Queen Mab 

May 22 [Fri], 2009, 23:50
埃臭い倉庫の床に手をつけば、じゃり、と砂で滑る。その感触が気持ち悪かったが拭う余裕は無かった。しりもちをついた体勢はまずい。こんな隙だらけではやられる。そう思ったが身体が動かなかった。

「ごめんなさい、榛名さん」

細く開いた扉から光を伴って廉が現れた。逆光でその表情は見えない。右手にはブルームハンドルと呼ばれる特徴ある銃。廉の愛銃は細く長い銃身が美しい。

「ごめんなさい」

表情は分からないが声で分かる。

「泣くな」
「泣い、て ません」
「うそつき」

どれだけ一緒にいたと思ってんだ。わずかに震える語尾。精一杯我慢している声。
とにかく腰を浮かそうと左手を動かすと、廉は即座に反応した。

「動かない、で」

狂いなく向けられた銃口に左手どころか全身がこわばる。
廉の腕前を俺は知っている。
あの銃口に狙われて逃れたものはいない。ただのひとりも。廉からたった10メートル余は意味の無い距離だ。
背の中心を汗が流れる。
俺のM29はどこだ。
廉に向ける気なんてなかった。しかしとっさに思ってしまった。俺のM29はどこだ。

「ここに」

俺の目の動きを読んだのだろう。

「ここにあります」

「でも、」
「持てるわけねーよなぁ」

そりゃそうだ。敵に武器を渡してどうする。
俺たちにそんなスポーツマンシップはない。
自らの優位を捨てるバカはいない。
廉はいつもはバカだけど、プロだ。

昨日俺の背に傷をつけた骨ばった指。
アレが動いたら。

もう俺はいない。


背中がチリリとうずいた。

「あ、きらめないで。嫌だ。いやだよ榛名さん おれに」
「ダメだよ廉」

そんな無理なことを言うな。
今だって俺が少しでも動けば指が反応するくせに。
俺たちはそうやって作られている。


「榛名さん」
「…最後がお前ってのはある意味理想だよなぁ」

確実に苦しむことなく仕留めてくれる。

「泣くなって。ブレて痛い目にあわせたら祟るぞ」
「泣いてません!」

まっすぐに向けられた銃口。

どうしてこうなったんだろう。
いつかは来るかもしれないと思っていたけど、別にそれが今日でなくてもよかったんじゃねぇか運命の神様。

眼は閉じない。
最後の最後まで廉を見続ける。

さいごの一瞬まで。




「はるなさんはるなさんはるなさん!」

午前11時、晴れ。 

May 20 [Wed], 2009, 1:15
鳥が鳴いている。トゥトゥトゥとすずめではないリズム。
明るい日差しに緑がきらめく。
若々しい黄緑の芝生は、たった3日の間でもとの長さにまで成長していた。
ところどこと黄色の花が咲いている芝生に、誘われるように榛名は降りていった。
赤茶の手作りウッドデッキを越え、明るい草の上を踏む。
予想外に硬い感触。土踏まずを先端がちくちく刺す。


廉は近所の郵便局に行っている。
徒歩10分のところのコンビニ兼郵便局に荷物を取りに行ったのだ。
ちゃんと言葉は通じただろうか。
一緒に行こうとしたら、断られた。
「1人でもできます」と。
テレビ番組のようにこっそりついて行こうかとも思ったが、ばれた時のことを考えて堪えた。
それでも一言言いたくて口を開いたら、
「こどもじゃ、ないですよ」
と頬を膨らました廉。まるでこどものように。なんて可愛い俺の恋人。


生垣の影に腰を下ろす。
家を見上げる。
白い壁に赤茶の屋根。そして煙突が見慣れない。
壁につたわる蔦は甲子園のものとは違う。
それでも思い出させるのはあの熱。
上の方で大きく枝が揺れ、しかし一瞬後に吹き付けたのは似ても似つかぬ涼しい風だった。

生垣はみっしりとしていて榛名が凭れても少々へこんだだけでちょうど良く榛名を支えた。
両足を伸ばせば、足首から先に日が当たり暖かい。


廉、早く帰ってこねぇかなぁ。


榛名は枝と葉の間から見える真っ青な空を見、恋人を思った。








「うぁ、寝てた!」

左足が動かない、と思えばふわふわの薄茶の頭がそこに乗っていた。
薄手のブランケットが2枚。
一枚は規則正しく寝息を立てる三橋を包んでおり、もう一枚は自分の上に。


はみ出した足先はすっかり影の中だった。

belated 

May 18 [Mon], 2009, 10:16
「ハッピーバースデーみはしー!!」

ほんのわずか混じる雑音は、やはり彼がいる場所との距離を感じさせる。

「あ、りがと田島くん」
「見ただろ俺の盗塁! とヒット」
「え、あ、あの」
「まさか放送してねーの!? そっち!」
「う…で、でもインターネットで結果は見た よ! すごいね!」
「だって三橋の誕生日だったから! お祝い!」

デイゲームだったから17日中に届いたろ!

と嬉しそうな声に三橋は素直にうなずく。

「ありがとぉっ 田島くん!」

そしてお互いの身体を労わりあって、これからも応援してることを伝えて電話を切る。


「あいつの英語、全然英語らしくなんねーな」
「でも、しゃべれる、からスゴイ ですよ」
「動物的カンで理解してそうだけど」

腕の中での会話は、榛名にも十分聞こえるものだった。
三橋の腹に腕を回して、骨ばっている肩にあごを乗せる。

「それにさ、」


榛名はそのままの姿勢で続ける。
頬に触れる黒髪がくすぐったいと三橋は思う。

「あいつ時差のことカンペキに忘れてるよな」

もう18日だってーの。




「…榛名さんだって同じこと」
「だ、アレは一年目だったから俺も結構テンパッてて!」
「わかってます よー」

ふひ、と三橋が首をすくめて笑う。
それを指摘した時の榛名の慌てぶりは、電話の向こうからでも伝わってきて逆にこちらが申し訳なくなってしまったほどだった。
そしてそれ以来は三橋が榛名の元に出かけた。


今年また日本の野球界に戻ってきた榛名。
少なくとも球団との契約上で3年はここにいる。

ここに、

ここに。

三橋は緩む頬を押さえるすべがない。
それを感じとった榛名がぎゅうと腕に力をこめた。



おかえりなさい、だなんて。

何度でもいいたい。

how to 

May 17 [Sun], 2009, 22:32
日付が変わって、立て続けにメールが4通届いた。

ピンクの花が揺れるメールは篠岡から、クリーム色の猫が手を振るおめでとうはルリから、祝いの言葉に遊ぼうと誘いの言葉が添えられていたのは水谷から。叶からは「食いにいこう」と肉の写真が添付されていた。

送り主をあらわすメール。顔を思い出し、声を思い出し、三橋は微笑む。

昨年を踏まえるなら、もう何通か届くだろう。
口元が緩んだが、すぐに引き締める。

来ないかもしれない。
いつだって悪い状況を想像しておく。期待しすぎない。期待しない。外れて悲しくなるのはイヤだから。
悲しくなんてなりたくない。

だから、三橋は与えられた現状だけを見る。

届いたメールを読み返す。
どれも嬉しい。
祝ってくれる、自分のことを覚えていてくれる、気にしてくれる。
ここにいていいのだと胸の奥が苦しくなるぐらい嬉しい。
三橋は鈍く光る携帯の表面を指先で撫でた。そっと、何度も。

happy birthday 

May 24 [Sat], 2008, 23:57
せっかくの夜なのに、廉はキスもさせてくれないでじっと携帯に耳をくっつけている。
傍にいるから聞こえる、漏れ出た時報の音。何がしたいかなんてわかるからキスも我慢しているんだけどな。
息を止めて、真剣に廉はその時を待つ。


ポーン


5月24日午前零時をお知らせします。


時報の声を最後まで聞かずに廉が俺を見上げて言った。

「おめでとっ、ございます!」
「ありがとう」

ぎゅーっと抱きしめて言葉に加えて感謝を伝えれば廉が腕の中で俺を呼んだ。

「榛名さん」

オレ、いちばん、ですか?

「一番に決まってんだろ! 一番大好きで大事!」
「そ、じゃなくて」

榛名さんが言われた「おたんじょうびおめでとう」の言葉、オレが言ったのがいちばんはやい時間ですか、えと、生まれてから。

つまり、今まで迎えた誕生日で祝いの言葉を言われた時間てことか?

確認すれば何度も小さく頷く。こいつはまるで小鳥のように頷く。

「そう。廉がいちばん早い」

廉以外、こんなに真剣に誕生日を待って、日が変わったのと同時に嬉しそうに言ってくれたやつはいない。
家族にだって。

「…ほんと、お前が一番」

嬉しそうに俺の肩口に額を押し付けるお前はどれだけ解っただろう。
この『一番』の意味に。

矛盾スパイラル 

May 22 [Thu], 2008, 0:04
オレは、要領が悪くて、バカだと自分で分かってる。ベンキョーできないし、敵の得意コース苦手コースもなかなか覚えられない。
イッコのことを始めるとそれしかできなくて(だって、よそ見してたら失敗する)、さらに時間がかかる。


ほんとは、もっと、器用ならいい。


ふたつやみっつのことを同時に出来る余裕があればいい。ほしい。


そうすれば、もっと榛名さんのことを考えてられる。
歯磨きしながら、とか、ご飯食べながら、とか。がっこの行き帰りとか。



気持ちにも頭のナカにももっと余裕があればいいのに!

心のままに 

May 20 [Tue], 2008, 23:50
俺だって人並みに赤ん坊はかわいいと思う。
けど、しゃぶってべったべたの手を差し出されても握り返すのはちょっとカンベン。
それが成長したなら余計に無理。
かわいー女子アナだろうアイドルだろうと他人が食べたものとかいらないし。




それが廉だと違う。


このあとグロいと思われる文章になりますのでご注意ください。

プリーズプリーズプリーズ! 

May 19 [Mon], 2008, 23:39
「あ、表紙榛名だ」
「イケメンだよねー」

家の近所の本屋。耳が捉えたのはその名。たまに聞き間違えたり、名字や名前が同じだけだったりするけど、とにかく敏感に反応してしまう。
手近にあった雑誌を広げ、さりげないふりをして視線を向けてみる。

声から解ったように若い女性2人。三橋よりも年上にみえる。働くお姉さん、の格好をしている。

「最初はさ、話題にされすぎててちょっと引いてみちゃってたけど、なんだかんだで強いよね」
「勝ってるよねー。ホント最初はイケメンイケメンそればっかで、高卒の子がそんなにスゴイのか、とかプロでやってけるのかー、とかいっそ打たれろ! とか思っちゃったけどさ」
「もうすっかりエースだよね」
「エースだねぇ」

嬉しくなってしまう。自分が褒められたりするよりずっともっと嬉しい。
そうだ、榛名はエースだ。
大観衆の中、歓声を、そして相手チームの悲鳴と怒号を受けてマウンドで立つのにふさわしいエースの強さ。
三橋が憬れてやまないピッチャーの榛名。


鼓動が高まるのを知らずに2人は話し続ける。

「しっかし、ほんとイケメンだよね」
「顔が顔だし」
「身体も身体だし」

よく知ってる。だから三橋は赤くなる。顔が熱い。

「でも私このもじゃもじゃだけは嫌」
「もじゃもじゃ?」
「この帽子からはみ出てる髪の毛! これだけ、これだけがガマンできない。もっさーとしてて」
「私は別に気にならないけど」
「気にして!」
「そうかなー? まぁ言われればちょっと長いとは思うけど」


…気になるだろうか?
もっさー、とはしてない、と思う。
けど、  けど。

an umbrella 

May 18 [Sun], 2008, 23:45
折りたたみは畳むのが面倒。
小さいのはくっつけるけど肩をぬらしてしまうからダメだ。
コンビニで気軽に買えるビニ傘は半透明だったり透明だったりするから隠れない、つまりちゅーもできない。
いや、俺は、見えたっていいんだけど廉が恥ずかしがるし、第一こっそり隠れてっつーのがロマンじゃねぇ?
だからと言って黒い傘もな。
いや、男2人には自然か。



「…あ、の。 最初からそれぞれ持つ、という のは?」



それこそ却下。

両手でも足りない 

May 17 [Sat], 2008, 23:19

すげーと思うんだ。

廉が恋人、で、ここにいる。
ということは、廉を生んでくれた母親がいて、もちろん父親もいて、そうするとそれぞれの父親母親が必要で、その前もその前もずっと生んでくれた人が続いていて。
で、俺も一緒。親がいてばーちゃんじーちゃんがいてその上もずっとずっと続いている。
もしかしたら、ずーっと前の祖先は兄弟だったかもしれない。
そうだとキンシンソーカン? (違います)

とにかく。
誰がかけても俺でもないし、廉でもない。


それを思いついたらすげー嬉しくて堪らなくて投げたかったけど部屋の中でそれはヤバイからベッドにダイブして布団にパンチを食らわす。

なんて言えばいいのかわからないけど、とりあえず思いついた言葉は。


「ありがとう、だな」

生んでくれてありがとう、生まれてきてくれてありがとう。
ここにいてくれて、野球を好きで、ピッチャーで、俺と出会って、俺を好きになってくれて、ありがとう。
それから。


ありがとう、を思いついた先は両手でも足りなかった。