のお城に到着した時には真っ暗で何も見えなかった。
この日のお宿は、トウーレーヌという町で、市庁舎前のレストランにも関わらず、お客は我々ともう一団体の日本人のみ。お店の人も、早く帰りたそうな雰囲気。イヴ+我々が事故のせいで1時間遅れたのだから。街中も人が誰1人として見かけないし、お店ももちろん閉まっている。今夜は早く寝るだけだ。

ル・モン・サン・ミッシェル

December 23 [Thu], 2010, 23:04

今回は羽田発のJALでパリへ。
羽田集合が23時なので、仕事が終わってから家に帰る事が出来た。家からも近く羽田の国際線は本当に便利だ。
パリには朝の6時半に到着。出発時の東京が暖かかった為、空港の外に出ると超寒かった。
空港からバスで約4時間、オンフルールという小さな港町へ向かった。
この町を小一時間程散策し、モンサンミッシェルへ。
現地ガイドさんとの約束が3時半ということで、予定よりも1時間早く到着した。
その間に、昼食をとる事になったが、我々ツアーのガイドさんお勧めの日本語メニューのあるシーフードレストランで私と母は食事をしたが、これが我々にとってフランスで一番のご馳走になるとは思いもしなかった。
山羊チーズの前菜、メインは蒸しムール貝とフレンチフライ、デザートはノルマンディー地方のチーズの盛り合わせ(この日は、カマンベール・ド・ノルマンディー、ポンレベック)、それにノルマンディーで有名なシードルを私はチョイス。
3時半、現地ガイドのフランス人ヤンさんに修道院の中を案内してもらった。
この日のホテルは、モンサンミッシェルからバスで5分程離れた場所のホテル街だった。夕食は名物のオムレツだったが、しょっぱくて焦げてておいしいとは言えなかった。楽しみにしていた1つだったのに、残念。
ラッキーなことにホテルの真ん前にスーパーがあった。モンサンミッシェル内のお土産屋さんよりも安く、プーラルおばさんのクッキー、シードル、カルヴァドス、そして私が今回是非購入したかったロワールのピュユイ・ヒュメをなんと発見!!うれしい。
後日我々のガイドさんから聞いた話だが、現地ガイドのヤンさんはこの日、オムレツで有名なプーラルおばさんのホテルに、ソフィー・マルソーとダンナ?彼氏?が入っていくのを発見したそうだ。生ソフィー・マルソー見てみたかった。

Christmas party

December 18 [Sat], 2010, 23:52
ソニアのクリスマスパーティに招待された。

ティーパーティーという事で、お酒なしにでも合うチーズを渋谷のデパ地下にある成城石井で購入した。
本当は自分が食べたいモンドールを買いたかったが、ウォッシュタイプはくせがあるので、万人に好まれるよう白カビタイプをチョイス。今回はバラカを購入。そして、安かったので青カビのブレスブルーも購入した。

ソニアの妹ジーニーに会った。先週の日曜日からサンフランシスコから遊びに来ていた。ソニアに良く似ていた。ソニアに初めて会った時は、紹介される前からいかにも韓国人だと思ったが、ジーニーの雰囲気は韓国人というよりも、北米によくいるタイプのアジア人だった。

する事が沢山あってパーティーの参加を迷ったが、少しでもこのパーティーに行きたかったのはジーニーに会いたかったからだ。なぜなら、ソニアから色々と妹の話を聞いていた。ソニアの話では、姉妹仲は余り良くなく、悪い彼氏と付き合っていて妹が妊娠しないかがソニアの心配事だった。もちろん両親も心配している。しかし、私がソニアから聞いた話では、ソニアも以前は妹と一緒だった。だから、いつかソニアのようにジーニーも気づいてくれるよう我々は祈ったものだった。

日本はジーニーにとって初めてという。良い印象を持ってくれたようで明日の帰国が名残おしそうだった。
ソニアのようにジーニーにも是非日本に宣教に来て貰いたいと思う。

春一番?

December 11 [Sat], 2010, 22:26
12月だというのに、なんと気持ちのよい暖かな日なのだろうか。
春一番のような生暖かい風が吹いている。
銀座はクリスマスイルミネーションがきれいだ。プティ・シャンゼリゼともいうか。
社会鍋だろうか?トランペットのクリスマスソングが聞こえてくる。
暖かいし、銀座はクリスマスムードで、最高の休日の日だ。

朝ヨガ

August 11 [Wed], 2010, 15:53
夏休み中にやりたい事があった。
それは朝ヨガ。

早朝のレッスンなのだが、職場が銀座近辺ならヨガをしてから仕事に行っても間に合うかもしれないが、三軒茶屋では始業時間には間に合わなかった。

早朝にも関わらず、思った以上の人がいた。

ヨガの後、出勤する人達とすれ違いながら、爽やかな気分で家に帰る。

踊る大捜査線

August 11 [Wed], 2010, 15:02
う〜ん。なんかイマイチだった。
湾岸署の引越しが背景なのだが、バタバタでごちゃごちゃ。
殺人事件もイマイチパッとしない。
最近ヒットしないキムタクのドラマのように、脚本が悪い。

アマルフィ

October 03 [Sat], 2009, 20:34
職場の次長に「イタリアってスリなんかいて危険なの?」と聞かれた。

次長の娘さんが「アマルフィ」を観て1人でイタリアに行きたいと言っているので母親として心配なんだという。

映画の中で確かに天海祐希が、赤ちゃんを抱いたジプシーに狙われるシーンがあった。観光地では今でもジプシーがいるんだと思った。私がイタリアに行ったのは今から10年前の事。映画のエンディングロールのように1999年の新年をイタリア・ローマで迎えた。コロッセオにはジプシーが観光客を狙っていた。

当時の職場に旅行届けを出さずに内緒で行ったにもかかわらず、イタリア土産を職場の人に配ると、隣の席の先輩も偶然にもイタリア旅行に行っていた。先輩はカトリックの友人と2人で旅行をしていたが、「友人がえらく感動していた」という先輩の話がなぜかずっと記憶に残っていた。

「世界ふしぎ発見」でアマルフィの事をやっていた。地中海にあこがれる私は「なんてきれいな場所なんだろう」と思い終演間近な映画「アマルフィ」を是非観てみたいと思った。また、カナダから帰国してからの時差ボケで、夜中にやっていた世界陸上を見て織田裕二のファンになったのもあった。

映画の中で、身代金の引渡し場所として、ローマの観光地が次々と出て来て、アマルフィにも行くのだが、映画の中では「ふしぎ発見」で見たアマルフィの素敵さが全然伝わってこなかったし、この映画をみてイタリアに行きたくなったという次長の娘さんの気持ちもわからなかった。というか、私は風景ではなく織田裕二しか見てなかったのかも。

でも、前からもう1度イタリアには行きたいと思っていた。最近は特にそう思う。なぜなら10年前と今とでは感じ方が違うと思うから。先輩の友人のように。
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