アートサロンでのクリスマス会、赤ワインとローストチキンで乾杯

December 19 [Sun], 2010, 15:34
 
この日、我が書斎&ルオーサロンのクリスマス会には16人の紳士淑女が集まった。2か月に1度開催している佐藤よりこさんの西洋美術史講座の仲間たちである。いつもは、ルネッサンスを中心にした西洋美術史の講座に真剣そのものであるが、この日はお勉強なしということで、皆、楽しそうに、はしゃいでいる(笑)。

 会の準備は、美穂さん、加音さん、玉恵さん・理絵さんなど4人の女性たち。早めに来ていただき、クリスマスツリーの飾り付けやオードブル料理などを作っていただく。嬉しいね。

 さて、いよいよ会の始まりだが・・・まず、皆で、うろ覚えの讃美歌312番を一曲歌い、シャンパンで乾杯!
そして、ローストチキンやピザにナイフを入れる。テーブルの上には差し入れのワインやお惣菜、お菓子などが山のように並んでいる。そうそう、今回もよりこ先生手作りアップルパイが一番人気であった。

 実は、この日のために53インチ大型テレビを装備したのだが、これがとてもよかった。ブルーレイの映画『セントオブウーマン』のさわりを見たり、一昨年のフィレンツェ、アッシジなどイタリアへの旅の画像を映して楽しんだ。
勿論、ルネッサンス美術の解説はよりこさんである。そして、美術談義や映画の話題、ワインを飲みながら、皆大賑わい、楽しい夜であった。メリー・クリスマス!


全員ではないが、記念写真!


女性陣が飾り付けたクリスマスツリー・・ビューティフル


賑やかに楽しそうな女性たち


“一の蔵”の原酒も用意したよ・・喜ぶ男たち


手作りアップルパイにナイフを入れるよりこ先生


ルオーサロンでの西洋美術史講座『初期ルネッサンス美術』のこと・・・市民派アート

October 10 [Sun], 2010, 16:53
 我が書斎&ルオー・サロン『流れる星のサーカス』での西洋美術史講座も12回目となった。私は30年近いコレクション人生の中で、たくさんのアート作品を見てきたが、その中心は現代美術であり、印象派以前の西洋古典絵画については詳しくない。これらを理解するには、西洋の歴史・哲学、聖書の知識などが必須であるが、この講座のお陰で古典絵画を見る目も養われつつあり、嬉しい限りだ。

 ぐずついた天気が続いていたというのに、すっかり雨も上がって13人の方が集まった。

本日のテーマは『初期ルネッサンス美術・・モニュメンタルな人物像と透明な光に満ちた風景』、講師は西洋美術史家、佐藤よりこさんである。

 初期ルネッサンス美術のジョット及びシモーネ・マルティーニに連なる画家たち、フィレンツェでモニュメンタルな造形に取り組んだブルネレスキ、アルベルティなど、或いはピエロ・デッラ・フランチェスカのことなど、スライド撮影を入れて約二時間半、素人には難しい部分もあるが、充実した講義で皆満足の様子。そして、スライド鑑賞の後は、お茶とお菓子の時間はよりこ先生を囲んでの美術談義。


 恒例となった二次会は参宮橋の鳥屋『鳥一』。久しぶり参加のT・辻氏、R・神谷さんなども交え、美術の話、映画の話、龍馬伝の話など、実に賑やかに盛り上がった。(山下)



お茶会での美術談義に盛り上がる



中央・・講師の佐藤よりこさんと仲間たち

天平彫刻の傑作、興福寺八部衆像、十大弟子像に魅了される

April 05 [Sun], 2009, 16:50
 興福寺の阿修羅像は多くの日本人が好きな仏像であろう。しかし、阿修羅像に負けず劣らず素晴らしいのが、今回別室に展示されている国宝の仏像たちである。私は、ふと、興福寺や東大寺の仏像を見たくなることがあり、この2,3年、毎年のように奈良に出かけているが、目的は、これら八部衆像、十大弟子像など、天平時代の至宝とも言うべき仏像たちである。

 八部衆は、元々古代インドの異教の神々であったが、仏教に取り入れられて仏法を守る守護神になった。阿修羅(アスラ)や迦楼婆(ガルダ)などである。興福寺の八部衆像は皆、少年のように初々しい。象の冠をかぶった『五部浄立像』、幼さの残る表情の『沙羯羅立像』など。

 十大弟子は釈迦に従った10人の高僧の像である。これらの像の表情はどれも静かで崇高である。私は特に、口角を引き、厳粛な表情の『舎利弗(知恵第一)』、優しい眼差し・ふくよかな口もとの『須菩提(解空第一)』、しわを刻んだ老相ではあるが、穏やかな表情の『富楼那立像(説法第一)』などが、好きである。今回、二度も阿修羅展を見に行ったが、この十大弟子が見たいがためであった。天平時代の仏像は写実的で、豊かな表情に特徴があると言われるが、特にこれらの仏像の前に立つと、その崇高な優しさに魅入られてしまうのである。(山下)


興福寺十大弟子像『富楼那立像』の上半身
額・目尻・ほほにしわ、胸部に肋骨が見える老僧




どこか遠くを見つめる憂いを含んだ表情の阿修羅像

April 05 [Sun], 2009, 16:26
 東京国立博物館で、阿修羅像など天平時代の彫刻の名品が公開されている。私は興福寺や東大寺の仏像たちが好きで、このところ毎年奈良を訪ねている(2008、5、1ブログ)。特に興福寺には十大弟子像など素晴らしい国宝の仏像がたくさんあるが、この阿修羅像は何度見てもいい。

 阿修羅とは、元々インド神話の神である。最高神であるインドラ・帝釈天に戦いを仕掛けるも勝利することができず、それが宿命となって永遠に救われることがない六道の一つになって彷徨うことになる。従って、その姿は戦いの神であるから、怒りの表情であるのが普通である。

 しかし、興福寺の阿修羅像は三面六臂の繊細で、もの静かな仏像である。戦いの神というより、少年のようである。華奢な身体に布だけを付けて、穏やかに合掌している。その表情は悲しそうにも見えるし、怒っているようにも見える。その眼差しはどこか遠くを見ているようだ。怒りや悲しみや慎みなど、その人間らしい深い表情は見る者の心を捉えて離すことがない。(山下)


奈良興福寺の阿修羅像

我がアートサロンでの美術史講座クリスマスパーティー・

December 07 [Sun], 2008, 13:37
 都心にある我が書斎&アートサロンの名は『流れる星のサーカス』。これは好きな画家ジョルジュ・ルオーの版画集のタイトルである。アートNPO推進ネットワーク活動の旗を降ろして以来、積極的なアート活動は縮小したが、このサロンを利用した『市民派アートコレクターズクラブ』としてのアート交流は続いている。

 その一つが、西洋美術史家佐藤よりこさんを囲んでの『西洋美術史講座』である。この講座、女性の方がちょっと多いが、毎回16、7人が参加、とても好評である。12月7日(日)はこの講座の皆さんとのクリスマスパーティー。サロンの壁の展示作品は、ジョルジュ・ルオー版画を中心にブラック、ヘンリー・ムーア或いはマコト・フジムラ、早川俊二、横田海、岸田淳平、野坂徹夫、蛯子真理央、それに流政之の立体など。クリスマス・ツリーを飾り、青いライトを点滅させ、サロンを改装して初めてのクリスマス・ホームパーティである。


 当日は、シャンパンやワイン、オードブル、ローストチキン、チーズケーキなど準備したが、一品持ち寄りということで、女性陣にご用意いただいた手作りお惣菜が盛りだくさんに並んだ。これらのお料理、どれも美味しかったが、特によりこ先生手作りのパスタ料理とアップルパイが大好評であった。

パリ・ノートルダム寺院のクリスマス・ミサ曲やシナトラのクリスマスソングをバックグランドミュージックに、今年一年の良かったこと、来年の抱負などをそれぞれ語り合い、時間を忘れるほどであった。






手作りアップルパイにナイフを入れるよりこ先生

朝一番の新幹線で奈良『興福寺』『東大寺』へ

May 01 [Thu], 2008, 16:45
 先月、大和葛城の集まりに出かけたが、実は昨年秋(2007,9月)のこと、ふと奈良に行きたくなり、朝一番の新幹線に飛び乗った。目的は東大寺と興福寺、ここには小生の好きな仏像が幾つもある。我が書斎&サロンの壁には、30年前興福寺で購入した『阿修羅像』写真パネルと東大寺『広目天』の絵が掛けてあり、ふと、これらの仏像に会いたくなったという訳である。

 『興福寺』は約1300年前、天平時代に建立された。藤原一族の氏寺であり一門の繁栄とともに栄えた。法相宗の大本山であり、ここには国宝の仏像がいくつもある。『文殊菩薩坐像』、『十二神像立像』、『四天王立像』などどれも素晴らしいが、私は深く静かな『無著菩薩、世親菩薩像』や表情豊かな『十大弟子立像』『八部衆立像』などが好きである。暴悪な鬼神であるはずなのに、無垢な少年のような『阿修羅像』など、気品があり、何度見てもいい。


 『東大寺』も好きな寺のひとつ、四天王像などお気に入りの仏像が幾つもある。まず、運慶・快慶作の阿吽の金剛力士像のある国宝の南大門から入り、大仏殿へ。この金堂の堂々とした全景と大仏の姿にはいつも圧倒される。そして坂道をのぼり鐘楼を経て、二月堂に上る。この二月堂回廊からの眺めはいつ見てもいい。大仏殿越しに奈良盆地と山並みの遠景を見渡すことができる。

 この日、私は興福寺と東大寺だけを見て帰りの汽車に乗った。見たい寺は幾つもあるが、余計なものは敢えて見ない。そんな贅沢もいいものだ。・・・心に残る日帰り旅であった。(山)


30年前の写真パネルから 
      

東大寺大仏殿(金堂)

30年ぶりの大和『當麻寺』、抹茶を一服

April 20 [Sun], 2008, 17:14

 高鴨神社のあと、今井康晴氏の車は『當麻(当麻)寺』へ向かう。ここは若き頃の思い出の寺だ。

30年以上前、私は上司岩田学氏と仕事で大和高田市に来たことがあるが、その時、泊ったのが、この寺だ。12月の寒い季節のこと、他に泊り客はなく、20畳以上ありそうな広々した畳の部屋をあてがわれた二人は、風呂に入り、門前町で買い込んできたビールとワンカップ大関で乾杯した。そして、奈良の寺や仏像のことなど語り合いながら、二人が好きな“サントリー角瓶”を一晩で飲み干したのであった。翌朝はひどい二日酔い、それでも三重塔を見学したり、周辺の畑やあぜ道を散策、寺の後方に横たわる二上山を見上げながら、天智天皇や天武天皇、額田の君のことなど語り合ったものだ。

 『當麻寺』は今から1300年前、白鳳時代に創建された寺だ。東西に二基、創建当時の三重塔を残す全国唯一の寺として知られる。本堂の『當麻曼荼羅』は奈良時代、藤原家の中将姫が写経によって作り上げたもので、極楽浄土の光景を再現している。

 今井氏と私は抹茶と菓子を味わいながら庭を眺め、葛城や御所(ごせ)のことなど語り合った。思いがけない友人に会い、懐かしい當麻寺でいい時を過ごすことができた。人生、一期一会、感謝!(山)


*當麻寺サイトより『當麻曼荼羅』


大和“葛城古道”を歩く

April 20 [Sun], 2008, 17:13
 この旅には嬉しいことがあった。久し振りに会ったかつての同僚今井康晴氏が、葛城高原の帰途、“葛城古道”を案内してくれたことだ。今井さんはここ御所(ごせ)の出身であった。

 “葛城古道”とは、奈良盆地の西南端に位置する御所市の西にあり、葛城山、金剛山の麓を南北に結ぶ道のことで、『葛城王朝』や鴨族の神話を秘めた古代の道なのだそうだ。神話の歴史によれば、10代の崇神天皇以降始まる大和朝廷以前の、神武、綏靖(すいせい)、安寧から9帝までの王朝、これこそが『葛城王朝』なのであった。

 そう、ここはまさに神話のふる里なのだ。今井さんが最初に案内してくれたのが、『高鴨神社』、“鴨神”という集落を治めていた鴨一族の氏神なのだそうだ。老杉に囲まれるように建つ檜皮葺きの本殿は室町時代の建築とのこと、厳かな雰囲気だ。(山)



高鴨神社

大和葛城山・岩田学氏を偲ぶ会への旅

April 19 [Sat], 2008, 17:04
亡き岩田学氏を偲ぶ会が奈良で開催された。奈良といってもずうっと南の葛城高原である。京都から近鉄線急行で橿原神宮へ、ここで大阪阿倍野行きに乗り換えて尺度(しゃくど)、そして御所(ごせ)行きに乗り終点まで。ここからは、バスとロープウェイを乗り継いで葛城山上への長旅だ。このロープワエイからは、眼下に大和平野が広がり、耳成山、畝傍山、香具山の大和三山を見渡すことができる。

 葛城高原は大和盆地と大阪平野を見下ろす中間に位置するが、ここ大和葛城の地は、日本神話のいわばふる里といっていい。山上には葛城天神社がある。祭神は日本書紀に最初に現れ出た『国常立(くにとこたち)命』、境内には古代祭祀の遺跡があり、加茂(鴨)氏の祖、『加茂建角身命(かものたけつみのみこと)の神蹟とも伝えられ、『鴨山』と呼ばれる。

 故岩田学氏はこの葛城の地をこよなく愛し、その遺言により、遺骨の一部を散骨したのだそうだ。我々は用意されたお神酒をそれぞれ、山頂の草原に撒き、岩田さんをしのんで合掌した。この会は友人の渋田憲一君とM・安部君によるものであるが、岩田夫人や立派に成長したご子息・ご子女などファミリー、そしてA損保のK・畑岡氏、S・小林氏などであったが、しみじみしたいい集まりであった。(山)


葛城山からのぞむ大和平野と大和三山


葛城山頂の葛城天神社


葛城山頂草原にお神酒を撒き、合掌

東大寺戒檀院の『広目天』と岩田学さんのこと

April 01 [Tue], 2008, 17:02
 私の書斎にもう長いこと、1枚の版画が飾ってある。描かれているのは、奈良東大寺戒壇院の四天王の一人『広目天』である。眉をひそめ怒りを内に秘めた、如何にも文武に長けた守護神らしい表情をしている。

 これは、12年前に亡くなった岩田学さんが描いたもので、頂戴したのはもう30年以上も昔のことだ。岩田学さんは、私が20代後半に薫陶を受けた損保会社の元上司である。

 一緒に働いたのは池袋であったが、うまが合ったというか、とてもかわいがってもらった。よく働き、よく遊んだが、仕事に出かけた帰りに小石川植物園の芝生に寝転がったり、関西産のはんぺんを買って食べたことなど、昨日のことのようだ。一番の思い出は出張を兼ねた奈良への旅であったが、当麻寺や新薬師寺に泊まったこと、興福寺・東大寺の仏像を見て回ったことなど忘れられない。

 岩田さんは特に奈良が好きで、仏像や寺の絵をよく描いていた。作品も何点か頂戴したが、この『広目天』は、岩田さんも私も好きな仏像の一つであったので、とりわけ大事にしている。今年1月、友人の渋田憲一君から”岩田学さんを偲ぶ会”の案内が送られて来た。4月半ば、場所は岩田さんが好きだった奈良である。(山)


岩田学さん制作版画『東大寺広目天』