ロカちゃんの夢 

2007年04月27日(金) 15時12分
最近、夢をよく見るけど、朝になると覚えていない。
今朝の夢は死んだロカちゃんが出てきた。肌がすべすべで相変わらずキレイだった。
懐かしい。ただそこにいるだけで、あたしは幸せだった。

種市食堂-侍浜寺 

2007年04月20日(金) 13時24分
おじちゃんと種市の食堂にはいったが、何も食べたいものがないので迷う夢。
たぶん角の浜が舞台だと思うけど、外に出ても入ってみたいお店がない。
そこで夏井に帰ってきたら、小林と中田が夢に現れて嫌な感覚に。

その後あるおばあさんが侍浜駅まで歩くというので、一緒にお供する。
エレベーターで侍浜へいくが、エレベータがきちんとした階でとまらない。
侍浜に行くとおじちゃんがお寺の住職になっていた。

ゆかたをきていたら「着物に合うね」とほめられて抱っこしてくれた。

幼稚園の事務員 

2007年04月14日(土) 13時05分
スーツを着て保育園へ。新しい保育園の用務員だったら免許が入らないので、就職する。ママも将来保育園をやるつもりだから、それの手伝いになるかもしれないので丁度いいと思う。「つぶらいちはる」など、中学校のときに苦手としていた人がいる。

先生方の立っている講堂の裏でわたしのことをいっているようなので、わたしには珍しく問いただす。なぜか子供は小中学生。でも私への嫉みではなかったらしいと納得。とにかく何ができるかわからないけど、新しい就職先がみつかって安心する。

家が火事になる。居間で相撲の人達の食事につきあっているが、その食器は昆布のような板が二枚あり内部にシリコンをつめて二枚の板をかさねているもの。強度もなく板も割れていたりして、ぐらぐらしているが寿司を食べている。たべおわったほうから、シリコンを注入してなおすが、どっかでドカンという音がする。

ママも相撲も「なんだ?」と動揺する。すると隣ののんちゃんの家が火事だ。右側の居間の壁が黒くなって、壁に穴があいて、中からお父さんがでてきて、雪原に逃げていく。火事の後は入ってみたら、それは実家の構造で、昔家を建てるときに見た以来の、階段のウラとかの景色があった。

のんちゃんのお母さんがいる。澤田あすかがにこにこしながら通っていくので、「あの子はいつも元気な子でいいね」というから「おたくののんちゃんと仲悪いのに、こういうので評価って上がるもんなんだな」と思う。そうしたら、それが通じたらしく「うちの典子は苦労ばっかり」というので、いや、、、そうでもないと思うけどとベンチに居座って慰めた。

セラピーも佳境に入る 

2007年04月14日(土) 13時04分
おかしい。

昨日まで、小説の構想を練って楽しく思えていたのに、今日は
ひがな一日つまらなく、うつうつしていた。昨日の希望はどこへ行った
んだろう。

よしもとばなな風のものを書こうとすれば、書く気がおき、川上弘美
の「神様」にすると「熊」以外の動物を探すために困難になる。
この話、熊の律儀さ、丁寧さ、真面目さ、そして母性などなど
とても私をとらえる。

思えば、こういう熊という理想なくば、私は苦しいときも「支え」になる
妄想の像がないのではないだろうか。例えば、「シロクマ」がずっと
私を護るべき者だったのを、こういうふうに川上弘美にとられてしまった
こと。

先着順という世の中の壁にぶつかる。

これ以上のものを考えられるだろうか。だって、ずっと10年間シロクマ
が私を護ってきたのだから。次が浮かばないのは、私のウツと連動
しているように思う。

今、私がうつうつしているのは、次の「守護神」が見えないから
なのかもしれない。

行く末 

2007年02月03日(土) 3時08分
人殺し、いじめ、無関心、無信心。あたしが子供を相手にしたとき、一瞬ひるんでしまうのは彼らがわけのわからない動物にしか思えないからだ。でも大人も最近それと変わらない。人のいたみもわからず、学ぼうともしない集団。これは人間といえるのだろうか。

なぜこんなに増えたのか。それはあたしのような人間が、怖くて面倒くさくて、何もアクションを起こさないからだ。江原啓之が偉いなのはバカ相手にでも丁寧に説いていく、そんな態度があるから。本当はもっといい世の中なんて、バカがいなければすぐにでも作れる。でもこれでは、人材が皆バカ教育担当者になってしまう。それでいいのか、人間?

これもきっと何かのプロセスだろう、もっと傷ついてヘロヘロになることによって、人間が賢くなれると、そう思っているんだろうか。ねえ、人間ってそんなに強い?あたしは何ができるんだろう。何をすればいいんだろう。どうかそれが早くみつかりますように。

ぼさぼさしているうちに、死んじゃう。早くはじめたい。

何かが始まる 

2007年01月31日(水) 2時45分
「人を赦す」ということは人間にできる素晴らしいこと。でも私は赦しすぎて、自分が死にそうになっていた。環境問題、芸術について、現実感、行くべき道。もう妥協などはできない。やるべきことを、始めなければならない。

まだ自分の中にスポイルされている部分がある。「いかにうまくやろう」。岡本太郎のような切実さ、一発さがあるのか。自分との関係より、他人との関係性を考える私にできるのか。もし私から他人がなくなったら、困難か。

今、私がやるべきこと。イメージを、どんなに変なものでもいいから、かきとめることだ。

蓋をされたくさいもん 

2007年01月22日(月) 1時48分
33年間の人生のなかで私を振り回し続け、離婚、仲たがい、侮蔑の対象になってきたもの。「マイ空想癖」!人間関係も集団規律でもとにかくある一定の思想や枠ができはじめてくると、つまらなくなって一人空想ワールドへ行ってしまい、その場にないものを捏造してうっとりする癖。現実としてあろうがなかろうが、とにかくマイ真善美の観点でおめがねにかなえば、なんでもよいということになる。特に遊びのあるエッセンスが好ましい!

精神状態がよくないとき、、、人が真面目すぎるときに発動する、この「くさいもん」。人生の研磨剤のようにことごとく反発を喰らうので、だんだん世の中が楽しくなくなってきてしまった。そりゃ〜事実ってのも大事だけれど、事実事態を妄信的に信じ込むのはどうかと思う。それから内面の事実ってのもあるし、、、、世の中、これをもって両立させるのは難しい。

ところが本日、この「くさいもん」こそ新しい人生を切り開くための突破口なのではないかと思いいたった。くさいもん、、、もう一回掘り出してみてみよう!

嫌なこと一覧 

2007年01月19日(金) 1時32分
もやもや〜〜っと心のおくに澱んでいて、昼間は出てこないもの。嫌なこと一覧。なんで面倒くさいこと、嫌なことを思い出そうとすると、頭の中に重い濃いモヤのようなものが繁殖していくんだろう。書いておけばいつでも見れる。そうだ、書いて見よう。

1.ヤンネとの離婚 慰謝料
あれは経験だった。好きでもあるし、嫌いでもあるヤンネ。もっと大きなものができると信じていたのに、二人とも力不足で何もできなかった。ただ私がいまだにわからないのは、なんであんなに触られたくなかったんだろう。これから毎月22000円の慰謝料返済。国際送金大変だなあ。ただでさえ貧乏なのにに、これからどうやって生活していくんだろう。

2.復職
今さらどの面さげて復職すんだよ!でも戻んないと、生活できないんだよねえ。なんかとってもミジメ。自分で見限るくらい許せない会社なのに、なんのかんのと留められて、その給料で生活してるなんて最悪もいいとこだ!恥ずかしい。バカ多いところにいきたくないよ=。

3.未来の展望 人生の柱
社会は本当にバカというか葛藤に耐えられない脆弱な生命体になってしまった。これから表現者になろうが、管理者になろうが、医療者になろうが、これらバカの総体の流れで私の人生は決まってしまうのだろう。個人に派生した問題であっても、もう責めるということも意味を持たなくなってしまった。あの総体と関係を持ちたくないと思った。自分の社会もちっちゃい。もっとどっか===んと何かできればいいのに。

4.支払い
支払いってなんでこんなにつまらないのだろう。それはお金が自分の口座から流れるっていうことではない。だって職人さんや寄付は好きだもん、あたし。多分、振込先が冷たくて無機質で、仕事の内容と私が無関係のような気分になるのが腹立つんだろう。ほんと、社会科見学にいきたい。水道、電気、銀行、、、あたしが気持ちいいと思える仕事を誰かしてるのかな。それをみたら、そのためにでも毎月払おうという気になるな。

5.お友達のメール
夫婦喧嘩、職場の人間関係。どうしてあたしに全部しゃべっちゃうかな、、、、。そして当事者はなんでもっと深く考え込まないのかな。そして人間は変化がなんでこんな遅いかな!あきるんだよ、あたし短気だし。

6.閉まっていくマイ国境
外人も日本人もつまらん、、、もう外国に行きたくないや。世界も狭まっちゃった。そして温暖化!

6個しかないんだ、、、、、、ははあ。まだまだいけるかも、あたし。こう見てみると、あたしは知ることが楽しいんだ。そっから自分なりにアレンジしてつくることも楽しいとおもってるんだ。でも、共有するのがバカ多いからイヤなんだ、、、、、へえ。

天職ってなによ、、、 

2007年01月19日(金) 1時23分
人間は思った以上に皆個性がある。その個性は生い立ち、遺伝子、経験など様々な要因で構成されているのだろうが、自分はなんだってよりにもよってこうなんだよ!とおかしくなってしまう。私は特定の誰かをトコトン愛する人間ではない。漠然と人間を好きだというやっかいな癖がある。個性というものより、人間の根本的な性質というのが好きらしい。親も友達も子供もいつか死ぬ。寂しいけれど、死ぬほど寂しいとは思えない。これは他人に話すとだいたいわかってもらえない。

もうひとつ。社会と仕事。全部にと言えば語弊がある。でもどれも同じくらいに面白くて選べない。選べないから徹底的にのめりこめない。これは分業制が徹底したこの社会では悲しいことだ。個人の奥底にカスタマイズした何かをつくること。そして大きな流れを正すこと。どちらも好きだ。天職なんて私にはあるんだろうか。

世間はクリスマスイブだけど 

2006年12月24日(日) 4時06分
夢の日記の更新は二ヶ月前、引越しする前のものだ。この二ヶ月間、ちょっと病状が上向きになっている。考えがだんだんとしっかりしてきて、脱力感というものがなくなったようだ。キッカケは引越しが忙しかったと言うのもあるが、「栗原はるみ」に苗字が同じだから凝ったら家事が好きになり、そこから派生して掃除をしているうちに、これって重要なことなんじゃないかと思い当たった。

今年末で会社を退社しようと思ったので、お金のことを一人悩んでいたら、12月の7日に江口さんとお父さんと日光へ行き心配がなくなった。そして江口さんが会社で思っていたことを聞いて、なんだあたしだけじゃなかったんだと気が楽になった。

それから霊魂などの世界の哲学に触れることによって、信じること、見ることがかなわなくても、哲学として素晴らしく、これまでパズルが欠けていたようになっていた部分をぱこっとはめられたかんじがして、自分の全体像が了解可能になったようなきがする。

お金よりも人の心、愛が大事だと信じている自分。それにとやかく難癖をつけてくる者が私は許せなかったんだ。会社であっても人であっても。愛せない人は距離を置けば愛せるし、愛している人は一緒にいたくなる。ただそれだけのことを。
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