April 04 [Mon], 2005, 17:49
(名)(中略)
物事の道理。条理。すじみち。

道理
どうり だう― 【道理】
物事がそうあるべきすじみち。ことわり。わけ。



筋を通す。
これは俺と言う存在が自我を持ち
自分なりの人生を歩み始めてから今日まで
一貫して心の底に置き続けてきた暗黙の覚悟。


他人との摩擦は嫌だ。
出来れば誰にも嫌われたくない。
平穏無事に生きて死にたい。
良いじゃない?

別に其れが間違ってるだなんて言う気も無い。
俺はそういう生き方は好かないってだけ。


事ある毎に他人と衝突する俺だけども
そういう人に言いたい事は一つだけで。


自分で選んで通してる生き方で生じた不都合を嘆くな、と言う事。


人間関係がややこしい。
周りの衝突のとばっちりを食う。
頑張ってるのに、上手くいかない。

俺は相手の意見と自分の意見が食い違えば
ほぼ確実に、遠慮無く何でもズバズバ言う。
嫌いなタイプには余程のメリットを見出せない限りは関わる気も無い。
結果、衝突して気まずくなったり、その人との関係が終わる事も儘ある。
人に「世の中、君みたいに強い人ばかりじゃないんだ」とも言われる。

俺は、俺が俺で居る為の道理を貫いて生きてるんだから
其れにケチつけンなクソッタレ、ってのが青年の主張(は



閑話休題。



この世に自分以外の他人が居る限り
どんなに考え、どんなに悩んで、どんなに必死に生きたとて
何かしらの不都合は生じるし、リスクは背負う事になるのは当然。
誰だって何かしら嫌な目に遭って、何かしら恩恵を受けている。
そんなモノを一々嘆くな、と。
自分で選んで、自分で決めて、自分で歩んでる道なんだから。と言う話。


自分の為だろうと
大事な人の為だろうと
不特定多数の誰かの為だろうと
他人の好感・評価を得る為だろうと
自己満足の為だろうと

其処に貴賎は無く、良し悪しも無い。
他の誰でも無い、自分で選んだ選択肢。
納得しようと、後悔しようと自己責任。
其の選択の価値は自分で見出して、自分で決めれば良い。




俺が某管理会社に不満と不信タラタラでも某ネトゲを辞めないのも
某人等にムカッ腹立てて事ある毎にキレて怒鳴っても離れんのも
それなりに納得して、それなりに我慢してるんだわ。

だって、総て俺の選択で、自己責任だしナ。


書初め 

February 23 [Wed], 2005, 3:44
何となく雑記設置。

更新頻度:稀
内容:薄
公開:基本的に無し

をコンセプトに好き勝手書き殴っていく所存。



今日のお題は「因果」
原因が在って、結果が在り。始まりが在って、終わりが在る。
そんな意の言葉だったような気がする。



例え話。
とある家が火事で全焼。出火原因は不明。
家屋も家財道具も猫も杓子も全て灰に。
住人警官消防隊員ご近所さん。一同会して押し問答。

「一体何が原因でこうなったのか?」

曰く、火を着けた誰かが悪い。
曰く、誰一人として家に居なかったのが悪い。
曰く、日頃警邏を怠っている警察機構が悪い。
曰く、もっと早く駆けつけない消防隊が悪い。
曰く、早く気付かなかったご近所さんが悪い。



飽きたから例え話終わり。
結論。誰もが悪かったし、誰も悪くない。

原「因」の何か一つでも欠けていたらこの結「果」は無かった。
誰もがこの事態の「因」を作り、「果」をもたらした。

多分、どんな物事もこの例え話と同じ。
誰もが原因を作り、後の結果を出している。
重さの差こそあれ、全てが等しく責を負っている。

己が取れただろう、取るべきであっただろう行動
奔らすべきだった思考、配すべきだった思慮、至るべきだった想定

悔いた所で配された「因」は消える事は無く
嘆いた所で開かれた「果」は覆る事は無い。


しかしイキモノは、幸いにも失敗も成功も経験として
己の内に、歴史に記せるように出来ている。
「因」も「果」も等しく重い、尊いモノだと
忘れず、己に刻んで進む事が肝要なのではないか、と。



そんな話。オチ無くても気にするな。
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