素晴らしい講演を聞いた。「戦国武将の手紙を読み解く」…。紅葉坂を登った県立図書館。講師の岡田正人、織田信長研究では第一人者らしい。1992年(平成4年)、NHK大河ドラマ「信長」では時代考証を務めたという。火山、もちろんカブリツキ。
戦国武将というから<信長>か<信玄>か…と期待していた。岡田氏、大徳寺で信長の妻<帰蝶>の墓を発見したというから相当な<凝り性>だ。講演も熱が入った。
10月27日(木)は<文字・活字文化の日>というが聞いたことがない。岡田氏も知らなかったという。今年、6月に制定されたばかり。<読書週間>の<初日>というのがミソ。<読書>とは<書を読む>…。<書>とは<文書>…。文書には<古文書>と<公文書>の二種類があり、<明治>以前のものを<古文書>、明治以降を<公文書>というそうだ。
<書>とは手紙と文書。豊臣秀吉と徳川家康の手紙は現存するものはどちらも約<6500>。だが織田信長はたった<900>という。武将には代筆役の<右筆>がいた。<自筆>は少ない。極めて貴重。信長の<自筆>は何通残っているか。驚いた。たった<1通>だ。
信長は逆臣・明智光秀に殺された。本能寺の変。柴田勝家はじめ多くの忠臣も滅びた。秀吉の大阪城には多くの文書があったはずだが、家康に攻め滅ぼされ、火災で焼失。城内にあったはずの信長の文書も失われた。惜しい話だ。
残された貴重な手紙が紹介された。写真に撮ったコピー。凝り性の講師、実物大に復元して見せてくれた。一通は有名な<秀吉の妻>に与えたもの。秀吉の浮気、女グセの悪さを<おね>が信長に<直訴>した。女の<嫉妬>は恐ろしい。
手紙に<日付>がない。いつ書かれたかハッキリしない。でも文面から推定できるという。「おほせ(仰)のことく(如)、こんと(今度)ハこのち(此地)へはしめてこし<越」、しうちゃく(祝着)に候…」―――この地とは<安土>、この頃、秀吉は大名に出世、長浜に城を構えた。直後から<女遊び>が始まったらしい。直訴を聞いて信長はどう裁いたか。
「それのみめ(見目)ふり、かたち(容姿)まて、いつそやみまいらせ候折ふしよりハ、十の物廿ほともみあけ(見上)候、藤きちろう(吉郎)、れんれんふそく(不足)のむね申のよし、こん五たうたん(言語道断)くせ(曲)事候か、いつかたをあひたつね(相尋)、それさまほとのハ、又ニたひ、かのはげねすみあひもとめ(求)かたき(難)あひた…」。
「あなたのような美しい女性はいない。前に会った時より倍も綺麗になっている。それなのに不足をいう藤吉郎は言語道断、怪しからん。どこを探したって、あなたのような美しい方に、あのハゲネズミは二度と会えはしない」―――。妻の<おね>を褒め上げている。
だがここからが信長の凄いところ。紙面の都合で原文は割愛するが、「嫉妬は女性の役だが、あまり焼き過ぎてはいけない。どっしりと構え、言いたいことがあっても言ってはダメ」とやんわりと諭している。その上で「この手紙を藤吉郎にも見せなさい」という気の使いよう。誠に見事です。藤吉郎時代の秀吉、どんな顔をして読んだのでしょう。
あの<冷酷無比>と言われる信長に、女性に対する「人情細やかな気配りがあったのか」と評判の手紙。でも若き日の信長の肉声が聞こえてくるような素晴らしい文章。
この時、おねは山ほど見事なお土産を持参した。初めて来るというので信長も<答礼>の品物を用意した。だがもらった物が素晴らし過ぎて自分の方が<見劣り>…。「だから今回は持たせない。次回に改めて贈る」とまで書いている。
おねが帰った直後、右筆を呼び、すぐ口述筆記させた。だから肉声が聞えてきそうな生き生きした手紙。講師はいう。信長はユーモアもあり、純粋な人だった。結んだ盟約を自分の方から裏切ったことは一度もない。武田信玄、上杉謙信、浅井長政、松永久秀…。裏切ったのは全て<相手>方。純粋なだけに深く傷ついたのではないか…という。
信長<自筆>の手紙。ナント、この世に<1通>だけしかない。それも署名も朱印も花押ない。講師はいう。自筆には朱印も花押もしないのが慣例という。
なぜ自筆と分かるか。この文書は<感状>…。家来の長岡与一郎の戦場での働きを認め、恩賞を与えると約束した手紙。実はまったく同じ日付、同じ紙質で<添え状>が添付されていた。小姓の堀久太郎秀政のもの。そこに<御自筆之披成御書候>とある。実は長岡与一郎とは細川忠興のこと。細川護煕元首相のご先祖(大大名)。家宝として伝えられてきた。
この自筆、素晴らしい<達筆>―――。右筆の比ではない。講師が保証した。火山にもそう見える。そして信長の人柄が分かる。<天下布武>の朱印。稲葉山城を<岐阜>城に改めた理由。<麒麟>の花押。これらは信長が生涯、<師>と仰いだ妙心寺派の高僧<沢彦宗恩>禅師から教えられたもの。
<布武>とは<武力>で<天下統一>―――と普通は理解されている。だが本当は<違う>という。<武>を分解すると<戈>と<止>―――。つまり<戦争>を無くす。戦争をせずに<平和>をもたらすという意味。若き日の信長にはこの<純粋>さがあった。
そして恐らく<生涯>変わらなかった。確かに<残酷>な事件を起こした。だが<非情>は信長が<自分>で求めたものではない。講師は断言した。火山もそう信じる。
では<非情>とは何か―――。