平成29年5月15日月曜日の修法記

May 19 [Fri], 2017, 0:33


本日の修練は副道院長、先輩拳士の指導のもと科目の復習を行いました。

「上膊抜」、「上膊捕」、「諸手引抜」、「巻小手」を行いました。
上記の4つを先輩拳士からは「余計な力」を抜くことで技を指導して頂きました。

『いずれの技を行うときにも力を抜く。』
感性を養うとはこういうことなのかなと今回の修練で感じました。
こちらが先輩拳士に力むことで技をかけようとする。
すると先輩拳士はいとも簡単にこちらの意図を感じて止めます。
力まずに余計な力を抜いて技をすると先輩拳士が軽く動いてくれるのです。
初めは意味がわかりませんでした。
「上膊抜」の時にはこちらがしっかりと掴んでいるにも関わらず掴んだ腕が無くなるのです。
むしろ、掴んでいるけれども掴んでいない状態です。
技を受けると自然と転がってしまう。
法形をしている途中で副道院長に「技の上手い人と一緒にすると技が上手くなりますよ。」とアドバイスを頂きました。
その意味はどういうことだろうと思いましたが、技を行うにつれてなんとなく意味を感じることができました。
自分の力で技をかけようと思うと相手は動いてくれない。
力むと相手を感じることは出来ないからです。
感じれないから力づくでかけてしまう。
感じてこうしたら無理なくいけるのかなと思うとそのようになってくれる。
それは技の上手い人が相手だとこちらの意図を感じて導いてくれるからです。
守者が主になって技をかけるというよりも、攻者が積極的にかかりに行くと身体が変わっていくのだと思います。
道院長はよく「主従を考えるようにしなさい。」と仰ることがあります。
攻者は守者の意図を汲むことによって技にかかりにいく。守者は攻者の意図を汲んで動く。
お互いに相手のことを考えるから自他が無くなる。
そのような境地になれると法形修練の中身も変わってくるのではないかと思いました。
自他が無くなるような境地には至れませんが、力まないということは上達への近道なのだと思います。


(近藤 健太郎 記)
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