Rorschach

April 01 [Fri], 2011, 17:28
【演:K.K.P. 演出・脚本:小林賢太郎 出演:久ケ沢徹/竹井亮介/辻本耕志/小林賢太郎 公式HP:http://kentarokobayashiproduce.net/menu.html

 広大な海に浮かぶその島で、開拓につぐ開拓を進めて暮らす人々がいた。
 彼らはついに世界の果てにそびえる『壁』につきあたり、更なる開拓のために『壁』の向こうを目指すことになった。
 しかし、ロケット『パイオニア号』の完成と打ち上げに沸く記念祭の中、なぜか3人の青年たちは大砲を打つという役割を振られ、そのための準備と訓練を行うことになるのだが――

 小林賢太郎プロジェクト、K.K.P.の第7公演【ロールシャッハ】。
 タイトルの《ロールシャッハ》とは、投影法を用いた人格検査《ロールシャッハテスト》に由来する。
 小林賢太郎氏の作品を前にすると、舞台タイトルが一体どこに着地するのかが楽しみのひとつとなるのだが、その期待を裏切らない『捻り』がたまらなくいい。
 言葉遊びの要素ももちろん健在。
 常に小ネタが飛び交い、細かなアドリブが挟まれ、笑いが起こる。
 舞台ならではの遊び要素満載の劇中劇や、第5回公演で見せてくれた抜群のチームワークによるテンポの良いセッションは一見の価値ありだ。
 無線機を通じた、姿のない相手とのやり取りに至ってはもう、切り返しも含めて、ギャップ萌えという単語すら浮かんでくる。
 ステレオタイプでありながら個性的。
 パラレルというファンタジー的要素が盛り込まれていながら、現実的。
 賑やかに華やかに見えていながら、じりりとした不安感を忍ばせていて、小さな四人の個人的な内面が、より大きな場所に作用する物語、なのだと思える。
 誰もが抱えている不安とか、誰かに聞いてほしいけれど口にする勇気が持てないもどかしさとか、うまくいかない自分への憤りとか、自己表現の難しさとか。
 四人が四人ともに同じ場所で同じ時間を過ごすことで、反響し、影響を受け、変化していく過程が、微笑ましくも温かい。
 例えば、何かを為そうとする時、そこには別の隠されていた『事実』があるとして。
 何も知らなければ、ただ純粋に『そうだと信じた』ままに突き進めていただろう現実がある。
 でも知らないままに誰かの思惑で動くことよりも、知ることで自分の道を選ぶことができるなら、ソレはたぶん辛くても幸せなことだとも思える。
 そうして、自分で迷いながらも決定する時、傍に同じ思いの仲間がいてくれるという『幸せ』は代えがたいとも思える。
 エンターティナーが提供するエンターテイメントの魅力は、生の舞台で直接彼らの台詞や空気に触れることでより一層強く印象付けられる。
 ラストに用意された『衝撃』。
 ささやかな違和感が、さりげない演出が、最後の最後に大きく展開するこの驚きが小林賢太郎なのだろう。

 イクラはキャビアにはなれない。
 イクラなら鮭を目指せ。

 そうして、彼らが目指して出した結論と結果とを、彼らを見守っていた自分は拍手で称える。

相棒‐劇場版U‐ 警視庁占拠!特命係の一番長い夜

December 31 [Fri], 2010, 20:53
【監督:和泉聖治 脚本:輿水泰弘/戸田山雅司 出演:水谷豊/及川光博/岸部一徳/神保悟志/小西真奈美/小澤征悦 公式HP:http://www.aibou-movie.jp/

 警視庁本部で突如起きた人質籠城事件――人質は、田丸警視総監、長谷川副総監をはじめとした各部の部長ら幹部12名である。
 犯人の動機は不明。
 杉下右京は相棒の神戸尊と共に籠城事件の情報をいち早く察し、奇策に転じるが、しかし、事件は思わぬ方向へと突き進むこととなる。

 2008年の劇場版Tからスピンオフを経て、相棒10周年という記念の年に本作が製作された。
 時系列としてはseason8とseason9の間であり、劇場公開の前日には《予兆》というタイトルで繋がる物語が放送されるという構造を持っている。
 また、前作の外へ外へと向かっていく物語とは真逆に、物語は密室劇に等しく、巨大な組織という名の《箱》の中で多角的に変容していく。
 何が正義で、何が悪なのか。
 追いつめられた人間は、一体どこに何を見るのか。
 己の中の《正義》を問われた時、警察官は何を選ぶのか。
 立場によって正義が変わるという、ソレはひとつの答えであるのかもしれない。
 しかし、それだけでは終われないモノがそこにある。
 非常に物語としての密度が高く、冒頭からラストまで、美しいスピード感と適度な緊張感、そして緻密さを堪能させてもらえた。
 二転三転していく『真相』の果てにあるモノを追いかける時、行動原理、動機、信条が大切な軸となるのだが、主要レギュラー陣だけでなく、犯人やその関係者を含め、絶妙かつ繊細な揺れと説得力が存在している。
 またseason7のラストから新相棒となった神戸尊と杉下右京の関係性はもとより、右京と小野田官房長、神戸と大河内監察官といったベクトルでの関係が興味深く、感情の行き来、ぶつかり合い、すれ違い、それぞれがその身に抱く《正義》が丁寧に描き出されていた。
 杉下右京は天才であり、自身の絶対正義を貫く人間でもある。その軸はいっぺんたりともぶれず、彼の《正義》は、いつだって、どんなときだって、他者の思惑や情による融通なんてものとは懸け離れている。
 しかし、普通の人は揺らぐのだ。
 その『普通』の感覚が、神戸尊であったり、大河内春樹であったり、あるいは捜査一課の面々であったりするのだろう。
 中でも特命係として右京の《相棒》として彼の行動を間近で見、自分なりの正義と向き合うこととなった神戸尊の揺らぎは大きかったように思え、彼のめずらしいカオを見れたように思える。
 また、ヒロインとして登場する小西真奈美演ずる朝比奈圭子のスタンスも秀逸だ。
 彼女の凛とした佇まいと内に秘めた想いから来る眼差しは、彼女だからこそ生み出せるものだろう。
 三つのラブストーリーであると語られたとおり、複雑に絡み合った心理描写の濃密さは素晴らしく、静でありながら動の物語として観るものを引きつける。
 そこへ相乗効果として、ベテラン俳優陣による腹芸と、一筋縄ではいかない空気感が、画面に無言の迫力を生み出していた。
 もちろん、重苦しいだけではない。
 キュートでユーモラスなシーンが巧妙に配置されており、思わずくすりと笑いが漏れてしまうシーンは、貴重なもうひとつの相棒として魅せてくれている。
 確立された世界観、確立されながらも互いに影響を与えながら変化していく登場人物たちならではの、このやりとりは必見。

 非常に細かなところまで行き届いた演出や、練り込まれた台詞まわし、鮮やかなシーン展開も含め、作り手と演者の愛と思い入れがダイレクトに伝わってくる濃密な人間ドラマ。
 《相棒》であるが故に帰着する物語は、重く、愛しく、面白い。
 この映画は《相棒》という世界の集大成であり、ひとつのターニングポイントであり、できることなら二度三度と観たいと思わせてくれた。

詭弁学派、四ツ谷先輩の怪談。 [全3巻]

September 30 [Thu], 2010, 23:48
【作:古舘春一 集英社(コミック) 本体価格400円】

 とある中学に伝わる噂話―『四ツ谷先輩』。
 怪談噺をお供えし、それと引き換えに怪奇事件を解決してもらうというその幻の生徒にすがったのは、中島真だった。
 消えた親友の行方をつきとめてもらおうと願う彼女は、やがて、思いも掛けず《殺人事件》に関わる羽目となり――

 怪談は語り聞かせ、語り継がれてこそ、意味がある。
 怪談は、尾ひれ羽ひれを付けながら独り歩きし、変質していく過程がまた面白い。
 そうして、中島真が関わりを持つことになってしまった『事件』たちは、いずれも怪奇テイストでありながら、ミステリーの要素をあわせもつところがいい。
 学校という特殊な空間、特異かつ閉鎖的な状況だからこそ、映える演出は、『中学校』という舞台装置を興味深く活用していると思う。
 連鎖する思考。
 内側に入り込んでくる恐怖。
 視覚化される物語。
 四ツ谷先輩という『語り部』の存在は、語り部でありながら、探偵でもあり、そのキャラクター性だからこそ魅せられる数々の演出にニヤリとした。
 美学と美意識、絶対の矜持、そういったものの揺らぎのなさが、ブレて歪んだ精神を見透かす『眼』になるのかもしれない。
 許されざる罪と偏執的な興味を付加された『事件』の真相は、精神に入り込んで追いつめられ、展開されていくので、仕掛けられた『罠』の効果とそのオチにも納得ができる。
 また、テンポがよく、ちょっとしたやり取り、日常の中に、登場人物たちそれぞれに好感を持って眺めることもできる。
 怖いだけではなく、切なさもあり、救いもあり、どこかでふわりとした優しさも感じられた。
 ホラーではなく、怪談。
 白と黒のコントラストや、独特の線が生み出す雰囲気と合わせ、このこだわりがラストにまで効いていたのではないだろうか。
 3巻で完結しているのだが、この物語にとってはコレが過不足ない流れであり、長さであったように思える。 一本筋の通った物語であり、『学園七不思議』という学校ならではのモチーフを取り扱いながらの風呂敷の広げ方、畳み方、その着地までもが美しい作品だった。

<読書記録⇒8月期に読んだ本(含漫画)の厚さ:計22.3cm>

インシテミル

August 30 [Mon], 2010, 20:57
【作:米澤穂信 文藝春秋(文庫) 本体価格686円】
 そのアルバイト情報誌には、あり得ない条件でのモニター募集が掛けられていた。
 内容は、『ある人文科学的実験の被験者』になること。
 そうして、とある施設に一週間という期間、完全隔離されることとなった12人の男女。
 しかし、彼らに提示されたのは、より多くの報酬を得るために参加者同士で殺し合うというゲームで――

 探偵小説であり、推理小説であり、米澤氏には珍しい直球勝負となったミステリーは、たまらなく魅力的な試みとして描き出されている。
 あつらえられた施設。
 クローズドサークルに集った十二人の、一見互いが無関係に見える男女が放り込まれた、現実離れした空間での一連の用意されたシチュエーションに先ずニヤリとできる。
 そうして、『ミステリたらんとするモノ』を追求するあまりに垣間見える違和感ごと、綴られる世界に惹かれてやまない。
 この施設にはモチーフが存在し、出典があり、独自の趣向が凝らされている。
 どこか悠然とした謎の女性、そんな彼女と関わることになった青年、そして、当たり前すぎるほど当たり前で平凡な日常を生きているモノたちを取り巻く、理解と無理解とすれ違いにニヤリとできる。
 ヒトが死に、捜査し、推理し、思考力と指導力と人心把握能力が試される中で、不思議なほどリアリティのある登場人物たちの動きを追いかけていくのは楽しい。
 仕掛けられた《ゲーム性》にも着目したくなる。
 誰の視点に立つのか。
 そこになにを見るのか。
 現実感とは一体何なのか。
 謎解きは存在する。
 トリックも存在する。
 けれど、求めるべき『真実』は、実のところ『皮肉的』であるのかもしれない。
 ひとしきり物語世界にのめり込み、そうして、この物語を振り返ったとしたら、
 《空気の読めないミステリ読み》
 この一言にすべてが集約される気がした。
 感覚のズレ、認識のズレ、現実のズレ――これはおそらくもう、そう簡単に修正などできないだろうこともひそかに感じた。
 ミステリー体質を持ち、古今東西のミステリーをある程度読んでおり、いわゆるミステリーの世界観、空気感、定石とパターンが蓄えられていれば更に楽しめるだろう作品だった。

<読書記録⇒7月期に読んだ本(含漫画)の厚さ:計13.9cm>

螺鈿迷宮 [上][下]

July 06 [Tue], 2010, 20:44
【作:海堂尊 角川書店(文庫) 本体価格476円】

 碧翠院桜宮病院に潜入してほしい。
 東城大学の医学生・天馬大吉は、幼馴染にして記者の別宮洋子から奇妙な依頼を受ける。
 黒い噂の絶えないその病院は、終末医療として注目を集めてもいるのだが、その実体は不明瞭であり、抱える闇は深い。
 やがてボランティアとして入り込んだ天馬の目の前では、次々と入院患者が不審な死を遂げていき――

 バチスタ事件を背景に持ち、田口・白鳥シリーズと舞台を同じくしながら、この物語の語り手は東城医大の学生・天馬大吉となっている。
 シリーズキャラクターも顔を出すが、あくまでもメインはこの青年であり、作品が持つ空気もまた、これまでとはかなり違えている印象だ。
 幻想をまじえたミステリーが舞台とするのは、黒い噂の絶えない桜宮病院。
 どこか陰鬱で、退廃的、謎めいた一族の秘密を孕んだ《個人病院》のじわりとはいよるような不気味さはホラーのテイストを備えている。
 因果が絡み合うこの物語は、それでもやはり原題を舞台にした医療ミステリーでもある。
 諸事情の重なり合いから、潜入捜査の使命を帯びて看護ボランティアとして入り込んだ天馬が見るのは、《終末医療》の理想と現実と在り方、そして《人の死》の捉え方であったのかもしれない。
 死とは何であるのか。
 終末とは何であるのか。
 ともに日々を過ごせば、見えてしまうモノがある。
 懸命であればある程、ふと垣間見える傷口に触れるたび、痛くて、切なくて、どうしようもなく遣る瀬無くなる。
 多くを語らないからこそ、抱えた想いの深さに苦しくなる。
 どうしてこんなにも感情が揺さぶられるのだろうと思いながら、それでも泣けて仕方がないのは、そこにいる人々の生きざまに何かを見出しているせいだろうか。
 心が透けて見えてしまうから、そこに別の何かが重なるから、だから余計に泣けるのかもしれない。
 想い入れれば思い入れるほど、そこに誰かを投射してしまえばそうするほど、深みに嵌り込むように組まれているかのようだ。 
 家族というもののあり方、自分という人間、医者という生き物の生き様が強烈に描き出され、だからこそラストが一層鋭い切れ味を持つ。
 これまで読んできた中で、個人的には最も印象深く響いた作品である。

ジェネラル・ルージュの凱旋 [上][下]

July 03 [Sat], 2010, 21:09
【作:海堂尊 宝島社(文庫) 本体価格476円】

 東城医大救急救命センター部長、速水晃一が特定の業者と癒着している。
 不定愁訴外来担当の田口のもとへ届けられた匿名の告発文、その真相を探るべく、田口公平は院長の命を受けて動く羽目となってしまった。
 人の命を守るために戦い続ける将軍(ジェネラル)の前に立ちはだかる《不良債権》という名の赤字勧告。
 秒刻みで変化していく過酷な現場から見えてきたものとは――

 《ナイチンゲールの沈黙》と対をなし、同時系列で語られるもうひとつの事件。
 しかし、救急救命センター、そして速水晃一を軸として展開するのは、殺人事件の捜査ではなく、救命医療の理想と現実と危機であり、《倫理》とは何か…であるのかもしれない。
 収賄疑惑が絡んでは来るけれど、提示される謎はソレが誰の手によって為されたものか、その裏に何があるのか、といったもののみである。
 ミステリーとしての謎解きの要素よりはむしろ、登場人物たちによる現場の空気と、医療エンターテイメントとしてのあり方が強い。
 TVドラマではかなり大胆な枠の組み替えが行われており、患者を通して『救命=究明』としての姿を描くが、原作となるこちらは舞台を救命に限局しない。
 また患者自身にスポットが当たるのではなく、東城医大という大学病院の体質を巻き込んでいく事態となる。
 読み手を引き寄せるのは、速水晃一のカリスマ。
 傲慢で傍若無人でワガママで、けれど誰よりも真摯に患者と向き合う姿勢に惹かれずにはいられない最強の将軍(ジェネラル)。
 彼の《能力》は色鮮やかで眩しい。
 田口・島津との関係もまた暗示的で、緊張感と清涼剤の両方のバランスをうまく調整してくれる。
 そして、院内政治の駆け引きと、ひそやかに見え隠れする謀が、彼らを取り巻く様が秀逸な演出を生んでいく。
 ナイチンゲールと合わせて読むことで完成するのだろう物語からは、《オレンジ新棟》が抱える特殊性、人間ドラマの切なさと温かさと怖さ、切り捨てられていく痛みへの咆哮、そうして、医療の理想と現実を大きな隔てる《弊害》の苦しさがあふれている。
 《病院》という枠組みは、あまりに重い枷をつけられている。
 けれど、物語は重苦しく終わるのではなく、痛みをただ訴えるのでもない。
 これは、エンターテイメント。
 ラストシーン、まさしく《凱旋》の名にふさわしい展開が、すべてを包括し、魅せてくれた。

ナイチンゲールの沈黙 [上][下]

July 02 [Fri], 2010, 18:40
【作:海堂尊 宝島社(文庫) 本体価格476円】

 眼球摘出術を受けなければならない子供たち。
 手術前の子供たちのメンタルサポートとして、小児科病棟看護師の浜田小夜から指名を受けた不定愁訴外来の田口公平。
 しかし、小児愚痴外来は、病棟の問題児・瑞人の父親が殺害され、伝説の歌姫の入院や厚生労働省の役人の登場を経てその形を変えていく――

 東城医大におけるシリーズ第二弾。
 小児科はある種特殊な領域に置かれているわけで、ここを舞台とした場合、対患者だけでなく、対患者家族とのやり取りも大きく意味を持ってくることがうかがえる。
 登場人物は多いが、その多さが重要なファクターとなっているのではないだろうか。
 なにより、過剰な幻想も糾弾もなく確立されたキャラクター性がいい。
 医療の現場を変に美化してないというか、不愉快さを覚えるような医者や看護師や技師を出しつつ、同時に、現場の大変さや本音やヤバさや苦労をエンターテイメントに仕立て上げて発信している。
 絡まる謎と、絡みつく背景。
 スタンスの違いと、視点の違い。
 医療の現場が抱える問題点(外科、救急、小児科、大学病院そのもの)を、こういう形で書けるというのが興味深かった。
 また、前作の【チーム・バチスタの栄光】とはやや趣を変えて、挿入されるエピソードも映像的であり、どこかファンタジーの要素が窺え、それでいてミステリー足り得ている。
 なぜ、その事件は起きたのか。
 彼女は何を抱え、何を思うのか。
 そして、人々はそこに何を見るのか。
 死を間近に感じ、あるいは喪失の恐怖と向き合わなければならないものたちの、思惑と本音と建て前と願いが交錯していく様は、痛々しく、どうしようもなく、やるせなく、時にもどかしく、そして切ない。
 意味深な台詞まわしとさりげなく張られた伏線、作者が現役の医師だからこそ余計にリアルだと思わせる書き方(感覚)がストーリーを引っ張る。
 ナイチンゲールの沈黙。
 このタイトルの意味が二重三重に掛かってくるところも非常に面白い。
 病院きっての歌姫看護師・浜田小夜と、彼女が受け持つ少年少女たち、そして彼らの心を診る田口公平の関係性、そしてラストに至る過程が実に印象的だった。

チーム・バチスタの栄光 [上][下]

July 01 [Thu], 2010, 22:13
【作:海堂尊 宝島社(文庫) 本体価格476円】

 東城大学医学部附属病院で発生した連続術中死。
 バチスタ手術専門の天才外科医たちによる集団、“チーム・バチスタ”で起こったこの原因不明の連続死に対し、病院長は不定愁訴外来の田口医師に内部調査を依頼するが―― 

 第四回このミス大賞受賞作品にして、映画化され、TVドラマにもなった《東城医大》シリーズにして桜宮サーガの記念すべき第一作となる作品。
 昼行燈と称され、愚痴外来と言われている、東城医大の不定愁訴外来の田口公平と、ロジカルモンスターこと白鳥圭輔の邂逅ともなった作品でもある。
 扱われるのは、バチスタ手術における複数の術死にまつわるものだ。
 成功率の低いハイリスクな手術での《術中死》は、本来ならばよほどのことを除いて不審を抱くものではない。
 にも拘らず、調査の依頼がなされる。
 医療過誤か、殺人か。
 調査の人選から始まり、この経緯や、関係者の持つ危機感、不可解感、違和感などが、文字の情報として提示されていく様に先ず引き込まれた。
 調査の合間に挿入される逸話もまた面白い。
 医療者たちの本音と建前を紛れ込ませながら、裏と表が行き来するような感覚となる。
 一筋縄ではいかないキャラクター達に田口を通して触れながら、どこに何が隠れ、どこに何が隠され、どこに何が潜んでいるのか、それらは最終的にどんな姿で魅せてくれるのかを新鮮な気持ちで楽しめた。
 医療ミステリーという分野は、ひとつのジャンルとしてすでに確立されているものだ。
 けれど、かつてその現場にいた、あるいは現在もその現場に居続ける者によって描かれた時、その切り口は非常に斬新かつリアルな質感を生み出す。
 小説という形態によって、行間にキャラの内側を垣間見せ、微妙なニュアンスを含ませ、過去と現在と主観と状況と印象を巧みにあやつってくるから面白い。
 流麗かつ、テンポとセンスの良い会話に引き込まれ、重くなり過ぎないようにと調整された演出と専門領域にありがちな小難しさを消化し、エンターテイメントとして演出できてしまう手腕が素晴らしい。
 登場人物たちも、映画やドラマとは雰囲気を異にしている者もおり、他メディアを見たのちならば、《愚痴外来のグッチー》という人物像への印象の変遷も楽しめる。
 オチも含めて、実に惹かれる一冊である。

<読書記録⇒5月期に読んだ本(含漫画)の厚さ:計24.2cm>

聖☆おにいさん [1]〜[5]

June 30 [Wed], 2010, 22:25
【作:中村光 講談社(コミック) 本体価格552円】

 世紀末を無事に超えた聖人――目覚めた人ブッダと神の子イエスは、つかの間のバカンスに下界へ降り、立川のアパートをシェアすることに。
 現代日本で繰り広げられる“最聖”コンビの日常。
 かれらを取り巻くのは、ささやかで賑やかで奇跡と笑いであふれた出来事の数々だった。

 まさかのブッダとイエスのコンビでお送りされてしまう、彼らのあまりにも日常らしい非日常的な東京暮らしが心地いい。
 ご近所づきあいも大事なら、サブカルチャーも大事。
 意外なモノに興味を締める彼らは可愛らしくもある。
 様々なモノに一喜一憂し、微妙な勘違いを重ねつつ、時にネトゲ、時に運動会、時にフルーツがり、時には消火活動と、その瞬間瞬間を実に楽しげに受け止める。
 史実や聖書の記述などを盛り込みながら、あくまでも日本の文化(日常)にあわせて生活するからこそのシュールかつ微笑ましいエピソードが秀逸だ。
 しかも、天界人だからこその感覚のズレから生まれる天然のボケがいい。
 天使たちや弟子のボケっぷりも含めて、『傍から見ると変だけど、彼らにとっては常識』という行動における、愛のあるやり取りが素晴らしい。
 個人的には、イエスの弟子とブッダの弟子のギャップや、天使たちやイエスの両親の扱いと味付けがお気に入り。
 テンションの突き抜けっぷりも良ければ、ちょっとしたエピソードの中に、『そんな解釈できたのかぁ』と唸るような転換で魅せられ、その絶妙さに感嘆のため息をつくことも多い。
 ブッダとイエスふたりの言動が妙に庶民的なのも好印象であり、しかもギャグネタに下品さや暴力的な過激さがないというのも高ポイントだ。
 常に清々しい。
 そして、常に安心して笑える。
 それでいて、飛び出してくる『とんでもなさ』に笑いが止まらなくなる。
 おそらくこのコンビによるこれらのネタは、『日本』だからこそ許容されるのではないだろうか。
 こういう発想が生まれ、ネタとして受け入れられる日本文化の不思議な懐の深さが垣間見える漫画かもしれない。

ネクロポリス [上][下]

June 29 [Tue], 2010, 23:00
【作:恩田陸 朝日新聞出版(文庫) 本体価格720円】

 研究のためにジュンが訪れたのは、死者と再会できる場所――《アナザー・ヒル》だ。
 静かで退屈なヒガンの慣習はしかし、今年だけは毛色が変わる。
 誰もが注目する《血塗れジャック》事件、その被害者たちに犯人を聞こうというのが多くの人々の目的だった。
 不穏な期待が高まる中、本来ならば起こるべきではないはずの《死体吊り下げ事件》が起きてしまい――

 この物語は、幻想とミステリの融合であり、同時に、彼岸と此岸の境界線での曖昧にして灰色の世界が舞台となる。
 死んだものともう一度出会える場所、アナザー・ヒル。
 罪人が、自ら手に掛けたモノに告発される可能性を孕んでいる場所、アナザー・ヒル。
 この舞台設定ならではの、ミステリーかつホラーの質感がいい。
 厳格な取り決めと、穏やかで静かな時間、けれど用意されたのは陰惨な事件だ。
 エキセントリックさを持ちながらも極彩色の派手さではなく、昔の古い映画のようなざらついたグレイスケールに所々色が差し込むように鮮赤が映える。
 ゆるゆると独自の文化を説明し、そこに住まう人々の感性を描きだし、ささやかな疑問や謎をちりばめて、そうして舞台のルールを確立したところで動き出す物語。
 整えられていく過程に時間はかかるけれど、時間(ページ)を割いただけの幻想性は実に魅惑的で、可能性の検討をする上で非常に有意義なカードともなる。
 恩田作品は、日常から一歩だけ『裏側』に行った世界を描いてる作品が、個人的に一番好みかもしれないと思う。
 常識と非常識、日常と非日常が、反転はしていないけれど、軸そのものが微妙にぶれているのだ。
 ぶれていて、そのズレのせいで奇妙な疎外感を覚えるような、望んで踏み込みながらも思わぬところで自身がいかに異邦人であるかというのを思い知らされる感が面白い。
 共通点が見える。
 相手と歩み寄れた気がする。
 だからこその、ふいに思い知らされる心の距離感、絶対的なところで分かりあえていないだろう断絶感が新鮮だ。
 同時に、幻想に彩られ、自身のスタンスを振り返り、独自のルール下で進行する儀式と理解できないモノへの不安と同調が繰り返される順の心理(内面)描写は妙にリアルでもある。
 オチまでの展開、演出、舞台装置含め、心の琴線に触れる恩田陸作品においてお気に入りの一作となった。

<読書記録⇒5月期に読んだ本(含漫画)の厚さ:計10.4cm>
P R
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