未分化癌 

June 23 [Mon], 2014, 21:35
このキーワードをもっと早く理解しておくべきだった。

母親が死んでしばらくしてからなんとなく聞いた記憶があったこの言葉を検索して、

愕然とした。

K病院でこのキーワードを聞いたのに・・・・・・

兄は理解していたんかな?

病院側ももっと強調してくれないと・・・・・・

ま、組織検査してもわからなく、「未分化癌」の可能性もあります。

的な感じだったからな。

それより、神経線維種をどうやって取り除こうか?

ってことばかりに考えが行ってしまったから・・・

盆休み 

December 27 [Tue], 2011, 20:41
K病院から帰ってきて2日後

予想通り?予定通り?

高熱が発生。

C病院からは、「とりあえず、ご飯が食べれなくなったら入院ね!」

って言われていたので、とにかく、ご飯は食べようって

促すんだけど、

自分の部屋に入ったきり。


あきらかに、状態が悪くなってきた。

「盆が来るから元気にしてもらいに行こう」

ってことで、なんとかC病院へ行ったが、

そのまま入院。

結局、

21日まで入院した。

母親の居ない初めてのお盆。

わからないことだらけだった。

母親の症状 

December 21 [Wed], 2011, 21:48
K病院での1ヵ月半が、母親の足腰を非常に弱らせてしまった。

とりあえず、1人じゃ歩けない。

退院してすぐ、歩行器を買った。

退院しても、まともに歩けないから、外出は病院に行く日くらい。

「ずっと入院してたんだから仕方ないよ、歩く練習すればまた、歩けるからさ」

って口癖のように言い続けた。

そして、だいぶん1人で歩けるようにもなって、

けど、

まだまだ、足元がおぼつかない状態だった。

母親なりに、何か感じていたようだった。

「こんなに歩けないのはおかしいよ」

って良く言っていた。

その都度、「前より歩けるようになってきたし、もう少しだよ、リハビリすれば歩けるから」

って、同じことを繰り返した。

「力が入らないのがおかしいのよ」

そう、母親は言い続けていた。


この頃から、やはり、進行が始まっていたんだろうな~

8月9日 

December 20 [Tue], 2011, 22:09
退院以来久し振りのK病院

移動中、母親はずっと寝ていた。

調子は決して良くない。

病院内も、車椅子での移動になった。

やはり、外来は待たされる。

先に皮膚科にてモーズ治療。

患部は、確実に小さくなってきている。

このまま治療を続けて、

僕の頭の中では、10月にはY病院で本格的に首周りの神経線維腫の除去に向けて行けたらよい感じかな?

って思っていた。

治療後、形成外科に行き先生と面談

Y病院に行ったことを報告し、K病院が詳しい資料を提供してくれたことへのお礼を言い、

けど、

白血球の数値が以上に高い状況なのと、時々高熱が出てしまう現状を話したけど、

モーズと関係性は無いとはっきり言っていた。

この後、

9月にもう一度、「やっぱり、モーズの治療すると熱が出るんだけど、本当に関係ないのでしょうか?」

って念を押したけど、「そんな症例は報告されてない」とのことだった。

僕は、絶対モーズのせいだと思っていた。

C病院の先生もモーズ以外に考えられない。って言ってたし・・・・・



この時、

『気がついていれば』

『他の原因を追究しよう』

とか、考えていたら・・・・・・


母親は、もう少しだけ、長生きできてたのかもしれない・・・・・・・・・・。



8月9日に向けて 

December 20 [Tue], 2011, 21:50
8月2日にY病院(自宅から100キロ弱の大学病院)に行き、25日に無呼吸の入院を予約。

この、無呼吸の検査が済まないと、先に進まないし、

けど、

この体調を何とかしなきゃいけない。

色々と、どうして行くのが最善なのか、頭を悩ませた。

K病院(頭の手術をした所)には8月9日に行くことになっており、

そこで、初めての外来でのモーズ治療に臨む予定になっていた。

しかし、

C病院(母親がずっと通っていた地元の病院)が危惧していた通り、

8月5日にC病院だったんだけど、案の定、数値がガタガタだった。

とりあえず、点滴治療にて様子を見ようとなった。
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