いくらでも解釈可能

January 13 [Wed], 2016, 21:45
家相は易経に基づいて判断されていた。

五行の相生と相剋。

五行と言うのは、木火土金水の五要素。

これが、方位に割り当てられた。

北から時計回りに、水、土、木、木、火、土、金、金の順。

これらの要素の相性によって吉とか凶と判断。

それだけでなく、望みが叶うとか、病になるといった解説が加えられる。

これは、各方位には、八卦が割り振られていて、その八卦の象意からいろいろな解釈をするのである。

たとえば、東の方位は、震という卦が割り当てられる。震には願望の意味がある。この方位が吉と判断されると望みが叶うとされるのだ。

震にはその他にも膨大な象意がある。森羅万象すべては、五行や八卦に分類できるというのが古代中国の思想なのだ。

だから、物語はいくらでも作ることができる。

たくさん作れば、どれか、当たる可能性があるのだろう。

昔の家相家のなかには、占的要素を本気で信じていた人も多かったようである。

現代は、昔の風習として、家相を意識しつつも、病になるとか、相続に障りがあるとか、お金がなくなるといった鑑定を本気で信じる人は一部のマニアだけなのではないだろうか。

張りと欠け

January 13 [Wed], 2016, 21:37
家相では、張りと欠けが重要視されていた。

今は、張りと欠けより、なぜか、玄関とトイレの位置が気になるようだ。

しかし、昔は、玄関の方位は重要でなかったし、トイレも今の判断法とは大きく異なっていた。

その話は別の機会に書くとして、、、、

張りかけの話。

張りとは、張りだした形のこと、配置図を見た時、凸の字のように、一か所が張り出ている状態の事。

現代の家相では、出張り状態だと、気を取り込み、欠けた状態だと、気をブロックするという解説がされるが、これも新しい考え方。昔はそんな単純ではなかった。気の流れを意識しだしたのは、ごく最近のこと、大正時代の気学以降のことだとおもう。

それ以前は、陰陽五行の相生と相剋によって吉凶が鑑定されていた。

だから、張り出ている場合は、偶然なのか、すべて吉だったが、欠けている場合、吉だったり、凶だったり、吉凶両断だったりしたのだ。

今は家相と言うと建物の間取りばかりを見るが、昔は地相が重要視された。

これも、昔の家相の特徴だと思う。地形がでこぼこしていたのだろう。地形というか、敷地の形状。今は、敷地は区画整備によって長方形になるのが普通なので、張り欠けがないのが当たり前だが。。

また、昔は一階建ての住居が多かったので、自由にでこぼこの家ができる傾向にあったのだろう。今は、二階と平面を一致させるようにするので、あまり、でこぼこの形にはならない。

関西方面

January 13 [Wed], 2016, 21:31
風水が日本に伝わったのは奈良時代だと言われている。推古天皇の時代。聖徳太子とかの時代だ。

それで、平安京を作る際、四神相応や鬼門が意識されたという。

四神とは四方位に宿る神。

青龍、白虎、朱雀、玄武のこと。

具体的には、東に側、西に道、南に田園、北に山があることが良いとされる。

この四方位に影響されたのか、昔の都は東西の軸線に沿った街づくりがされている。

鬼門は、北西の方位の事。平安京の北西には、比叡山延暦寺がある。鬼の侵入を守っていたのである。

その後、鎌倉時代、戦国時代になり、その間、風水の思想がどの程度、重視されていたかはわかっていない。

城を建てる際、陰陽が意識されることもあったようだが、たぶん、一般的な住居では、家相にこだわれるような平和な世の中で名無かったのだろう。

家相ブームが起こったのは江戸時代のこと。

重要なのはその場所。

江戸ではなく、浪花や京都で流行り始めた。

江戸の町並みとは違い、大阪や京都は、東西の軸線に沿った街並みなので、方位の鑑定がしやすかったからなのだと思う。
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