平成29年5月22日月曜日の修法記

May 25 [Thu], 2017, 15:23

本日の修練では、少年部の指導の後、法形修練と乱取り稽古を行いました。

少年部は6月の演武発表に向けて、単独演武と組演武の修練を行いました。
ひとまず少年部の課題は、極めと冴え、残心の心得を動きの中で感じてもらうことだと思っています。修練回数も残すところ少なくなってきているので、二人が日頃の修練の成果を余すことなく発揮できるよう、指導者側も要点を伝えるように心がけています。

その後の法形修練では、四段科目の「天秤投」を行いました。車輪を回すような縦の回転に加えて、横の回転も加えた形を指導していただきました。

次に乱取り稽古を行いました。フェイスガード着用ではありますが、実際に攻防の間合や虚実を体得するべく行います。特に道院長から、足を止めないことや突き蹴りを固めないことを指導していただいているので、その二点を心がけて行いました。


少林寺拳法の修練の中で主として行われるのは、組手主体の法形修練です。自由乱取りを行っていると、通常の法形修練のようにスムーズに技が掛からないことは多くあるのですが、うまくいく時との違いは「先を取れているかどうか」だと感じます。
自分は自由に攻撃しているようで、実は虚を見せられてそこに攻撃させられているということがあります。実際のところ、今の感覚では、お互いに「誘われているな」とわかるレベルの虚の誘い合い、取り合いでしかないのですが、それでも法形修練の枠組みを超えて自由度が増している分、氣を発して先を押さえるという意識が重要だなと思います。
同時に「相手を攻撃する」というのは、武的に考えても本当はすごく不利なことなのだということを実感します。今はフェイスガードを着用していて、少し突かれても怪我をすることはありませんが、相手の攻撃をよく見れば見るほど、その発生の瞬間に崩れていることを感じるようになりました。

こうして相手の内面をよく観るためには、自分という意識を捨てなければならないのだと思います。これが戦国時代の合戦場であったとすれば、矛盾するようですが、生きるためには生きようという意思を捨てなければならないということになってくるのでしょう。
現代において、日常で武道の技が必要になる場面に遭遇することはないと思いますが、武道は自己とのコミュニケーション、そしてその延長に相手とのコミュニケーションだと言われるように、その演練によってセンサーが研ぎ澄まされていくのだと思っています。

(梅田 海来 記)
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