
台湾に来てから、今まで行きたかった場所

「澎湖」へ今年行ってきました。
*

台北市内の「松山空港」から澎湖本島にある「馬公空港」へ。
久しぶりに「松山空港」を利用しました。(台湾高鉄が出来る前は高雄へは飛行機を利用していたけど今は台湾高鉄ばかりです。)

飛行機へ乗り込み! おー。オープンスポット&

プロペラ機です。

(何十?)何年かぶりのプロペラ機です。 (昔、名古屋<豊山>から南紀白浜まで日本国産のYS11機が飛んでいたのを思い出します。)

*<豊山>・・・名古屋空港(小牧空港・現県営名古屋空港)。 このすぐ近くに「世界の!?

イチロー選手のご実家があり、そのすぐ近くに「イチロー博物館」があった記憶があります。<今でもOPENしているのかな?>
*出発日当日は

台風が接近しているとの予報だったけど無事「馬公」に到着。
*到着後旅行会社に荷物を置いて市内観光

。
観光中に2階から「もちをばら撒いている

」旅館に遭遇。 聞くと「

新装開業

」のお祝いでもちをばら撒いているとの事。
(懐かしい〜

。 私が小さい時、新築するお宅があると(確か)家の屋台骨が出来上がった時にお祝いでお餅とかお菓子を家の梁?からばら撒いていて「ウワー!!


」って喜んで取りに行っていました。確かお餅

の中にお金

が入っているのもあったりして・・・。
そんな事を思い出し、近くにいた旅館の関係者の方に「このお餅の中にはお金は入っている?」って聞いたら「


えー!? 入っていませんよー。」って。

そうか・・・。<お金が入っていないんだったら>縁起物

でひとつだけ(で十分)と、頂いておきました。

*旅館の中へ入ってみたら、なにやら展示パネルが・・・。

そこには「馬公で最初の

<水洗トイレ>

付き旅館」とあります。
こちらの旅館の屋号は「中央旅社」。歴史が長いようで

日治時代は「松屋旅館」として日本海軍兵士も利用されていたようです。

そしてこのパネルにある写真の旅館の経営者ご一家がお揃いと言うことで皆さんに並んでいただいて写真を


「パシャ!」

何十年かの年月を過ぎても皆さんお元気!

で楽しそう。

素敵なご家族です。
*この旅館の辺りは裏道のようなところに、いくつかの旅館が固まっていてチョッピリ、ノスタルジックです。

「中央旅社」

↓
http://center.greencom.tw/node/11
*「中央旅社」さんから、すぐ近くに「澎湖天后宮

」があります。

*この廟は「媽祖」を祀る所としては台湾で一番古いとされ「第一級古蹟」となっています。

*「媽祖」の廟は台湾に何箇所かありますが主に海の近くが多いです。 それは「媽祖」の伝説から海・漁師さん達の守り神のようなのでしょう。
この媽祖は実在していた人物とされ、もともとは大陸の福建の女性だったようです。 この媽祖に関してのお話はこちらを参考に。
↓
http://tw.knowledge.yahoo.com/question/question?qid=1105051402721
↑
(話の中で<本当ですか〜!?


>というところもありますが・・・。まー神として祀られる方は、こんな風に語り継がれるのでしょう。)

*澎湖では「馬公・マーゴン」のことを「マーキン」と呼ぶことが多いそうですが、台湾語でも発音は「マーゴン<北京語とイントネーションは違いますが>」 だから台湾本土から来た観光客はなぜ澎湖の人達が「マーキン」と言うのか不思議なのだそうです。
ガイドさんによると澎湖の「馬公」の都市名はもともと「媽宮」から来ていて、こちらの発音は台湾語で「マーキン」。この「媽宮」はもともと「媽祖宮」=「澎湖天后宮」。
逆に歴史をさかのぼっていくと・・・「媽祖宮」が日治時代に「媽宮」になって皆「マーキン」と呼んでいた。日治時代が終わって旧国民党時代に北京語で「媽宮」を「マーゴン」と呼ぶようになり澎湖天后宮がある辺りを同じ発音の「馬公」になった。
でも今でも澎湖の人たち(特に年配の人たちは)は「媽祖宮」=「澎湖天后宮」がある「馬公」の事を「マーキン」と呼ぶのだそうです。
*「媽祖宮」=「澎湖天后宮」の名前の移り変わりも確か「中央旅社」さんのHPに載っていたと思いますので詳しく知りたい方はHPへ〜。

そういえば最近「中正記念堂」から名前が変わっていた「民主記念館」←(だったかな?期間が短すぎて忘れましたが)が国民党政権になり、また「中正記念堂」に戻りました。
*あと、


ガイドさんのお話の最中、私の中で「ガッテン!

」と言うことがひとつ。
それは「澎湖の人の台湾語は本土の人達の台湾語と少し違って大陸の福建の言葉に少し近いような気がします。
例えば

豚肉のことを<トゥーバー>と言います。」と言ったところで「あー!!


」と叫んじゃいました。
だって澎湖旅行の前に台湾人(台北)のお友達と、こんなやり取りがあったのです。
↓
お友達「この間姪っ子が豚肉の事を<トゥーバー>って言っていてさー。 「<ディーバー>だよ。」って言ったら姪っ子が「でも
*1学校の台語の授業で先生が<トゥーバー>って言っていたよ。」って言うだよねー。」 「豚肉って台語で何て言う?」
私「ディーバー」 「ディクー・

豚哥(スケベの意味)」の「ディーだよ」
お友達「そうだよね〜。 <ディーバー>だよね。 なんで先生<トゥーバー>なんて教えるんだろう??」
私「本当だよね〜。先生が間違った台語教えたらだめだよね〜。」
・・・なーんて話をしていました。
・・・で、ガイドさんのお話を聞いて(

そうかー。地方では<トゥーバー>とも言うのね〜。)と妙に納得。
学校の先生<トゥーバー>が台語のもともとの閩南語に近い(←そうなのか??)から、そう教えたのか、ただ単に先生の方言が出ただけなのか・・・。 それにしてもフツーの台湾人(彼女は普段使いは台語)に通じないような台語を学校で教えていても・・・どうなの

!?
*1台湾では(特に台北では)若い人たちが台湾語がしゃべれなくなってきています。
そこで最近の小学校では「台語」の授業が設けられているようです。
*大学生くらいの若い子でもなかなか台湾語がしゃべれない子が多いけど聞くことは出来るみたい。以前私がある女子大生の子に「なんで聞いて分るのにしゃべれないの?」って聞いたら「学校に行って(台語ができる)お友達同士で(台語で)悪口とか何か言われても分らないと嫌だから(聞いて)わかるようにはしてきた。 でも話し言葉は国語(普通話)の方が楽だし台語では上手く話せない。」って言っていました。
*

うちの子も幼稚園に入ってからは、だんぜん国語の方が便利のようです。独り言は国語です。

でも、がんばって家では主人とは台湾語で、私とは日本語で話すように心がけています。
私にとっては日本語でしゃべるほうがストレス無く話せるし、子供が日本のバーバやジージとお話が出来ないなんて悲しい・・・

。 主人にとっては「台湾人<本省人>の言葉は台語」との考えがあるので自分の母国語としての台湾語を伝え残していきたい(そんなに大げさな事ではないのかも!?)と思っているようです。
*次回へ続く〜

。