高橋建

May 24 [Fri], 2013, 13:07
経歴
プロ入り前

横浜高校から東都の拓殖大学へ進学、大学時代は東都大学リーグ2部において野手として通算17本塁打を放つが4年から投手として頭角を現す。



その後トヨタ自動車では主に左の中継ぎとして活躍。

その後1994年のドラフト4位で広島東洋カープに入団。


NPB時代

最速150km/h(1999/7/14)の直球と多彩な変化球が武器。

1996年7月28日にはウエスタン・リーグでノーヒットノーランを達成。

その後左の先発不足もあって貴重な左腕として一軍登板の機会が多くなる。

入団当初から足を高く振り上げる独特の投球フォームが彼の特徴で、三振もとれる速球派でもあったが、制球力に難があったため、2000年から足をあまり高く上げない通常の投球フォームに変えた。

この年は5勝9敗と負け越したものの自己最多となる50試合に登板し、終盤は抑えとして前年大活躍した小林幹英の不調の穴を見事に埋める活躍を見せた。



2001年は開幕から左の先発メンバーのローテーション入りを果たし、自身初の二桁勝利(10勝8敗)に加え、オールスターゲーム初出場を果たすなど、セ・リーグを代表する左投手へと成長するかと思われた。

翌2002年は8月28日にその年に日本一となる読売ジャイアンツ相手に173球投げて、1-0での完封勝利をするなど見せ場もあったが、結局リーグ最多の14敗を記録してしまった。

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2003年前半戦は無敗の8連勝を成し遂げ、最速149km/hのストレートと鋭いシュートを武器に防御率も1点台前半を記録した。

前半不調だった黒田博樹、佐々岡真司、扁桃腺炎を患って戦線離脱した長谷川昌幸の穴を埋める活躍をして、左腕エースと呼ばれた。

後述の“不可解な退場事件”後も完投勝利を収めるなど連勝を続けていたが、結局後半戦は1勝止まり。

投手タイトルはもとより2年ぶりの二桁勝利すら逃してしまった。



2004年、FA権を取得。

巨人、阪神、MLBのブルージェイズが獲得の動きを見せたが、権利を行使せず残留。



2005年は開幕から先発ローテーションの一角を担っていたが、膝の故障で思うような投球ができず、プロ入り初の一軍未勝利となる不本意なシーズンとなった。

8月10日の精密検査で「左ひざ大腿骨滑車面軟骨損傷」と診断され、同月26日に左ひざを手術。

一時は引退も考えたが、現役続行を希望してオフには前年の半額となる年俸で契約更改。



2006年は膝の故障も癒え、防御率は4点台であったものの、年間通して貴重な中継ぎ左腕として活躍した。

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