ひと言で「愛」といっても様々なものがある。
実は日曜日と重なった国民の祝日、三連休ということと、クリスマス・イヴが休日になったということで、はしゃいでいる人達…。実はこの日は「国民の祝日」が優先するはず。
いわゆる「旗日」と言われているように、本来はわが国の国旗を掲揚していた。それが、このところでは、あまり見かけないようになってきたのは気のせいか。
車を走らせていると、道路に向かって日の丸がたくさん出ている場所を通過した。この地域の方々は、恐らく商店街ではあろうけれども、こういった「何故今日がお休みなのか」について、その過ごし方をよく心得ておられるな…と感じた。
車だったので、じっくりその様子を見ていなかったが、赤信号で停車した時、その国旗が、実は街頭のポールから一律に出ていることに気づいた。老舗の商店街だと思っていたが、結局は誰かが当番で扱っているのだろうと思うと、むしろ余計にガッカリした。
こういう点から見た愛を「愛国心」という。
およそ普通に生活している人達には、あまり縁がなくなってきたといっても過言ではないのではなかろうか。せいぜいオリンピックなど、競技の最中に日本の選手を応援するため、「配られた」国旗を振るくらいのような気がする。そもそも各家庭に国旗があるかどうかすら疑わしい。こういう点はアメリカなどではまったく逆で、愛国心という名のもとに行われている諸々が非常に多い。歴史的背景から異なるということもあるが、そのような意味であれば尚更、長年鎖国主義をとってきたわが国にあっては、独自の民族、独自の文化という観点からも、愛国心があってもよさそうなものだと思う。こういうところはなかなかアメリカから輸入されていないようだ。これが日本人である、世界に向けての誇りと発展することを心から願う。国際社会であまりにも小さくなりすぎていると感じるからだ。
昨日、親子二人暮らしの家庭において、常識ではとても考えられない縛りを、子に課していた様子の解消に努めた。子は、実は親からの、半ばいじめであり、親の性格上、反抗したところで口論で勝ち目はないし、更に飯を食わせてもらっている限りにおいては、従わざるを得ないと、人生そのものに関わる重大事に嘆いていた。この親子間においての会話のなさが原因であり、そこを私が間に入ってとりもった。当然、出入り禁止になることくらいは覚悟の上で。
結果、やはり親はギリギリ(本当に時間的にギリギリだったのだが)まで待って、子が自分から真剣に申し出てくることを待っていたかのような結末になった。結局は仲介した私の余計なお世話からだが、子はその時、親の大きな愛情に涙し、鼻水とともにグチャグチャになった。ギリギリまで待ってみたこの親も大したものであるが、それを理解した子も立派である。今後の人生が明るくなるように期待する。こういう親子の愛情に触れると、感動は果てしないものがある。
さて、もう道路を走っている車には、カップルがどんどん登場してきているが、これらの中には、明らかに運転が浮ついてしまっていたり、格好つけようと威勢をはった、無茶な運転をする人などもいる。ボケているのも、威勢をはっているのも、危険運転には違いない。本当に同乗させている方に愛情があるならば、まずは安全運転が当然だ。ここに気がいかないということは、それなりの器しかないというしかない。
私が中学生の頃、足をやけどし、毎朝学校へ行く前に母親に遠くの、しかしやけどで有名な医院へ通っていた。忘れもしないが、その頃はまだエアバッグもなく、シートベルトはついていても、強制されていなかった。そこに急停車する場面があったのだが、私の母親は、何を放っておいても、私より身長も低く、体重も少ないくせに、その左手は私を支えていた。
このとっさの時の動き。半ば反射的に動けるということが、母亡き今でも鮮明に思い出される。果たして左手が助手席に出るか?およその人は、ハンドルに力が入っておしまいであろう。親子ということもあろうが、同乗している人に対する、本当の愛情とは、こういう形で現れるものなのだと感じた。
会社が賞与を支給するも、「スズメの涙」とぼやいているタクシー運転手がいた。私がもし関係者だったらどうするつもりなのだろうか。それこそ関係者であって欲しい!くらいの勢いがあった。そんな勢いがあるならば、仕事で稼げば良いのに…と感じながら、こちらも非常に気分の悪いひと時を過ごした。
愛社精神というもののかけらもない。会社が、まるで敵のようだ。他の企業でも、会社というものに対して、雇用者である社長に対して、敵対者か、或いは邪魔者のような発言をする人がいる。これが少なくないから不思議だ。まったくもって今では、愛社精神などというものがナンセンスなのか?とすら思えるくらいに。
いろんな愛がある。
ひと言では語りつくせない。
どうか、クリスマス・イヴには、「本当の愛」について考えてみてはいかがであろうか。