如月の花の下のこと 2 

2006年02月18日(土) 16時00分
(続)それから、そのまま神楽坂通りに出て坂を下った。途中で前から
赤ちゃんを抱いた一人のお母さんが歩いてくるのが見えた。赤ちゃんは
まだとても小さくて、生後それほどは経っていないような感じだった。
真っ白なおくるみがほかほかと暖かいのだろう、ほっぺが上気している。
しかし何よりも一瞬私の目を引いたのは、胸元が大きく開いたセーター
を着ている母親の、透き通るように白く、大きく張った乳房だった。お母さ
んが一歩坂を上るたびに、赤ちゃんのための母乳で満ち満ちた乳房が
やわらかくゆれていた。その白い乳房の美しさは、私に不思議な感慨を
残した。
 あの美しい乳房は、出産後の女性におそらくある一定の期間だけもた
らされる独特の美しいものなのではないかと思った。この世に生れ落ち
た赤ん坊がまだ、自らの命をはぐくんでくれる母親の乳房がこの世のす
べてであると、信じて疑わないその期間だけ。授乳を通じた母親との絆
の確かさが、赤ん坊の心の深いところにこの世界に生まれたことの意味
と祝福を刻印しうる、その期間だけ。おそらくいま、このお母さんの乳房は、
目の前のこの赤ちゃんのためだけにある。こんなにも美しい乳房を自分の
ものにしている赤ちゃんには、この世界はどのように見えているのだろう。
 すれ違ったときに甘い母乳のにおいがした。赤ちゃんへのいとおしさが
詰ったやさしい「母なるもの」のにおいだった。私の意識がすでに忘れて
しまった古い感覚の記憶を、深いところでくすぐるようなにおいだ。かつて
私もちいさな赤ん坊であったとき、私の母の乳房も、あのように白く透き通
って美しかったのだろうか。私の目には、それが美しく映っていたのだろう
か。
 先ほどすれ違った母子が25年前の母と私のまぼろしであったら、とそん
な素っ頓狂な思いつきで振り返ると、白い胸の母親が、紅梅の香気ただよ
うさっきの路地へと曲がろうとしているのが見えた。

如月の花の下のこと 1 

2006年02月18日(土) 14時54分
 まだまだこんなに寒いのに、近所の軒先にある梅の細枝が
こぼれんばかりの紅い花をつけていた。もしかすると、しんとし
た冷気の中にも、すでに春の気配がじんわりと滲むように漂っ
ていて、梅はそれを敏感に感じ取って、かたい蕾の衣をはらりと
脱ぎ捨てたのかもしれない。やわらかな紅色のちいさな花たち
は、けっして声高に紅の美しさを自己主張するわけではないが、
それでもすべての輪郭が冴えわたる透明な冬の空気のなか
では、どこか毅然とした鮮やかな咲き姿だった。つい足を止めて、
つま先立って見入った。顔を近づけると品のある香気が鼻先を
くすぐって、ささやかに幸せな気分になった。
 

ブログ始動2 

2006年02月11日(土) 1時45分
 (続)ネットサーフィンをしていると、ほんの一言のキーワードで新宿駅の人の数以上の情報の波に乗って(あるいは流されて)、思いもしない岸辺に打ち上げられたりする。それは、不特定多数の人の意識の中を、まるで飛び石のように、イナバノシロウサギのように駆け抜けていくことのようだと感じる。そうイメージすると、超能力者がpsycho-diveするのに似ていると思う。もちろんブログは必ずしもその人の秘密が記述されているわけではない。けれど、もし実名入りの日記は公開できないけれど、匿名のネット世界の中ではむしろ明かしてみたいという思いがブログの流行を支えているのだとしたら、そこにはどこか「秘密」の香りがする。
 気が向くままに書き綴る、このものすごくパーソナルな場所(同時に顔のない場所)に、もしも誰かが偶然に流れ着くなら、それは確率としても、現象としても、私の感覚としても、「超能力者」に意識をよまれることに似ているような気がする。(何も秘密を書こうというのではないのだが)100万人に1人?あるいはもっと少ないかもしれない「超能力者」と出会うような感覚、はどこかむず痒くて、でも新鮮で、不思議な感じがする。

ブログ始動1 

2006年02月10日(金) 23時45分
  超能力者って、いったい一億二千万人のうちに何人ほどいるのだろう。
こと、他人の意識や思考回路にするりと入り込んで、その人の考えていることや感じていることを見透かしてしまう能力を持った人は。10万人に1.5人くらい?多すぎるだろうか。では、100万人に1人くらい?そんなことを小学校の時はよく考えていた。もちろん人口に占める超能力者の割合であるとか、日本における超能力者人口であるとか、そんな数字を知りたいわけではなかったのだが。そうではなくて、たとえば自分が座っているこの教室の中、今朝の通学路ですれ違った人たちの中に、もしそういう能力者がいたとすれば、誰にも言っていない「自分の秘密」が、もはや自分だけのものではなくなっている…それがただひたすらに気になったのである。その「秘密」については、もう忘れてしまった。7歳の秘密である。クラスの誰が嫌いであるとか、日記の隠し場所であるとか、ある日のおやつを祖母に内緒で食べ過ぎてしまったことであるとか、そんなことだったろうと思う。しかし当時の私にとっては、小さな胸に秘めてしかるべき「秘密」であった。その秘め事を透かし見てしまうような存在と、どこかで接点を持ってしまっているような気が漠然としていた。でもその存在はけっして2人以上ではないような気もしていた。その「誰か」が私の心をよんでいる、幼い頃のその感覚が今でも、例えば新宿駅の雑踏の中を歩いている時などに、ぼんやりとよみがえることがある。これほどの人がいれば、一人くらいはpsycho-diveができる能力者がいるような気がする。だから、ふと超能力者の人口などを無駄に推測してみたりするのだ。もちろん本当にそんな能力のある人は、わざわざ新宿駅の人ごみで赤の他人の思考を読むなんて、能力の無駄遣いはしないだろうけれど。ネット上のブログって、ちょっとそういうイメージがある。(続) 
2006年02月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28
最新コメント
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:tama-asobi
読者になる
Yapme!一覧
読者になる