
2007年05月21日(月) am 06:30頃
最愛のマナは、その身に纏った真っ白なふわふわの毛並みで
綿毛と共にお空に旅立ちました。
もうすぐ14歳の誕生日を迎えるはずでした。
こんなに、こんなに可愛い子でした。
私の1番のお気に入りの写真です。
愛 と書いて
マナと読みます。
たった1文字の漢字でも、そこには私たち家族の心からの愛と思いが
ぎゅっと込められています。
漢字にしたのにも、年の離れた妹や、わが子の様な気持ちで
人と同じ様に家族だとゆう気持ちがあったから・・・
愛らしい・・・愛しい・・・愛情・・・
たくさんの愛を受けて育つ様にと・・・
私が何年も何年も・・・言い続けて、
ようやく家族に迎えることができた子でした。
1ヶ月が過ぎましたが、正直どう書いていいか
胸が絞めつけられる思いで悩み、揺れ動きました。
書こうか、書かないでおこうか・・・
また、書けない気持ちと
書く事によって自分自身に再認識させられる事実。
何度かPCに向かいましたが、いざキーボードに手をやると書けません。
1行書いては、込み上げる涙と辛さで書けなくなり
また日を改めて、1行書いては書けなくなり・・・
PCを起動させるだけで、何も出来ず
そのままOFFなんて日もありました。
こうして書いている今も、前回の続き、続きの連続の積み重ねである事
そして 、この後に書いていく今回の事、マナのがんばりも
それが繰り返されて最後まで書き終えられるのか
やっぱり途中で書けなくなってしまってやめてしまうのか
自分でも先がわかりません。
ただ、何かの拍子に今書いているものが消えてしまったら
たぶん2度と書けないと思うので、
メモ帳に下書きして上書き、上書き状態で保存しています。
ある日、たまたま見たアクセス解析
そこには、これまで遊びに来てくださった事がない方からの訪問
マナの緊急入院の日から、毎日 毎日・・・
それも数人いらっしゃる事を知って
その時の私の心境は
『なんで人って他人の不幸な事、そんなに興味があるんだろう・・・』って
『好奇心で毎日毎日・・・』って
『今回のマナの事を書く事によって、また好奇心で読まれるんだ・・・』って
ひねくれた感じ取り方をしてしまったりして悲しくなっていたりもしました。
だけど、このブログに・・・
マナとチャチャの事を書きとめていこうと思って始めた このブログに
残したい気持ちもありました。
マナが旅立ってしまった翌日に、マナの入院をご心配くださっていた
ご近所さんのメヌエットさんに初めてお話し、聞いてくださって・・・
マナや私たち家族の目線にたった
いたわりの言葉をかけてくださいました。
ただ、時間が経つと また、気持ちは逆戻りで
私自身、日々 壊れそうで潰れてしまいそうになっていました。
精神的なものからか、朝 目覚めると1日中 息が苦しくて
いっそ目が覚めなければいいのに、起きると ずど〜んとした気分の日々
マナのいない現実を突きつけられる瞬間です。
後悔と寂しさのあまり、通勤途中の電車の中で
たまらず泣いてしまった時も何度かありました。
私の友達にも、わんちゃんや他の動物が家族にいる人も
いるにはいるのですが
同じくして わんちゃんが家族にいても
その思い方、接し方、思い入れ、関わり合いなどに、すごく差があって
一緒に暮らす家族(わんちゃん)に対する気持ちの価値観が違うな・・・と
普段から感じているので、マナの事 話す気になれなくて・・・
なのに、もう私の気持ちが どうしようもない時に
1人の友達に話してしまって
案の定、理解してもらえないんだなぁ・・・と痛感させられる言葉が
返ってきました。
『何歳やったっけ?』
『あぁ〜・・・もう、いい年やもんなぁ・・・』って・・・
悪気はないのも、聞かされた方が なんて言葉を返していいのか
わからないのも、わかっているけれど
すごく勝手だけれど
『なんで話したんだろう・・・』『あぁ・・・やっぱり話さなければよかった・・・』
って後悔しました。
小さい内は可愛い可愛いと言い、大きくなったら怖い、汚い、臭い、
うっとうしいと自分の愛犬にでも そう言う子に
話した私がバカでした。
小さい子がいる その子に
『あなたが、わが子を思う気持ちと、私がマナやチャチャを思う気持ちは
私からすると同じで・・・もしくは、それ以上よ』と話しました。
すると『えぇ〜!そこまで?!もう溺愛やなぁ〜』とゆう言葉が・・・
挙げ句の果てには『でも、まだチャチャがおるやん!』って・・・
まだって何?
チャチャがおる・・・って何?
もちろん、チャチャは大事に思っています。
だけど、マナはマナしかいないのに・・・
その子の代わりはいないのに・・・
それって、2人 子供がいて
突然の災難に1人を失ってしまっても、もう1人の子がいるから・・・と
言っているのと同じだと思いました。
1人失ってしまったから、じゃあ、もう1人産もうか・・・って。
もう1人の子がいることで、気を保っていられたり
助けられたり、生きがいになったりすることもあるけれど
それはそれ、これはこれって、
そんなに簡単に割り切れることなのかな・・・
そんな気になれないよ・・・
私の中には“年だから”って、あっさり片付けられると
辛いものがあります。
私には自然な気持ちの上で思う事が、こうも気持ちの違う人がいる事に
悲しさと寂しさと理解できない気持ちと、複雑な気持ちでした。