histrory 

October 15 [Mon], 2007, 1:25
高校の現代文の教科書で
「歴史は物語である」という一節があった。
まさに、historyにはstoryが含まれている。

民間語源らしいのだが、
his storyに由来するという説もある。
人間が織り成す物語が歴史なのかもしれない。

歴史を学ぶ上で重要なのが、
いわゆる「流れ」というもので、
これは人間の性質を反映しているものだと
私は考えている。

例えば、
あいつムカつく、だから滅ぼしてしまおう。
この宗教は我々に都合が良い。
世の中乱れている、なんとかしなくちゃ。
というような類似パターンが
歴史のあちらこちらに散りばめられている。

「歴史は繰り返す」という格言に然り、
今も昔も人間はそう大きくは変わらないということだ。
同じようなパターンを繰り返す。
そして、
みんなそれぞれの人生が物語であり、
そのhis storyの総和がhistoryを紡ぐのかもしれない。

アタマ空っぽの方が夢つめこめる 

September 03 [Sat], 2005, 0:16
某有名アニメの主題歌の一部。

「アタマ空っぽの方が夢つめこめる」

大人になるにつれ、
考えのカチコチ化が起こったり、
先入観や偏見にまみれたり、
現実に打ち砕かれたりする。

考え、悩むことで、何かに捕われてしまう。
つめこむなら苦悩よりも夢の方がずっといいかも。


【アタマ空っぽの方が夢つめこめる】


チャンスはピンチの中に 

May 30 [Mon], 2005, 18:33
逆境に強い人、
練習では上手いのに本番に失敗する人、
ピンチにビビッてしまう人、
周りに流されずマイペースな人

ピンチという状況に対して様々な捉え方がある。
人はどういうときに心が動くのかを考えてみた。
日常のありふれた流れの中ではなく、
変化のあったときに心が動くのだと思う。

初めての環境、
未知との遭遇、
新たな発見、
予想外の出来事

人は安定した毎日に落ち着きたいという欲求がある反面、
刺激のある瞬間に出会いたいという欲求をもつ。
人によって、両者のバランスは色々ではあるが、
どちらの欲求も満たされたいと思う。

人生の中で、数多くのピンチに遭遇する。
ピンチは非日常であり、そして変化でもある。
そこで人の心は動きアドレナリンラッシュが生じる。
この、ピンチという状況をどう思うか。

厄介なものと思うのか
それとも、歓迎すべきものとして受け入れるのか

ピンチの中にこそチャンスが眠っている。
私のポリシーであり、持論でもある。
ピンチ時は頭が真っ白になったり、慌てふためいたり、嫌なことばかりである。
しかし、そこをチャンスと思える発想の転換が欲しい。

「ああ、失敗してしまった、大失敗だ」という出来事に対して、
謝罪することや隠蔽することを考える逃げの姿勢を構えることがある。
その前に、大失敗という事実をを成功に変えることは出来ないかと
考えることが重要であるし、何よりも楽しいと思う。

もちろん、どうしようもない過ちは謝罪の気持ちが欠かせないが、
それ以上に、失敗を成功に変えられたら素敵だと私は思う。
ピンチのときには人の心が大きく動く。
その刹那の中にこそ、人を成長させる分岐点が存在する。

【チャンスはピンチの中に】



脱「わからないからわからない」 

May 17 [Tue], 2005, 16:31
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傍線部に「私は妙な不安感に襲われた」とあるが、
『私』は何故そのような心情になったのか、理由を○字以内で述べよ。
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中学の国語や高校の現代文でよく見かける設問である。
このような問いに対して次のように答える生徒がたまにいる。

   「『私』は不安な気持ちになったから」

へ? と首を傾げたくなる。
この回答は『設問が意図する答え』になっていない。

このままでは
 「『私』は不安な気持ちになったから、妙な不安感に襲われた」
                           という論理になってしまう。
明らかにおかしいのは言うまでもない。

これは非常に極端な例であるが、
日常でも似たような場面に遭遇することは少なくない。

  「これが何故わからないの?」
  「わからないから」

                     「どうして言いたくないの?」
                     「言いたくないから」

子どもと会話するときに出現する状況ではあるが、
大人間のやりとりであっても近いレベルの会話がなされることがある。
問いにしっかりと答えられていないので無限に繰り返し。
答えている本人は的を射ていないことに気付かないことさえ。

理由を答えるときには、問いの意図をしっかり汲み取るべきだ。
【脱「わからないからわからない」】

今を生きる 

May 16 [Mon], 2005, 15:01
原題 "DEAD POET SOCIETY"
直訳すると『死せる詩人の会』。
ロビン・ウィリアムズ主演の学園青春モノである。
舞台は、近代の規律正しい厳格な学校。
『自由』の素晴らしさをテーマにして感動を描いている。

一方、その映画の邦題は『今を生きる』となっている。
ストーリーに、"seize the day"というフレーズが登場する。
このくだりから『今を生きる』という邦題が生まれたのであろう。

   seaze 【〜をつかむ】
   the day 【(今まさに過ごしている)その日】

「今、この瞬間をしっかりとつかめ」というメッセージが作中にある。
現在進行形の中で生きることの重要性を説いている。
物語のテーマは、まさに『今を生きる』であり、
その邦題を作った、趣のある誰かを賞賛したい。

原題のままだと『死せる詩人の会』。
確かに、映画では『死せる詩人の会』というサークルを通じて
自由の素晴らしさを実感していく若者たちを描いている。
しかし、原題からはストーリーのテーマ、内容のどちらも感じられない。
その点で、『今を生きる』というタイトルにしたセンスは素晴らしい。
たった5文字であるが、その映画を集約した適切な言葉だと私は思う。

【今を生きる】


二度あることは三度ある 

May 15 [Sun], 2005, 23:40
帰路、旭川の環状線を車で走る。
背後にピタリと接近した車を見つけると同時に、
赤色灯がパカパカしている車が視界に入ってきた。
全く不意を付かれ気付かなかった。

悪いことはしていない。
どうせ後ろの車が何かしたんだろう、と他人事。
その車が急に車線を変更してパトカーを撒いた。
「ん? そんなに加速して大丈夫なの??」

次の瞬間、パカパカした車も加速して急接近。
昨日の悲劇、再びか!と悪夢のように記憶がよみがえる。
バックミラーでヤツを確認しつつ、慎重にアクセルを踏む。
そして、パッシング×2













来ましたよ
来ましたぜ、だんな。
何をしたっちゅーねん。
また、違反しちまったんすかぁ。

窓を開けて迎え撃つ。
近づいてきた警官はヘラヘラしていた。
「スピード・・・出してませんよね。はは」
どうやら後ろをつけていた車の仲間だと思ったようだ。

その警官はお笑い若手芸人のようだった。
ニヤニヤした笑顔はいじってくれと言わんばかり。
絶対署内でいじられているだろうなと思えるほど。
キャラに免じて許してやった。(笑)

二日間で何台のパトパトと接触しただろう。
もう、うんざりしてしまうほど。
運気が極限に最低値を記録した日だった。
良くないことは、こうも続いてしまうのだろうか。

【二度あることは三度ある】

気を配り、目を配り、思いやる 

May 14 [Sat], 2005, 17:15
キャッチの代表格に交通標語がある。

「ゆっくり走ろう北海道」
「シートベルトを締めて、気を引き締めて」
「飲んだら乗るな、乗ったら飲むな」

数々の標語を思い浮かべることは容易なのかもしれない。


本日、ワタクシ、地元の道路でスピード違反を犯しました
50`規制の道路を72`で走っていたようで22`オーバー。
二度目であったが、肩の力がガックリ抜けるのがわかった。
『げんなり』とか『萎える』とかいう表現がしっくりくる。

近頃は気が緩んでいたのかもしれない。
1万5千円を払うのは酷であるが、
これから起こりうる事故が防げるのであれば安い買い物である。
そう自分を頷かせてみた。

その地元の小さな道を進むと高速道路と交差する。
高架橋の上を通るスピードを出した車、車、車。
高速道路の下をくぐり抜けようとしたとき、
高架橋に交通標語が書かれているのが見えた。

【運転は、気を配り、目を配り、思いやる】

広い世界、灯台モト暗シ 

May 13 [Fri], 2005, 23:49
「海外旅行に惹かれる」
「留学をしてみたい」
「外国人と触れ合いたい」

日本の外へ目が移る傾向が日本人に強いようだ。
かく言う私も是非とも外国に行ってみたい。

「対話を通じて英語で会話できるようになりたい」
「最先端が繰り広げられている現場を体感したい」
「異なる文化に触れ感化されたい」

身近にいる人の多くが同じような気持ちを抱いている。
きっと、そのような日本人は少なくはないはずだ。
しかし、私は日本の外に出ることが全てだとは思わない。
広い世界は日本の外側以外にも存在しているのである。

図書館には何があるだろうか。
小さな田舎町でさえ、数え切れない本を抱えている。
本を開けば、そこには広大な世界が広がっている。
小説、雑誌、新書、百科事典、専門書、図鑑……
まだ知ることのない多くの感動が確実に存在しているのだ。

   涙ちょちょ切れのストーリー
   古今東西のニュース
   美しい写真の数々
   今の自分にぴったりな詩
   幼年時代に心を奪われた恐竜図鑑

開かれることを心待ちにしている本がたくさんあるのだ。

『図書館』だけではない。
限りなく広い世界は『インターネット』の中にだってある。
散らかった部屋の中に心を揺さぶる「何か」があるかもしれない。

要は「何を感じられるか」なのである。
豊かな感受性が無ければ何をしようと同じなのだ。
ありふれたものから「何か」を感じ取れる能力、
それがある人は強いと私は思う。

海外へ行ってみたいと思う前に、
まず、身近にある広い世界を感じられたら素敵だなと思った。
その方が人生を何倍も楽しめるにちがいない。

【広い世界、灯台モト暗シ】