人には言わせておきましょう 

January 18 [Wed], 2017, 15:48
瀧本です。

満員電車の中で更新してます。笑


2日前、ヒット作品の
「君の名は」を
東京でみて来ました。

まず驚いたのは、
私以外が男性のお客様。


しかも、皆、いわゆる
お一人さま入場。
(すごーくビックリしました!)
まるでメンズの館です。笑


皆さん、この映画を通して
心のお洗濯、
感動エネルギーの充電、
心一つになる美しさを
感じに来たのかな〜、と

見終わってから
ひとり考えました。


自分の心と思いっきり
対話する時間なのでしょうね。


そんな空間が娑婆では
得難い時代かもしれません。


昨日久しぶりに大阪に戻って
ご相談メールBoxをあけると
大変なことになってました。


昨夜、FBの方へ投稿した記事を
ブログにも反映します。
………

誰に言われてもいい。
言わせておけばいい。

(どうぞお気の済むまま〜)
で流せばいいんです。


その方にも色々あって
言いたかったんでしょうねぇ。

人は人の都合があるもの。
私たちには分かりません。


きっとその人は誰かに怒りを
ぶつけたかったんでしょうね。


だから、
そんな言葉を受けた自分を、
自分で悪く言うたらダメよ。


(私っていつもダメだし…)
みたいに
落ち込む必要なし。


お釈迦さまの教えの
「自灯明」。


自分が自分の灯火に
なっとかんとアカンのです。

愚痴って、
不幸を呼んでも

幸せは呼ばないものです。


沢山のご相談に対し、
まとめてお返事するつもりでは
ないけれど、

今は、この言葉を
受け取って下さい。

・・・・・・・・
昨夜これを投稿したら、
面談申し込みが沢山きました。


そこでお願いです。


まずは
お勉強会にいらして下さい。


個人面談はかなりお待ち頂きますし
そして何より心のもつれは、
たった一つの気付きで
スルスルと解けるものです。


凝り固まった「苦」を
一つずつ全部解決しないと
楽になれない…と心配しなくて
大丈夫。


そうじゃないんです。


一つの糸口によって
心の厚い雲は、まるで
霧がサーっとひくように
消えていくものだと思います。


ほんの少し、
視点を変えるのです。

ほんの少し。




そのキッカケを
お勉強会の中で、見つけて
頂けると思っています。


まず
来てみて下さい。


いつも賑わっている風景の
写真を掲載していますから

(こんな笑いの勉強会では
私の苦はビクともしないぜぇ)

と思われるかもしれませんが。



何もケラケラ騒いでいるだけの
お勉強会ではありませんよー。

( *´艸`)確かに皆さん、よく
ドっとワラワレマスガ・・


大阪の講演会は21日。
18時半〜2時間です。

今回は

「なぜ強く決心したことでも
すぐに心が弱くなるのか」の

カラクリをお話しします。

とっても納得する深いお話しです。



お問い合わせは
光静事務局までお願いします。

office@ozabutondaigaku.com


きっと何かを気付かれるはず。

お会いできることを
楽しみにしています。

・・光静・・





人生、敵なし!( *´艸`) 

January 17 [Tue], 2017, 9:00
瀧本です。



最近思っていたことがあります。

毎回の講演会で
「始めまして」の方がいらっしゃる際、
私が必ず質問すること。

それは、

「仏教って、なんのことだと思う?」
「仏教と聞いて浮かぶイメージは?」


皆さん、
お葬式、仏壇、先祖供養・・・

または、
お布施、お墓、等々です。笑


どなたも「教え」があることを
ご存じありません。(>_<)ワオ
ビックリです。


なんだか、法事というイベントや
墓参りという習慣、
葬儀という伝統を
仏教・・と思ってらっしゃる方が多い。


仏教とは、
この自然界がどのようは法則によって
成り立っているのか・・・


それらの全てを
発見された人、目覚めた人(=仏)
が残された真実を学ぶ


「学問」です。


目覚めた人=ブッダ=お釈迦さま
です。


ここで注目しておくのは
お釈迦さまが作られたオリジナルの
概念ではありませんよ、
ということ。



静かに運行されている大きな力、
「この世の在り方」のシステムを
発見し、明らかにしたお方。
お釈迦様は発見者です。


昔、
りんごが木から落ちるのをみて
ニュートンが「引力」を
発見しました。



もし、ニュートンが
発見しなかったらどう?

何もかわりません。

引力は、
彼が発見してもしなくても
過去も、今も、そしてこれからも
存在する「大自然の真実」です。


たまたま彼が発見しました。


それと同じように、
お釈迦さまは、
宇宙の在り方の全てを
解き明かされた方。



もっと厳密にお話しをすると
多少異なる側面がありますが

みんさんが仏教大学を受験
するわけではありませんものね。笑


ざっくりそんな感じ〜でいいと
思っています。



じゃあ、「仏」が残した「教」え
つまり「仏教」って
具体的に何を説いてるの?



シンプル〜に表現すると

「自分の取扱説明書」です。



・意見の相違を「勝負」だと思う
・その勝負に「勝ちたい」と思う
・負ければ怒る。
・人より優れていたい
・自分を一番だと思ってしまう
・他を変えたい、と思う
・他と比較してしまう
・もっと愛されたい、と思う


書きだしたらキリがないですが
これらの欲を「満たしたい」と願い
日々イライラしています。



世間には、
・どのように人を動かすか、
・どうすれば勝てるか、
・どうあれば愛されるか・・

の学問が溢れていますが、


仏教は、その一歩手前
・なぜそれを求めてしまうのか
・なぜそう思うのか

その心働きのカラクリを
徹底的に追及して明らかにします。


自分のことを「他人をみるように」
わかってくるので
本当に面白いです。


今まで自分がいかに
不要なモノと闘っていたのか、

見栄を張ること、
自分を大きく見せること、が、
どれほど意味のないことか、が
ハッキリとわかってきます。


そんな
「自分の取り扱い説明書」


それを学んでみるのが
「仏教を学ぶ」こと。



私たちは「苦」がやってくると
3つの思考から選択します。

1つは

なんとか負けないように
闘うのですね。



2つは

これ以上傷つかないように
批難する。



3つは

「気にしないぜぇ」と
ググっと我慢の子。
3つ目が上級者に感じます。





ところが仏教を学んでいくと

気にならないのですから
「無敵」です。


無敵とは、
連戦連勝の王者ではなく
そもそも論として、
闘う敵がいない、ということ。


「まわりに闘う相手がない」
「人生に敵がいない」
これを



「幸せ」といいます。

気にしない、のではなく
気にならない、のですから
最強ですね。笑


一度お勉強会に来られた方が
「こりゃ〜病みつきになるわ〜」
と言われるのは
自分の変化がすぐにわかるから。



今、
東京での定期講演会は月2回。
どれも満席で、初めての方が
申し込めない状況になってるので


もう一つ、講演会を開くことが
昨日、決まりました。
パンパカパーン〜!

日程が決まればご案内します。


戦い上手になるんじゃなくて、
人生敵なし!がいいですね。
( *´艸`)ムフフ・・


では、ステキな一日を。
・・光静・・





未来を追うなかれ。( *´艸`) 

January 16 [Mon], 2017, 10:06
瀧本です。


先日、
逆視道の東京0期生の皆さんの卒業式を。
とても感動した時間でした。

受講中や、課題発表をしたときの
メモリアル映像の上映は
なんだか込み上げるものがありました。



2級、1級で心のコントロール法を
ギュギュっと山盛り学んでもらって

マスターコースでは、
その知識をベースに
90分講演会が一人で行える講師として
大変身していくカリキュラムです。



講座が進むたび、皆さんの
「眼が開かれていく感じ」に
受講生ご本人もスタッフも
大興奮の3か月でした!


次は2月11日(土)
名古屋会場でスタートですよー。

名古屋の方はもちろん、
大阪、福井、沖縄からも
名古屋ゼロ期生に
お申込みいただきました。


全国区にお友達ができそうで
今からとっても楽しみです。


ご興味がある方は
お問い合わせくださいね。

ホームページは
http://gyakushido.com/




あ、次回の名古屋の法話会は
2月18日14時〜です。

(先週の名古屋法話会景)


・・・・・・・・
さて、こんなお話しを。

イソップ物語にでてくる
働き者にアリと、怠け者のキリギリス
のお話しをご存知ですか?


夏の暑い間、懸命に働くアリさん。
アリは、寒い冬に備えて、
食料を蓄えています。


そしてキリギリスは
「暑いから働きたくね〜よ」っと
グダグダ過ごします。


いざ、寒い冬になってみると
食べ物がないキリギリスは困り果て、
アリのおうちに行って懇願。

「それ見たことか!
お前なんか知らんわっ」



とキリギリスは追いかえれさた・・と
いう、勤勉の大切さを教えるものです。




私が幼少期に読んだストーリーは
このようなものだったけれど、

新イソップ物語は
大幅変更になってるってご存知?
すんご〜くビックリです。



途中までは同じ話しですが
キリギリスがアリの家に行くあたりから
まじ?の展開。( *´艸`)


キリギリスがアリの家をノックしても
何の返事もないので、裏口へ
まわって中を覗いてみると、


なんと、夏に働き過ぎて
アリはみんな死んじゃっていた、
というのです。


そこでキリギリスはアリが残した
食べ物を食べて、楽ちんに冬を
過ごしたとさ、めでたしめでたし・・


って、
いやいや、これ
「めでたし」と言う?笑



昭和のオバチャンの瀧本には
このシナリオ変更に
いささか疑問を抱きます。笑


ところがこのストーリーを
じっくり味わってみると
背景に仏教の教えが見えて
きます。



まだ見ぬ未来ばかりを案じて
「今」の喜びを感じることを忘れ
ただただ働くアリの姿は

どこか日本の社会を
におわせるものがあります。


だからといって、いつも怠けて
適当に人のおこぼれを拾いながら
やり過ごすキリギリスの生き方も
(それ、どうな〜ん?)
と首をかしげます。



昨日、
「心の荷物をお預かりする会」の際、

「今を生きる」ということは
何をどう生きるということか、が
テーマになりました。


この「新アリとキリギリス」は、
まさに「今を生きる」ことを
伝えているメッセージ。



将来の準備のために「今」を使う。

また、今をないがしろにして過ごし、
棚ぼたの幸運をあてにする・・・



両者とも
本当の生き方とはいえないよ、
というのがお釈迦さまのご意見です。


「過去はすでに過去。
もう去った時間。

未来は未だ来ていない時間。

どちらも追うものじゃないからね。

ただ、今の最善を行うのだよ。」



私達は1日に何万回と思考しますが、
そのほとんどが「過去」か「未来」の
時空です。

「今」のことを
ほとんど見てないですね。



ご相談内容のほとんどは
「過去の怒り」
「未来の不安」です。


3年前の夫婦喧嘩の記憶に
思考をもどすのは朝飯前。

そして「今」の自分が
3年も過去のことで
再び腹をたてるのですから
面倒な私たちです。笑


先日20代前半の「今どき女子」が
「彼氏と別れた・・。
このまま一生独りかも・・
小さなアパートで、いつか
水道も止められて・・・」

と大泣なきするので、
失礼でしたが、彼女の前で
「お〜い、どこまで行くの〜?」
「かえっておいでー」
と、大笑いしてしまいました。



心はあっちっこっちへ
旅します。



「心を主にしてはダメだよ。

あなたが心の主になりなさい。」




どうすれば
勝手に暴走する心の主に
なれるのやら・・・。


このコントロール法は
「瞑想しかないんだぜぇ」と
言い切るお釈迦さま。


逆視道協会が次にご用意している
カリキュラムは
ジャジャーン!
この瞑想です。


どうぞご期待くださいね。



アリさんの生き方、
キリギリスの生き方、
どちらも偏っていますから、

瀧本流に最新版を!



アリさんの家にキリギリスが
食べ物をくださ〜いと訪ねると
アリが迎え入れて、言います。

「いいよ
じゃあひとつお願いがあるねん。

次の夏に、一緒に食料を
運んでくれる?

君の大きな力があれば
あっと言う間に冬を越す
食料が運べるから、

秋からは遊んで冬を待つわ!」


こんなストーリはどうでしょう?笑



未来を追うなかれ。
過去を追うなかれ。
ただ今、なずべきことを。

ですね!

では素敵な1日を。

・・光静・・

心の荷物をお預かりする会、は
また開催していきますよー。


昨日の方も「え?本物が!!」と
驚いておられましたが(笑)
弟子ではなく、瀧本が面談します。


大阪は1月22日です。
お問い合わせは
光静事務局までお願いします。


事務局


office@ozabutondaigaku.com






受け入れると「次」に進めるもの 

January 13 [Fri], 2017, 20:08
瀧本です。


今日は身体を起こして、
ちょっと原稿をカキカキし始めると
5時間たってました。

課題数、ようやく完成〜っ

ひすいこたろう氏との共著で
お説法の4コマ漫画を。

(すごく遅れてスミマセン。
さすがに年末年始は、坊主・・
筆、持てませんでした。)


我ながら、クスクスと笑ってしまう・・
( *´艸`)

どうかお楽しみに。



たくさんの温かいメッセージに包まれ、
部屋の中でずっとモソモソしてたので
先ほど、少し外に出てビックリ・・・

世間がこんなに寒かったとは・・笑


明日、
名古屋と東京でお会いできる皆さま、
瀧本、妙〜〜にむくんでいます。笑


食っちゃ寝、食っちゃ寝・・
すご〜く食っちゃ、爆睡・・・

どうぞ宜しくお願いします。笑
・・・・・・・

さて、こんな言葉を。


「しかし、病にあう時節には、
病に逢がよく候」



これは

「しかし、災難に逢時節には、
災難に逢がよく候」

という良寛の言葉を引用したもの。
昔、師匠から教わりました。


人生には
「避けたいけど、避けられない・・・」


こんなことは山積みです。


この言葉は
「嫌なことに逢いたくないよ〜」と
不安を抱えて過ごすのではなく

そうなっちゃったら
「なっちゃったぜぇ」と
まず!正面から受け止めるよ、

まず真っ先に、認めなさい、と
教えてくれています。



苦のほとんどは、

「苦なる現象」が
もたらすものというより
「苦を受け入れない、
認めない心」


が、そもそもの原因だよ、と
お釈迦さまは言われます。



透明な水が入っているコップに
砂を入れた様子を想像してみて。



コップの中の透明な水は「あなた」。

後から入ってきた砂は「苦」。



ひゃ〜!砂なんて入ってこないで〜!
ヒョエ〜〜〜っと混ぜ混ぜすると
途端に濁ってしまいます。



ジタバタするほど、どんどん濁る。



そんな時こそ

「苦にであった時は、
苦に逢がよく候」の根性魂です。笑


「はいはい、砂が入りましたね。
あららぁ〜、困りましたねぇ〜」

と、すぐ受け入れる
ド根性です。




自分で心をかき乱して
シェイク・シェイク〜とかしていると

ずーーっと濁ったまま。




只管打坐
(しかんたざ)




という言葉があります。


この意は

「ただ座る」

「静かにその時を生きる」
です。


混ざられて濁った水も
そっと待っていたら
必ず澄みきってきます。




「そんなの、つまらんわ〜」
と思うかもしれません。


そう思う時はそれでいいんです。
そう思えるということは、
まだまだ心は元気ゲンキ!


どうにかしてやろう!と
悪戦苦闘もOK!


どんどん戦って!




だけれど、
何をもっても、どうにもできないこと、
が、人生には起こるもの。



何をどうしても、
誰に頼み込んでも
どうにも、何にもできない・・・


それが容赦なく起こるのが
人生です。



あ!今日、困ったことがありました。


困った・・と書きながら、
ハイレベルなけっさくで、笑いました。



ベランダに干していた洗濯物。

取り入れないと・・・と思いつつ
気だるさに負けて眺めてました。



すると・・・・



カラスが物干し竿に着陸。

それをもなんとなく眺めてました。



そのとき!!!



え〜、ホンマ??


針金ハンガーを加えて
カラスが大空へ飛んでいく…


※カラスって、針金ハンガーで
巣をつくる習性があるんです。


(ま、いいか・・・)
と思うのも、つかの間・・


次に持っていかれた針金ハンガーは
ユニクロのヒートテックが
かかってました。



ヒラヒラと空へ飛び立つヒートテック。


(重くないんかなぁ・・)と
一瞬心配になったけど
事実、悲しかった・・・



だけれども、今更
どうにもならない出来事です。笑


また買えばいいだけ。


くだらない話ですね。
ふさわしくない例え?



でも…、カラス事件も
「病」も「老い」も「失業」も
なんら変わりがないように思います。


大切なことは、

まず受け入れて、

さぁ、次どうする?

です。


そうなる前の状況に、
どれほどすがっていても
な〜〜んにもなりませんね。


いかに早く受け入れるか。

いかに振り回されないか。

いかに次を思考するか。



お釈迦さまはこうも言ってはります。

「過去に生きるものは
現在を見ぬ者である。

未来ばかりを思う者は
現在を見ぬ者である。

今を生きよ。

今を生きる者とは

「最善」に生きる者である。」




(あ〜〜〜〜背中・・痛っ
どないしても、痛いっ

クッと息が止まる痛み・・・
ま、仕方ないかっ!)

と思いながら
(痛みさん、明日はお利口にしてね)

と語りかけています。

敵ではない、敵ではない( *´艸`)


(さぁ、どうする?)と
思考したらいいだけ。

・・・・・・・・・

何度も書いてきましたが、

全ては諸行無常。

例外なく、留まることなく
移り変わっています。


その都度
「さぁ、どうする?私よ!」


と、自分の発想にワクワクして
向き合っていくのがいい。


アタフタせず、
「まずはガッツリ受け止める」
から始めたいものです。


頭では「分かってる」であっても
心では「受け入れてない」こと、
結構たくさんありますものね。


さ、

今夜は温かくしてお休みくださいね。
瀧本も一杯やってから消灯します。


(一杯やるんか〜い)と
皆さんの声が聞こえましたっ。笑
・・・・・・・・・

と、カッコイイこと書きましたが、


明日、新幹線、動かなかったら
どうしよーーーーーっ汗



すんごい心配っ…
眠れない・・・・アタフタ・・アタフタ・・


その時は、その時に
考えましょッ笑




原点はいつも・・・・ 

January 11 [Wed], 2017, 22:32
瀧本です。


ちょっと久しぶりの更新です。

沢山のメッセージを
ありがとうございました。

ご相談にはお応えできず・・で
ごめんなさい。





打ち明けると・・





背中の激痛と闘っていました。





歩くだけでも、
横になっていても、

顔が歪むような痛み。






病気になってから
定期的にやってきますが、
特に今日の痛みは、なっかなかの
ツワモノ〜。



でも、




嫌いじゃないんです、コレ。
変ですよね。( *´艸`)






どれだけ心の勉強をしていても、
「エゴ」は手強いもの。笑



(こうあって欲しいのに、なんで?)



みたいに、
「思い通りにしたくなる心」は
自己主張をはじめます。



ところが、この「痛み」がくると
シュン・・・・と心身ともに
大人しくなってくれる感じ。( *´艸`)




あ、大丈夫です。
ちゃんとドクターに診てもらってます。



すぐに不感症になってしまいがちな
ささやかな「人の温かみ」に
敏感に戻れる。



だから、嫌いじゃないんです。



すこし元気になりましたから
今夜はこんな短いお話しを。
・・・・・・・・・・・・・

出会いがあって
人とお付き合いが始まったり、


そして、結婚したり、


どんな子であっても愛する、と
決めたり


また
新しい職場が決まったり、


新たな習い事を始めたり・・・・。



私達はいつも「新しい何か」を求め、
それがが始まると
ワクワクするものです。


「新年」という
人間がつくった時間の区切りも
「新しいワクワク」なのでしょうね。




今年こそ、こうしよう!

こんなことをやってみよう!

アレをやめてみよう!

あそこへ行ってみよう!



どれも「新しい」です。

ところが・・・・・・・





数日?数か月?数年、数十年経つと

(はぁ・・なんでこうなの?)
(もう・・・最悪だ・・・)
(こんなのはイヤ・・・)


と、
その「新しい」は色あせ始めて
いつしか
苦しみを感じはじめる。



相談内容で多いのは
「どうあれば幸せになれます?」

「何をすれば幸せを感じれますか?」



シンプル。



そして、一度は誰でも思う事。
深い問いです。



いつもお話ししています。




「最初」を思い出して・・と。



いつしか
求めすぎてしまっているのは
自分。
自分なんです。



その原点を思い出せばいい。



だいじょうぶ。


その希望の中にいるのに、
「苦」を感じているとすれば、
それは



それは、



「希望」に勝手に慣れてしまった
自分の責任かもしれません。


誰だって幸せになりたいと願うもの。







何かを始めるときは
幸せに近づく?と思って始めたはず。



その恋愛も、

その結婚も、

その仕事も、

今あるご縁も、

その学びも・・。



幸せに近づくと思って
人生に引き寄せた「縁」です。


ところが次第に




物足りない・・
こんなんじゃイヤ・・
こんなはずじゃなかった・・

と愚痴がでてくる…




自分を責めたり
相手を責めたり…






そんな時、問うて下さい。
結論を急ぐ前に、
思い出して下さい。



(慣れてしまっていないか?)

(最初はとっても楽しかった・・)

(感謝していた・・・)と



原点にあった「あったかい心」を
思い出してみてください。



幸せの要素は
無くなったのではなくて、


忘れてしまっていた、
慣れてしまっていた…
だけなのかもしれません。




お釈迦さま、言われてました。
素晴らしい言葉…
「幸せはいつもそこにある。


感じられなくなっても
いつも、そこにある。


思い出すがいい。


思い出しなさい。」




まだ背中が痛むので、
今日はこのへんで・・。




ごめんなさい、


どうか、やさしい
「じゃ、お休みっ」
とか
「また明日ね」の声が
いっぱいありますように・・・

・・・光静・・・

1月29日の
あった会東京…


10時開催とミスアナウンス
しちゃいました。
13時〜です。


お間違えなきよう
宜しくお願い致します。


もう、会場はパンパンっ!


寒い今日この頃ですから
皆さん、密着〜!で
いいですよね(^^)


あったか〜いッ









ドアロック解除ーっ 

January 07 [Sat], 2017, 10:38
瀧本です。


お正月気分あけぬまま
連休ですね。
さっき気付きました。笑


年末年始から集中して
お預かりしているご相談内容に

「誰も自分を理解してくれない」
「相手と一緒にいても孤独だ・・」

とあります。

孤独感とは、
実質的な独り、というより
心が通じ合わないと思う時に
感じる精神的なもの。


ですが、思います。
本当に誰も理解してくれていない
のでしょうか。



こんな思い出話を。

もう何十年前でしょうか・・

頭数をそろえため
とある映画のエキストラをした
ことがありました。いわゆる
「通行人その他大勢」です。笑


主人公の俳優が商店街を
まるで肩で風を切るように歩きます。

その商店街を、行きかう人ゴミで
埋め尽くさなければいけないシーン。


「よ〜いスタートっ」



主人公が歩いてきます。
私も商店街の買い物客の一人になり
ブラブラと歩いたのです。
本当に何百人のエキストラで
ごった返しでした。



「はい、オッケーー!」


一発OKでした。


(えーー!もう終わり?)


すると、スタッフの方が
見てみる?と今のシーンを
その場で見せてくれました。


ごっちゃごちゃになている商店街。
カメラは主人公を捉えています。


(へ?どれが自分だかわからないや・・
つまんな〜〜〜い・・・)


とボゾっとつぶやくと、
横にいた友人が
「あ!これ、瀧ちゃんやん!」と。
「うわ〜、いいポジション!」

どれよ、どれ??


さっぱりわかりませんでした。


ですが、数名で参加した友人たちは
ど真ん中に移っている人の背中を
指さして

「これこれ!バッチリ映ってる〜」
と。
・・・・・・・・・・・

私達は、鏡で見る自分はいつも正面。
せめて斜め45度?笑


真後ろの姿なんて、
見たことがありません。


でも、友人たちは、
ごちゃごちゃの人ごみの中の映像から
私を見つけていました。



(う〜ん、そう言われれば・・・)




私達が知りえる自分の姿なんて、
ごく限定された角度だけ。

友人が見つけてくれた自分の映像さえ
私は分からなかったのです。



「自分のことは、
自分が一番よく知っているから
放っておいて!」と
いうことがありますが・・。


自分で自分の
立ち姿さえ分からない・・・・


他人はよく見ているんだな〜と
思いました。


これは
「姿の在り方」のことですが、

「心の在り方」は実はもっと
知らないものかもしれません。



友人から
「こういう時って瀧ちゃん、
こうだよね」
と言われたとき、


全力で抵抗したいことも山ほど
言われました。笑


お釈迦さまはいわれます。
「他の意見を聞きなさい。

最もあなたを知らないのは
あなたである。

自分の都合で世間を編集するから
自分に関係する世界を、
最も正しく見ていないのは
あなたであることを知りなさい」

・・・・・・・


こんな基本ワークがあります。

互いに知らぬ人とペアになって
相手の外見の印象から
相手の名前や職業、家族構成を
直感で述べあうワークです。


結構おもしろいです。( *´艸`)



「あなたの名前は良子さん、
あなたの趣味はお料理、
あなたの家族構成は・・」


と印象だけで述べ合うんです。


私はこのワークを体験すると、いつも
職業はファッション関係か
ヘアサロン業界、

趣味は海外旅行、
ペットに大型犬を・・・・

と言われます。笑
(なんだか派手系…)


後に正解を言い合いますが、
「お坊さんです」というと
ビックリされます。


まったく
「らしくない・・」のでしょう。
( *´艸`)



ここに肝心な気付きあり、です。


真実とは違っていても、


相手の意見が正しい


のです。どういうこと?



それは、
「人にはそう見えている」



自分は(そんなんじゃない)と
主張して生きていても、
他人にはそう映っている、ということ。


表情、
雰囲気、
発言内容、
しぐさ、行動・・・

が、そういう人物像として
思わせているんですね。



もし人から
「あなたは冷たい人だ」と
いわれたら、どうでしょう。


自分ではそんなことない、と
思っていても、
他人が「冷たい人」というなら
そう思わせる行いをしている。


これを仏教では「他人鏡」
といいますが


お釈迦さまはこうも言われます。

他人の意見を
気にし過ぎてはいけないけれど
参考にするべきだよ、と。



さて、
誰も分かってくれない、という
ご相談ですが、
本当にそうでしょうか。



あなたはこうじゃない?

そうすべきじゃないよ、

こうしてみたら?


あらゆる会話の中で
つい聞き入れもせず

(違う!そうじゃない!)と

払いのけてしまってないかな、
と問うてみることが大事。


(ひょっとしたら、そうかも)
の心を持ってみること。



それは「負け」ではありません。



もともと、そこに「勝負」は
ありません。


自分を知っている人が
言うのだから、ひょっとしたら
そうなのかもしれないな・・と


耳を傾けてみる。
心を柔らかくするといい。


まわりが
「分かってくれない」のではなく

ひょっとしたら、自分が
「分かろうとしていない」のかも
しれません。



これを「意地」といいます。


ほんの少しの勇気。

「そうかもしれないな」
程度でいいのです。




心のドアロックを解錠すると
たくさんの導きが
聞こえてくるものです。


では、ハッピーな3連休を。

意地張りはもういらな〜い( *´艸`)

自分の後ろ姿を
人に撮ってもらって見てみて。
まるで「他人」が映っています。笑

・・光静・・
明日は、本年最初の法話会。

心@あった会大阪です。
お寺が小さいのでギュウギュウ。

キャンセル待ちの方がたくさん。
どうか欠席になっちゃいそうな方は、
本日夕方までに事務局へ
ご連絡くださいますよう。

あった会風景です。


東京でのあった会は
1月29日(日)10時〜です。
こちらも満席ですが、
屋形船にのっての楽しい
法話会&新年会は
若干お席があります。
(同日17時〜)

ミュージアム準備室まで
お問い合わせください。


=その他、今月の東京開催=

●1月26日(木)
書画庵東京19時〜

●1月27日(金)
法話らいぶ19時〜
お申込みはコチラ・・
http://www.pleaseed.com/LectureFrames.cfm?ID=983

●1月28日(土)
真解学オリエンテーション







小さな命が教えてくれたこと 

January 05 [Thu], 2017, 20:51
瀧本です。


ちょうど3年前に
私が投稿したFBの記事を
光静ミュージアム準備室の方が
紹介して下さっていたので
ブログでも一部を。


古い自分の記事に
なんだか胸キュンでした。


………


ポカポカ陽気の日に窓全開。


デスクで勉強をしていたら
隣の部屋で変な音。


コポコポコポコポ……


え…?




想像をこえるお客様。


ちょこんとソファの上で
まんまるに膨らんでるハト。
コポコポ言ってる。




ひゃー 可愛い…おはよう!
なんで、ここに来たの?


も、つかの間


怪我したての様な傷。
タオルに包んで
動物病院に2人で行ってきました。


タオルの中でコポコポ言ってる。



カルテに書いた名前。
「瀧本ぽっぽ」




涙がでてきました。
小さな命は
命以外のものは何も所有せずに
誰にも守られずに生きてる。




お釈迦さまは言われます。


=旅慣れた者の荷は薄く
愚なる旅人は荷で疲れる=





生き辛いときって
心の荷物の重さが原因。




何事にもこだわらない、と
日々思うけれど、
「こだわらないこと」に
こだわってた心の荷。


持ってた持ってた。
そら、重たいはずだ。



以上が、ぽっぽ先生の御教示。




悲しいときは、泣く。
笑いたい時は、チョー笑う!
悩むときも、しっかり悩む。
ムリなときは、ムリ!


今年はこんな瀧本で一年を
刻んでいこうと思います!


(3年まえの書です)


………
あの時、
ポッポを部屋で見た時、
驚きと共に愛おしさが。


怪我でどうすることもできず、
命からがら舞い込んだのですね。




衰弱していたので逃げることもせず
タオルをかけると、されるまま。




タクシーで病院へ向かう最中も
ずっと震えながら
コポコポ言ってました。




小さな命を膝に抱えながら
「一人で頑張ったね…
偉かったねえ…
怖かったねぇ…
うん、うん…」
と、ポロポロ涙がでました。




3年も前の自分の記事に
気付かされます。




「生き辛さは
心の荷物の重さ」


執着のことですね。


私たちは、
アレはこうあるべき、
ソレはこうあるべき、


こうでないと困る、
あぁでないとダメ、と


決めつけた縛りだらけの中を
生きています。


その「決めつけ」が
縛っているのは、実は自分。


結果、いつも他へむかって
イライラしています。



何も所有しない小さな命は
「所有欲」に溺れる私達に
大切なことを教えてくれている
ように思いました。



お釈迦さまはこうも言われます。
「金や地位を追うものは
それを求めない賢者の前で
最も愚かな者とみられる。


そして
その身が横たわるとき、
最も苦しむであろう。

幻の水を求めて
朽ちていく牛のように」



バランスのとれた欲求は
目標に向かう動力になりますが


欲を見張っておかないと
いつ暴走するかわかりません。


改めて
歩み方を見直したいものです。


…光静…


数日後、事務所のベランダに
ポッポがきたんです。


これがその時の写真。


覗き込んでくるポッポ。


いやぁ〜感動しました!


ポッポ、ありがとう。
元気か?




花の香をまといましょう 

January 04 [Wed], 2017, 13:11
瀧本です。


さっき少し時間を見つけたとき、
フっとある方との会話を思い出し

(お!私もやろっ)と、
いそいそと出かけた先は・・・


「ジム」


尼僧がジムで筋トレなんて
想像したらやっぱり変?笑


FBやブログの読者さんと遭遇。
首からタオルかけている
ジャージ姿の私をみて、みなさん
「意外すぎて面白い!」と。


「光静」という名札をしているので
すぐにわかりますよね。笑


その「ある方」、というのは

素敵な作品を世にバンバン送り出す
大人気作家の森沢明夫さん。


あ、1月26日に出版記念トークショー
があるみたい!
「東京ぷかぷか探検家」という
東京湾の面白さをまとめた一冊。
おもしろそう〜。買おっと。


もう随分まえですが
森沢さんと食事をしている時、
質問しました。


作家の方って、細身&色白系な印象。
ところが森沢さんは筋肉隆々!

「その筋肉、凄すぎ!なんで?笑」


『ペン一本持てればいい仕事だから
この筋肉、
まったく意味ないんだよね〜』
と爆笑。


そして、身体を鍛えるとは
イメージや創造力、集中力にも
つながる・・・的な
お話しを聞きました。


それをフッと思い出し、
「賢者の行いを真似よ」

というお釈迦さまの言葉も背を押し
今年は筋トレをしていこうと決心。
( *´艸`)単純なタキモトデス。


森沢さん、次にお会いする時は
ムキムキの瀧本になってますよ〜。笑
・・・・・・・

さて、こんなお話しを。


村人がある修行僧とすれ違います。

(ん?なんだこの甘く愛おしい香りは・・)

村人は僧を呼び止め、
その美しい香りをどのようにして
身にまとったのか、と尋ねました。

僧は
谷間に沢山の美しい花があり、
数日かけて谷を越えたから
その際に衣に染みついたのであろう、
と答えます。


その香に魅了された村人は
なんとか、僧の衣の匂いが自分に
移ってくれないものかと試します。

しかし、当然無理なこと。
ついに村人は
自分の衣を僧へ差し出し、
頼み込んで僧の衣と交換して
もらったのです。


しかし翌日になると、僧よりもらった
衣から美しい香りはすでに消え

そして再び谷をゆく僧の衣は
美しい香りに染まっていった・・・


というお話しです。
さて、
何を伝えてくれるのでしょう。



どれほど美しい花の写真を眺めても
その香りは届きません。

実際に赴いた者だけが経験します。


どんな絶景の映像をみても
撮影した人の半分さえも
感動は感じ取れていないもの。



先ほどのエピソードは
この教えによるものです。

「花を弄すれば、香が衣に満ちる」

※弄する(ろうする)
=たわむれること



どれほど願っても、祈っても、
香りは、花と触れ合った者だけにしか
感じられないもの。


「人任せにして、
表面的な結果を得ても、
本当の喜びではないよ」

「何事も自ら関わり続けること、
が大事だよ」
という教えです。



今、自分の部屋にいながら
色んなことができてしまうネット時代。

お買い物は朝飯前。
出会いも横になりながらできる。

新年の挨拶も、ベットの中で
できちゃう時代ですね。笑

もっと驚くのは、お墓参り。
業者にお墓の掃除、お参りも
代行してもらって、写真で確認・・


これらが
文明の発展、豊かさの象徴?

昭和のオバチャンである私は
強い疑問・・・です。


しかしながら、




心の輝きだけは

そうはいかない



心の輝き、心の豊かさ、
こればっかりは
他人任せとはいきません。


自ら交わっていく一歩、
学んでいく一歩、
日々の一歩、


これらの行いが、唯一

自分の衣(命)に

すばらしい香り(徳)を

もたらしてくれるんだよ、



という実に奥行きのある言葉を
今日はご紹介しました。


(花ろうすれば、えに香 みつ)


愚かな村人がすべきなのは
僧の衣をもらうのではなく
自分で谷へ行くことです。


やはり、自分でジムにいかないと
な〜んにもならないので、
時間があるときに通おうと思います。

あぁ〜書いちゃった。。。


次にお会いするときに
デブっと正月太りをしていたら
「ウソつき〜」と叱ってください。笑



自らの行いが大事。


自分で自分へ「経験」を
プレゼント。




今日はそんなメモリーを
人生に刻みたいと思います。


それでは、ステキな午後を。

・・光静・・

=弄花香満衣=
大好きな言葉です。


1月21日18時半〜
「世界一分かりやすい
仏様のお話し会」


会場は新大阪です。


お問い合わせは
光静事務所までお願い致します。





魔物は自分の中に・・ 

January 04 [Wed], 2017, 8:52
瀧本です。


昨日、本年最初の法要でした。
毎年、腰にカイロをはったりするのに
昨日はすご〜いポカポカ陽気だったので
汗びっしょりになりました。


「前回はこうだったな…」
という経験は、色んな対策が
打てるようになるけれど


過去の経験に頼りすぎる心で
「今」に指示を出してしまうと
意外と、
現状の状況に沿わないことも
あるものです。笑



しっかり「今」を見なきゃ、
です。
・・・・・・・・・

人間関係がうまくいかない、という
ご相談を沢山お預かりします。

過去にもこのテーマの記事を
何度か書いてきました。


修行中こんなことがありました。

もし修行仲間が
このブログを読んでくれていたら、
(あった!あった!その事件!)と
懐かしく笑ってください。笑


御山にこもっての修行は
想像以上の精神的ストレスでした。

そんな中、最もストレスだったのは
修行仲間との人間関係。


修行同期の一人が
かなりツワモノ…。




「道場には魔物がいる」
と言われてましたが、

まるで魔物。笑


皆が配当された担いを
必死になってこなしている時、


「あなたがもっとやってよ」

「わたしは、それ、イヤだから・・」

と連発するのです。


(ここ、修行の場ですけど?)
(イヤってなんなん?))
(なんだ?この人は!)と
最初はみんな我慢、ガマン・・・


でも止むどころか
加速する勝手な発言に対し、

「これは平等じゃない!」と
一念発起して教官に申し出ました。


すると、驚く返答が。





「それは、その人が原因ではない。
あなたの心に魔物がいるのです。

原因はあなたの心です。」


と・・!



(は?何言ってるんや?この教官!)


ストレスも最高潮だったので
その時は抑えようのない苛立ちを
覚えました。


・・・・が!


今は
「おっしゃる通りでございますっ」
の心境です。笑



私達は、常に「好み」という色眼鏡で
世間をみてます。


相手の言動が、
自分の好み通りであるか否か。


その自己都合で相手を判断し
「感情」が動きます。


そして、感情の基本は
「自分が正しい」という思い込み。


あの時、私は100%で
「自分の抗議は正しい」と
思っていました。



今は全く違っています。



相手がどう言おうが、
放っておけばいい。


「私はそれをしたくない」と
相手が言うのなら、自分が
すればよかっただけ。


自分ができない状況にあるなら
それは
「仕方のない事」なのでしょうね。


どうすればできるか、を考えれば
よかったのです。




よく講演会でお伝えする言葉ですが、

「馬を水辺に
連れていくことはできても、
飲ませることはできない」


馬が(水を飲みたいな)と
思わなければ、頭を突っ込んでも
飲ませることは無理なのです。


本人がその気になってくれなければ
無理なこと。


子供を無理やり勉強机に座らせても
本人が「勉強をしたい」と思わなければ
所詮、無理なこと。




人生において、
理不尽だ、不当だ、と思う事は
たくさん発生します。


肝心なのは
「自分がどう捉えるか」


それを引きずっていくか否かは
自分で決めることができますからね。


話しを戻しますが、
その行中に出現した魔物。
まさに、それは
自分の心の中にいたのです。


彼女が均等に
役割りを果たしてくれないことにより
しわ寄せがグングン迫りますが、


人生の財産は「経験値」



その経験値を深めてくれる
逆縁の菩薩だったと思います。



お釈迦さまは言われます。

「あなたが成すことは
あなたが成しなさい。

他が成せないことがあれば、
あなたが成そうとしなさい。

それは素晴らしいことである。

もし、あなたが成せなかったら
どうすればよいか、と考えなさい。」


なんとシンプルなのでしょう。

「今できることを今やる」
を表された言葉です。


心ひとつ、で全ては決まりますね。
( *´艸`)



私達の色眼鏡は
いつまでたっても「自分が正しい」です。


これが「苦」の原因。



こんな夢を見たことがあります。

私は「ひな鳥」でした。笑

木の上で母親が運ぶ餌を
待っていたのです。

ある日、母親が言います。
「母さん、もう疲れたのよ」


え?お腹すいたよ〜・・・


すると母親が私を巣から
突き落としたのです。

落ちていく中、
(お母さんなんて大嫌い)と
叫びながら、必死に羽ばたきます。

すると、地に落下するまでに
飛び方を理解した私は
大空を自由に舞った・・・

という夢。鮮明に覚えています。


新たな何か、
が開かれるとき、そこには

「苦」にみえる
「苦」と捉えてしまうこと

があるようです。


そうと分れば、
なんだかワクワクしてきますね。


目の前の壁は
ある日突然「扉」に
なるのだと思います。


その「扉」を
ジャジャ〜〜ンと開けられるのも
自分の経験値が動力。


捉え方次第、
見方しだい、


心次第・・


ですね。人生って。


さ、今日は
どんな事が起こるでしょう?

何かが起きれば、
「なぜ?誰が?」は後回し!
「さぁ、どうする?」から
思考できる者でありたいと思います。


では素敵な一日を!
・・光静・・

今月も、大阪、名古屋、東京で
一杯お勉強会を開催します。

ぜひ、ご一緒に( *´艸`)


3名限定の
「心の荷もをお預かりする会」
もできる限り開きます。

そしてひとつお願いがあります。

どうか、
前日、当日のキャンセル無きよう
お願い致します。
キャンセル待ちの方へのご連絡を
回せない状況がありました。

せっかくの機会ですので
「しっかり空けておいたぜぇ〜」
って感じでお願いいたしますね。
( *´艸`)





嫉妬の心を見つめてみる。 

January 03 [Tue], 2017, 9:22
瀧本です。


「一」に「止まる」と書いて
「正」です。

「一」とは物事の基本のこと。

その基本にかえれ!という月が
お正月ですね。

色んな基本を見直してみようと
思います。

瀧本は、まず、食生活から…
ですね。汗



さて、今朝はこんなお話しを。


テーマは、「嫉妬」



嫉妬を抱いている時は
本当に苦しいですね。
年始より沢山ご相談を
お預かりしています。


さて、
嫉妬は誰に対して、
どんな時に感じるのでしょう。



同期の人に立場を越されたとき?

愛する人が他を見たとき?

自分が欲しいモノを他人が得たとき?

自分より優れている人へ?



ところが、よ〜〜く心を見ると
割りと限定されているようです。


例えば、
スクリーンの向こうにいる
大女優やヒーローに嫉妬します?

五輪選手や師匠に嫉妬?


いえいえ「対象外」ですね。

これは「憧れ」です。笑



実は
私達が「嫉妬する対象」は
とても限定的。


それは・・・



「自分に近い人」


です。



お釈迦さまは言われます。
「嫉妬は、自分より、
優れた者と歩めている、
ということである。

腰を折って感謝をしなさい。

なぜなら

あなたが嫉妬する相手は
あなた、という愚かな者と
歩んでくれているからである。」



こうも言われます。

「嫉妬」からくる発言が
最も傷付けているのは自分自身。

でも恐らく、
自分を傷つけているなことに
気付いていない。」


なんと愚か…



今日以降、もし嫉妬を抱いたら

「私はラッキー。
優れている人と共にいるぞ!
学ばせてもらおう」

と、思ってみるのがいい。



逆のケースもあります。
自分が嫉妬される場合です。

嫉妬するのも辛いけれど
されるのも結構苦しいもの。



こういう時は?



「縁の仕切り直し」
がいい。



スパッと
「一時中断」がいい。





事実、お釈迦さまも説法中に
退座なさったことがあります。


お釈迦様がお説法を
始めようとしたとき、


釈迦の人気ぶりに嫉妬した
他の教団の長が、場を壊しに
来たのです。


「本日は
ふさわしい縁ではない」
と言い、中断されました。


望ましくない関係性なら
少し縁を遠のけることが大事。


そして、
本当に大切な縁であれば、
自然に回復します。


流れに任せれておく。

そこに手を加える必要なし。


自然の法則によって
淘汰されるべき縁は
消えていくように思います。



嫉妬はまさに「魔物」。


でも・・・・

嫉妬を抱く心に、
そっと耳を傾ければ

(あんな風に生きたい・・・)



と聞こえてきます。笑


素直になれていないだけですね。


嫉妬は
「自分はどうありたいのか」
という本心を教えてくれる
貴重なセンサーかもしれません。




相手を悪くいうのではなく、
謙虚になって
相手から学ぶ姿勢を
養っていきたいものです。

・・kousei・・




P R
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