Favorite things 

August 15 [Tue], 2006, 20:58

気に入ったものというものが、どんなジャンルにもそろそろある年頃だ。気に入った傘、気に入った煙草、気に入った友人、気に入った時計、気に入った時間、気に入ったフォント、気に入った店、気に入った男の種類、気に入った音楽なんか。でも、そういうお気に入りのリストを作りながら、どんどん自らの作った城にこもりがちな今日この頃。スタイルという名の塀を作って、あらゆるものを選び抜く。選びながら、やはり選ぶ目は磨かれていくのは間違いないのだけれど、そのお気に入りだけで生活できるようになったとき、それはもはや、敵のいない籠城だ。
そのイメージは、マリファナの香りにむせそうな、クレイジーな体たらくと正反対なようで、ようく似ている。そろそろ崩してみようか。腹をくくると途端に逃げ出したくなるのだけれど。
ところで、明日から、ここ半年かけてきた大きなイベントへの直接的なパートがいよいよ開始である。それもなんと恐ろしいことだろう。こんなに簡単に時間がたってしまうのなら、抗う術などないではないか。できることといえば、この時間もお気に入りに入れられるようにと願うことくらい。
やはり、必要なのだろう、お気に入りという箱が。

ワタシノヘヤ 

August 02 [Wed], 2006, 19:47

何も書かなかった日、何も読まなかった日、誰にも出会わなかった日は、何もしなかった日である。と、大好きなエッセイストが書いていた。
でもその一方で、ものすごく忙しかった日が終わりに近づいて、なんだか、空っぽだと感じることもある。今日は、まさにそれ。パソコンをデスクトップに変えてから、家で仕事をする環境は、驚くほど良くなった。画面の四分の一で、もう何度も見た映画や、肩の力を抜いてみられるトレンディドラマや、答えてちょーだい(録画して、DVDに落としてみてるのです。おばちゃんでもこんなことしないよなー。)や、見なくてはならないけど退屈なDVDなんかをかけながら、ワードとネットを開いて、紅茶にはちみつをしこたま落として飲みながらやらかすことができるので。パソコンだけじゃなく、とっちらかってはいるけれど、どこに何があってというのがすみずみまでわかっている部屋でかたかたやるのは、そんなに嫌じゃない。恐ろしいほど、あっという間に時間が経ってしまうのだ。
そうすると、最後の一項目をなんとかクリアしようと、出かけたくなる。誰かに出会わなくては。そして、身支度をしたくらいに気がつくのだ。ああ、出会いたかったのではない、部屋から出たかったのだ、と。部屋に守られ、くつろぎ、部屋を頼りながら、閉じ込められているような気持ちにもなり、部屋を憎み、飛び出したくなっていたのだ。
もうそろそろ、脱皮したい。部屋も皮も窮屈になってきた。それには、皮を破ってしまうその時まで、押さえつけられるその痛みに耐えることだ。

皮から抜け出した時の快感を思って。

映画論 

August 01 [Tue], 2006, 22:39

あさるように映画を見てしまうのは、突然、素人にもかかわらず、芝居を作ることになったことがきっかけでないにしろ、それに大きな栄養を与えてくれている。
研究なんていうたいそうなものではないけれど、映画は、あまりにも多くの要素を内包していて、本当に驚く。学べる要素は、本当に多い。留学中に、一本20ページ近くのレポートをどんなテーマでもいいから書いてちょうだいと、唇の薄い、カタブツの女教師にいわれたとき、私は、アメリカにイライラしている時期だった。あたしが選んだテーマは、ハリウッド映画とアメリカ文化の輸出だった。アメリカの文化をものすごく斜めからみた嫌みなレポートになってしまったけれど、あの時したリサーチは、あたしの嗅覚を少しだけ鋭くした。より多くの情報を映画から拾うことができるようになった。
字幕に頼らなくなったのも映画から得られる情報をぐっと増やした。外国の映画はともすると、映像の作り出す雰囲気と、音楽と、大まかなストーリーだけで、大雑把に面白い、面白くないと決めてしまいそうになる。字幕を追うのに精一杯だからだ。アメリカのTSUTAYA的な存在である、BLOCKBUSTERには、月24ドルの借り放題プランがある。一回に借りられるのは2本まで。その2本と取り替えで次の映画が借りられる。インターネットのレンタルサービスもある。もちろん日本語字幕はなくて、なんとか頑張ってみようとする。そこで、見つけたのは、字幕がない方が、なんとも意外なことに、とれる情報が多いのだ。たぶん、字幕が邪魔をしているのではなくて、集中力の問題だろうと思う。もちろん、複雑なストーリーの作品なんかは、話自身がとりきれなかったり、コメディも冗談を拾えなかったりなんてことはあるものの、喋っている人に気がつくとフォーカスしてぼやけて見えていた、その他の部分にも拾えるものがたくさんあることに気がついた。
そうすると、もう一度、見たい作品とそうでないものと分かれてきて、女優や俳優が好き嫌い以外の思いを抱き始める。映画の神様の存在に気がつく。作品と、きちんと出会うことができる。そうすると、映画は、私の人生に何かを加えたり、いらないものを除いてくれたり、フレーバーを足してくれたりする。

きっと映画だけではないのでしょう。早くいろんなものに出会えるひとになりたいわ。

酔狂 

July 31 [Mon], 2006, 11:04

あっという間に時間がこぼれてしまうように、ささやかな”絆”的なものたちは、いつだって風前の灯火。貴重なものだけれど、本気で守ってやらなくちゃならないのだ。そして、何かを守るときに必要なのは、どうしたって強さ。
こんなに戦いと決断とギャンブルの多い一年もそうそうないのだろうなと思うけれど、その上に、目に見えない、稀少な素敵なものたちは、心もとなく乗っている。
いつか教えてもらったこと。人生の壁は、表面が最後に崩れる。
あなたは、今、壁を破ろうとしている。ところが、壁は、びくともしなく、ヒビさえ入らない。そして、あなたは、あきらめかける。
だめだ、早すぎる。壁は、内側から崩れていくのに。内側からぼろぼろ崩れていって、表面が崩れるのは、一番最後。内側が崩れて、表面もあとすこしで崩れるのに、どうしてあきらめてしまうの。
はちみつの香りにむせかえる。酔ってなるものか、と構える必要なんてない。
でも、酔わされるのは遠慮するわ。酔いは、楽しさだけを引き立てるだなんて、ひどい幻想。その苦みに耐えられるようになるまで、酔わせてもらうなんて。

そんなことを、やはり、酔いながら考えてしまうのね。

jacqueline 

July 28 [Fri], 2006, 23:14
パブロ・ピカソの最後の妻の名前を、ジャクリーヌという。
ピカソは、よく知られていることだが、大変な女好きで、ひどい浮気癖があり、2度の結婚をし、3人の女性との間に、4人の子供をつくり、そして、正妻の他にも、いつも何人も愛人がいた。ジャクリーヌとの結婚は、前の愛人への嫌がらせだったという噂もある。

善良な泥棒が本当にいないのか確かめるために、この真新しい日記帳を、最後のミューズに仕立て上げよう。

わたくしごとだけれど(ああ、日記って、わたくしごとのことだったかしら)、最近、年の離れた恋人に、ついに別れを言い渡されてしまった。よそゆきにと大切にとっておいた耳飾りを、つけないままに泥棒にとられてしまった気持ちに似ていて、途方にくれてしまう。
今、時間をいつくしむように、日々を言葉に。

Dancing in the dark? ピカソの妻の名は、ジャクリーヌ。
P R
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