モラトリアム≠青春

2009年03月27日(金) 18時56分
おととい?
か、昨日か、もうよくわからないのだけども、
どうやら卒業式があったらしいね。
早稲田周辺に袴姿の女性がチラホラ…。
わぁ…袴だぁ…素敵なお姉さん方だなぁ
とか思いながらぼんやり見てたんですが
ハッ!!
コイツラあたしより年下じゃねえかよ…。

モラトリアムもいい加減にしろ…ッ!!

そんな私は本日、無事科目登録を終えましたよー。
もう、科目登録すっぽかすなんてへまはしないゼ。
さて、毎年この時期になると血沸き肉踊るのが、新学期の自己紹介。
5年の時は、正直に、はにかみながら自己紹介。
6年の時は、学年について徳に触れずにやり過ごし。
今年はどうしましょうかね…。
「目上の人間です。敬って下さい。」
とか言えばいいのか。
どうせあいつら、アホなモラトリアムヤローどもだ!!

ハッ!!


ワタシだ!!


そうだ、私だ…マモー!
(ルパン三世 映画第一作ルパン三世「ルパンVS複製人間」[Blu-ray]より…カリオストロより名作だと思うんだよ!!)
ということでね、今年は、とりにイクゼ!!
卒業をな!!

科目登録してて、結構いっぱい授業行かなきゃいけない自分に二度見。

性認識のギャップ

2009年03月27日(金) 0時30分
言論統制っていうのは、うちらが無自覚なだけで確実になされてるんだって思ったね。

というのも…

ここ三日間ぐらい、私がなんども投稿し続けてるとある記事があるのね?
その記事が、一向に表示されない。
アップするたび、一時は表示されるんだけど一定時間経つと消えちゃう。
管理ページによると
「この記事には不適切な表現が含まれているため更新できません」

……
えっ?!
な……ええ??

これってなんなんですかね。

始めは、他のHPから画像引っ張ってきてたから、それにガードがかかってるのかしら?と思い、対策しました。
でリトライするもNG。
「この記事には不適切な表現が含まれているため更新できません」
長すぎるのか?
たしかにかなりの長文ではある。
ということでちょいちょい削って再びトライ。
「この記事には不適切な表現が含まれているため表示できません」


おぉっ?
なんとな??

画像でも無い、容量でも無いと来ればなんですか。
と考えてハタと思い当たったこと、それは……

エロ?

私の記事、エロかったですか??

さて、この三日間、私が何の記事をアップしようとしてたかというとそれは


ざん!
この漫画のレビューを書いていたんですね。
せっかくのオタク趣味ですし、なにがしかの形でアウトプットしていきたいと思いまして、二次元創作物のオススメ記事を発表しようと思い立ったんですよ。
そんで記念すべき第一回課題作が、これだったんですね。
で、この作品、面白いことは確かなんですが、つまりその、テーマといいますのが、男性の…
モニョモニョ
なんですね。
その、男性の…
ムニャムニャ
をメインテーマに据えてる時点でめちゃ面白い!!
てなことを書いてたんですが、どうもその、
ムチョムチョ
を、まんま表記していたのがいけないっぽいぞと。
えぇ?だって、ええっ?!
だって、ミャンミャンや、ミョンミョを、まんま書いた訳じゃないんですよ??
さすがのあたしも放送禁止用語ぐらい心得てますよ。それが、
ムニャムニャだめ?
アウトなの??
記事は至極まっとうな物ですよ。好きな漫画だから、なんら恥ずことなく紹介したいって思って書きましたからね。
ようは、その内容ではなく単語、がなにがしかのセキュリティーに引っかかってしまったのでしょう。
ううん…これってのはどうなんでしょうか。

ネットってのは自由です。
自由だからこそなにがしかの管理は必要…?必要…なんでしょうか。
「自由」という物が語られるときには、「義務」と「責任」がともについて回るのがお決まりになっているんですけど、私そもそも、「自由と責任」「自由と義務」っていう言説自体に懐疑的なんですよ。
いやもちろん、「義務」も、「責任」も大切な物ですよ?ただこの二つは、「自由」にのみついて回る問題じゃないということです。なんにだって「義務」と「責任」は存在します。それなのに、とりわけ「自由」を語るときにこの二つがフューチャーされますよね。
あたしはどうしてもそこに、一種のうさんくささを感じてしまうんです。
「自由と義務」「自由と責任」
まとめて語ることで、それ自体が一つの言葉として存在してしまっているような…。
つまり、自由とは何か、義務とは何か、責任とは何か、そういった一つ一つの問題を、抱き合わせにすることであたかも答えが出ているかのような気にさせられているんじゃなかろうかと。
わかったような気にさせられているだけで、それは只の思考停止なんじゃなかろうかと。
たとえば、今回の記事。
男性のモニャ…について書いた文章を、その内容云々ではなく、モニャ…という単語のみでカットしてしまう。
そのことにオヤ?と感じるのは私だけではないはずです。
広大なネットの世界で、ある程度の秩序と道徳を存続させようとしたらこういう一辺倒なやり方をするしかないっていうのも理解出来ます。
でもそのことで、皆さんがモニャモニャについて考察する機会が一つ減ったことになりますよね。
今は、2ちゃんで誰か殺すって書き込んだだけで逮捕される時代ですよ。
いや、そりゃダメだよ2ちゃんっていっても、もはや公共の場なんだからそこで殺す発言はそりゃ怒られますよ。
でもさ…と。
このまえ「ちょっと瀬戸大橋の光ケーブル切断してくる」って書き込んだ男が書類送検されましたよ。
おいおい…と。
スレッドの文脈的には明らかにジョークのレベルですよ。でも通報されて、警察が実際に動いてしまう。
自由と義務と責任→管理
っていう、思考停止にのっとった飛躍がさも当然のように成立してる世の中ですけど、それって、ちょっと怖くない?
はた、と考えてしまいますよね。
じゃあ、文脈を理解した上での削除ならいいのか、と。
どんな単語を使っていようが、その文脈を理解した上で問題ないと判断されるなら公表できる、これならフェアでしょうか。
でも、これを実現させるには、ネット上のあらゆる発言を管理し判断する為のシステムが必要になりますよね。思考の管理。
それこそ怖ろしい。

自由であるための管理って、管理されることで得る自由はそもそも自由なんですか?
ま、そもそも、ネットが自由の世界って言うこと自体が幻想かも知れないんだけどね。
だけど、私たちが縛られてる肉体って物から解き放たれる場所、という時点で、そこには自由という幻想が存在していてイイと思うんだな。
せめてその世界だけは自由であるべき、というか自由を求めてしかるべきだと思うんだ。

で、結局、じゃあ私たちが求める自由ってなんなんだって言う話に戻っちゃうんだけどね。
「私たちが求める自由」なんて、それこそ思考停止の言説かな。

更新が上手く行かない

2009年03月26日(木) 0時46分
更新が上手く行きません。
その理由は明日にでも更新するとして、とりあえず、つなぎの更新。

今日はひさびさに、そちら側に行きたい!と、思えるような芝居に出会いました。
こんな経験、正直振り返って思い当たるのは高校二年生の時以来か。
この芝居出たい!!
って言うのとは全然違う。
そちら側に行きたい!!つまり、作り手側になりたい!!
って思わせる芝居です。
この芝居に出たい!!って言うのと、そちら側に行きたい!!っていうのは、似てるけど、右脳と左脳ほどに異質なもので、右心房と左心房ほどに違うものであります。
私が高校生のときに、だただた、この芝居出たいな、と思っていたのであれば、私は今まで芝居は続けていないでしょう。東京にすら出てきていないと思います。
たぶん高卒で漫画家目指してるか、代アニで声優になろうとしてるんじゃないか…(この想像、リアルすぎて怖いな…)
こういう世界に生きている人たちと同じ景色を見たい!どんな小さな仕事でもいい、その作品作りに関わりたい!って思ったからこそ、プロになるんだって決心したわけで。
ちなみにその作品っつうのが、
蜷川幸夫演出 三島由紀夫『近代能楽集』より、『卒塔婆小町』
です。(ホントは『弱法師』と二本立てだったんだけど、こちらはほぼ記憶にない。そのくらい『卒塔婆小町』にやられた)
何度反芻しても、あの時の感動が自分の中で再現出来ますよ。
鴻上尚史と成井豊に憧れて演劇やってた人間が、蜷川幸夫氏の舞台でプロになることを決意するって言うのは、自分で言うのも何だけど、なんとも乙だなあと(笑)
結局早稲田に入ったけど。
でも、そうやって早稲田に入りながらも、私の作品が、鴻上氏にも成井氏にも似なかったって言うのは、やはし自分の目指すところが、あの日あの瞬間の、蜷川氏のステージにあるからなんじゃなかろうか、と思うわけで。
そんでそんな体験ができること自体、すごく幸運なこと何じゃないかと思うんですよ。
羨ましいでしょ?

んま、今日はそのくらい素敵な作品に出会いましたよ、と。
作品名は、例によって秘密です。ふふふーだ。

いいことだってある

2009年03月15日(日) 0時09分
昨日はなんか、ピリピリした文、書いちゃった。
そういう日もある。
でも本当は、誰のことも、憎まず、嫌わず、怒らない、そんな人間になりたいんである。

宮沢賢治が詠ったみたいな、「サウイウモノ」に、私だってなりたい。
でもたぶん、ああいう詩を詠まれてしまうとあたかも宮沢賢治が「サウイウモノ」だったかのように思ってしまうけど、たぶん、賢治自身は、決して「サウイウモノ」ではなかったんだろう。
パッと見、賢治はメッチャいい人で、まさに東に病気の子どもあれば行って看病するみたいな人だったんだろうけど、彼の中では全然納得いってなくて、
「いやこれたぶん違うわ〜、俺の中の「サウイウモノ」と、なんか違うわ〜」
とか思いながら、それでも
「見殺しにはできね〜、俺的に全然納得してねーけど、これで看病しないよりはしたほうがポイよね〜、あ〜ちくしょう、俺マザーテレサだったらよかったのに!」
とかいう葛藤の末に、みんなの知ってる宮沢賢治的な振る舞いをしていたに違いない。
いや全然根拠無いけど。
賢治好きの人怒るかな…。

いやでもだって、「なれない」から「なりたい」って思うわけで。
「早く人間になりたーい!」ってベムが叫ぶのは、彼が妖怪だからなわけで。
あの詩の、「ナリタイ」までに至る前置きの長さは、そのまま賢治の中の理想と現実の距離であるはずで。
アレはそういう、ナリタイのにナレナイ人の、絶望の歌なのかと、昨日の自分を反省しながらそう思った。

彼の中の賢治は、ずっと妖怪だった。
「人間になりたーい!」って叫び続ける、滑稽な妖怪だったんだ。
そう思ったら、宮沢賢治のこと、ちょっと好きになった。

理想って、実現させることでなく、語ることにその意義があるんだと、私信じてるんですよ。
たまにちょっと見失うけど。でもずっとそう信じてるンス。
最近ちょっと、「語るべき理想」が家出中で行方不明なんだけども、彼がいつ帰ってきてもいいように、ドアに鍵はかけないように気をつけよう。

自戒

2009年03月12日(木) 16時45分
愚か者になりたくなければ、自分を努々(ゆめゆめと読むそうな…)、特別な存在だなんて思わないことだ。
自分を、ゴミ、目の端に舞ってるホコリ、宇宙の屑、そのくらいに思っていることが肝要。
自分の存在がどれだけ無価値か、それを心得ていさえすれば道化になることはない。

家柄、血統、社会的地位、そういうものを人は欲しがるし、持っている人はそのことを喜ぶけれど、それはたぶん、それらが自分の存在に価値を与えてくれるからなんだろう。
それでそういった価値で自分を飾ることで、人はとても「楽」になる。
確かにそういった「価値」を着込むことはとても重要で、それらを全部否定したとしてそれは、雪山で全裸でいるようなもので、とてもじゃないけど賢いとは言えない。
色んな洋服を手に入れておしゃれを楽しむように、色んな「価値」を着込んで人生を楽しんだって良いに決まってる。

ただその洋服着てるあんたは屑ですよ、と。
確かに高級なお召し物で大変素晴らしい趣向を凝らしておいでだが、それ纏ってるあんた自身はゴミですよ、と。
価値があるのはその洋服。
あんたはゴミ。
私もゴミ。
それだけはホント、絶対に忘れちゃいけない。
忘れたら怖ろしいことが起こる、と背筋凍えた居酒屋の隅。

着こなしているうちはいい。
だけど、その洋服の価値を、自分の価値と取り違えることの、なんと容易いことか。
それをしてしまったが最後、あんたも私も、飲み屋でよく見るあの道化。誰からも適当な相槌と愛想笑いしか貰えない、しかもそれをそれと気づかない愚かな道化になってしまう。

まあでもそんな道化もゴミはゴミで、私もゴミで、変わらないか。
愚かなゴミか、愚かでないゴミか。
同じゴミなら愚かじゃないゴミになりたい、と思ってしまうあたりまだまだ修行が足りないか?

いやでもほんと、人の振り見て我が振り直したいですね。

私の計算では…

2009年03月09日(月) 12時33分
私の計算では、
そろそろガスが停まる…!!

うわあああぁぁぁぁっ!!!
そんな見通し、たてたくなかった。
ちくしょう…ちくしょう…悔しいのぅ、あんちゃん悔しいのぅ…。
みんなアメ公のせいじゃ…。

しかし、ほんと不景気みたいね。
飲み友達の話によると、会社の業績とかほんとに厳しいんだって。4月の収支が見えて無い、なんて話も聞いたりして。
私の不景気は今に始まったことじゃないし演劇業界ももうずっと不景気だし、100年に一度の…とか聞いてもピンと来ないんだけど、でもまあ、あんなに羽振りよかったあの人が…ていうのを目の当たりにしたりすると、あらーほんとに不景気だったのねーとか思うよね。

こうなってくると、あの評判悪い定額給付金すら待ち遠しい…。
なに買おうかなー!DS買おうかなー☆ルンルン☆☆
とか考えたんだけど、1万2千円じゃDSかえねーよ……。
子供のおもちゃも買えねーよ。
あ、子供は2万円貰えるから買えるのか。
IKEAで食器棚でも買おうかな〜、とかも考えたんですが、せっかく国内経済活性化のための給付金を外国資本に投入するのもね〜。

などなど考えた結果、私は定額給付金を

Suicaに全額チャージすることにしました☆

うわああああー景気底上げしねぇぇ

あ、そもそも、住民票移してね〜からもらえねーー

未来日記、的な

2009年03月07日(土) 12時35分
ブログにあんなこと書いたからだろうか。

なんか、今日、てあとろ50’の創設者に会うことになった。
てあとろの創設者って言ったら、35年前にてあとろを創った人ってことだ。
私にとっては歴史上の人物。
そんな、実在の人物とも思えないような人と今日会うことに。


すげぇこのブログ、なにかを呼び込むのだろうか。

洗濯機欲しい。

書いといたら誰かくれるかもしれない。

さてと…

2009年03月04日(水) 10時38分
遅刻だ…。
遅刻です。
ただ今絶賛遅刻中。

せっかく復帰したバイトに、今遅刻中。
ホームで走っても電車が早く来るわけじゃ無いのでゆっくりかまえてブログでも書きますか、といった感じなのです。

あ、電車着た。

私の高校時代の遅刻回数は一年で126回と、過去最高値をマークしたそうですが(教頭談)今頃はその記録も誰かに塗り替えられていることでしょう。なんか悔しいな。

あ、ついた。

まあ高校は遅刻ぐらいでクビにならないけど(別件でなりかけたことはあるけど)バイトはクビになるっていう。
うちの高校は遅刻すると遅刻カードってのに記入してなぜか教頭に提出しなきゃならなかったのだが、なにせほぼ毎日遅刻してたもんだから、遅刻理由の記入欄になにかくのかが結構悩み所で、たいてい
「ねぼう」とか
「なんとなく」とか書いてたんだけど、一度
「信号が青にならなかった」
と書いたときは、

教頭「信号が、青にならなかったの?」
私「はい。」
教頭「信号が、青にならなかったの?」
私「はあ。なかなか変らなくて。」

同じトーンで、同じことを2回聞いた。
人間はホントに頭にくるとこうなるのか…と思いましたよ。

そんな事思い出す、副都心線池袋の朝でした。(早く行け)

あの時代の

2009年03月01日(日) 22時04分
あの時代の、おにいさま、おねえさまがたが(主におにいさまがたが)メディアで平然と、
「当時学生運動に参加してました」
っていってる姿をよく見ますが。
最近とみに増えたと思いませんか?
今まで頑なに沈黙を守ってきた、いや、まるで自分の人生にそんな過去無かったかのように振る舞ってきた人たちが、さも当然のように
「実はやってたんですよボク」
って。
つきものが落ちたみたいな顔しちゃって。
左翼活動なんてしようものなら一生出世出来なかったり、就職試験の時に「思想調査」が当然のようにあったり、公安のブラックリストが企業間に出回っていたり、そういった濾過装置をするりするりとすり抜けて生き抜いてきた方々が、いま
「あ、実はやってたんですよボク」
って。

あ、ほんとうに、あの時代は今、終わろうとしてる…。
そんなことを考える今日この頃です。

次回公演「モロトフカクテル」は、二年前の2月に上演された作品です。
あの時代のおにいさま方が、「語らない」ことに対する違和感で書きました。
まだ二年しか経っていないのに、世界は随分変化しているようです。
それでも私は、今彼らがそう「語る」ことにも、違和感を感じずにはいられません。
カタルシスも、ヒロイズムも、彼らに手に入れて欲しくないと望んでしまうのは何なんでしょう。
憎しみかもしれない。
あと、羨望と、妬みと。
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  • アイコン画像 ニックネーム:高羽 彩(タカハ アヤ)旗揚げの時の舞台写真ですね
  • アイコン画像 性別:女性
  • アイコン画像 誕生日:5月10日
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タカハ劇団主宰 役者 脚本・演出家 所属:クレイ

このブログは高羽の個人的なつれづれを綴ったブログです。
タカハ劇団の公式活動情報につきましては、劇団HPをご覧ください。
またお問い合わせは
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(迷惑メール対策のため、@を「あっとまーく」と表記しております)
までいただきますようお願い申し上げます。

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次回公演詳細まだまだ未定!
詳細はこちら!
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-------今後の活動-------
【タカハ劇団】
次回公演
今春?!

作:演出:
乞うご期待!

【高羽 彩】

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