池田華菜4

November 23 [Sun], 2014, 2:17
 場決めで華菜が起家。そこから隆、よっちん、福路の席順となった。俺と、福路と一緒に来た吉留という子は一緒に華菜と福路の間の後ろに立ち、二人の闘牌を見ることとした。

「ロン。8000。」
 東発の親からいきなり華菜が対面のよっちんに振り込んだ。
「……」
 しょぼんとして、ジャラと点棒を渡す華菜。

「ツモ! 2600オール。」
「ロン! 5200は5500!」
 隆が親番でツモ上がり、一本場はよっちんが華菜から上がった。
「……」
 その度に華菜は落ち込んだ顔をして点棒を渡した。そんな華菜の顔を福路はやや暗い顔をしてじっと見つめる。

「ロン! 2000です。」
 親のよっちんの染め手の大物気配の手を福路はタンヤオのカンチャン待ちで潰した。

「ロン! 2900。」
「ツモ! 4000は4100オール。」
「ロン! 3900は4800。」
「ツモのみ。900オール。」
 福路が親であっという間に3連荘した。隆とよっちんの危なそうな牌を事前に先切りして、綺麗に上がっていく。さすが名門麻雀部の部長というところか。
「福路キャプテンは県大会個人戦一位なんですよ。」
 目を丸くして彼女の上がりぶりを見つめる俺に、横から吉留が見上げながら言ってきた。なるほど。しかし県一位とはいえ、女子高生の麻雀はここまでレベルが高いのか。見ていてほれぼれするほど綺麗な打ち回しだった。これでは並の打ち手では歯が立たないだろう。初めは余裕の表情だった隆のよっちんの顔にも汗が出、焦りが浮かび始めていた。

「ツモ! 2500,4500!」
 隆が渾身の満貫上がりをする。その声はゲームを始めた当初より力が入っていた。フーフー息を荒くし、真剣な表情をしている。

 南入で再び華菜の親。ドラは四索で、345の三色も見えるなかなかの好配牌だが、索子が3,5のドラを受け入れのカンチャンの形になっている。
(ドラではなかなか出上がりは期待できないし、うまくツモれるかどうかだな……)
 隣の福路を見ると、配牌でいきなり順子の一面子揃い、ドラを受け入れる23の索子の両面塔子に、雀頭に使えそうな対子まで出来ていた。
(コンビ打ちではあるが……、これは華菜の親番もこのキャプテンが上がっちまうのかな。)

 四巡目、福路がドラを引き入れ、早くもイーシャンテンにたどり着いていた。
(浮いた七萬を切って、北の安牌残しだな……)
 ――見ていると、今ツモった四索を競技麻雀のルールに倣って手牌の上に乗せたまま、福路は下家の華菜に向かって観察するように首を振り向けていくと、俺が驚いたことに今まで閉じられていた右目が徐々に見開いていった。その右の瞳は青色で、左の茶色い瞳と対照をなしている。オッドアイというやつだろうか。猫なんかではたまにいると聞くが、人間で見るのは初めてだ。
 福路はその見開かれた右目でまじまじと華菜の様子を観察すると、手牌の上に乗せていた、今ツモったばかりの四索を捨てた。
(えっ!?)
 相変わらずしょぼくれていた華菜は福路のその打牌を見ると驚いたように目を見開き、
「チ、チー!」
大慌てで発声すると、リャンカン形から余った七索を捨て、35の牌をパタンと倒してガチャンと台の内側の縁に叩き付けた。福路のドラの打牌に隆とよっちんも驚き、怪訝そうな顔をする。
 次巡、福路は五萬を出す。
「チー!」
 34の両面から再び鳴く華菜。
 二巡後、そんな二人の方を訝しげに見ながら八筒を捨てた隆に対し、
「ロン! 11600だし!」
華菜が明るくはしゃいだ声を発した。67の両面形だ。気のせいか、彼女がロン宣言をした時、頭頂部の両脇がもこっと盛り上がった気がした。

 一本場、上家の福路がまた右目を開けながら華菜を観察し、七萬、二萬と落とす度に華菜は「チー!」と鳴いてゆく。
「ロン! 一通ドラ2の6100!」
 今度はよっちんから上がると、また髪の毛の内部がもこっと盛り上がる。さっきまでの落ち込んだ様子はどこにもなく、牌に触れたり、宣言する動作のたびに体が生き生きと躍動し、声にも活気が宿って自信ありげな響きを加えている。
「ツモ! 2800オール!」

「ツモ! 6400,3400!」
 よっちんが必死にツモり上がった後、南二局親の隆が、
「リーチだ!」
 ドラの四筒を曲げた。
「追っかけだし!」
 同巡、華菜が元気良く言いながら無筋の赤五萬を曲げてリーチする。
「一発ツモ! 三暗刻! 裏乗って倍満だし!」
 すっかり自信にあふれた声で宣言する華菜の頭頂部の脇が再びもこっと盛り上がって――内部から何やら猫の耳のようなものがぴょこんと出てきた。俺たち三人はそれを見てぎょっとする。髪の毛か何かなんだろうか。

 結局、半荘終って華菜、福路の断トツワンツーで、隆とよっちんは見事に敗れた。
「かはー、参った参った。」
 椅子の背もたれに体をすっかり預けて、体をだらしなく伸ばして頭を掻きながら隆が言った。
「完敗しましたよ。」
 よっちんも牌をばらけた雀卓の上に両腕をついて、前屈みに、上目遣いになりながら言う。
「フッ、すっかり復活したようだな。」
「こりゃ爆発すると誰にも手を付けられないんじゃないの?」
 俺の言葉に合わせて隆も言う。
「しかし福路さんのアシストも見事でしたね。」
 よっちんが言うと、
「キャプテンの打牌は日本一だし!」
華菜が胸を張って答える。途中からずっと頭から出っ放しの猫の耳のようなものがそれに合わせてピクピクと動いた。
「まあ華菜ったら……」
 それを聞く福路は照れてばつが悪そうだ。再び初めと同じ、右目を閉じた状態に戻っている。
「フッ、あんたら二人の信頼関係のなせるものさ。」
 隆とよっちんが席を立つと、福路と華菜も立ち上がり、
「今日は本当にわざわざありがとうございました。」
福路が深々とお辞儀した。
「おじさんたちありがとうだし!」
「ありがとうございました……」
 華菜は胸を張ったまま、吉留という子は軽くお辞儀して言った。
「――しかしあんたらほどでも優勝できないなんてこの長野県は相当レベルが高そうだな。」
「――ええ、華菜から得点を削った龍門渕高校に、優勝校の清澄……。あと鶴賀学園も。特に龍門渕と清澄はものすごくレベルが高いですわ。」
 福路が答える。
「フッ、高校生でもそれだけ強いとなると、ここ長野にはしばらく滞在してみる価値がありそうだな。」



 雀荘を出た俺達はとりあえず宿を探しに繁華街の辺りに戻ることにした。
「いや〜、しかしあの信頼関係はいいっすね〜。」
 隆が頭の後ろに腕を組んで頭を見上げながら言う。
「隆さんには黒沢さんがいるじゃないですか。」
「あ、あほっ! 女子高生同士だからいいけど、男同士なら気持ち悪いだけだろ!」
 隆が立ち止って、蟹股に、腕を両脇に肘を曲げて広げながら言う。
「フッ、ああいう関係かはともかく、あの福路とかいうキャプテンの打ち方は見習わないとな。」
 俺達は思い思いに先の麻雀を思い返しながら、繁華街に向かって歩いて行った。

池田華菜3

November 22 [Sat], 2014, 2:42
 結局よっちんがトップで華菜はラスだった。脇の二人が席を立った後も卓上にばらけた牌を残したまま、目に力を失った落ち込み切った顔で華菜は首をうなだれてシュンと席に着いていた。
「ふ〜ん、こりゃ重症だねえ。」
 隆が頭をぽりぽりと掻きながら言う。何度も逆転につながる大物手に育ちそうな手牌を降りでチャンスを潰してしまっていた。
「やっぱりその大将に振り込んでしまったトラウマが強く残ってるんでしょうね。」
「さて、どうしたものかな……」
 俺も野球帽の縁の下の髪を掻きながら言うと、
「華菜!」
先頭の一人が強くドアを押し開けながら二人の女子高生が雀荘に飛び込んできた。
 見ると、肩にかかるぐらいの長さのふんわり整えられた柔らかそうな髪質の金髪の少女が名前を呼びながら、うなだれて卓に着いている華菜に向かって走り寄っていく。身長は150センチ代後半というところで、俺達から見ると小柄だが、まあ同年代の女の子としちゃ平均的なところだろう。育ちの良い清楚なお嬢さんといった風情だ。今は慌てたように目尻と眉を上げているが、見た感じ普段は、大きく、やや垂れ目気味の眼は優しく思いやり深そうな印象を相手に与えるのだろう。ただ奇妙なことに、左目だけが開けられ、右目は常に閉じられている。色白で、胸は大きいがやや華奢な感じで、あまり丈夫そうでもないので何かの病気なのだろうか。彼女の後ろには銀色の短い髪をした、眼鏡をかけた小柄でおとなしそうな子がついている。
「キャプテン!」
 少女が飛び込んでくるのを見た華菜が座ったままびっくりしたように身を起こし、目を見開いて彼女の方を向く。心なしか頭頂部両脇の髪の毛がもこっと少し膨れ上がったように見えた。
 俺と隆が脇にどけ、飛び込んできた少女が真っ直ぐ華菜の方に向かうと、華菜は身を横によじって横に来た彼女の胸に両手もろとも顔を寄せかけ、そんな彼女の頭を少女は自分の大きな胸に押し付けるように、優しく両腕で抱きかかえた。華菜は少女の胸に頭を押し付け、すがり付くように上げた両手の指先で少女の着た袖無しの水色のブラウスをぎゅっと鷲掴みにしてきつい襞を作りながら体全体を揺らしており、泣いているように見える。横で見守る俺と隆、それに華菜の向かいに座って事態にぱちくりと目を丸くしていたよっちんはそんな光景を目にしてお互い困って、ばつが悪そうに目を合わせた。
 しばらくそうしていると、華菜は少女の胸から身を起こし、それに合わせて少女も身を離すとスカートのポケットからハンカチを出すと華菜の目から優しく涙を拭き取り、次にティッシュを取り出して渡した。華菜は少女からティッシュを受け取ると大量に引き出して鼻に当て、大きくズズーッと音を鳴らし、目をきつく閉じて両手で左右にごしごしと拭き取った。そんな彼女の様子を少女は椅子の背もたれに手を当てて少し身を屈めて優しく見守る。自分のブラウスがしわくちゃにされ、涙と鼻水で汚されたことは一向気にしていない様子だ。おっさんの俺がこんなこと言うのもなんだが、そんな彼女の様子はちょっとした聖母か何かのようだった。

「――で、あなた達は――?」
 華菜から受け取りなおしたポケットティッシュでブラウスの前を拭き取り、見苦しくないようにしわを伸ばした後は、しゃんと立って、立っている俺と隆の方に向き直った。華菜の向かいに座っているよっちんにも注意を怠っていないようだ。礼儀正しく、外見に似つかって優しげな様子だったが、どこか警戒しているようにも見える。フッ、よれよれのだらしない格好をして人相の悪い俺と隆の姿を見ちゃ仕方ないか。俺はクイと野球帽を上げて微笑しながら挨拶した。
「俺の名前は黒沢義明。東京で麻雀を打っている者さ。横のこいつが谷村隆。その子の向かいに座ったのが――俺はよっちんの方を手で示した。隆とよっちんはそれぞれひょいと軽く頭を下げて会釈する――伊藤芳一。二人とも俺の仲間でな。いっちょ三人で麻雀の全国行脚でもしようと思って、最初に来たのがこの長野なんだが、ついさっき道でうなだれてる嬢ちゃんに出くわしてな――座ったまま、やや背筋を伸ばし直しているが、相変わらず顔を俯け気味に、浮かない顔の華菜の方を首でくいと示した――、話を聞いてみたら部の県大会で大負けして落ち込んでるっていうじゃねえか。俺達も麻雀目的で奇遇だし、何か力になってやれればと思ってここに連れてきてもらったんだよ。」
「まあ――」
 少女は左目を大きく見広げ、開けた口に手をやると、背筋を伸ばしてスカートの上から両腿に手を置き、深々とお辞儀した。
「それはそれは――、ありがとうございます。私、この華菜が所属している風越女子高等学校麻雀部のキャプテンをしております三年生の福路(ふくじ)美穂子といいます。こっちが――彼女は後ろの銀髪の眼鏡の少女に手をやった。――二年生の吉留未春――吉留と紹介された少女は眼鏡越しの丸い目でおずおずとお辞儀した。――。お見知りおきを。
 吉留さんがあなたが男性の方々とこの雀荘に入るのを見かけたっていうから大急ぎで駆け付けたのよ。」最後の言葉は華菜に振り向いて言ったものだった。
「ふにゃぁ〜……――」
 福路を見上げる華菜の大きな眼がまた涙で潤みだした。そんな彼女の頭に福路は優しく手を置く。
「まだ天江さんとの大将戦の事を気にしてるのね。チーム戦だから、それ以前にもっと点を取れなかった私たちが悪いのよ。それに、私でもあの天江さんとはまともに戦えたかはわからないわ。」
「キャプテン〜……」
 再び福路の胸にぐりぐりと頭を押し付ける華菜。福路はそんな華菜の頭をあやしつけるようにまた抱いてぽんぽんとなでさすっていたが、俺はそんな二人を見て思いついた。
「どうだい、あんたら二人――、うちの伊藤と隆とでコンビ打ちの勝負をしてみたらどうかな。」
「!!」
 二人が驚いてこっちを向く。よっちんと隆もこっちを見ていた。
「フッ、あんたら二人の信頼関係ならうまくいくと思うぜ。それにその子が麻雀で失った自信、あんたが――俺は福路に向けて言った――同じ麻雀で手助けして引っ張り上げてやりな。」
 俺が帽子の鍔に手をかけてニヤリと笑いかけると、福路は真剣な顔をして、
「――そうね。やりましょう、華菜。」
華菜の両肩に手をかけ、真っ直ぐに顔を見据えて言った。
「――でもキャプテン。私、足を引っ張っちゃいそうで――」
「大丈夫よ。二人力を合わせて何とか乗り切りましょう。」
 顔を俯けて自信なく言う華菜に対し、福路が励ますと、華菜はなおも顔を曇らせたままだが、やがて観念したようにこくんと頷いた。
「かぁ〜っ。黒沢さんやっぱりお節介すね〜。」
「まさか隆さん、金がかかってないからって、一人の女の子が困ってるのに助けてやらないってことはないですよね。」
 よっちんが意地悪そうに目を細めて笑いながら隆に言う。
「わ〜った。やりますよ。俺もどうなるか興味あるからな。ただ手加減はしませんよ。」
「フッ、そういう事だ。どうなるにせよ、リハビリを助けてやりな。」

池田華菜2

November 20 [Thu], 2014, 21:20
「ふ〜ん、県大会決勝卓で他校の大将に振り込んで削られまくって団体戦敗退ねぇ。」
 隆が椅子の背もたれに寄りかかって言う。俺たちは手近に見つけた蕎麦屋に、さっき道で出会った女子高生と一緒に入って、腹ごしらえの食事の合間に彼女から事情を聞いたところなのだ。
「にゃぁ……」
 奥のソファ席に俺と隣り合って座った彼女は顔を俯け、小さく体を縮めてしょぼくれながらつゆにつけた蕎麦をすすっている。彼女の名前は池田華菜といい、何でもここ長野の女子麻雀では名門だという風越女子高等学校の二年生で、その麻雀部内ではナンバー2だという。それが去年に続き、今年も県大会決勝戦の大将戦で他校の選手に大量失点で敗れ、それも今年は、飛ばされて終了のはずのところをわざとぎりぎり0点に弄ばれ、そのショックも含め、チームの敗退、特に敬愛する3年生のキャプテンに対する責任を感じ、それ以来練習で麻雀を打っても上手くいかないのだという。今はここ長野市内に合宿に来ているとのことだ。
「わかるわかる。自分だけならともかく仲間に迷惑かけたとなったらやるせないもんな。俺も黒沢さんとコンビ打ちする時はいつも足引っ張らないように気使いっぱなしだぜ。」
 隆が前に座り直してズズーッと蕎麦をすすって言う。
「フッ、毎度毎度苦労させられてるがな。」
「そりゃないですよ黒沢さん。今のところ大きなへまはやってないはずですよ。」
 俺と向かい合った隆がテーブルに手を付き、半立ちに前に身を乗り出して言ってくる。
「フッ。」
 俺は直接答えずに微笑して目の前の蕎麦をすすった。美味い。さすが本場の蕎麦は風味もコシも強く、食べでがある。ただそんな蕎麦も隣の華菜の気を晴らすわけにはいかないようだ。
「しかし困りましたね。実際麻雀って大負けすると引きずってスランプに陥ることがあるんですよね。」
 よっちんが真面目な顔をして言う。
「フッ、俺も打(ぶ)ちたての頃はそんなことがよくあったもんさ。とにかく打ちまくるしかねぇが――」俺はふと思いついた。「嬢ちゃん、ここら辺に高校生でも打てるノーレートの雀荘は無いかい? 俺達も東京からわざわざ麻雀打つための全国旅途中なんだ。せっかくだし相手するぜ。」
 隣に座った華菜は相変わらずしょぼくれた目をし、元気のない様子だったが、こちらを見上げた顔が少し興味の光を発しほんのわずか生気を持ち直したようだった。



「かーっ、黒沢さんも物好きっすね〜。たとえ50円のレートでも金をかけてやらないと張り合いがないや。」
 隆がポケットから抜き出した片手を頭の後ろに当てて言う。
「僕が代わりに打ちますから大丈夫ですよ。」
 よっちんが華菜の対面に座って言う。俺達は華菜に連れられてノーレートの雀荘に着き、他の客も交えてとりあえず彼女の麻雀を見てみようということになったのだ。
「フッ、これも勉強だ。」
 卓に着いたものの、彼女は相変わらず目に力が無く、華奢な肩をしょぼくれさせている。俺と隆はそんな彼女の後ろについて見守ることにした。

 東一局が全員ノーテンで流れ一本場の東二局。華菜の親で手が入った。中張牌が集まり、引き次第でいくらでも高くなりそうだ。七巡目、
「リーチ。」
対面のよっちんが捨て牌の北を曲げてリーチ宣言をした。
「……」
 両面塔子から牌を引き入れ、イーシャンテンになった華菜はとりあえず安牌に持っていた場に二枚切れの西を切り出す。
 次巡、華菜が今しがたよっちんがツモ切ったばかりの五筒を引き入れ、赤含みの55667のイーペーコーも見える、ドラの七萬雀頭の平和タンヤオ聴牌した。
(フッ、親倍も見える手。3456の索子の端を払ってのリーチ一択だな。)
 俺が帽子の鍔に手をかけてニヤリと笑うと、
「……」
うなだれたまま3456の索子の牌の上に指をかけ、ツーッと滑らせて三索と六索の上を迷いながら指を行き来していたが、やがて指を離すと、今しがたツモって牌の上に横向きに乗せていた五筒をつまんで持ち上げて捨てた。
(えっ!?)
 俺は思わず声を出しそうになった。一緒に横で見守っていた隆と目が合うと、奴も目を丸くしている。
 次巡、華菜がツモってきた牌は七筒だった。
(一発ツモだったな……)
「……」
 華菜はまた少し首を落とし、五筒を手出しで切った。
(一応タンヤオドラ2のシャンテンだが……、一度歪めた牌はそう簡単に上がれないぜ。)
 次巡よっちんがツモ切った牌は六索だった。
「……」
 九筒をツモった華菜は六索を合わせで切った。

 数巡後――、
「ツモ!」
よっちんが一萬を雀卓の内側の縁に叩き付けた。
「――裏は無しか。安めでリーチ平和のみ。一本場で1700,2700です。」
 開けられたよっちんの手牌は234の三色含みの平和形だった。
「……」
 牌を閉じようとする華菜に俺は思わず声をかけた。
「おいおい、そこで降り打ちはないんじゃないかい? せっかくの親なんだし突っ張る一手だろうよ。その手牌なら当たっても仕方ないってもんだぜ。」
「……」
 華菜は答えずにパタンと牌を閉じると他の二人に交じって点棒をよっちんに渡した。華奢な背中が一層小さく見える。

「ロン、8000。」
 次局、華菜が切った牌に対して上家の定年退職後らしいお爺さんがパタンと牌を前に倒した。
「……」
 ジャラと点棒を渡す華菜。

池田華菜

November 20 [Thu], 2014, 18:08
 俺達は長野駅に着いた。改札を出て、でかい自由通路に立った隆が腕を伸ばして伸びをしながら、満足そうな声を上げる。
「ヒューッ。やっぱアスファルトとコンクリート地獄の東京と違って涼しいっすね〜。」
「長野は標高も高いですから。」
 答えるよっちんも幾分笑顔になっている。
「フッ、まずは美味いもんでも食って腹ごしらえするかな。とりあえずそこら辺をぶらついてみるか。」

 俺達が駅前の商業地区らしい繁華街――東京の中心地に比べればちっぽけなもんだが――から少し外れて、少し寂れた路地の辺りをぶらついてると、『にゃあ〜』という声が聞こえてきた。
「何だ?」
 両手をよれよれの上着のポケットに突っ込んでやや前屈みに、ガニ股気味で歩いていた隆が訝しげに言う。
「猫ですかね。」
「いや……、ちょっと違うようだが……」
 よっちんに答えた俺も少し不思議に思っていた。

「にゃあ〜……」
 また聞こえてきた。猫の声にしては強く、はっきりと太めであるためおかしいと思ったが、どうやら人間の女の子の声らしい。
 辺りを見回すと、小さい少し寂れた通りの向かい側、俺たちの斜め後ろを高校生らしい小柄な女の子が首と肩をがくんと落とし、腕をだらんと前に下げて、目を半ば閉じ、口を力なく半開きにしてトボトボと同じ方向に向けて歩いていた。うなだれたというにはあまりにも意気消沈ぶりが強く、ほとんど気力が消え入りそうな様子だ。
「何だ? 迷子か?」隆が言う。
「そんな年でもないでしょう。」
「いや、案外道に迷って歩きくたびれて困ってるのかもしれんぞ。よそ者の俺達が助けようとするのも変だが、ちょっと話を聞いてみようじゃないか。」
 隆とよっちんに言い、俺は野球帽の鍔に指をかけながら、精一杯安心させるような笑顔を作って話しかけた。
「嬢ちゃんどうしたい? 迷子か? 俺達は今東京から来たばかりで、こんなこと言うのもなんだが、代わりに誰かに道を尋ねてやるぐらいの事は出来ると思うぜ。」
 力なく振り向いた彼女はやはり高校生ぐらいの年齢で、小柄で――身長150センチ半ばといったところか――眼が大きく、短めの黒髪を片方に付けた白く細い二本のヘアピンで生え際の辺りで真ん中に分けている。
 首を振り向けた彼女はうなだれたままだらんと大きな眼の目尻を下げ、力なくこちらを見上げて話を聞いていたが、やがて、
「にゃぁ〜……」
と再び力なく一声鳴くと、また首を戻して元の方向へトボトボと、うなだれて歩いていった。こちらに丸めた小さな背中を見せて去っていく様子はまさに途方に暮れた迷い猫のようだった。
「何だありゃあ。」
 そんな彼女を見送って、隆が少し背筋を反り返って言う。
「様子が変でしたね……」
「……」
 心配そうに見つめる俺の背中を腕で半ば寄りかかるようにバンと叩き、
「大丈夫ですって! 幼稚園児や小学生じゃないんですし。それより早く飯食って雀荘に行きましょうよ。新宿ほどじゃあないだろうが、こんなところにもひょっとしたら凄い打ち手が隠れているかもしれませんよ。」
隆が歯をむき出し、笑顔になって言う。
「あ、ああ……」
 答えて彼女から目を離そうとしたが、隆が‘雀荘’という言葉を発した途端、目の前を頼りなく歩く彼女の指がピクンと動くのに気付いた。よく見ると腕をうなだれて半ばこちらを向いた手のひらが、年頃の女の子にしては少し皮膚が固まっているように思える。なおも前屈みに、こちらに背を向けているが、隆の言葉を聴いてからは心なしか歩みがゆっくりになり、意識が少しこちらに向いているのが彼女の背中越しの雰囲気にわかった。
 俺はもしかしてと思って、大股に彼女の背後に近づき、もう一度声をかけてみた。
「――嬢ちゃんひょっとしたら、麻雀やるのかい?」
 再び俺に声をかけられると、彼女は今度は背中を伸ばしてぐるんとこちらを振り向き、はっきりこちらの顔を見上げてきた。大きな眼は潤み、涙がこぼれ落ちている。
「ふ……ふ……」
 隆とよっちんも怪訝そうに俺の後ろに寄って、脇からそんな彼女の様子を覗き見る。
「ふにゃぁ〜!」
 彼女は俺の胸に取りすがって大声で泣き出し始めた。

車中

November 19 [Wed], 2014, 0:26
 俺は隆とよっちんという二人の相棒と共に、東京を出発した新幹線に乗っていた。いつも東京のごみごみした所で麻雀を打っている俺達だが、思い立って、息抜きも兼ねて麻雀の全国行脚をしようということになったのだ。初めは俺と隆の二人で行くつもりだったが、その話をよっちんが聞くと、自分もぜひ連れて行ってほしいといい、三人で行くことになった。

「しかしお前、その間学校の方はどうすんだよ。」
 強くせがまれて、結局一緒に連れていくことにしたが、新幹線の車中で隣に座った隆が顔を近づけて詰め寄る。
 よっちんこと伊藤芳一(よしかず)は京都出身の現役東大生で、東京にマンションを借りて下宿しているいい育ちのちょっとしたボンボンだ。せっかく東大に入ったっていうのに何の因果だか麻雀にのめり込んでいる。茶髪に髪を染めてはいるが、中肉中背の、育ちを反映してか人当たりの良い印象の青年だ。
「今まできちんと出席してレポートも出し続けてるし、少しくらい講義をさぼっても大丈夫ですよ。」
「かぁ〜っ。大学生はお気楽でいいねえ〜。」
「そんなこと言ったら隆さんが一番お気楽じゃないですか。」
 谷口隆は富山の酒造屋の一人息子だが、家業を継がずにほっぽり出して、東京で麻雀修行と称して打(ぶ)ちまくってる。細 身に、これも細い切れ長の目に眼鏡をして狐に似た外見をしており、どこかやさぐれた印象を与えるが、実際は情にもろいところがある奴だ。
 どういうわけだか俺はこの二人に慕われ、よく3人で打ったり、飲みに行ったりしている。

「いや〜っ、しかしたまには東京を離れてみるもんですね。ここんとこずっと都会のごみごみした所を麻雀打ったり、飲み歩いたりしてるだけだったからな。」
 窓の縁に頬杖をついて、新幹線の車中から見える広々した平野や田んぼを眺めながら安らいだ、満足そうな目をして隆が言う。こういう時の隆は少しとろんとした目をして、普段の幾分柄の悪そうな顔付きが和らぎ、憎めない顔立ちになる。
「ほんとそうですね。俺もここん とこちょっと慌ただしかったからな。」
 俺の向かいに座った隆越しに窓を眺めながらよっちんも言う。

「どうです? そろそろ一杯やりません?」
 隆が窮屈な俺とよっちんの間を立ち上がり、上の荷物置きの棚からごそごそと小型の瓶を取り出して言った。用意よく紙コップも三つ重なったまま引き出している。
「またこんな昼間から・・・・・・」
 よっちんが言うとぎろりと目をきつく細めて見下ろした。
「うっせえな。いいじゃねえかよ。今回のはいい出来だって手紙にもあったんだよ。」
「フッ、頂こうかな。」
 俺は紙コップを受け取り、向かいに座り直して、実家から送られてきた酒を隆に注いでもらった。
「あ〜 っ、俺にも下さいよ。」
「何だ、結局いるんじゃないかよ。」
 隆が隣のよっちんにも紙コップを渡し、注いでやる。

「フッ。」
 乾杯して車窓から外を眺めながら美味い日本酒を味わって俺は思った。
 この二人と一緒だと騒がしいた旅になりそうだぜ。

弘世菫2

November 18 [Tue], 2014, 19:29
 東一局から俺は好配牌だった。一索の雀頭の他は、赤も含んだ三色も見える中張牌が多い。
(フッ、久しぶりの俺を麻雀牌も歓迎しているのかな。)
 俺はすっかり癖となっている、帽子の鍔に手をかけての微笑を洩らした。そんな俺を対面の弘世はじっと冷たい目で見ている。

 八巡後、萬子と筒子の4,5,6が完成。索子の5,6,7,8,9と合わせての三色含みの平和聴牌だ。俺は暗刻になった一索に指を伸ばした。
(見ると河に二索は4枚。壁だな……)
 俺は一索に指をかけ、リーチに行こうとした。と、牌に触れた指先が急に重くなる。
「!?」
 俺は牌から指を離し、目を見開いて右手の親指、人差し指、中指を見つめた。
(何だこの重さは……!?)
 ふと見ると、対面の弘世がじっと見据えている。相変わらず姿勢良く背筋を伸ばし、前に並べた牌に両手をかけたまま微動だにしない。何の感情も持たないロボットかのようだ。
 俺はそんな彼女としばらく見つめあった後――一索を捨ててリーチに行くのをやめ、九索を捨てた。
「……」
 弘世は俺のその捨て牌を見ると少し顔を俯けたように見えた。

「ツモ!1000,2000!」
 二巡後、俺は八索をパチンと雀卓の縁の内側に叩き付け、ツモ上がりをした。
「かぁ〜っ、何だよそれ。さっきツモ切りだっただろ?一索捨ててりゃ三色含みの平和だったじゃん。」
 親の20代後半らしい髪を染めてネックレスをした派手な感じの兄ちゃんが言う。
「フッ、ちょっと嫌な予感がしたもんでな」
 顔を俯け、鍔に手をかけて微笑する俺を弘世はじっと見つめ、
「……」
目を閉じてパタンと牌を閉じて倒した。

 東四局、弘世の親。両面塔子から浮いた牌を事前に手放し、安牌に持っていた西を切ってタンヤオドラ3の聴牌に行こうとしたところ、またしても触れた指先に違和感を感じた。
(西は場に一枚切れだが……)
 河を眺めて逡巡する俺は、またしても向かいからじっと見つめてくる弘世と目が合った。
「……」
「……」
 しばらく見つめあった後、
(フッ、そういう事かい。)
俺は雀頭の八萬に手をかけた。

 三巡後、俺の下家の四十絡みのサラリーマンが無造作に西をツモ切りすると、しばし間を置いた後、
「……ロン。5800。」
目を閉じてパタンと牌を前に倒した。見ると萬子の一通にドラ一つで西の単騎待ちだ。
「かーっ、まいったなあ、やられちゃったよ。」
 頭を抱えながら点棒を渡すリーマン。彼から点棒を受け取る際、ちらと弘世の眼がこちらを向いた。
「フッ。」
 俺が微笑すると、またしばらくこちらの眼を見つめていたが、少し険しい顔立ちが柔らかくなったように見えた。

 結局半荘二回で俺と弘世のワン・ツーが二回だった。二回で終わったのは弘世の持ってきた新聞が底をつきかけたからだ。
「いやー、やっぱり嬢ちゃん強いよ。」
「この雀荘はちょくちょく来るのかい?」
 今しがた対局した相手や、周りのギャラリーが口々に彼女に話しかける。しかし彼女はじっとこちらに目を向け、
「……これ、よければもらってください。」
スッと最後の一部となった学校の新聞を差し出した。
「フッ、いいのかい?」
 微笑む俺に、彼女も幾分顔を和らげ、最後は少し微笑み返すとこくんと頷いた。

 空になったバッグを手にし、立ち去ろうとする彼女に俺は声をかけた。
「そういや、もうすぐ高校の麻雀インターハイだっけ。嬢ちゃんがいるなら白糸台高校とやらは安泰だろうな。」
「……私より強いのがあと二人はいる……」
 言うと、会計に場所代を払って出て行った。

 最後の言葉に唖然として今しがた受け取ったばかりの白糸台高校学園新聞を見ると、トップに大きな見出しで、『宮永照 麻雀女子全国個人戦三連覇なるか!?』という文字が、ややきつい釣り目をしたちょっと変わった髪型の美人のお嬢さんの写真と共に載っている。その下には『期待の超新星 大星淡 インターハイでもビッグバンを起こすか』と、自信ありげな顔立ちをした長い金髪の少女の顔写真を載せた小さな記事もある。

「フッ。」
 お嬢さんだからといって侮ってばかりもいられなさそうだ。

弘世菫

November 18 [Tue], 2014, 4:19
「あっ、黒沢さんいらっしゃい。」
 俺がドアを開けて真っ先に目に入ったその目立つお嬢さんを遠くから突っ立って見ていると、入り口の近くに立ち、やはり彼女に目が行っていた黒いホール服を着たメンバーがこちらを振り向いて挨拶した。20代後半の中村だ。
「黒沢さん、お久しぶりですね。」
「フッ、1年半ぶりぐらいになるかな。今日はちょっと足が向いたもんでね。
 ――それよりあれ――」
 俺の目線に合わせて中村も振り返り、彼女に元の視線を戻す。
「こんなところに女の子が一人で来るなんて珍しいな。確かにここは綺麗で入りやすいところではあるが――。
 見たとこ高校生ぐらいに見えるが?」
 首をそちらに向けた中村が俺に答える前にふっと微笑むのが息遣いで分かった。
「彼女は白糸台高校女子麻雀部の主将なんですよ。白糸台といえば女子麻雀部の名門でしてね。その主将というだけあって強い強い――。さっきから半荘回る前に必ず誰か一人を飛ばして終わらせてるんですよ。」
「――ほう」
 目を丸くする俺の耳元に少し困ったような顔を近づけて中村は囁いた。
「一応こっちには麻雀の勉強という名目で来てるんでこちらとしても追い返しはしませんがね――。彼女自身はいくら勝っても一円も直接相手から金を取らないんですよ。その代わりに一部数百円の学校発行の新聞を買わせてるんですがね――」確かに彼女と対局している三人は脇の床の上に何部もの新聞を散らかしている。見れば物珍しい彼女の周りについたギャラリーのうち何人かも片手に丸め持ったり、両腕で抱えたり、思い思いにその新聞を持っている。彼女自身が持参したらしいチェアの脇に置かれた間口の広い手提げバッグの中には彼らに渡した分で、もうあと少しの部数しか新聞が残っていないらしかった。ちらと再び彼女の方に目をやり、俺の耳元に囁き続ける。「――彼女自身は自分が負けたら金を払うといってるんですが、これがさっきも言った通り連戦連勝でしてね。一向その必要が無いというわけで。受け取った新聞代もきちんと学校に納めるそうだし、本当大した子ですよ。みんな物珍しいし、若い娘と打てるってんで負けても気にしないし、同卓したがる人も多いんですよ。
 ――さすがに制服はまずいんで私服で来てもらってますがね。」
 最後の言葉を発する時、少し顔を離し、俺の目に向けて悪戯っぽく笑い、肩をすくめてみせた。

「――かぁーっ!また飛んだ。」
 頭頂部が禿げ上がった、背の低い小太りの中年の男性がチェアに背を預け、天を仰いでいる。見ると対面の彼女が目を閉じたまま牌を表向きに倒しており、中村の言う通りなら、また彼女が相手を飛ばして終了させたらしい。
「――あーあー、仕方ないなあ。」
 薄くなった周りの毛をぽりぽりと掻きながら、向かいの彼女に数百円らしき小銭を渡し、代わりに彼女が脇のバッグから取り出した新聞を受け取る男性。しかし困ったようでいながらその口調はなかばおどけてもおり、顔も笑顔だった。またばさときれいに掃除された合成繊維の緑の毛織の床の上に受け取った新聞紙を積み重ねる。
 と、そんな彼のこっちを向いた目が俺と合った。
「――あれっ、黒沢さんじゃないですか!」
 男は以前何度かここで卓を囲んだサラリーマンの山本だった。驚きに目を丸くし、笑顔で声をかける山本に俺は黒の野球帽の鍔をくいと右手で持ち上げ、軽い微笑みで会釈を返した。
「お久しぶりですね。今日はこちらで打たれるんですか?」
「ずっと来ていなかったらたまには顔を出そうかと思いましてね。」
 近づいて山本と話をする俺に少女がジロッとこちらを目をやってきた。整った顔立ちで相当の美人だが、感情の動きを感じさせない目が冷たい印象を与える。体を傾けて床に地面を置いて積み重ねていた山本が彼女の視線に気付くと、
「黒沢さん、代わってくださいよ。私じゃ到底相手にならないし、彼女の勉強にもならない。」床の新聞の束を両手で掬い上げて立ち上がると、今度は向かいに座っている彼女に向かって、「こちら黒沢さん。世間じゃ麻雀職人って言われている人だよ。一局教えてもらうといい。」脇にどいて俺に席を譲った。
「黒沢です。よろしく。」
 野球帽の鍔をくいと持ち上げ、笑顔で対面の少女に挨拶する。
「……弘世菫です……。」対面の彼女は卓の上の牌に触れていた両手を両脚の上にちょこんと置き、目を閉じて軽くお辞儀した。
 向かいに座ってよく観察するとやはり相当の美人だ。肌は白く、長い黒髪の前を切り揃えており、女性にしてはかなりの長身だ。細身に見えるが、フッ、今時の若い娘によくありがちなダイエットし過ぎな病的な細さじゃあない。骨格も肉付きも女性の本来あるべき標準といったところだろうが、ピンと真っ直ぐ伸ばした背筋がその上背と相まってスレンダーに見せているのだろう。上にはごたごたし過ぎない縁飾りのついた白いブラウスを着ており、挙措の丁寧さと合わせて相当育ちのいい清楚なお嬢さんに見える。俺は思わず顔を俯け、野球帽の鍔を深くかぶり直して苦笑した。
(フッ、俺のようなむさ苦しいおっさんとは本来一生縁がなさそうな相手だぜ。)
 しかし麻雀となると別だ。話に聞いたところを別にしても、彼女の挙措態度を見て、俺はこれは相当打てるなと確信した。
 席を立った山本が新聞を両腕に抱えたまま俺の後ろに付き、俺の闘牌を見守る。他にも何人か、俺がここや他の雀荘で打った相手が彼女の傍を離れて俺の後ろに回ってきた。顔見知りの彼らに向けて俺は鍔に手をかけて会釈する。
 そんな俺を対面の彼女はじっと見守った。あまりに端正な顔立ちとスタイルのから発せられるその感情を感じさせない視線は、彼女をギリシャの大理石像かのように、美しくも、冷たく近寄りがたいものに見せていた。

 俺の上家の起家で半荘が始まった。

導入

November 18 [Tue], 2014, 4:05
 俺の名前は黒沢義明。世間じゃ麻雀職人なんて言われちゃいるが……、フッ、夜はカプセルホテルに泊まり、あちらこちらの雀荘を渡り歩いているだけの単なる流浪の麻雀打ちさ。

 しかしお天道様と麻雀の神様だけには決して恥じる生き方をしていないつもりだ。

 その日俺が新宿の繁華街の小奇麗なビルの中に入っている雀荘に久々に入ると、卓の一つで女子高生のように見える私服姿の若いお嬢さんが自分より年上の男たちに交じって麻雀を打っていた。
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