このあいだ長男のための移行支援会議があった。
メンバーは学校の担任の先生と進路部の先生、学校教育コーディネーターさん、市の福祉事務所の人、施設長さん、作業所長さん、主治医の先生、市の障がい者相談支援センター職員さん二名、県の相談支援センター職員さん、そして私と主人。十二名だ。
移行とはいうまでもなく、学校から卒業後の進路先への移行という意味だ。
しかし、あらためてこういう時期になってきたのかという事実にしみじみする。
ほんとうはここ数週間はしみじみできないほどに気持ちの余裕のない状態だった。
進路先が決まったのはいいけれど、ほんとにこれで良かったのかという気持ちでいつまでも揺らいでいた。
二度目の支援会議で主治医の先生が言って下さった「週五日間を同じ場所で日中活動を行うのがこういう人たちにとってベストである」という意見とは別の方向に決定されたこと。
とはいえ、施設と作業所とで五日の日中活動がとりあえず埋まったことでほっとしていること、そうなるまでに学校その他関係者、色々な人の力添えや支援が積み重ねられていること、そのことへの感謝を持ちながらも、やはりもう少し違う結果を期待してしまっていたという親の思い。
この結果をにこやかに大人の笑顔のみで受け入れたらたぶんもっと話は穏やかに収まるはずだが、それは自分の気持ちにふたをすることになる。結局、正直に不安な気持ちと感謝の気持ちとを両方を述べた。その施設は比較的障がいの重い人を受け入れている施設で長男が「重いから」受け入れ日数を制限するという話ではない。が、重いからこそ手薄な状態になってはいけないという現実問題もあり、受け入れのキャパは決まっていて、受け入れるためのスタッフも少なければ、利用日数や利用者数を制限せざるをえないのは当然の流れとなる。
が、いざそれが自分の身内にふりかかってくるとモヤモヤした思いにとらわれてすんなり気持ちが整理できなかった。頭ではわかっているのだが、それが心の真ん中にすとんと落ちてこなかった。が今回は、あえて無理矢理整理しようとせずに、逡巡したままのありのままの気持ちを自分なりにではあるけれど述べれたように思う。言いながら これって、もし私が親側の席ではなく、支援者側の席に座っていたら、親のエゴだなと感じるのだろうなと思ったが、こちら側に座っている立場の人間の気持ちが語れるのは今こちら側に座っている自分しかいないから・・。
だが、進路先の人たちも誠意を持って親の質問などに答えて下さったし、受け入れ日数は少なくても、その受け入れた日数はきちんと個別のプログラムを作成して責任をもってサポートするということ、いずれ受け入れ枠を広げてより多くの人が利用できるように方向づけていくつもりもあるということを明言してくださったので少し安心した。
日数が制限されているということから、長男の受け入れが暫定的なもので、その施設や作業所の人間として所属することができないような、そういう心配が私にはあったのだが、「これは正式に契約を交わすということなので、利用日数が少ないから古川君が宙に浮いた状態であるという意味では決してない」「いったん受け入れた子の支援を途中でやめるということは今までに一度もない」ということも話された。だから少しほっとした。
もし、かりに一カ所での受け入れが決定したとしてもその一カ所と本人との関係がうまくいかなければ総崩れになる可能性もあるのだから、通う場所が二カ所に分けられたのはあながち悪いことばかりともいえない・・という人もいた。
でも、実際に長男がどういう変化を見せるのかはまだ始まってみないとわからない。
今のところ、これがベストとは言い切れないがベターな方法なのだと自分に言い聞かせた。
今後、将来的なことも含めて現状をみなおしたりする場が必要なので、その話し合いの場と機会を半年ごとに開いてほしいということを要望したところ、最初はその話し合いは六月頃ということになった。