つちくれ 

2008年11月23日(日) 19時34分


ひとはもともと人形だったのです。

神様がわずかな土とほこりでこしらえた、きたならしい人形だったのです。

そんなことは旧約聖書にも新約聖書にも、創世の章やアダムとイブの章をよめばあたりまえのようにかいてあります。

にんげんは土くれとほこりでできた人形だったのです。


だからべつにこんな土くれみたいなからだはなくなってもかまいやしないと思うのです。

かたいコンクリートの上におちれば土くれは見事にはじけて、また土になるのです、土にかえるのです。

にんげんは土にかえる、という意味がわたしは昔からいまいちよくわからなかったのですが、さいきん旧約聖書をよんではじめてその意味がわかったのです。

にんげんはもともと土くれだから、だからまた土になって土にかえれるのですね。

単純なはなしですがわたしはうまれてこのかた、いちどもこの定理がわからなかったのです。


だからこの神々のさだめられた最高の叡知であるような、人類の根本的な定理をしってしまうと、土くれの人形としてこの人形劇のようなおもしろくもなんともない舞台の上でいきるよりも、いっそのこと土にかえったほうがきっとどんなにかしあわせだろうと思うのです。

わたしのからだのささやかな栄養分がとけだしてまた土となり、肉体は消滅してほんとうに土になる。

それはなんてすてきなことだか、いまのわたしのこのきもちを書きあらわすにはわたしはあまりにもつたないのでできないのです。






にんげんのさいごの幸福は、このひろい大地にかえることなのです。

この神様の定理にきづけたわたしを、神様はどうして土にかえしてくれないのでしょうか。



この喜劇だか悲劇だかわからないような、じぶんがなんの役なのかもわからないようなちっぽけな人形劇の舞台のなか、わたしはもうつかれきっていまにもあやつり糸がきれてしまいそうなのです。

あやつり糸がきれてしまって舞台の上でことぎれたとしても、ひにくなことにスポットライトはそれでもわたしにしらん顔をするでしょう。


こんなくだらない人形劇、いっそのこと燃やしてしまいましょうか。


だって観客なんて、はなっからひとりもいやしないんですもの。





P R
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マリリンモンローってなんであんなに神なんでしょう

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