出産 

2013年12月12日(木) 23時19分
ブログに長文したためる事が無くなり早数年。
人生のターニングポイントや重要トピックは数あれど、パスワードが分からないし
発信したい欲も無いしで時が過ぎておりました。

2012年に結婚し、2013年11月18日に第一子を出産しましたので、
その記録を残しておこうとパスワードを捻り出した次第です。

2013年11月18日(月)
予定日の8日前、深夜0時頃。
座椅子から立ち上がった瞬間破水。
妊娠後期から尿漏れが多かったので最初は「今回は量多いなぁ」思った。
確認のためトイレに行き、下着を替える。
その動きの間も股から水がダラダラ出ている。
これは尿漏れじゃなく破水か?と思ったが、イメージでの破水はもっとばしゃっと出るのに
あまりにも迫力が無い。とりあえず病院に電話。旦那に連れて行ってもらう。

病院にて当直の助産師さんに検査してもらい、破水&入院確定。
しかし子宮口は開いておらず、まだ硬い。
翌朝にどうなるか医師と相談との事で、旦那は一旦帰宅。
私は普通の部屋が満床のため、無駄に豪華な特別室(通常部屋代+6000円/日が6日分!!)に入院。
翌日は長丁場の戦いになると思うからよく寝るようにと眠剤を渡される。

夜は淡々と私を恐怖に陥れた。
明日いよいよずっと恐れていた分娩台に上がるのだ!
怖い怖い怖い怖い!
そんな痛みに耐えられるとは思えない!
妊娠期間中、嬉しいハッピー赤ちゃんウエルカム!な気持ちは平均を大きく下回っていた。
自分が望んだ妊娠にも関わらず、今の満たされた生活が激変する事に
対する気後れや恐怖が大きかった。
大人だけの自由きままで豊かな暮らしに未練すらあった。
大馬鹿である。
それでも母親教室や分娩室などを見学する会に参加して意識を高めようとしていた。

翌朝、7時に看護婦の回診。起床し検温。
8時に陣痛室へ入る。8時半旦那が来てくれ、医師からの説明を受ける。
破水してると感染症を防ぐため48時間以内に出産せねばならんので、
陣痛促進剤を使う事になる。副作用の説明を受け、同意書にサインをする。
一般的に初産婦の分娩は平均12〜15時間掛かるらしい。
これは本陣痛〜出産の時間で、前駆陣痛でもっと前から延々苦しむ事も多い。
点滴を開始してから何時間で陣痛がらつくか、本陣痛はどれくらいになるのか全くわからない。
旦那は再度帰宅。
その後職場へ連絡し、今日を含めて3日間連休を取れることになったと
連絡を受ける。
立会い決定である。

最初、私は立会いを希望していたが、彼は希望していなかった。
出産において男は無力だからという理由だったと思う。
私は無力であっても、半分は自分の遺伝子を持った子どもの誕生を見て欲しかった。
無力であることを辛く思うなんて、陣痛の痛みの辛さに比べるとどうってことなかろう。
最後まで、彼は立会いしたくなかったかもしれない。
しかし私の希望を全面的に叶えようとしてくれる優しき夫を持って、私は幸福だ。

9時に点滴を開始してから6時間、見事に変化が無かった。
ちゃんと液合ってる?!と思いながら昼ごはんをモリモリ食べ、延々ワイドショーを見ていた。
変化し出したのは15時頃。
軽い生理痛のような違和感。
そこから進んだのは17時頃。
痛みは重めの生理痛くらいになり、便意を覚える。
助産師には、陣痛の痛みはまだまだそんなもんじゃない、それは点滴の
薬に反応してきただけで、今日中には産まれないよ!と散々言われてたので、
そうなのであろうと思っていた。
なので普通に便意を伝えたところ、「赤ちゃん降りてきてるかも」と言われてファッ?!となった。
内診してもらい、子宮口はまだ2cm程度だけどだいぶやわらかいと言われる。
刺激しとくねとグリグリされる。思えばそこから怒涛の本陣痛が始まった。
どんどん痛くなる腰と尻。
出産はお腹を痛めるのではない、お腹なんて全然痛くない。腰と尻だと訂正したい。
「そろそろ主人を呼んでいいでしょうか…」と聞いても
「いいけど、産まれるのはまだまだやで、日付はまたぐよ」と言われ絶望。
この痛みはどんどんキツくなり、まだあと7時間以上続くのか?!尻が更に割れる!!
もう痛みがきつく配膳された豪華夕飯も食べられない。
体力落ちるから食べろと言われるが無理!においだけで嘔吐しそう!
旦那に夕ご飯を食べてもらおう。私にはリンゴを剥いてきてもらおうと思い連絡。
しばらくしてリンゴを持って旦那現る。食べてもらおうとしていた夕ご飯は下げられていた。
旦那はその日生まれてはじめてリンゴを剥いたそうだ。
しかし、そのリンゴもほぼ食べられず。
痛みはどんどん増し、19時には会話が出来ない。
子宮口は6cm。すごい勢いで開いている。
そこで登場したのがテニスボール!
陣痛時の必携アイテムだと聞いていたので、マイテニスボールを持参していたが、
陣痛室にも当然の様に用意されていた。
陣痛時「手をつないでもらってた」「罵詈雑言浴びせてた」「背中を支えて貰った」など
旦那さんの関わり方はいろんなパターンがあるようだが、私は「お尻押してー!」だった。
劇的に楽だった。中から物凄い力で出てこようとしてる物を押し戻してくれた。
無力と思い込んでた彼はこんなに素晴らしい働きをした。
真剣に旦那とテニスボールがなかったら陣痛を乗り切れた気がしない。

20時子宮口8cm。
陣痛がくるたびに口から何か叫ばないと我慢できない!
息をフーッと吐くのは分かってても出来ないし、体が熱い。
私も痛いが、赤ちゃんは狭くて暗い産道を体を丸めて進んでると思うと頑張れた。
それより問題は、普通12〜15時間かかる初産婦がまだ本陣痛から3時間で
分娩に至るはずがない、と助産師さんがいまいち本気じゃなかったことだ。
ほんとに痛いんですー!ナースさん呼んでェ!と何っ回も大声出した。
私が怒涛の陣痛の中、隣の陣痛室から4日近く陣痛に苦しみ帝王切開寸前だった
経産婦さんが分娩室に入った。分娩室は一つしかない。
私は分娩室が空いたら入れ替わりで入る予定だったが、陣痛の進み方が待ったなし状態。
助産師さんも20時半の内診で子宮口全開を確認。
(お隣さん、分娩中)
全開からも時間かかるから〜と言われたけど、これまた待ったなし。
9時には「赤ちゃん出てきちゃうから、手術室で産む!」という決断。
もうどこでもいいから産ませて〜いきませて〜状態の私。
分娩室でお隣さんは無事出産し、ご家族皆さんでハッピームード。
私は必死の形相で手術室へ歩いて横切る。
手術室は自然分娩用の機材が無いので、助産師さんや看護婦さんが
急誂えで用具を準備してるのがよく分かった。
ナントカの管が無いとかあの布無いからこれ切って代用して!とか…。ここは戦地かという様相。
そんなことよりいきませてよー!!
とお股おっぴろげでフウフウしてる私。

支度が整い(突貫ではあるが)旦那が入室。
陣痛がきたらいきんでね!って言われるけど、いきむって何だ?!と
今更やり方がわからんかった。なのでひたすらうんちをきばるみたいにした。
そのうち股に何かが挟まっている感覚。
痛くないけど挟まってる!どうも赤ちゃんの頭らしい。そして、出てこないらしい。
そこで助産師さんではなく、医師登場。
その医師がまた、妊娠期間中お世話になった何人かの医師の誰でもない。
知らないおっさんであった。
妊娠中に見学に来た分娩室で無く、知ってる医師でも無い。
おかしい、私の予習は役にたってない。
おっさんは会陰切開の説明をし、陣痛にあわせてチョッキンした。
チョッキンしたら頭が出てきた!
ヌラヌラした赤紫の人間が股から出てきた!!
お世話になった産院は自分で取り上げられる事を売りにしており、上半身が出たら下半身は母親が出す。
上半身が出てきた!脇の下に手を入れて!しっかり持って!引き摺り出して!
にょろーん。胸の上にヌラヌラした人間がでろーんと置かれる。
ほぎゃーほぎゃー!!

う…産まれたぁーーー!!!!

私の第一声は「いらっしゃーい!がんばったねぇ!」だった。
これはよく覚えている。

分娩中、旦那は私の頭を撫でていた。
そして、赤ちゃんのへその緒を切ってくれた。

そして赤ちゃんは体重測ったりなんか色々してもらっていたらしい。
2670gの小さい女の子の赤ちゃんだった。

分娩時間合計4時間半という、医師助産師驚愕のスーパースピード安産。
出産時赤ちゃんにかかるストレスの数値も最低で、すごく楽なお産だったらしい。

その後私は切った股を縫ってもらった。
本来分娩室には無い手術のライトがあったので、それに写った手術風景を眺めていた。
菱沼さんが腸を戻すのを見ていたのを思い出した。
もう痛みも血も何も怖くない自分がいた。
渾身の出産ギャグ「一針多めに縫って下さい」をかましたが、無愛想なおっさん医師に無視された。
その後トイレに行った時、この傷がしみて痛かったのなんの!
陣痛を経ても強烈な痛みだった。

その後は結構元気であった。
体はがっくがくに震え、疲労困憊していたけども。
旦那は褒めてくれた。
そして、下げられた例の夕ご飯が出てきたので、旦那と半分こして食べた。
私の両親がすぐ来てくれて、喜んで写真を撮って帰って行った。
物凄い達成感だった。

娘は季璃と名付けた。
名前は旦那、漢字は私が決めた。
入院中はちゃんと吸えなかったおっぱいをごくごく飲んで、むちむち成長してる。
旦那似の可愛い私の赤ちゃん。
作るのも産むのも決めたのは私達夫婦。
でももう1人の人間として生きている。不思議だなぁ。
この命の責任を持ち、しっかり生きていけるように共に成長していきたいと思います。

妊娠出産と、貴重な経験をさせてくれた旦那と娘に感謝してます。
これから3人で頑張ろう。

下着 

2010年11月07日(日) 21時57分
気付くと、下着は全部ここのです。

値段の割にはレースも立派だし
型崩れも少ないので気に入っております。

下着大好きです!
げへへ!

消耗 

2010年11月03日(水) 23時34分
そういや、エクスペンダブルスを見ました。

シニア筋肉なスタローンがど派手にドンパチやりまくり、
とにかくわかりやすく大暴れでした。
突っ込み所満載過ぎて、映画後四時間カンテグランテに
居座ったくらいです!

はー、たまにはこーゆー映画はいいわ!
愉快愉快。

画像はまったく関係ない。
新しいスリッパ。
らぶりぃ〜!

尻尾 

2010年11月03日(水) 23時31分
なんか、ずっと転がってるんだよ、
尻尾。
キツネの尻尾。

これ、見方によっては結構怖いよなあ…。

部材を自分で付けて、ぶら下げるやつにしようと思ってたんやけど…
まあ、しないよなと。
たとえ作ってもしないよなと。
先着一名様、キツネの尻尾あげます。

ちゃんとなめしはしてあるけど、
縫製してないただの毛皮…イラネーヨ!

富山 

2010年10月30日(土) 23時55分
富山へ行きました。
ドイツのお友達が赤ちゃんを連れて帰国してたので会いに。
楽しかったなあ〜。
ほんまに楽しかったなあ〜。

利長公が超いっぱいいた高岡。
とんがってるよ、絶対ぶつけるよ、利長公。

高岡で友達と別れてから、おつれ様のリクエストで
富山市に行ってラーメン。
濃い!からい!!
富山ブラックがつんとしすぎ。

仔兎 

2010年10月28日(木) 20時46分
ハウステンボスのお土産ー!

きゃんわゆーい!

おちゃわん。

独占 

2010年10月26日(火) 23時07分
ちょっと前に書いた、H&Mのなんてことないカットソー。

人気があるのか、36の黒は常にない。
というか、34も38もない。
つまり、まともなサイズは常に無い。

仕込み足らんぞ!!!!

でも絶対これがいいので、サイズはバラバラだけど買い占めてきた。

でも3着。
1着は妥協してチャコールグレー。

くそー、買うな、私以外!

赤褌 

2010年10月24日(日) 11時48分
悔やまれるのは、
赤ふん坊やに会えなかった事です。

く、くやしい

赤ふん坊や(21)
こう見えても成人

彼女募集中らしい。

彦根 

2010年10月24日(日) 11時44分
ゆるキャラサミットIN彦根〜。

毎年たのしいー!

ひこにゃん様は王者の風格で遠い存在でした…
遠巻きに拝顔させて頂いただけですが、神々しかったです…

たくさん面白かったけど、私のNo.1は
あわじいとトルストイでした。
トルストイ、立体感おかしい!
超3D!!

下の画像はR姫ちゃんに頂いた
せんとくん恋そうめん
ありがとう!
笑える!!

いやあ、1日げらっげら笑ったわ〜。
腸捻転なるかと思った。

夕飯 

2010年10月20日(水) 21時50分
お食事。
フォアグラはちょっとでいいなあ、と思いました。
もう歳か。
コース料理はやはりテンション上がりますね〜。

でもフォアグラやったら生レバーのが好き。
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