平成29年5月11日木曜日の修法記

May 16 [Tue], 2017, 0:33


 日々の生活を送っている中で、今の私は少林寺拳法を学び感じたことを日常に活かせているのか疑問が残る状態にあります。生活がうまくいってるかと言うとそうではなく、特に金銭面で苦しい日々を過ごしています。

 私は建築現場で仕事をさせて頂いています。肉体労働なので身体の状態との向き合い方が大切なのですが、それがうまくいっていません。といいますのも、自営業ですので実力の差で稼ぎが変わる世界なので、稼ぎという結果が多いか少ないかで他の職人さんから比べられてしまう部分も少なからずあります。私はまだ実力はなく稼ぎもまだまだなので、他の職人さんから比較される事があり、それもキツい言葉で、さらには馬鹿にされ否定される事に凄く悔しく苛立ちを覚え、ムキになって仕事をしてしまいます。
すると自律神経の乱れに繋がって身体がしんどくなり、思うように動かなくなってしまいます。
結果、仕事が進まずに稼ぎが少なくなる。だけでなく、それが仕事を引き寄せる流れを掴む事が出来ずに、悪い現象が引き寄せられる事に繋がってしまいます。私が今うまくいっていないのは、仕事を引き寄せられていない状態なのではないかと気づきました。

 そんな中、少林寺拳法の修練に参加させて頂いている中で気付いたのが、少林寺拳法には比較や否定される事が無いという事でした。勝ち負けを争い強さを身に付けて差を付ける武道ではなく、少林寺拳法は調和と優しさを持つ宇宙の法を武で体現する和の武道です。日々の修練で和の空間に居させている中で思ったのは、比較や否定から繋がるお金と、調和から繋がるお金の違いはいったい何だろうと思いました。

 思ったのは、「廻る」かどうかという所でした。否定や差がつく場には、いずれ氣の流れが滞る終着点が出来てしまうと思います。少林寺拳法で氣の流れを廻らせる修練を通じて、一つ感じたのは相手への想いやりだと私は思いました。この想いやりは仕事でもそうだと思いました。自己の利益だけを考えて仕事をするのと、みんなの幸せを想って仕事をするのとでは、同じお金でもその廻り方に違いがあると思います。想いやりという氣が相手から還ってくる時に新たな仕事が廻り、稼がせて頂けるという感謝に繋がるのだなと思いました。お金に対しての氣をどこに向けるかによって、流れを滞らせるかどうか。そういう所に、意識を向ける事が、仕事や日常を豊かにする事に、繋がるのではと思いました。これからはそういう所に意識を向け、将来豊かになれる事を信じ日々を進んでいきたいです。

(西岡 大介 記)
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