宇高姉弟 

2017年07月18日(火) 16時12分






第二回 宇姉弟の京都能案内
 


京都在住の能楽一家、宇姉弟がお送りするちょっと贅沢なひととき。能面作家の景子は、この為に製作した能面を披露し、能楽師の竜成・徳成がパフォーマンスをします。その他、京都の能にまつわるお菓子や観光スポットの紹介など、お能を知って、味わい、楽しむイベントです。どうぞお気軽にお越し下さい。
 








第二回目は四条烏丸から徒歩10分、庵(いおり)という京町家の奥にある敷舞台にて開催されます。


 今回は9月9日の重陽の節句や、祇園祭の菊水鉾の元となっている伝説、能「枕慈童」をテーマにお話しや、パフォーマンスを致します。また、庵の近くにある小さな能スポットの数々をご紹介致します。
 


日時  2017年8月6日(日) 14:00〜16:00


場所  庵 2F 敷舞台(京都市下京区富小路高辻上ル筋屋町144-6)


定員  30名(要予約)


参加費 4,000円(高校生以下 1,000円 お子様大歓迎)


お問合せ TEL 090-8385-1063(平日10:00-17:00)  
E-mail udakabrothers@gmail.com


※舞台などの関係でお電話に出られない場合がございます。
留守番電話にメッセージを残して頂けましたら折り返しご連絡致します。


official web site https://udakabrothers.wixsite.com/udakabrothers

融 おまけ 

2017年07月08日(土) 0時49分

さて、融の解説もこれでおしまいです。気がつけば公演当日までもつれ込んでしまいましたが、シテを勤める前に自らの勉強としても役立てる事ができました。


最後までお読み下さいました皆様、本当に有難うございます。明日はしっかりと舞台を勤めさせて頂きます。何卒宜しくお願い申し上げます。


また、偶然か明後日あたりが満月らしく、今も都の空には月が輝いています。


光陰は全ての人にあり、全ての人や世界が惜しまれて仕方がありません。そんなアンバランスで美しい世界に住んでいる事を再認識した、そんな経験をさせて頂きました。


それではこれにて、融の解説を終わらせて頂きます!おやすみなさい!!

融その九 

2017年07月08日(土) 0時42分

9.名残惜しの面影
 
 
 
…月に戯れ舞遊ぶ融の大臣は、なおも月の面白さを語り、やがて東の空が白むと月は西の山に隠れ、融の大臣も月の世界に帰って行きます。
 
 
 
地<あら面白の遊楽や。あら面白の遊楽や。そも名月のその中に。まだ初月の宵々に。影も姿も少なきは如何なる謂はれなるらん。
 
僧「ああ、なんと面白い遊楽でしょうか。さても、月の輝きの中でも、まだ宵の間の三日月は影も姿も薄く見えますが、それは一体どういうわけなのでしょうか。」
 
 
 
シテ<それは西岫に。入日の未だ近ければ。その影に隠さるゝ。喩へば月のある夜は星の淡きが如くなり。
 
大臣「それは西の山の端に、夕日がまだ沈みきらずにいるので、日の光に隠されて見えないのだ。例えば月の光輝く夜には星の光が淡く見えるのと同じであろうな。」
 
 
 
地<青陽の春の始めには。
 
僧「それならば、春の始めに月がはっきり見えないのはどうでしょう…。」
 
 
 
シテ<霞む夕べの遠山。
 
大臣「それは夕べの遠山に春の霞が立ち込めるからであろうな。」
 
 
 
地<黛の色に三日月の。
 
僧「遠山と言えば…黛の形、桂の黛と言えば三日月に例えられ…。」
 
 
 
シテ<影を舟にも喩へたり。
 
大臣「また三日月は舟の形にも例えられる。」
 
 
 
地<また水中の遊魚は。
 
僧「また水中にいる魚にとっては…。」
 
 
 
シテ<釣針と疑ひ。
 
大臣「三日月を釣り針かと疑って…。」
 
 
 
地<雲上の飛鳥は。
 
僧「雲の上を飛ぶ鳥にとっては…。」
 
 
 
シテ<弓の影とも驚く。
 
大臣「弓の影かと驚きもする。」
 
 
 
地<一輪も降らず。
 
僧「月の光は大地に降り注ぐが、月そのものは地に墜ちる事はなく…。」
 
 
 
シテ<萬水も昇らず。
 
大臣「水は雲となり空に昇るが、やがて雨となり地に帰るのだ。」
 
 
 
地<鳥は池辺の樹に宿し。
 
僧「驚いた鳥達もやがては月に照らされた樹に泊まり…」
 
 
 
シテ<魚は月下の波に伏す。
 
大臣「疑っていた魚達もやがては月下の波に伏して安らかに眠るのだ。」


地<聞くともあかじ秋の夜の。
 
僧「ああ、いくら聞いても、聞き飽きない物語です。この夜がいつまでも続くと良いのに…。」
 
 
 
シテ<鳥も鳴き。
 
大臣「しかし、やがて鳥も鳴き出して…。」
 
 
 
地<鐘も聞えて。
 
僧「鐘の音も響き渡って…。」
 
 
 
シテ<月もはや。
 
大臣「もはや月影も…」
 
 
 
地<影かたむきて明方の。雲となり雨となる。この光陰に誘はれて。月の都に入り給ふよそほひあら名残惜しの面影や。名残惜しの面影。
 
…やがて西の空に傾いていって、東の空から夜明けが来る。ある時は雲となり、ある時は雨となる。どことも定まらないこの世の中は時が流れて、やがて月も入り、融の大臣も月の世界に帰って行く。なんと名残惜しい事であろうか。あぁ名残惜しい面影であろうか。
 
 
 
…やがて夜明けと共に僧の夢も覚めて、元の六条河原の院となってしまいます
 
 
 
…おわり

融その八 

2017年07月08日(土) 0時02分

8.なおも奇特を見るべしと
 
 
 
…僧が河原の院に佇んでいると、河原の院の辺りに住む男(間狂言)が僧の目の前に現れます。僧は、先程の不思議な老人が融の大臣の幽霊ではないかと思い、男に不思議な老人の事を話し、融の大臣の事を尋ねると、男は僧の申し出に答え物語をします。僧はもう一度不思議な老人に会ってみたいと思って、河原の院で通夜(一夜を過ごして夢の中で会う)をしようと思います。すると夢か現か融の大臣が現れます。
 
 
 
ワキ<磯枕苔の衣を片敷きて。苔の衣を片敷きて。岩根の床に夜もすがら。なほも奇特を見るべしと。夢待ち顔の旅寝かな。夢待ち顔の旅寝かな。
 
僧「この塩竃の磯辺で、苔を敷いて岩を寝床とし、またもや不思議な奇特(奇跡)を見る事ができるのではないか、と期待を込めて、夢を待つ心持ちで旅寝をしましょう。」
 
 
 
シテ<忘れて年を経しものを。また古にかへる波の。満つ塩竃の名にし負ふ。今宵の月を陸奥の。千賀の浦曲の遠き世に。その名を残すまうち君。融の大臣とは我が事なり。
 
融の大臣「私は長い年月、この世の事も忘れて過ごしていたのだが、また昔の事を思い出して今宵、塩竃の名物である仲秋の名月を眺めに来たのだ。遠い昔、この塩竃の浦にその名を残した融の大臣とは私の事である。」
 
 
 
シテ<われ塩竃に心を移し。あの籬が島の松蔭に。名月に舟を浮め。月宮殿の白衣の袖も。三五夜中の新月の色。千重ふるや。雪を廻らす雲の袖。
 
大臣「私は塩竃の浦に心を奪われ、ここに塩竃を模し、あの籬が島の松蔭に明月の夜舟を浮かべて、かの月宮殿にいるという天人の白衣の袖の様に、『十五夜の夜中に昇りはじめた月は白く冴え』と詠まれた詩の如く、月影に照らされた白妙の袖を幾度となく翻して舞い遊んだのだ。」
 
 
 
地<さすや桂の枝々に。
 
大臣「舞のさす手はまるで、桂の枝に差し込んだ月光が…」
 
 
 
シテ<光を花と。散らすよそほひ。
 
大臣「花びらのように散っていく様に美しい。」
 
 
 
地<此處にも名に立つ白河の波の。あら面白や曲水の盃。受けたり受けたり遊舞の袖。
 
大臣「この都にも陸奥と同じく、名高き白河が流れている。ああ面白きかな、曲水の宴の様だ。さぁ盃を受けて、詩を作り、舞い遊ぼうではないか。」
 
…と融の大臣は月の光りに照らされた河原の院で舞い戯れる。
 
 
 
…つづく

融その七 

2017年07月07日(金) 23時25分

7.月に照らされた汐汲みの老人
 
 
 
…僧と老人は秋の夕暮れの中、都の名所を眺め尽くす。老人は自分が愛した都の景色を、昔の思い出とともに語る。
 
 
 
地<眺めやる其方の空は白雲の。はや暮れ初むる遠山の。峯も木深く見えたるは。如何なる所なるらん。
 
僧「見渡せば、向こうの空は白雲におおわれて、早くも日が沈もうとしています。あの遠くの山に峯の姿も木深く見えるのは如何なる所なのでしょうか。」
 
 
 
シテ<あれこそ大原や。小塩の山も今日こそは。御覧じ初めつらめ。なほなほ問はせ給へや。
 
老人「あれが『大原や 小塩の山も今日こそは 神代の事も思ひ出づらめ』…と詠まれた所です。お坊様は今日、初めてご覧になられたのじゃな。さぁもっとお訪ね下され。」
 
 
 
地<聞くにつけても秋の風。吹く方なれや峯つゞき。西に見ゆるは何處ぞ。
 
ワキ「なるほど…。おお、伺っていると秋風が西山の方から吹いて来ますが、小塩山の続きに見えるのは何という所ですか?」
 
 
 
シテ<秋もはや。秋もはやなかば更け行く松の尾の嵐山も見えたり
 
老人「いやはや秋も半ばを過ぎましたな。あれが松尾…嵐山も見えますな。」
 
 
 
地<嵐ふけ行く秋の夜の。空澄み昇る月影に。
 
僧「嵐が吹いて、夜も次第に更けて行って、澄み渡った月が昇ってきましたね。」
 
 
 
シテ<さす汐時もはや過ぎて。
 
老人「おお、いつの間にか汐の満ちる時も過ぎて…。」
 
 
 
地<暇もおし照る月にめで。
 
老人「月が照り渡っておる…。」
 
 
 
シテ<興に乗じて。
 
老人「その面白さにうっかり時を過ごして…。」
 
 
 
地<身をばげに。忘れたり秋の夜の長物語よしなや。まづいざや汐を汲まんとて。持つや田子の浦。東からげの汐衣。汲めば月をも袖に望汐の。汀に帰る波の夜の老人と見えつるが。汐曇りにかき紛れて跡も見えずなりにけり。跡をも見せずなりにけり。
 
老人「自分の仕事を忘れてしもうたわい。いやいや、くだらない長話をしてしまい申した。さらば汐を汲みましょうぞ。」
 
…と言って、田子を持ち、着物の裾をからげて汐を汲むと、水に濡れた袖には満月の月影の写る水桶がある。汲んだ汐水と月影を水桶に持って汀に帰って行く様に見えた老人は、やがて海面に出ている汐曇りの中に紛れていって、やがて跡形もなくみえなくなってしまった。
 
 
 
…つづく

融その六 

2017年07月07日(金) 22時55分

6.名所教え
 
 
 
…僧は老人の河原の院に対する愛情、そして嘆きに深く感じ入り、老人の心を慰めようと声を掛ける。
 
 
 
ワキ<只今の御物語に落涙仕りて候。さて見え渡りたる山々は皆名所にて候か。
 
僧「今の物語に私も涙を流してしまいました。…さて、話は変わりますが、ここから見える山々は皆名所なのですか?」
 
 
 
シテ<さん候皆名所にて候。お尋ね候へ答へ申し候はん。
 
老人「…そうです。皆名所です。お尋ね下さい。お答え致しましょうぞ。」
 
 
 
ワキ<まづあれに見えたるは音羽山候か。
 
僧「まず…あれに見えるのは音羽山ですか?」
 
 
 
シテ<さん候あれこそ音羽山候よ。
 
老人「左様、あれが音羽山です。」
 
 
 
ワキ<音羽山。音に聞きつゝ逢坂の。関の此方にと詠みたれば。逢坂山も程近うこそ候らめ。
 
僧「音羽山と言えば…『音羽山 音に聞きつつ逢坂の 関のこなたに年を経るかな』と歌に詠まれていますね。音羽山もどこか近くに見えているのでしょうね。」
 
 
 
シテ<仰せの如く関の此方にとは詠みたれども。あなたに当れば逢坂の。山は音羽の峯に隠れて。この辺よりは見えぬなり。
 
老人「おっしゃる通り『関のこなた』とは詠まれていますが、ここからは向こうの方に当たるので、逢坂山は音羽山に隠れて、この辺よりは見えぬのです。」
 
 
 
ワキ<さてさて音羽の峯つゞき。次第々々の山並の。名所々々を語り給へ。
 
僧「それから、あの音羽山に続いて並んでいる山々の名所を教えて下さい。」
 
 
 
シテ<語りも盡さじ言の葉の。歌の中山清閑寺。今熊野とはあれぞかし。
 
老人「すべて語りつくせぬ程に沢山ございます。歌の中山、清閑寺…今熊野というのはあれですな。」
 
 
 
ワキ<さてその末に続きたる里一村の森の木立。
 
僧「じゃあその端に続く里にひとつ森の梢が見えますのは…。」
 
 
 
シテ<それをしるべに御覧ぜよ。まだき時雨の秋なれば。紅葉も青き稲荷山。
 
老人「そう、それを目印にして御覧なされ。今はまだ時雨の降る秋の頃なので、青紅葉の木々が広がるのは稲荷山です。」
 
 
 
ワキ<風も暮れ行く雲の端の梢にしるき秋の色。
 
僧「秋風に吹かれて夕暮れに染まるあの雲の方…秋の色が梢に見えているのは…。」
 
 
 
シテ<今こそ秋よ名にし負ふ。春は花見し藤の森。
 
老人「今こそ秋じゃが、春には美しい藤の花が咲く名所・藤森ですな。」
 
 
 
ワキ<緑の空も影深き野山に続く里は如何に。
 
僧「空も野山も青々として深緑になっている、あの里続きは如何なる所なのですか?」
 
 
 
シテ<あれこそ夕ざれば。
 
老人「あれこそ歌に『夕ざれば…』」
 
 
 
ワキ<野辺の秋風
 
僧「なるほど、あれが『野辺の秋風…』」
 
 
 
シテ<身にしみて。
 
老人「おおご存知か…『身にしみて…』」
 
 
 
ワキ<鶉鳴くなる。
 
僧「はい…『鶉鳴くなる』」
 
 
 
シテ<深草山よ。
 
老人「『深草の里』と詠まれた、深草山でございます。」
 
 
 
地<木幡山伏見の竹田淀鳥羽も見えたりや。
 
老人「…おお、それから木幡山、伏見、竹田、淀、鳥羽も残りなく見えますな。」
 
 
 
…つづく

融その伍 

2017年07月07日(金) 12時13分

5.融の大臣
 
 
 
ワキ<なほなほ。陸奥の千賀の塩竃を。都の内に移されたる謂はれ御物語り候へ。
 
僧「塩竃の浦を都の内に移された謂れをもっと詳しくお話下さい。」
 
 
 
シテ<語って聞かせ申し候べし。
 
老人「語ってお聞かせしますかな。」
 
 
 
シテ<昔嵯峨の天皇の御宇に。融の大臣と申しゝ人。陸奥の千賀の塩竃の眺望を聞し召し及ばせ給ひ。あの難波の御津の浦よりも。日毎に潮を汲ませ。此處にて塩を焼かせつゝ。一生御遊の便とし給ふ。その後は相続して翫ぶ人もなければ。浦はそのまゝ干潟となつて。池辺に淀む溜り水は。雨の残りの古き江に。落葉散り浮く松蔭の。月だに澄まで秋の風。音のみ残るばかりなり。されば歌にも。君まさで。煙絶えにし塩竃の。うら淋しくも見え渡るかなと。貫之も詠めて候。
 
老人「その昔、嵯峨天皇の御代に融の大臣というお方がおられました。ある時、陸奥にある千賀の塩竃の景色が美しいとの評判をお聞きになって、あの難波にある御津の浦から毎日汐を汲ませて、ここ河原の院で塩焼きをさせて、それを生涯楽しみにして御遊びになられましたのじゃ。しかし、その後にはこの風流を解して相続する人もおらなんだので、この浦はそのまま干潟となり、池は淀んだ水が溜まり、松蔭から落ち葉が雨水に浮かんでは池に流れ、この水に映る月影までも、もはや澄む事がなくなって、ただ秋風ばかりが昔を偲んで寂しく音するばかりとなったのじゃ。…それで歌にも『君まさで 煙絶えにし塩竃の うら淋しくも見え渡るかな』…と、貫之殿もこう詠まれたのです…。」
 
 
 
地<げにや眺むれば。月のみ満てる塩竃の。うら淋しくも荒れはつる跡の世までもしほじみて。老の波も帰るやらん。あら・昔恋しや。
 
老人「こうやって眺めますと、空に照る月のみが満月で池の水は干上がって、もの寂しく荒れ果ててしまった塩竃の浦には、ただ世間の辛さばかりが感じられ、寄る年波もいよいよ押し寄せて来る様じゃ。あぁ過ぎた昔が恋しい…。」
 
 
 
地<恋しや・恋しやと。慕へども願へども。かひも渚の浦千鳥音をのみ。鳴くばかりなり音をのみ。鳴くばかりなり。
 
老人「あら恋しや、あら懐かしや…といくら慕っても願っても昔が戻ることもなし。ただ浦に鳴く千鳥の様に、声を立てて泣く他はありませんのじゃ…。」
 
 
 
…そう言って老人は泣いてしまった。 
 
 
 
…つづく

融その四 

2017年07月07日(金) 11時11分

4.鳥は宿す池中の樹
 
 
 
…月が空に上り、籬が島を照らす。頃は秋。僧は詩に詠まれた世界を目前に感じた。
 
 
 
ワキ<げにげに月の出でたるぞや。面白やあの籬が島の森の梢に。鳥の宿し囀りて。四門に映る月影までも。孤舟に帰る身の上かと。思ひ出でられて候。
 
僧「おお、月がでましたな。ああ面白い、あの籬が島の森の梢に鳥がとまってさえずり、月の光が辺りの門を照らす有様…あの詩が詠まれた折柄も、今のこの様な景色であったのかと、昔に思いを馳せてしまいますな。」
 
 
 
シテ<只今の面前の景色を。遠き古人の心まで。お僧の御身に知らるゝとは。若しも賈島が言葉やらん。鳥は宿す池中の樹。
 
老人「今のこの景色が、古人の詠んだ詩と同じ様にお感じなさるとは、もしや賈島の詠んだ詩ではござらんか。確か…『鳥は宿す池中の樹』※」
 
 
 
※推敲(すいこう)…詩や文章をより良くしようと考えて、作り直して苦心する事。賈島の詠んだ詩の『僧は推す月下の門』か『僧は敲く月下の門』か迷った故事から来ている。
 
 
 
ワキ<僧は敲く月下の門。
 
僧「そうです…『僧は敲く月下の門』という推敲の…。」
 
 
 
シテ<推すも。
 
老人「『推す』が良かろうか…」
 
 
 
ワキ<敲くも。
 
僧「または『敲く』か…」
 
 
 
シテ<古人の心。
 
老人「苦心した賈島の心が…」
 
 
 
シテ・ワキ<今目前の秋暮にあり。
 
二人「今目の前の秋の暮に感じられますな。」
 
 
 
地<げにや古も。月には千賀の塩竃の。月には千賀の塩竃の。浦曲の秋も半ばにて。松風も立つなりや霧の籬の島隠れ。いざ我も立ち渡り。昔の跡を陸奥の。千賀の浦曲を眺めんや。千賀の浦曲を眺めん。
 
老人「いやはや昔の事も、あの月を思えばまるで近頃の様に思われますな。この千賀の塩竃も今は仲秋で、松風が吹き渡り、籬が島のあたりは霧が立ち込めておる。さて儂ももっと向こうへ寄って景色を眺め、昔の跡を偲ぶとしますかな。」
 
 
 
…つづく

融その参 

2017年07月07日(金) 11時08分

3.都の塩竃


…僧は老人に声を掛けると、老人は自分は汐汲みであると名乗り、六条河原の院の庭園は陸奥の千賀の塩竃に模したものである事を語ります。折から上った秋の月に照らされた景色に愛でて二人は有名な漢詩を口ずさみます。
 
 
シテ<暫く休まばやと思ひ候。
 
老人「暫く休もうと思います。」
 
 
 
…と言って老人は田子を下すと、僧が後ろから声を掛けた。
 
 
 
ワキ<いかに尉殿。御身はこの辺りの人にてましますか。
 
僧「もし、ご老人。あなたはこの辺の方ですか?」
 
 
 
シテ<さん候この所の汐汲にて候。
 
老人「左様、この所の汐汲みですわ。」
 
 
 
ワキ<不思議やな此處は海辺にてもなきに。汐汲とは誤りたるか尉殿。
 
僧「これは不思議な、海辺でもない所に汐汲みとはご老体、何か勘違いをなさったのでしょうか?」
 
 
 
シテ<あら何ともなや。さてこの所をば何處と知ろし召されて候ぞ。
 
老人「これは呆れましたな…。一体あなたはこの場所を何だとお思いかな?」
 
 
 
ワキ<さん候この所を人に問へば。六條河原の院とかや申し候。
 
僧「…はい、この所を人に聞いたら確か六条河原の院とか申しましたが…。」
 
 
 
シテ<さればその河原の院こそ塩竃の浦候よ。陸奥の千賀の塩竃を移されたる。都の内の海辺なれば。名に流れたる河原の院の。河水をも汲め池水をも汲め。此處塩竃の浦人ならば。汐汲となど思さぬぞや。
 
老人「そう、その河原の院こそ塩竃の浦なのですぞ。陸奥の千賀の塩竃を模して造られた、都の中にある海辺なんじゃから、この有名な河原の院では、たとえ川の水を汲もうとも、池の水を汲もうとも、この塩竃の浦人は汐汲みと決まっておるのですわ。」
 
 
 
ワキ<げにげに陸奥の千賀の塩竃を。都の内に移されたるとは承り及びて候。さてはあれなるは籬が島候か。
 
僧「なるほど、確かに陸奥の千賀の塩竃を都の中に模して作った事は聞いたことがあります。じゃああれが籬が島ですか?」
 
 
 
シテ<さん候あれこそ籬が島候よ。融の大臣。常は御舟を寄せられ。御酒宴の遊舞さまざまなりし所なり。や。月こそ出でて候へ。
 
老人「左様、あれが籬が島じゃよ。…融の大臣がいつも御舟をあの島へ寄せられて、ご酒宴に色々と歌い舞いなされた所ですわ…おや、月が出ましたな。」
 
 
…つづく

融その弍 

2017年07月06日(木) 19時01分

2.汐汲みの老人
 
…旅を続けるうちに都へ着きます。今僧がいるところはどうやら、六条河原院という所であるらしい。頃は秋。僧がしばらく休んでいると、月が空に浮かびます。すると六条河原の院に田子桶(※)を持った老人(シテ)が現れます。


※たごおけ…その昔、塩を作る為に海水を汲んだ桶を、天秤棒の両端に吊るし、それを担って運んだ。



シテ<月もはや。出汐になりて塩竃の。浦さびまさる。夕べかな。

老人「秋の夕暮れに月が出て、潮も満ち、この塩竃の浦も寂しさにあふれてくるわい。」



シテ<陸奥は何處はあれど塩竃の。うらみて渡る老が身の。寄辺もいさや定なき。心も澄める水の面に。照る月なみを数ふれば。今宵ぞ秋の最中なる。げにや移せば塩竃の。月も都の最中かな。
 
老人「陸奥に名所は色々あるが、中でもこの塩竃ほど面白いものはない。儂の様に愚痴や文句を言いながら日々を過ごす老人には、頼る人もいないものだが『水の面に、照る月なみを数ふれば。今宵ぞ秋の最中なりける。』と詠まれた歌は、こんな老人の心も澄ましてくれる。陸奥の塩竃を移したこの河原の院は都の真ん中で、月を水面に写しておるのだ。」
 


シテ<秋は半ば身は既に。老い重なりて諸白髪。

老人「季節は秋の半ばだか、儂はすっかり老いてしまって、頭には白雪が積もったように髪が真っ白になってしまった。」



シテ<雪とのみ。積りぞ来ぬる年月の。積りぞ来ぬる年月の。春を迎へ秋を添へ。しぐるゝ松の風までも。我が身の上と汲みて知る。汐馴衣袖寒き。浦曲の秋の夕べかな。浦曲の秋の夕べかな。
 
老人「頭の雪と同じく、過ごす年月も積み重なってきた。冬が終わって春を迎え、また秋が来て、松風が時雨の音の様に吹き抜けると、儂の様な汐汲みの老人にとっては、いっそう秋の寂しさが身の上に沁みてくるわい。」
 


…つづく
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宇 竜成 (うだか たつしげ) 金剛流 能楽師 昭和56年12月21日生まれ。 舞台活動の傍ら、初心者にもわかりやすく楽しめる 「能楽ワークショップ」を企画し、2007年にはパリ、 2008年には韓国にてもワークショップを行う。 現在京都を中心に活動中。
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