光とともに・・

February 03 [Wed], 2010, 19:07
「光とともに・・」の戸部けいこさんが急逝されたという訃報を聞きました。
以前・・何かのインタビューで「自閉症の人と自分とは永遠の片思いみたいなもの・・」とおっしゃっていたのは印象的でした
ご冥福をお祈りします

最後の期間入舎です

February 01 [Mon], 2010, 18:26
今日から一ヶ月、寄宿舎ですごすことになった長男。
この一ヶ月間が終わるとすぐ3月で3月に入って十日もするとすぐ卒業式。
早いものです・・。
きのうは寄宿舎の写真カードを枕元に置いて、指でなぞりながら、いつのまにか眠っていた長男。
この写真カードをつかうのもこれが最後と思うと淋しいです。
寄宿舎で楽しい思い出が残せますように。

January 30 [Sat], 2010, 18:14

インフルエンザもすっかり治りまして
元気に学校へ行ってます。
薬を持参するときは日付と名前を書くことになっています。
長男は文字が書けないのですが、何か書かなくてはいけないらしいということは思うらしく
マジックで、ぐるぐる殴り書きしてくれることがあります。
自分にとってこれは必要なもの・・という意識だけはあるのですね。

移行支援会議

January 23 [Sat], 2010, 13:10
このあいだ長男のための移行支援会議があった。
メンバーは学校の担任の先生と進路部の先生、学校教育コーディネーターさん、市の福祉事務所の人、施設長さん、作業所長さん、主治医の先生、市の障がい者相談支援センター職員さん二名、県の相談支援センター職員さん、そして私と主人。十二名だ。
移行とはいうまでもなく、学校から卒業後の進路先への移行という意味だ。
しかし、あらためてこういう時期になってきたのかという事実にしみじみする。
ほんとうはここ数週間はしみじみできないほどに気持ちの余裕のない状態だった。
進路先が決まったのはいいけれど、ほんとにこれで良かったのかという気持ちでいつまでも揺らいでいた。
二度目の支援会議で主治医の先生が言って下さった「週五日間を同じ場所で日中活動を行うのがこういう人たちにとってベストである」という意見とは別の方向に決定されたこと。
とはいえ、施設と作業所とで五日の日中活動がとりあえず埋まったことでほっとしていること、そうなるまでに学校その他関係者、色々な人の力添えや支援が積み重ねられていること、そのことへの感謝を持ちながらも、やはりもう少し違う結果を期待してしまっていたという親の思い。
この結果をにこやかに大人の笑顔のみで受け入れたらたぶんもっと話は穏やかに収まるはずだが、それは自分の気持ちにふたをすることになる。結局、正直に不安な気持ちと感謝の気持ちとを両方を述べた。その施設は比較的障がいの重い人を受け入れている施設で長男が「重いから」受け入れ日数を制限するという話ではない。が、重いからこそ手薄な状態になってはいけないという現実問題もあり、受け入れのキャパは決まっていて、受け入れるためのスタッフも少なければ、利用日数や利用者数を制限せざるをえないのは当然の流れとなる。
が、いざそれが自分の身内にふりかかってくるとモヤモヤした思いにとらわれてすんなり気持ちが整理できなかった。頭ではわかっているのだが、それが心の真ん中にすとんと落ちてこなかった。が今回は、あえて無理矢理整理しようとせずに、逡巡したままのありのままの気持ちを自分なりにではあるけれど述べれたように思う。言いながら これって、もし私が親側の席ではなく、支援者側の席に座っていたら、親のエゴだなと感じるのだろうなと思ったが、こちら側に座っている立場の人間の気持ちが語れるのは今こちら側に座っている自分しかいないから・・。
だが、進路先の人たちも誠意を持って親の質問などに答えて下さったし、受け入れ日数は少なくても、その受け入れた日数はきちんと個別のプログラムを作成して責任をもってサポートするということ、いずれ受け入れ枠を広げてより多くの人が利用できるように方向づけていくつもりもあるということを明言してくださったので少し安心した。
日数が制限されているということから、長男の受け入れが暫定的なもので、その施設や作業所の人間として所属することができないような、そういう心配が私にはあったのだが、「これは正式に契約を交わすということなので、利用日数が少ないから古川君が宙に浮いた状態であるという意味では決してない」「いったん受け入れた子の支援を途中でやめるということは今までに一度もない」ということも話された。だから少しほっとした。
もし、かりに一カ所での受け入れが決定したとしてもその一カ所と本人との関係がうまくいかなければ総崩れになる可能性もあるのだから、通う場所が二カ所に分けられたのはあながち悪いことばかりともいえない・・という人もいた。
でも、実際に長男がどういう変化を見せるのかはまだ始まってみないとわからない。
今のところ、これがベストとは言い切れないがベターな方法なのだと自分に言い聞かせた。
今後、将来的なことも含めて現状をみなおしたりする場が必要なので、その話し合いの場と機会を半年ごとに開いてほしいということを要望したところ、最初はその話し合いは六月頃ということになった。


A型インフルエンザ

January 20 [Wed], 2010, 7:26
新型インフルの猛威も下火になったかと思われた今頃になって、長男がひょっこりA型インフルになってしまいました。
A型ということは新型の可能性が高いということらしいです。
熱が出たのは日曜の夕方で、休日夜間診療所で見ていただくことになりました。
夜間だから人は少ないだろうと思いきや、待合いではぐったりとうずくまる人、長椅子に横になってる人多数・・。
長男もしんどかったらしく、動きもひどく緩慢で、表情も陰っていました。
でも、そのおかげでいつもよりおとなしかったのも事実で、まあその点助かったなあと内心ほっとしてたのですが、その安心もつかのま、簡易検査の綿棒を鼻に入れられたとたん、ものすごい抵抗をして暴れ出し、待合室にむかって飛び出そうとするのをつかまえてひっぱり必死でつれもどすこと数回。なんとか検査は終えましたがやはり結果はA型(+)でした。
でも、そのときのお医者さんや看護師さんの対応が優しく長男の不安に共感してくれていることがわかったので親としては気持ち的に少し救われました。
十代の子にはタミフルはなるべく処方しない方針らしいのですが、長男の場合リレンザを吸引するという方法が理解できないので、タミフルをのむことになりました。
のんでからの経過は良いようです。
その後、また病院で追加のタミフルを処方してもらいそのとき私も保菌者になっているかどうか検査してもらいました。
幸い、結果はマイナスだったのですが、そのときの検査で突っ込まれるあの綿棒の長さにちょっとびびってしまった私です。
えっ、そんな奥まで行くの。
すごく痛いんですけど。
・・みたいな。
検査終わってからもその不快感というか違和感が続き、長男があれだけ抵抗して嫌がる気持ちがよくわかりました。
綿棒を突っ込まれる理由がわからないから、怖さと気持ち悪さは普通の人の比ではなかったことでしょう。

熊野へドライブ

January 10 [Sun], 2010, 22:59
熊野市の方面にドライブに行きました。
浜辺近くでとった写真です。

そのあと熊野速玉大社に寄りました。はしゃぎ疲れて帰りの車の中では爆睡です。
速玉神社では、願い紐というミサンガみたいなお守りを買いました。
五色で織られた布が災厄から守ってくれるそうです。

ホワイトラスク

January 03 [Sun], 2010, 14:28
皆様あけましておめでとうございます。
ひっそりとおうちでお正月を過ごしております。
ここ数日のうれしかったことは
頂き物の、ガトーフェスタ ハラダのホワイトラスクのおいしさに感動したこと
さくさく感とホワイトチョコのしっとりが組み合わさっていい感じ♪

見えるもの見えないもの

December 30 [Wed], 2009, 22:20
このあいだ、勤め先の保育所にサンタが来訪してくれることになっていたのだが、その役割を頼んでいた人が急病で来れなくなり、急遽、園長が代役でサンタ役をしてくれることになった。サンタの帽子を目深にかぶり、めがねやひげで正体がわからないように変装して、ひとりひとりにプレゼントを配る。子供達は完全にサンタさんだと信じ切ってる子もいれば、背格好や雰囲気で「あれは園長先生やろ、僕わかったもん」と得意げに言う子もいた。←いるよね。こういうこと言う子って。
正体がわかった子は、自分が少しだけまわりの子より大きいのだと感じているかもしれない。
何かをすごい秘密を見つけたような気持ちかもしれない。
でも、実はそれは何かを失ったってことかもしれないんだね。
サンタを信じ切ってるチームの子たちは、サンタが去ったあとも、窓の外をじっと見つめていた。
もしかしたら、そりに乗っていくところを見送ることができるかもしれないと思ったらしい。(いわゆる出待ちというヤツか)
が、残念ながら、それは目撃できず、サンタさんはこっそり別の離れた所にそりを置いていて、そこから帰ったのだろうという説に落ち着いた。
「サンタさんなんていないよ」と叫んで得意になってた子もいつか大人になったりパパになったりして誰かのサンタさんになるんだろうな。

ぼくの家族

December 29 [Tue], 2009, 22:48
南Q太さんの「ぼくの家族」っていうコミックを読みました。

子連れの再婚同士、夏美とノブの結婚とその後の家族の日常を描いたものなのですが、40代の女性を主人公にした漫画って少ないような気がするから、なんだかうれしい。
作者もどんどん年齢が変わっていくわけだから、たぶん書きたい対象もどんどん変わっていくんだろうな・・。
最初読んでいて、このノブとその娘サリナのことが好きになれず、なぜ夏美は、この人を選んだのだろうと、不思議になったり不安になったりしていたのですが、読み進むうちにちゃんと「家族」になっていて・・・。
ぎくしゃくしながらも四人それぞれ、自分の立ち位置がはっきりしてきて・・。
繊細なようにみえて、案外たくましい。
複雑そうに見えてシンプルな絆がある。
あらためて、家族ってなんだろう・・って考えてみたりしました。

この人の本を見ると「私は〜でなくてはならない」という枷からはずれて自分なりの方法を必死で模索してる気がする・・その必死さにふと息苦しくなる瞬間があるのだけど、そのあと、ふっと「ああ、こういう考え方や感じ方もあるんだな、こういう人もいるんだな。人の数だけ違う人生があるんだな」と気づく部分もあり、読み終わった後登場人物達が少し好きになり、「人っていいものだな」と感じます

二日遅れのクリスマスコンサート

December 27 [Sun], 2009, 20:32
今日は、毎年恒例の自閉症協会星の街の音楽会に、長男とお父さんと私と出かけました。
今回は、美サイレントさんという大正琴のグループのコンサートでした。
大正琴というと、なんだか、古めかしいような、いしにえの楽器のような、勝手なイメージを失礼にも持ってしまっていたのですが、実際、聞かせていただいて、そのイメージはあっさり変わりました。
クリスマスソングやポピュラーソング、バレエ音楽、津軽じょんがら節・・と次々に奏でられる音の広がりと美しさに、長男もじっと座って脚を組みながら聴いていました。表情があまり変わらないので本当に楽しんでいるのかどうかはわからないのですが、もし、聴きたくない音楽だったら、もっと奇声をあげたり立ち上がろうとしただろうと思うので、そうしなかったということは、彼も彼なりにこの初めて聴く楽器の音色に魅せられていたのかもしれません。
長男は、くるみ割り人形のコンペイトウの精の踊りという曲に耳を澄ませているみたいに私は感じました。実際にはチェレスタで奏でられるメロディだそうですが、可憐で幻想的な感じが大正琴の音色にもはまっていて素敵でした。
GReeeeNのキセキの曲のときは、「この曲聴いたことあるなあ」という顔でしたし、崖の上のポニョのときは、うれしそうに膝を叩いてきいていました。
それにひきかえ、お父さんは、コンサートがはじまる数分後にはすやすや夢の中・・
長男のほうがお行儀がよかったです。
でも帰ってから、なぜか布団をひいて眠ってしまいました。
まだ三時なのに・・・
長男にとってじっとしていることは動き回ることより疲れるのかもしれませんね。

あ、そうそう、以前「お返事書きます」の記事のときに登場してくれた男の子・・閉幕の挨拶を立派にしてくれていました。今は郵便局で頑張ってお仕事しているそうです。
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