『 そんなに暇ではないけど・・・・・・ 』 

February 19 [Tue], 2008, 23:45
  こんな事をしていると、いかにも(タコにも)暇そうに見えるだろうけど



  いろいろな合間に・・・・・ヨッ!♪



  


























  
  デスクトップPCはお嬢が使っていて、なかなか空かず



  ド・素人の私がノートPCで出来るのは、これが限界です@@。。。

椿ライン・・・・ 

February 15 [Fri], 2008, 1:13
夕べ疲れて「もう寝るべ・・・」と思っている時に



1通のメールが来た。



Zの仲間の方が早朝に椿を走りに行くので「一緒にいかがですか?」とのことだ。



僕はさすがに疲れていたので、正直行けないし、行ってもコケそうな予感がした。



なので本当に申し訳ないが、「ごめんなさい、また今度で・・・」とお断りをしてしまった。



朝・・・意外にも起こされなくても何故か目が覚めた・・・「6時半か・・・」



なんとなく起きて、なんとなく着替えて、なんとなく納屋に来てしまった。(^^;)



多分彼等はもっと暗いうちに走って、今頃はもう帰って来ているだろう、・・・・・



でも7時・・・・なんとなく出動!!



今日は道が空いてた・・・・あっという間にターンパイク入り口に着いた。



こうなると楽しくなって来るから不思議だ・・・身体は疲れて力が入らないし



押さえも効かない・・・すでに尻も痛い・・・でも走り出すと忘れちゃうんです・・・。



椿ライン・・・神奈川に住みながら1度も走ったことが無い・・・。







狭い!!!狭い!!!路肩にコケが生えてるじゃん(T▽T)ここ、僕、無理かも・・・・



毎週来てコースを覚えたいな・・・・。でもお初の今日はヨロヨロと走る・・・・。



でも楽しい!!バイクは楽しい!!



人から見たら歩くような遅さでも、本人が楽しいのでOK!



帰って来て昨日の分まで洗車







シミジミ思うんですよ最近、「速く」走る事に楽しさを見出す方もそれはそれ、悪くないし、



そこにある楽しさも理解しているつもりです。僕も走るの好きですし、フルバンクしてる



バイクの姿が1番カッコいいと思います。



でもね、この年齢になると、Zを維持すること、週末に走る時間を作ること、そんな



攻めるなんて以前のことが年々難しくなっている自分がいるんですよ。でも、そんな中、Zに



乗って走りに行くと、何でもない、ただ二つの車輪が転がっていくだけでも、「ボン!!」



ってシフトダウンするだけでも、凄く、凄く幸せを感じるんですよね、こんな環境の中、Z



に乗れる、こんな忙しさの中Zを触れる時間がまだある、凄い幸せな事だと最近強く思うんです。



ましてや本来、そろそろ友達も減り始める年齢に差し掛かるはずがこのZって乗り物に乗ってる



だけで、友人が最近は増えている、40過ぎて友達が増える・・・自分の中ではこれは感動すら



感じることです。いやこれマジに。



これからも、自分のペース、Zと無理のない末永い付き合いをしていこうと今朝納屋で磨きながら、



本当に心からそう思ったんです・・・・・・。



心からZ乗りの(バイク乗りの!!)友人皆さんに感謝!!!

素敵女子!? 

February 05 [Tue], 2008, 21:56
病気から復帰された方がいたので、快気祝いにケーキを焼いて会社へ持っていきました。


すると・・・
「嬉しい!!でも、こんなことする女子は今迄いなかった!どうしてこんなことするの〜?」「素敵女子狙ってる??」と言われました。

ほんの気持ちのつもりで何気なくケーキ持って行ったのに、ものすごく特別なことのように言われてびっくりしました。こういうことすると一般的には引かれるのかしらん??

別に会社の中で「素敵女子」なんて・・・・狙ってませーん。こういう風に見られるとイヤだな・・・。


でも、たくさんの方が「美味しい」といって召し上がって下さって、とりあえずよかった☆

セミナー絶好調! 

January 20 [Sun], 2008, 0:47
「必ず成功するネットショップの作り方」セミナーも昨日で3回目を迎えました。

回を追うごとに新しい気づきや知らなかったことを知ることができ感動です。

昨日は、内容濃いセミナーの後、水上先生を囲んでの懇親会もでき、たくさんの知識を吸収できました。

セミナー参加者の皆さんとの話しももりあがり、それそれのネットショップの成功も確信のものとなりました。

感謝、感謝です。

詩について 

January 15 [Tue], 2008, 9:12
(KI^◇^)ノこん〜

秋に開かれた運動会で熱中症の人が続出しましたねぇ。

秋なのに暑い日が続きましたもんね。

でも明日からは涼しくなるそうです。

これもまた温暖化の影響なのでしょう。



はて、今日は詩についてです。



『あの人が 作ってくれた ラベンダー』



自分が小学校6年生の頃、初めて作った俳句です。

北海道の富良野にあるラベンダー畑を見て作りました。

本来はこの地に無い花だったのですけど曽田政治さんと言う方が

フランスから5kgの種を北海道に持ち帰り栽培が始まりました。

ここでのあの人とは、曽田さんら栽培に携わっている方々を指しています。



ラベンダーはその香りにリラックス効果があることは有名な話です。

その名前は、かつてローマで入浴する際にこの花が香料として利用していたためだそうで

LAVO(洗う)と言う文字があてられてラベンダーと呼ばれるようになったそうです。

畑はラベンダーのほのかな香りが漂っていました。

蜜蜂が喧嘩もせずに蜜を集め、ほのぼのとした空間に癒された気もします。

深く考えることなく、感じるままに書いたのが記憶に新しいです。



最近、詩や俳句、川柳や言葉遊びに興味があります。

言葉は深くも浅くも出来て表裏一体、

筋が通らない、一貫性のない文章は崩れますしバラバラ

逆にその性質を利用して相乗効果を狙う事も出来たりします。

直接物事を風刺するのでなく、比喩を用いたりして間接的に表現したり、

擬音や造語を使ったり、想像を膨らませて現実を超越してみたり。

人によってその表現方法は様々です。



人が作り出す言葉が限られているなら、

きっとその組み合わせの限界も決まってしまうのかもしれません。

しかし、自分を表現するならその限られた言葉でも十分なのかもしれないとも思います。

意味をもつ言葉の微妙なニュアンスを引用することで

自分が本当に伝えたい事柄やメッセージに誘導させる事も出来るのかもしれませんし

少しずつ聞き手の心を開いて、直接胸に響く言葉をダイレクトに投げかける事も出来るかもしれません。

無論、余り踏み込んだ内容は人を深く感動させることもできますけど、

反対に傷付けてしまう可能性も孕(はら)んでいます。

言葉を学ぶものは、心を学ぶべきと言うことなのでしょうねぇ。



自分は相当な説明下手です。

どんな方法で説明したら分かり易いか、短く済むか。

理解してもらいたいと言う気持ちが言葉を複雑にさせてしまいます。

要点を絞って単刀直入、単純明快に説明出来る人は

相手の気持ちを考えることができる、と言うよりは自分をよく理解しているのかもしれません。

ただ、人々に響く言葉のリストを持っている事は

ニーズ(流行)を知っていることにはなるのでしょう。

考えながら話すくらいならきっと その事柄に対して熟知し

理解していつでも、誰にでも説明出来るほどに整理して順序立てて説明出来れば

脱線することも無いのでしょうし、良いのでしょう。

詩と言うよりもことばを伝えると言うことに重点を置いた文章となってしまいましたが

本日はここまでとします。



PS/自分のブログは一つのスレッドが論文のように長く
複数のテーマを持ち出すのでコメントするのにも困ると言われて確かにと思いました。
高校生がメールのやり取りをするのに、複数の要件を一つのメールに書く事はしませんもんね。
人に伝えると言う事は、相手に休息を齎(もたら)し
考える暇を与えることでもあるかもしれません。

男っぽい川柳 

January 03 [Thu], 2008, 21:57
「限界を 超えても 薄く 笑ってる」 (こわっ 

あ〜と 

December 15 [Sat], 2007, 18:50
絵画の世界

う〜〜ん 「美!」



もう言葉はいらない

もう少し もう少し 時が ゆるやかで あったなら・・・




つづき・・4

『王道のすすめ』 (十二) 「とことんこだわる人心の和」 (中編) 

December 08 [Sat], 2007, 16:12
 敗戦を想定した遷座論を裏返せば、戦勝を前提とした遷都論になる。これは撤退と前進の違いこそあれ、同じ規範に基づく行為だからである。地の利のない京都から、地の利のある土地に、天皇を遷座させ優位に立とうという点で、どちらも同じだった。だからこそ鳥羽伏見の戦争が終わって早い時期に、遷都という重大な問題の提議を行うことが出来たのである。
 大久保は戦争が一段落して十日経過した正月十七日には、早くも遷都の提議を行っている。大久保日記には次のようにある。
「十七日 今日総裁宮より(薩摩藩の)参与三人の内、御用に就き参殿候様、仰せ付けられ、小子参殿候処、左の通り。」
 参殿した大久保に対し有栖川宮は今後の見込みを尋ねた。これに対し大久保は次のように答えている。
「(大久保)云う、尚篤と勘考、談合の上申し上げるべく候えども、当座一己の愚考申し上げ奉るべく候。」
 そして彼は、まずは勝って兜の緒を締めよという趣旨のことを言って、戒めた上で、次のように語った。
「右に付いて断然御英決の事件在らせらるべく存じ奉り候は、主上行幸促され、八幡御参謁、それより浪華御巡覧、そのまま行在(あんざい)と相定められ、朝廷の旧弊御一新、外国御処置は勿論、海陸軍兵備等の事、御処置在らせられたく、しかる上ならでは、朝廷の御基本相立て、百目挙がり候処、万々覚束なき段云々、反復申し上げ候処、尤もに思し召し候間、尚御勘考遊ばるべしとの御事にて、容易ならぬ御懇命拝承奉り候。」
 このように大久保はとりあえず自分ひとりの考えとして遷都論を開陳したのである。しかしこれは彼個人の着想あるいは思い付きというよりも、やはり西郷・小松と彼の間で話し合われてきた議論だったというべきであろう。この時期の大久保が彼らと話し合わずに、独断でいきなり総裁宮にこのような重要な問題を提議したとは思えない。彼らは常に評議を重ねながら方策を練ってきた。薩摩藩の方策に乱れがなく、その理に一貫したものを保ってきたのは、彼ら三人が評議を重んじて、特に西郷を中心にしっかりとまとまり、これを久光が支持してきたからである。現に遷都論は、開戦前に用意されていた対旧幕方策と、同じ発想に由来している。大久保の凄さは、もう少し先の対策として用意されていたであろう遷都論を、他の誰からも邪魔されることもなく総裁宮に意見を述べることができる機会をしっかりと捉え、対徳川問題と外国への布告の処置にすでに取り掛かっている状況から、即座に遷都論を提議するには今が好機と判断を下したことだろう。
 鳥羽伏見戦役終了後の朝廷が直面していた大問題は三つあった。
 一つ目は、撃退したばかりの対徳川問題。当時の最重要問題である。この国内問題は、七日に慶喜の追討令も出て、準備段階に入っており、すでにその端緒はついていたといえる。
 二つ目は、外国への布告問題。この対外問題は、十一日に神戸事件(神戸の居留地で、西宮に向う途中の備前兵と英米の駐留軍が衝突した事件)が起こったこともあって、十五日には神戸で各国公使に布告することが出来た。
 ここでもやはり国外より国内の問題が相対的にではあるが優先されている。
 さてこの二つの問題に通底する問題として、遷都論が浮上してくる。大久保が遷都して行うべきこととして、とりあえず挙げているのは「朝廷の旧弊御一新、外国御処置は勿論、海陸軍兵備等の事」であるが、そのことの意味を考えていく必要がある。
 一つ目の「朝廷の旧弊御一新」については、大久保が翌二月岩倉・三条に提出した「宮廷改革に関する意見書」にその具体的内容が記されている。
「一 表の御座設けられ、巳刻(みのこく、午前十時)より申刻(さるのこく、午後四時)まで出御、万機を聞こし召され候事。但し表の御座へ女房出入り厳禁せられ候事。
一 巳刻出御、毎日総裁以下、議定、参与御目見え仰せ付けられ候事。但し、御例刻内といえども思し召しにより御引き入りの事もあるべし。
一 侍読を置かれ候事。但し、名卿賢侯の内、宇内の形勢にも通達の御方御撰用、出御中は勿論、常に御左右御咫尺(しせき)にて、御徳器御涵養、時務御豁開(かつかい)遊ばれ候様、勉励すべし。
一 御馬術の事。
一 調練叡覧の事。但し、式日相定められ候事。
一 制度、規則大いに名実を正され候事。但し、八局分課の次第、あるいは官武無差別の実相行われ候事。
 右 行幸を一機会として、断然御施行在らせられ候様願い奉り候事。」
 これを読めば、大久保の言う朝廷の旧弊という言葉が何を指すのか、見えてくる。彼は要するに天皇親政を阻害する慣習全般を旧弊としているのである。当時この旧弊にこだわり、天皇の親政に反対する公家が多かった。中には維新で公家の地位が高まったと誤解し、名利に対する欲心を動かしていた者もいたらしい。また京での既得権に対する心配から遷都に反対する者もいた。
 大久保の遷都の建議に薩の陰謀を唱える公家もいて、結局この建議は公家の強い反対にあい、朝議を通らなかった。
 次は二つ目の「外国御処置は勿論、海陸軍兵備等の事」を見ていこう。
 外国の処置に関しては、これからは朝廷が天皇の名で取り扱っていくわけだから、大坂の奥にある京都では何かと不便であり、天皇自ら表に出て、これを取り扱っていく意志を示す必要がある。
 大久保はこの外国の処置を前提として、海陸軍兵備等の事に触れているわけだから、素直に読めば国防の観点からの軍備の充実ということになるが、さしあたって必要なのは内戦に対する軍備である。当時関東は旧幕軍の支配下にあり、未だ戦時中であるということを忘れてはいけない。だからこそ大久保は遷都論を述べるに当たって、総裁宮に勝って兜の緒を締めよという趣旨のことを言ったのである。つまり長期的には国防のための軍備充実の要請であったが、短期的には来る対徳川戦のための軍備の充実の要請だったのである。
 このことは大久保の遷都の建議書にはっきり表れている。

亀田親子の問題以前の 問題! 

December 04 [Tue], 2007, 2:45
今 亀田親子の事が 問題になっていますね。 これはあくまでも私見です。 一番悪いのは メディアなのでないでしょうか・・・?  初めは 関西ローカルの番組で 親子4人が 独自の方法でボクシングに取り組んでいる姿を 家族の絆をテーマに放送されていた様な気がします。 別に すごいボクシング選手がいるという事で 取り上げられていたものではないと思います。 4人とも その当時からガラは悪かったけど 逸脱したものではなく 大阪のどこにでもいる様な印象を もっていました。 学校へ 通う姿等 微笑ましく見ていました。 それ以降 テレビでちょくちょく 取り上げられる様になり 顔を知られる様になって 増徴して行きました。 それでも テレビに出る頻度が増え 益々増徴し 乱暴な言葉遣い等が ある意味受け それを彼らは 勘違いし 今のスタイルが出来上がっていったのだと 思います。 「自分達以外は どうでもいい! 家族だけを 何があっても俺が守る!」この父親の基本姿勢に 子供達はますます増徴し 4人の 歪な 世間と逸脱した世界を作って行きました。  恐らく テレビに取り上げられる事が 初めの数回で終わっていれば あんな家族は生まれてこなかったと思うし 兄弟たちも ここまで早く ボクサーとして 上がっては来なかったと思います。ガッツさんが 「あの程度の 選手は日本中に 山ほどいる。」と言ってました。確かにその通りだと思いますし チャンスが中々 廻って来ないだけで まじめにボクシングに取り組んでいる選手が 底辺で もがいていると思います。  メディアが そのチャンスを 簡単に 彼らに渡してしまった。 人間として 選手として 実力も備わっていない彼らに・・・それが全ての始まりです。

・・・どんな 形であれ チャンスを掴む事は 決して悪い事では 無いと思います。 でも 価値の無い人に 簡単に渡すのは 決して良い事ではなく ある意味 最大の罪だと思います。・・・TBSさんには これを機会に おおいに反省すできです。

最悪な夢を見ました 

November 30 [Fri], 2007, 19:56
何故だか急にフランスに行く事になってしまい、子供を実家に預けて出発する事に。出発の前の日に、物凄い大きな会社の社長に呼ばれて会いに行くと、自分の代わりに知人に荷物を渡して貰いたいからとそれ程の大きさも無かったから引き受けてました。その代わりに社長が何時も利用しているホテルの部屋を予約しておいたから、そのホテルに宿泊して、飛行機もファーストクラスにしておいたからと。後から考えると可笑しな話ですが、その時には何にも感じず、むしろラッキー位に思ってました。ところが宿泊していたホテルの部屋に突然警察が入って来て、部屋中をくまなく探して、しまいにはその社長に頼まれた物が決め手となり逮捕されてしまい警察に。いくら説明しても分かって貰えず、結局私が犯人に。最後に子供に電話をさせて貰いたいと要望すると許しが出て日本にいる子供に電話を掛けました。電話の向こうで子供は「何時帰るの?出来るだけ早く帰って来て」と元気な声、その言葉を聞いて私は泣き崩れました。自分のしたことの事の重要性を考えて、ただただ涙が止まりませんでした。裁判の前日社長の手下が訪れて「社長の名前を出さずに罪を被れば、日本にいる子供の安全と戻るまでの幸せは保障する」と。色々考えて私はどうなっても構わないから、子供のために全ての罪を自分一人で背負おう事にしました。こんな罠にはまる自分が悪いのだと。そうこうして泣いている時に、余りの悲しみで目が覚めて、隣を見ると可愛い子供が気持ち良さそうに寝ていました。思わず抱きしめてしまいました。良かったと心から思いました、夢で。
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