終わりの始まり14(日経記事・対談)

July 29 [Sat], 2017, 10:05
2017/7/23

最近気になった記事は、やはりこれだ。

またこの記事以外にも、労働分野では「残業代ゼロ」容認という高度プロフェッショナル制度(高プロ)導入を含む労働基準法改正案も世間を賑わせている。残業代ゼロ法案について

この日経の記事は、フリーランスと言われる特定の企業に属せず自らの技能等で仕事を受けるような専門職に就いている人材に対する記事であり、高度プロフェッショナル制度導入は雇用契約としての労基法改正の話であるが、どちらも専門的な技能を持つ人材の働き方改革という共通点があるのだ。

つまり、それだけ、今の時代に専門的な技能を持つ人材の存在感自体が増しているということなのだろうし、こういった一連の問題提起には、大きな「働き方改革」という時代の流れが、その底流には流れているのであろう。しかし、労基法改正には、色々と異論が出ているようだ。それでも、働き方を見直すといった潮流を、そういう流れ自体を止めることは、もはや多分できなくなって来ているような気がする。
特に、今回、公正取引委員会が、広くプログラマーや会計士等のプロ人材やスポーツ選手や芸能人も含めて専門的な技能を持つフリーランスの人材をターゲットにしたことで、こういうフリーランスの移籍制限に対してある程度のガイドラインが出される可能性はかなり高まったのではないだろうかと思っている。しかし、それはあくまで全体的なガイドラインであって、各個別の業界における実効性を保証するものでは、まだない。しかし、流れの方向性が示されば、後はその流れの速さの具合が、個別に問われることになるだけだろう。

そのうえ、世界の公正取引委員会も、緊密に情報交換や意見交換をし合っているのだ。だから、この日経の記事にも出ていた去年の10月のアメリカにおける労働分野への独禁法適用についての指針についても、日本の公正取引委員会のHPにもしっかり掲載されている。公正取引委員会HP(FTCの原文にもリンクできる。)
そして、この昨年アメリカで公表された指針は、かなりしっかりとした内容のようで、あからさまな「相互引き抜き禁止」協定や賃金カルテルに対しては刑事事件として捜査を進めるものとされ、これらの合意が仮に犯罪行為を構成しなくても、当局が所管する法令の下で行政上の責任を問われる可能性があるというもののようだ。
となると、日本の公正取引委員会での来月8月から行われる「人材と競争政策の検討会」も、その検討会では「内外の実態や判例」を踏まえると言っているのだから、このアメリカの指針等はある程度の影響を与えそうな気もする。(もう既に与えているかも知れないが。)

検討会委員名簿
また、この検討会の座長である泉水文雄氏(神戸大学大学院法学研究科教授)は、自身の過去のブログで、プロ野球のドラフト制度と独禁法について興味あることを語っていた。泉水氏ブログ
この検討会での座長の位置づけがどんなものかは分からないが、私が、このブログを読んだ感触としては、泉水氏はスポーツ選手の移籍制限に関しては、どちらかと言えば疑問を持っている風だったし、ある程度時代を読んだ判断ができそうな方というような印象を受けたのだが。

ところで、あの田崎健太氏が、また現代ビジネスからネット記事を書いていたが、私はそもそも前の週刊現代の記事の時点で、ほとんど田崎氏を評価していないのだ。(Xデーまでのメモとコメント17〜19)また、田崎氏とH社長の関係性にも疑いを持っている。というのも、この週刊現代の記事が出た後で、すぐにH社長はTwitterで満足そうに反応しただけではなく、ご丁寧にも田崎氏を自分のFacebookの友達のなかに加えてさえいるのだから。(もちろん儀礼的な意味だろうが、あまりに露骨。)
このH社長は、物凄くわかりやすい人なので、Facebookでも、文春の下げ記事だけは必ずリンクをシェアする。だから、今回の田崎氏のネット記事も、当然、即シェアしている。そういう関係性だからだ。

今回の田崎氏の記事は、前回の記事の改悪版なので詳しく言及する気さえもない。しかし、特に後編は、のんさんをターゲットに絞ったような記事だったのは気分が悪い。多分、H社長の思惑が強く働いているのだろうが。
前回も書いたのだが、私は、一見して嘘を並べたと理解できるような記事は不快だが、表面を装って巧みに誘導するような記事は、タチが悪いと思っている。これはタチが悪い記事だ。

しかし、この記事が与える効果というのは、あくまで限定的であろう。というのも、これだけ今色々な弁護士が、音事協の統一契約書について問題提起しているなかで、田崎氏の一方的な論法はすぐに論破されてしまうのではないかと思っている。
まして公正取引委員会の検討会に何かの影響を与えることも一切ないだろう。逆に、今回のフリーランスの働き方という点で対象となる業界のなかで、あまりに芸能界だけが旧態依然とした論法で騒ぎたてると、かえってそういう行為は業界の自治能力の欠如とみなされることになるだろう。というのも、公正取引委員会の検討会では、「当事者の自治の状況」も踏まえて討議されることになっているので、音事協や芸能事務所に業界を適正化しようという自治意識が見られないまたは自治能力がないと見なされてしまうだろうからだ。まあ、音事協や芸能事務所には、業界を適正化しようという意識も能力もはないのだけれども。(ラグビーのトップリーグは、公正取引委員会の聞き取り調査を受けて、早々と移籍制限の見直しを検討し始めると言っている。)

だとすれば、世論対策だとしても、こんな記事に何の意味があるのか、私には本当によくわからない。この記事で、音事協という組織が再評価されたり、L事務所の正当性が理解されるという発想自体が、私には不可解なのだ。
音事協に限らないが、その組織が未来に果たす役割を語らずに、過去の組織成り立ちのいきさつや、もはや時代遅れとなった過去の役割ばかりを、グダグダと語り始めた時には、すでにその組織自体は終わっている。それを痛切に感じさせた記事だった。

音事協とL事務所は、リスク管理の専門家を雇った方が良い。特に音事協の顧問弁護士の錦織淳氏については、色々といわくありげな人らしいから。

2017/7/29

「映画秘宝」9月号の、のんさんと桃井かおりさんの対談を読んだ。
「創作あーちすとNON」の時の対談では、私にとって理解しずらかった専門的な演技論的な箇所についても、その後、併せて幾つかの桃井さんのインタビュー記事を読み、今回の対談も読んだりした結果、なんとなく理解できたような気がする。

桃井さんは、この、のんさんとの対談でも、演技論として『のんさんは、技術ではなく、感情やセンスや瞬発力でやってる。俳優に技術なんて必要ないんです。それよりも芸術性・作家性のほうが重要よ。』とか、『技術に頼らず、自分の体とセンスを頼りに役もセリフも作れば、すごい発明が生まれるかもしれない。それが俳優の仕事であって、その人にしかできない役が生まれるんだと思うんです。』と語っているが、別のインタビューでも、『だからセリフを憶えて上手に言うのが俳優だと思ってるかも知れないけど、そうじゃなくて台詞を手掛かりにしてその人の人生を体感するのが仕事だと思うのね。』というようなことを語っていた。また、即興的なセリフのやり取りを、ジャズのセッションのようなものとも言っている。
そういう、現場での「発想力」という言葉は、「創作あーちすとnon」の対談のなかにも出てきたフレーズだが、よく桃井さんのインタビューに登場する言葉だ。
つまり、桃井さんは、俗に言う予定調和的な予測可能な演技よりも、現場での発想や創造性を重視したような演技を評価しているのかもしれない。

さらに興味深いのは、のんさん自身も最近のインタビュー記事で、「創作あーちす」としての活動が演技にどう影響を与えるのかについて、『でも現場に行ったとき、自由に発想するとか、感じたままに動くっていう手段は、リンクさせられる部分もあります。』と述べていることだ。
これは、本人にしか分からないことだが、創作活動によって、技というスキル的なことよりも、スキルの根底にあるもともとの感性が更に鋭敏になるとか、今迄よりも現場で自由に表現できるようになったということだろうか。
だとすれば、対談での桃井さんのコメントは、多分、のんさんにも共感や納得できる部分が多かったのだろうか、などと思ってしまった。

しかし、今回の「映画秘宝」の対談を読んでいてふと引っ掛かったことがあるのだ。凄く些細なことなのだが、それは、桃井さんのプロフィール欄についてのことなのだ。
この「映画秘宝」の対談の桃井さんのプロフィール欄のところには、経歴のなかに、何故か、2006年アメリカ合衆国映画俳優組合に加入という事項が一言加えられているのだ。
私は、それまでに幾つかの桃井さんのインタビュー記事を読んでいたが、桃井さんのプロフィールで、このアメリカ合衆国映画俳優組合への加入について、触れられているものはなかった。そういえば、「創作あーちすとnon」の時のプロフィール欄にも記されていなかった。そこで、その他のインタビュー記事等も探してみたが、やはり見た限りでは見つからなかった。
もちろん、Wikipediaのようなところには、このアメリカの映画俳優組合加入の件は当然載っているのだ。
しかしどういう訳か、今までは、この桃井さんのアメリカ合衆国映画俳優組合に加入していることを記載したものはなかったようなのだ。
それは、確かに、桃井さんは、ハリウッドで仕事をしているわけだから、その為には、アメリカでは映画俳優組合に加入している事実があったとしても、それをわざわざ日本でのインタビュー記事や映画関連記事での桃井さんのプロフィール欄に記載する必要性がなかったからだろう。また、桃井さんなら、まだほかに載せるべきことがあったからかもしれない。
ではどうして、今回の「映画秘宝」は、そのアメリカの映画俳優組合に加入しているという事項を、あえてプロフィールに記載したのだろうか。今回の桃井さんの作品の「ふたりの旅路」は、日本とラトビアの合作映画で、ハリウッドの作品でもないのに。
そこに、もしかして深い意味はなくたまたま思いつきで記載しただけかも知れないし、それとも、そこに何か意図的なものがあってのことなのかは分からないが、何故だろうと引っ掛かるものがあったのだ。

これは、もしかして立ちすくんでいる日本映画界や芸能界に対しての、秘宝か桃井流のアイロニーなのだろうか?それとも、桃井さんがのんさんに「こういう選択肢もあるのよ」と提示しているのだろうか?また、それとも秘宝サイドの桃井さんへの、その挑戦的な生き方への、ある種の敬意の表れなのだろうか?どう、なのだろうか。よく分からない。


そもそも、のんさんと桃井さんとの繋がりをファンが知ったのは、昨年の8月ののんさんのInstagramにのんさんが桃井さんの作品『火Hee』を観に行った様子をupした時が最初だ。
その当時、のんさんと桃井さんがどんな具合で繋がったのか、私も正直驚いたことを覚えている。
しかし考えてみれば、単発的にハリウッド等の海外の映画に出演する日本の女優はいても、本格的に海外に拠点を移し、色々な国の映画に出演し挑戦的に活動している日本の女優は数としては多くない。桃井さんは、その数少ないなかの女優なのだ。そのうえ桃井さんのハリウッドでのエージェントは、kaz Utsunomiya(宇都宮一生)さんのようだ。彼は、LAでもかなり知られている敏腕音楽プロデューサーであり、現在はSony Music Entertainment傘下のAntinos Management AmericaのCOOでもある人物だ。因みに桃井さんのご主人でもある。
のんサイドが、もし当初から将来的には海外ということも視野に入れていたとすれば、桃井さんのような人と繋がりを持つことは、決して損ではない。例え、そういった戦略上のことだけでなくても。
また、桃井さんならハリウッドでの俳優を取り巻くシステムと日本の俳優を取り巻く旧態依然としたシステムの違いや、それらについての自分なりの意見を、極めて明瞭に語るだけの知識や経験も持っているだろうと思えるのだ。
そう考えると、この対談も何となく、のんさんにも、桃井さんという日本という枠にとらわれなく活動している先達のように、スケール感のある女優になってほしいというような期待感が込められた対談のような気がしてくるのだが。

そう言えば、対談のなかで、桃井さんがLAに遊びにおいでと言っていたような。

台湾の次は、ハリウッドか。それもいいけど‥‥‥。


結局、何が言いたいのかといえば、日本の芸能界は才能のある人材をいつまで眠らせておけば気が済むのか?ということなのだ。



夏の京都

のん公式ブログから


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