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旅学 / 2008年06月13日(金)
 俺は、旅に出る。


 二十歳ぐらいから、いろいろな場所を転々とするようになった。俺は、若かった。俺は、無知だった

。俺は、企業にこき使われるサラリーマンにはなりたくなかった。俺は、自分の会社を作りたいと思っ

た。そして、いろいろな知識、アイディアを得るために、各地を転々するようになった。俺の、俺だけ

の生き方をするために、、。

 浜松から始まり、岡崎、白馬、オーストラリア、グアム、デンマーク、スウェーデン、ドイツ、オラ

ンダ、チェコ、スロバキア、ハンガリー、旧セルビア・モンテネグロ、袋井、ヴェトナム、カンボジア

、ラオス、タイ、バングラデシュ、シンガポール、マレーシア、東京、インド、ネパール、台湾。
 あまり多くない。最近話題になった元サッカー日本代表の中田は、100カ国以上の国を回っただと

か。俺にはそんな金はない。



 俺は、学ぶ。

 初めて行く場所で学ぶものは、多い。それが海外になると、得るものは大きい。日本での当たり前が

、当たり前ではない。日本でありえないことが、ありえる。文化も、言葉も、宗教も、価値観も違う。

そして、いろいろなことを考えさせられる。その際に自分の答えを見つけ、理解することが求められ、

自分の考え方の視野を拡げる必要が出てくる。自分の固定観念に押さえつけられてはいけない。それが

人であったら、自分と置き換えて考え方を理解しようとするし、ものや文化などなら、存在理由、歴史

などを知ろうと思う。学校にいたときは勉強が苦痛だったのだが、ここでは勉強することが面白い。知

りたいと思える。好奇心がある。そして、もっと学校で勉強しとけばよかったと、思う。まあ、これは

今更しょうがない。

 話は少し戻る。誤解を与えたくないので書こうと思った。俺は、サラリーマンにはなりたくないのだ

が、決してサラリーマンを否定している訳ではない。むしろ尊敬している方なのだ。日本を支えている

のは、間違いなく彼らだ。日本で豊かさがあるのは、彼らが頑張ってきたからなのだ。彼らがいないと

、企業も成り立たないし、国も成り立たない。本当に凄いと思うのだが、俺にはその生き方がマネ出来

ない。尊敬できるのだが、何か切ない。朝早くから夜遅くまで働いて、お金を稼ぐ。見るからに疲れて

いる。自分の時間・健康を削って、家庭のため、会社のために頑張っているのだが、自分がない。自己

犠牲。日本人って、かわいそう。せっかく頑張って手に入れた豊かさなのに、自殺率世界NO.1。豊

かさってなんだろう。生きるって、なんだろう。お金がなくても、毎日笑って生活している人もいる。

手が無くて、足が無くて、それでも生きようとしている人もいる。社会から否定され、犬以下の生活を

している人でさえ、生きることを諦めない。豊かさを手に入れたはずなのに、、、。俺には出来ない生

き方が出来る日本人って、本当に凄いと思う。俺は最低限出来ること、税金、年金を払うことぐらいで

す。


 そして、、、。


 旅に出て、俺はいろいろなことは学んだ。もちろん、これが終わりではない。俺には大きな夢がある

。それを叶えるために、これから行動しなければならない。これからが大変だ。強い人間ではない俺は

、何度も挫折すると思うが、やり遂げたい。それが俺の生き方だから。



 最後に、今までブログを読んでくれた人、ありがとうございました。今回で、旅学終わります。次、出来れば俺の夢実現まで書きたいと思うのですが、まだ行動出来てません。専門的知識を得るために、今年大学に受験しようと思っていて、それからですね。仲間、いっぱい集めて、でっかいプロジェクト創めたいと思っています。
 
   
Posted at 04:42 / 日本 / この記事のURL
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帰国 / 2008年06月04日(水)
 いきなりだが、俺は、あまりお菓子を食べない。嫌いというわけではないが、お菓子を食べるくらいなら、ご飯を食べる。コンビニでチョコレートを買うぐらいなら、おにぎりを買う。俺に、お菓子というものは、必要ではない。

  で、何だこれは???

 日本に帰る日がやってきた。赤痢のためタイではバンコクから動くことが出来ず、最終日になってしまった。しかし、おかげで体調は完全回復し、無事、日本に帰ることが出来そうだ。さあ、帰るか!!
 時間に余裕をもって空港行きの公共バスを待つが、いつもどおり来ない。最終のシャトルバスの時間までには来るだろうと、3時間ぐらい時間をみていたのだが、、、。来ない。結局、4倍の料金のシャトルバスに乗らないといけなくなった。しかし、最終日なので余分なお金を持ち合わせていない。全て計算して、お金をやり繰りして来た。はあ〜。何で、来ないんだろう???
 近くにいた外国人のおっさんに訳を話し、おっさんがかなりお得になるレートで、両替して貰う。まあ、しょうがない。飛行機に乗り遅れるよりは、マシだ。
 無事、空港に着き、搭乗手続きをして、ロビーで待つ。日本を発ってから、ちょうど3ヶ月。いろいろあったけど、あっという間だった。いろいろ勉強になった。満足だ。
 さあ、家に着くまで油断せず、無事帰ろう!!
 飛行機には慣れたものだ。座席は決まっているし、時間どおりに動いてくれるから、有り難いもので
ある。しかも国際線は、機内食付き。飛行機って、すばらしい。まあ、それだけお金を払っているということなのだが。
 機内食が出るので、夜ご飯は抜いてきた。食べることが好きな俺は、機内食はいつも楽しみにしている。航空会社によって機内食も違うし、飛ぶ区間でも出るものが違う。これまでに、インド行きでは、カレーが出たり、日本行きではうどんが出されたこともあった。だから、何が出されるか楽しみなのである。そして、美味しく食べるために、ご飯を抜いてくるのだ!!

 、、、、、?!、、、???、、、、、!!??、、???、、、何だこれ??

 C.Aから配られたものは、水、クッキー、ビスケット、ピーナッツ、飴、とキットカットが入ったトレイ。これが飯!??俺、お菓子好きではないんだけど、、、。う〜ん!?これは、どういうことなんだろう???今までに無いパターンである。
 この飛行機は上海行きである。まあ、よく考えてみたら、寝る前の夜中の3時過ぎに上海料理ってのは、胃が靠れちゃうかな。ここは軽くお菓子で、朝ご飯に、上海の朝ご飯をもってくるってことなんだろう、たぶん。がつんっと食べたい俺には厳しいことだが、まあ、しょうがない。俺が食べれるピーナッツのみ、食べる。空きっ腹にピーナッツは、しんどいものだ。ああ、せつない、、、、。
 おやつタイムも終わり、機内の電気が消えた。睡眠タイムに入る。しかし、お腹が減っている俺は寝ることが出来ない。別のことを考えて気を紛らわせようと思うのだが、敢えて晩御飯を抜いてきたので、なかなか空腹を忘れることが出来ない。今更、何を言っても遅いのだが、敢えて食べてこなかったことが、口惜しくて堪らない。ああ、腹減った。
 2、3時間経ったのだろうか?機内放送が流れ、電気が点いた。結局、一睡も出来なかった。でも、これからやっとご飯を食べることが出来る。長かった。よく頑張った。よく耐えた。やっと、炭水化物を摂取することが出来る。否、朝だから軽食かもしれない。あまり期待するのは、やめて置こう。さあ、こい!!!

 ’’当機は、まもなく着陸態勢に入ります。安全のため、シートベルトのご着用を、、、。’’

 はあ〜!???? (・o・)彡彡彡彡 

俺の飯は??これ、国際線だぜ。機内食は出さなければいけないはずなのに、まさか!?あれが、あのお菓子セットが、機内食ってことなのか!??ありえない。近距離ならまだしも、タイから中国。5、6時間。タイからインドまでの2時間ちょっとの飛行でも、ちゃんとした機内食が出たのに、5、6時間のフライトで、お菓子。ありえない。何なんだ、中国東方航空。絶対、この航空会社、もう使わない。機内食、お菓子って!?しかも、キットカットとか日本で
食べれるし。ありえねぇ〜〜。  (T_T)/~~~   もう、イライラが治まらない。この旅で一番イライラしているかもしれない。行き当たりばったりで旅をしてきた俺だが、今回のタイから上海は2回目なの
で、ある程度計算していた。しかも、前回と同じ航空会社で。しかし、何だこれ?計算して、結果これ。許せねぇ〜。中国東方航空、もう絶対使わない!! <`ヘ´> <`ヘ´> 
 
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Posted at 04:25 / 日本 / この記事のURL
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タイLIFE / 2008年03月10日(月)
 日本行きの便まで、タイで1週間の余裕がある。今まで節約して旅してきたので、最後の1週間は制

限なしで、ゆっくり過ごす予定だ。出来れば、暑いバンコクを離れ、北の古都チェンマイで過ごしたい

ところだ。
 が、バンコクに入って、早2日。うんこの確率変動が、なかなか通常に戻らない。もちろん、下痢で

ある。今までは、2、3日で治っていたのだが、今回はなかなかしつこい。暑さのせいなのか、体はだ

るいし、食欲もあまり無い。

俺は、病気なのか??? 

 「病は気から」ということわざがある。俺もそう思う。俺は自分の自然治癒力に自信があり、今まで

薬にあまり頼らず生きてきた。今回の旅でも、これ以外に3回病気になったのだが、よく食べ、よく寝

るで、治してきた。今回も食欲があまりないのだが、むりやりご飯を食べ、よく寝ているのに、回復し

ない。全部、液体となって出てきてしまう。何故なんだ?

 俺は考えた。お腹の調子が悪くて、食べたものが液体となって出てしまう。お腹の中に何か必要でな

いものが存在しており、俺の体がそいつを追い出そうとしているから、確率変動中なのだ。たぶん。と

いうことは、その何かを全部出してしまえばいいということだ。たぶん、そういうことなのだ。

 お腹の中をすっきりさせるといえば、牛乳だろう。牛乳を飲むと、お腹の中が活発になる。それを利

用すれば、お腹の中の何かをきれいさっぱり洗い流してくれるだろう。そうに違いない!!

 コンビニに行って、牛乳を買う。そしてすぐホテルに戻り、一気飲み。さあ、いつでもこいっ!!

 俺の予想ではすぐにウン波がくるはずだったが、以外にも普通である。お腹が、ピーゴロゴロってな

ると思っていたのだが、何もない。まあ、すぐにはこないか!?

 1時間経っても、こなかった。へえ〜、以外なもんだ。下痢中の牛乳は良くないと思っていたが、何

も起こらないなんて。むしろ、調子がよくなってきた気がする。心なしか、体がだるくないような。治

ったかも、俺。

 夜になり、軽いウン波がきた。トイレに行き催すと、おおっ!!うんこに、形がある。おお

っ!!!

治った!!!!牛乳、万歳!!!!!

 この日、このあとウン波はこなかった。

 次の日になり、朝、トイレに行く。昨日、待ちに待った形のあるうんこがでたから、トイレへの足取

りも軽い。俺、完全回復か?治ったら、何しよっかな!?やっぱ北に行こうかな?欲しいものあるし。

さあ、どんな奴が出てくるんだろう?


 あああああぁぁぁぁぁぁぁ〜〜

 何故だ?何故また液体なのだ??昨日治ったはずでは???心なしか、体がだるい気がする。あっ、

熱っぽいかも。はあ〜。俺、病気なのかな?そういえば、日本人の女の子が、赤痢になったことがある

って言ってたわ。うんこがイチゴジャムみたいになるって、あっ、俺、インドで1回だけだけどイチゴ

ジャム出たわ。俺たぶん、赤痢じゃない!?

 朝から、テンション落ちた。ああ、赤痢か〜。「病は気から」って言うけど、気持ちでは赤痢は治ら

んだろう。はあ〜ぁ〜。めんどいな。赤痢か、、、、はあ〜。

 しょうがないので、バスで病院に行く。体がすんごくだるい。いつもなら立っているのに、椅子に座

らないと厳しい。考えてみたら、よくタイまで来れたな。ほんと、だるいよ、赤痢。ああ、辛い。

 バス停から病院まで距離があった。いつもなら何でもない少しの段差が、豪い。しんどい。はあ、ケ

チらずにタクシーで来ればよかった。そういえば、タクシー代も保険屋に言えば、保険から降りるって

誰かが言っていたような。まあ、今さら。ふらふらだったけど、何とか病院に着く。

 病院はかなり大きかった。だるくてあまり覚えていないのだが、マックはあった。そして、空調が利いていて、

寒かった。病んでたからなのか、寒かった。

 日本人専用の受付があり、そこで海外保険の手続きと診察券を作ってもらった。結構スムーズに進み、診察

へ。最初に体温を測り、医者の診察。体温は35.7℃と一般では普通の体温だったのだが、平熱が36.5℃ぐ

らいの俺には低い気がした。が、医者の診断は、

 ’’熱もないし、病院まで一人で来れるぐらい元気なら、問題ないでしょう。下痢の薬出しとくから。’’

 ’’ええっ、あの〜。イチゴジャムみたいなものがお尻から出たんですけど。’’
 

辛い思いをして病院に来たのに、来れたから大丈夫って。俺、結構、ふらふらだったよ。段差、きつかったし、入

院するかもって思ってたし。

 ’’大丈夫。もうすぐ日本に帰るのですってね。薬、多めに出しておきますので。’’
 
 ’’あ、ありがとうございました。’’


 あっさり、終わった。赤痢が治らなくて日本に帰れない最悪のケースまで考えてたのに、普通に終わった。大

きい病院なのに、普通のクリニックみたいな感じで終わった。大きい病院だから入院したら楽しそうだなって思

っていたのに。っていうか、俺の病名はなんだ?俺、病気じゃないの?赤痢じゃないの?

 薬と一緒に紙が付いていた。ええっと病名は?書いてなかった。ただ、薬の成分と飲み方、何のための薬

か。へえ〜。俺って、帰っていいんだ。バスに乗るのも大変だったのに。あ、言われてみれば、だるくなくなって

きたかも。やっぱ、「病は気から」なのかな!?

 帰りは普通に帰れた。屋台でご飯を食べ、薬を飲んで、ホテルに戻った。

 次の日、薬のおかげなのか、うんこは普通だった。治った。薬ってすごいな。でも、入院したかった。
 
   
Posted at 15:51 / タイ / この記事のURL
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タイへ / 2008年03月10日(月)
5時過ぎに目が覚めたので、そのまま寝ずにベットとで横たわっていた。時計の針が5時半を回ったので、荷物をまとめるために起きる。それでも病み上がりだ。いくら熱が下がったとしても、体のだるさは抜けていない。ゆっくり荷物をまとめる。
 早起きしたおかげで時間にも余裕があり、出発まで3回トイレに行くことができた。1時間ちょっとで3回というのはこれからの長距離移動には心配だが、ポジティブに考えれば、ホテルで3回したということは、もうあまり出るものは無いということだ。ご飯を食べなければ、出るものは無い。タイまで何とか持つはずだ。7時、さあ、出発だ!!
 ホテルの受付で、タクシーをシェアする日本人の女の子と合流する。たまたま同じホテルに、同じ飛行機に乗る女の子が泊まっていた。彼女は、ヨガを習いにインドに来ており、今回が何回目かなので、病み上がりの俺にはかなり心強い存在だ。さあ、空港へ。
 ホテルの周りのタクシーは、ぼったくるので、少し離れたところでタクシーを拾う。そんな遠い距離ではないのだが、病み上がりの俺には、20kg近いバックパックを背負っての移動は、かなりしんどい。彼女に付いて行くのがやっとだ。
 何とかタクシーを拾うことが出来たのだが、俺は後ろの座席でぐったり。熱が下がったから、治ったと思っていたが、まだ病んでいるぽい。心做しか、お腹が痛くなってきた。まだ乗って10分ぐらしかしてないのに、、。うっうっうっ、またくる。隣に女の子が乗っているから、ここでオナラを出すことはまず出来ない。まあ、恥ずかしい。だから大きな波が来る前に、小さい波のうちに対処する必要がある。腹筋と肛門の微妙な力の入れ具合で、小さな波のままをキープする。これは高度なテクニックを要する業で、かなり集中力を必要とされる。病み上がりの俺には、厳しいものである。そして、さらなる追い討ちが、俺を襲う。車酔いだ。このタクシーの運ちゃんは、運転が荒い。逆走したり、ブレーキを強く踏んだり、健康状態の俺でもすぐに車酔いになってしまうだろう。今日はお腹を気にしていて最初から腹筋に力を入れていたので忘れていたのだが、ボクシングのレバー攻撃みたいに、後からじわじわ聞いてくる。すこしでも油断したらダウンだ。俺、やばいかも。
 30分ぐらいして、タクシーは渋滞にハマる。あまり飛行機の出発時刻まで余裕が無いのでやばいのだが、俺の体にはありがたい渋滞だった。だけど、タクシーの運ちゃんが、
 ’’ここ渋滞しているから、迂回して空港目指そうか?お金は上がっちゃうけど。どーする?’’
 それを聞いた隣の子が、
 ’’どうしよっか?’’
と俺に聞く。俺は即答で、
 ’’渋滞でも迂回はしない。別に止まり続けているわけではないから、このまま行けばいいよ。’’
と、俺。というか、迂回はしたくない。これ以上、距離が増えたら、俺が逝っちゃう。
 思っていたよりも渋滞に捕まらず、ちょうどいい時間に、空港に着く。ささっと荷物を預け、出国手続きをして、トイレへ。ああ、トイレが1番、落ち着く。
 搭乗までの時間はあっという間だった。いつもは長く感じるこの時間。トイレ往復で、時間を費やしたおかげだ。まあ、今日は、一人ではないので、健康でもしゃべる相手がいたのだが、、、。
 俺らの乗った飛行機は、ロイヤルブータンの飛行機だ。ロイヤルブータンは格安な航空会社で、飛行機が小さい。CAも、3人しか乗っていないし、席は自由席。国際線でこれはないだろうと、最初(インド来るとき)は思ったのだが、今の俺の評価は高い。結構、落ち着く。新幹線みたいだ。インド人は席を離れてもめたり、誰かがしきりだしたり、漫才みたいで面白いし!!
 飛行機の中では、昨日あまり寝れなかったせいか、寝ることが出来た。おかげで、ウン波(ウンコの波)は来なかった。まあ、よかった。無事、タイに着くことができた。
 タイに着いたら、慣れたものである。ちゃちゃっと空港での手続きをやり、シャトルバスで離れたバス停まで行く。タクシーや空港バスは高額なので、安宿を利用する人たちは、タイ人と同じ公共バスを使う。値段は、タクシーの10〜30分の1、空港バスの5分の1。まあ、安い。でも問題があり、時間通りには動かない。1時間に1本はあるはずなのだが、いつも2、3時間待つ。時刻表の無い、あまり日本では受け入れられないバスだ。今日も、2時間待った。出発点なのに、なぜ?
 待っている間、トイレに1度も行くことは無かった。俺も慣れてきた。ウン波を、コントロール出来るようになった。人間は学ぶものである。小波程度で出来るだけ、処理する。処理するというのは、ガスを抜く。我慢してはいけない。すかし屁に近いものであるが、臭くはない。たぶん。溜めてはいけない。小さい波のまま、小さい波のまま、、、。
 バスの中でも、ウン波、車酔いに十分注意して、乗る。こんなところで、油断は出来ない。俺が今まで知識もガイドブックも無くて、無事一人で旅出来ていたのは、最後まで油断しないところだと、俺は思う。そう、気を緩めていいのは、トイレの中だけだ。周りにいる人たちは、アザラシだと思え。いつビックウェーブがやってくるか、わからない。彼らはアザラシだから波なんて関係ないが、俺は、木のくずに掴まっている蟻である。ビックウェーブがきたら、ひとたまりもない。油断大敵だ。
 無事、ホテルに着き、チェックインして、トイレに行く。俺は思った。トイレを作った人って、すげーな。まあ、漏らさずタイまで来れて、ほんとよかった。
 
   
Posted at 13:46 / インド / この記事のURL
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女の人 / 2007年12月04日(火)
うっ、うっ、うっ。暑い!!

 2ヶ月前とは違って、カルカッタの夜は寝苦しい。暑いのが苦手ではない俺でも、夜中は起きてしまう。今日も、夜中の2時過ぎに目が覚める。

まだ、2時か〜。

 明日は、朝の6時に起きて荷物をまとめなくてはならない。後、4時間。体調を回復させるためにも、もう一眠りしなくては。お腹にブランケットを掛け、再び目を閉じる。が、一度起きたらなかなか寝ることが出来ない。明日(正確に言えば今日なのだが)のことが心配で、朝の段取りなどいろいろ考えてしまう。このままでは寝れない。まずい。
 いろいろ寝ようと努力したが、眠れない。しかも、体が火照ってきて、お腹も痛くなってきた。しょうがないのでトイレに行こうと、ベットから起きようとするが、体が重い。頭もくらくらするし、気持ち悪い。最悪だ。ふらふらしながら、部屋の外にある共用トイレに行く。やばい。マジで病気だ。
 人生で1日にトイレに行く回数を更新中であるが、全く嬉しくない。しんどい。何とか部屋に戻り、ベットに横たわる。横になると、少しは良くなったが、体は熱い。手を御でこにあてて、熱をみるが、手が熱くて全く分からない。

 手が熱いってことは、熱があるってことか。ええっと、後、4時間ちょっとで、ホテルを出ないといけないから、寝て治さないと、、、。やばいんじゃない。たぶん。

 熱のせいからなのか、うまく考えることが出来ない。後数時間で出発しないといけないから、やばいのだが、それがうまく理解出来ない。そして、それを考えさせようとする自分がいて、なかなか寝ることが出来ない。悪循環である。
 すると、誰かが近くに来た。女の人だ。どうやら一人で苦しんでいるのに気づいたのか、看病しに来てくれたらしい。今日は、ボランティアのおばちゃんなどがホテルを出たので、このドミトリーは俺一人である。が、誰なのか分からないが、看病しに来てくれた。眼鏡を掛けてないので、誰かわからないが、嬉しい。そして、気持ちよかった。いい気分だった。落ち着いた。
 誰なのか知らないが看病してくれたおかげで、朝には回復しており、カルカッタ空港、タイと無事に着くことができた。ああ、よかった。
 と思ったとき、目が覚めた。ここは、インドのドミトリー。まだ、タイではない。時計を見ると朝の5時を回っている。どうやら、夢を見てたらしい。トイレに行って帰って来て、女の人が来たのは覚えている。その後から、夢か。否、女の人が来るはずがない。ドアが閉まったままだから、入れるはずもない。でも、見たし。幻覚か!?

 俺は、小学生の時に2回、幻覚を見たことがある。いずれも高熱を出し、寝込んだときだ。最初は、1秒の中の世界を見た。時計をずっとみていたら、秒針が59秒から00秒の間に、別の世界があるのを見つけた。たった1秒間なのに、その中は無限に広がっていた。まだ慣れないせいか、その世界はこっちの世界の10数秒で終わってしまうのだが、秒針が再び1周回ると、再び見ることが出来た。それを看病していた親に説明したのだが、理解してはくれなかった。
 2回目は、魔女を見た。これも別の世界があって、そこに魔女らしきものが飛んでいた。当時の俺は、それが怖くて、かなり魘された。まあ、いずれも、高熱で頭がおかしくなったのだろう。
 今回も熱は測ってはいないが、相当高熱が出ていたんだと思う。来るはずない女の人が来て、看病してくれた。まあ、俺の願望みたいなものなのか。でも、おかげで寝ることが出来、2時間ちょっとで熱は下がった。今日、何とかインドを発つことが出来そうだ。
 
   
Posted at 23:32 / インド / この記事のURL
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ピンチ / 2007年11月30日(金)
’’いろいろありがとね。じゃあね。’’

  うっ、、、、!?

 今朝の目覚めが、悪い。今日は、おばちゃんがインドを発つ日。最後なのでしっかり挨拶をしようと
思っていたのだが、おばちゃんに話しかけられて、目が覚めた。

’’ああ、もう行かれるのですか? 気をつけて、、、、。’’

 簡単な言葉しか出てこなかった。しかも、寝たままで。何て失礼な見送り方なんだろう。だが、体が

動かない。昨日の疲れからなのか、体がだるい。ベットから起きれず、そのままおばちゃんを見送った

。そして、また寝た。

 明日は朝早くからタイに移動なので、今日がインド最終日みたいなもの。しかし、やることはたくさ

んある。まだお土産も買ってないし、インターネットカフェにも行きたい。タイはインドよりネット代

が高いから、メールの返信やブログ更新は、出来るだけインドでやりたい、、、。と思っていたが、起

きたのは、10時過ぎ。体のだるさは取れず、起きても動けず。原因は、昨日ボランティアの手伝いに

行った時、子供を運ぶ際に久しぶり筋肉を使ったから、全身筋肉痛になってしまったからだと、思われ

る。体が重い。頭の中ではやらなければ、と思っているのだが、動かない。そのまま昼過ぎまで、ベッ

トの上でぼけ〜っとしてた。やばい。

 さすがにいけないと思い、ご飯を食べに屋台に行く。食欲は無いが、食べなきゃ駄目だ。弱っている

時は、よく食べて治す。それが、俺流!!

 何とかご飯を食べ終え、ホテルに戻る。そして、再び休憩。解っているのだが、駄目だ。動かない。

結局、1時間ぐらい休憩した。だから、1番暑い2時過ぎに動かないといけなくなった。最悪である。

 汗を掻きながら、お土産探しに回る。出来るだけ無駄な動きは避けたいので、頭の中で段取りを考え

るのだが、頭が働かない。高が、筋肉痛。しかし暑さの影響からなのか、俺をかなり苦しめる。最悪で

ある。

 何とかお土産を探しが終わり、そのままの勢いでインターネットカフェに行くことに。しかし、捗

らない。いつもなら7、8時間ぐらいはやることが出来るのに、今日は、たった2時間。ギブだ。今日

は、駄目である!!ホテルに戻る。

 ドミトリーに戻って休憩するが、体調は戻らない。買ってきたお土産など荷物をまとめなければなら

ないのに、やる気が出ない。どうしたものか!?まあ、何とかなるだろう!!ポジティブに、またぼけ

〜っとした。

 夜になってお腹の調子も悪くなってきた。何かに中ったのか!?病気なのか!?今朝、出すものは

出したはずなのに、再び便意を催す。俺の1日のサイクルの中で、大の便意は通常、朝の1回。夜、便

意を催すことは、稀である。今日は、あまり物を食べてないのに催すということは、おかしい。ただの筋

肉痛だと思っていたのに、もしかしたら、、、、、風邪か???

 トイレに行く。今朝、しっかり出しているので、やっぱり下痢だった。まあ、昨日食べた何かに中っ

たのだろう。昨日の朝の怪しい揚げ物か、路上で飲んだライムジュースか、それともボランティアに手

伝いに行った時に、子供たちに病気をうつされたのか、まあ、しょうがない。明日の朝早く、タイに行

かないといけない。悪いものをすべて出し、よく食べ、早く寝よう!!明日には、回復しているはずだ

。ご飯を無理やり食べに行く。
 
屋台に行き、ご飯を食べる。そして帰りに、行きつけのインターネットカフェの兄ちゃんに、別れの

挨拶をし。ホテルに戻る。がしかし、ホテルに戻ってしばらくして、再び便意が、、、、。


俺、どうしちゃったんだ????

 
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Posted at 23:05 / インド / この記事のURL
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予定外の1日 PART.2 / 2007年09月24日(月)
 ボランティアの手伝いも何とか終わり、地下鉄で帰る。インドはさすがに暑い。地下鉄の駅から、ゲストハウスまで10分ぐらい歩くだけでも、汗が止まらない。だから、路上にあるライムジュースで、水分補給する。普通のローカル水を使っているので観光客が飲んでいるのを見たことがないが、俺は大丈夫らしい。これは、1杯、2ルピー(5円ぐらい)という格安な値段で、塩とか香辛料も入っていて、ミネラル、ビタミンを補給できる、謂わば、日本でいうスポーツドリンクみたいな感じの飲み物である。しかも、氷を入れて、バーテンダーみたいにシェイクするので、この暑いインドでは、パーフェクトな飲み物なのだ。2杯も、飲んでしまった。
 暑さのせいなのか、手伝いで疲れたからなのか、食欲が無かった。このライムジュースを2杯飲んだだけで、ゲストハウスに戻る。そして、少し休憩。今日の残りの予定は、お土産を買うことと、1ヶ月以上溜まったブログを更新することだ。物価の安いインドで、出来るだけ書きたいものである。ここインドは、タイの半分ぐらいの値段で、インターネットを使うことが出来るからだ。
 が、だるい。もう筋肉痛になってきたし、暑いし、、、。2時間ぐらい、ベットでぼーっとしてた。
 さすがにまずいと思ったので、だるい体で無理やりご飯を食べ、お土産を探しに行く。たしか昨日、路上でヒンズー教の神様の、ガネーシャ(見たことがあるだろうか?象の頭をした神様)を売っていたのを思い出したので、その場所に行ってみるが、もう人はいない。売れてしまったのだろうか?あ〜あ〜、昨日買っとけばよかった。しょうがないので、路上でお土産を探すが、ぱっとした物が無い。例えば、見た感じ高級時計のオメガなのだが、よく見ると、真ん中の針以外は、すべてシール。ストップウォッチも、秒針も、その他の機能も、シール。さすがに、要らない。絶対、ばれる。
 結局、何も見つからないまま、ゲストハウスに戻る。まあ、明日1日あるから、明日に総てを賭けよう。とりあえず、行きつけのインターネットカフェに行く。昨日は、ここら辺全域でインターネットコネクションが使えなくなるという、ハプニングがあったが、今日は回復していた。いつもの遅いパソコンで、ブログを更新する。
 限がついたので、ゲストハウスに戻り、休憩。暑いので、パソコンをするだけでも、疲れる。また、しばらくぼーっとする。すると、15年ボランティアをしているおばちゃんが、帰ってきた。まあ、いろいろ今日の仕事の話をする。実際、仕事を手伝ってみて、あの仕事を15年は出来ないと思う。ってかまず、ここの処、1つの場所に2年以上いたことも、ない。自分と価値観の全く違う、おばちゃん。また1つ、勉強になる。
 明日、インドビザが切れるため、インドを発つおばちゃん。今朝、沢山荷物をボランティアの場所まで持って行ったのだが、まだ荷物は残っている。片付けを始める。すると、本が何冊か出てきた。しかし、本というものは旅には嵩張るものである。1冊、2冊ならまだ持てるが、それ以上だと邪魔なものである。ラオスで、文庫を50冊以上持ち歩いて旅をしている本好きな図書館で働いていた日本人を見たことがあるが、そうなの稀である。ほとんどの人は、本は多めに持ち歩かない。ハンガリー人のシャイニーも、1kgぐらいある、インドのガイドブックをネパールで売っていた。今、インドにいるはずなのに。まあ、本は邪魔なものである。
 おばちゃんの、持っていく気はないらしく、俺に本をくれるというのだが、俺もあまり要らない。だから、俺はおばちゃんに、’’本を売れば、お金になるよ’’と伝える。が、行くのがめんどくさいらしく、’’じゃあ、売ってきて自分のお金にすればいいじゃん’’、と。さすがにそれでは悪いので、俺が本をお金に換えてきて、おばちゃんにお金を渡すことにした。
 ゲストハウスにいる他の人から情報を仕入れ、本屋に行く。交渉が苦手な俺のやり取りは、最悪だった。ゲストハウスに戻ったとき、皆にそれは安すぎだろう、と言われた。俺は、こうやって本を売ってきた。大きい高そうな本3冊、文庫4冊。

 ’’あ、すみません。日本語の本を売りたいんだけど、買い取ってもらえますか?’’
 ’’大丈夫だよ。ちょっと見せて貰えるかな。’’
 ’’あ、はい。’’
 ’’う〜ん。この文庫は買い取れるけど、こっちの大きい方は、要らないね。大きいのやっぱり売れないからね。’’
 ’’はあ、(えっ、これ日本で買えば高いのに、やっぱ、嵩張るから売れないのか。)’’
 ’’で、いくらで売ってくれるんだ?’’
 ’’えっ、いくらって聞かれても相場が分からないし、じゃあ、いくらなら買い取って貰えるんですか?’’
 ’’え〜っと、1冊、10ルピーならどうだい!?この小さいのが。4冊で、40ルピー。どう?’’
 ’’この大きい方は、本当に要らないんですか?’’
 ’’ああ、それ要らない。欲しいのは、こっちだけ。’’
 ’’じゃあ、こっちの大きい方を3冊で10ルピー。だから、これ全部で、50ルピーってどうですか?’’
 ’’いいよ。じゃあ、はい、50ルピー。’’
 ’’あ、どうも。’’
 ’’また売り来てね。本以外でも、日本の物なら、買い取るから。’’
 ’’ああ、はい、あれば、、。’’

 まあ、こんな感じである。よく考えてみれば、俺が相場を知らないって言ったから、向こうに主導権がいってしまった。俺が全部で50ルピーって言ったあと、即答でOKだし。まあ、次からは気をつけよう。
 15年もインドにいて、こういうことは何も知らないおばちゃんに、50ルピーで売れた、大きい方は要らないって言われたから、それでも3冊で10ルピーで売ってきたと言い、50ルピーを渡した。すまない、おばちゃん。
 
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Posted at 13:09 / インド / この記事のURL
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予定外の1日 PART.1 / 2007年07月22日(日)
  久しぶりに帰って来たカルカッタは、暑かった。自分のホームではないのに、戻って来たという感情を持つということは、それだけカルカッタに愛着を持っているということなのか!?確かに、カルカッタは住みやすく、何も不自由がない。全く冒険の匂いも無い。だから、落ち着くのだろう。ただいま!!
 カルカッタでは、お土産の購入、ブログの更新など、溜まっているものをやる予定だったので、ゆっくり自分のペースでやることにしていた。朝起きて、トイレ、シャワー、歯磨きなどをし、いきつけのチャイ屋で、チャイとエッグトースト(10ルピー)を食べる。そして、いきつけのインターネットカフェでブログの更新。スピードは遅いが安く、そして人が少ないので気に入っている。店の主人とも仲がよく、居心地のいい最高の店である。この店の自分のお気に入りのパソコンで、だいたい8時間ぐらいインターネットをする。1ヶ月以上遅れているブログを早く追いつかせねば、、、、。
 インターネットが終わり、夕飯を食べに近くの屋台に行く。そこでチョウチョウライスと呼ばれる、中華丼みたいのを食べる。野菜がたくさん入っているので、気に入っている。価格は15ルピー(50円弱)で結構お手ごろだ。他の場所では、こんなに安くは食べることが出来ない。カルカッタは、物価が安い。
 そして、ゲストハウスに戻り、ゆっくりする。15年、ボランティアをしている人のマッサージをする。で、寝る。まあ、こんな感じの予定とお土産購入で、出国までの時間を費やすつもりだった。が、
このとおりに俺の予定が進んだのは、1日だけだった。

 カルカッタの夜は、寝苦しくなっていた。帰って来た最初の夜は、不眠と疲れですぐ寝れたが、2日目は全く眠れない。一応ファンが回っているのだが、俺のベットまでは風が届かず、むりやりベットを移動しても1部分だけ。そして、風に当たらない場所にいる俺を、蚊たちが襲ってくる。痒いし、暑いしで、全く眠ることが出来なかった。ああ、ブランケットを必要とした2ヶ月前が、恋しい。結局、ままり寝ることが出来ず、夜が明けた。
 朝6時に、起きる。俺のマイペースな予定ならいつ起きてもいいのだが、今日はマザーテレサのボランティアに手伝いに行くことになっていた。15年のおばちゃんがインドビザが切れるため、インドから出国しないといけないので、たくさんの荷物をそのボランティアをする場所に預けに行くのを手伝う約束をしたので、ついでにボランティアを手伝うことを、昨日決めた。が、寝付けず、かなり眠い。
 大体の準備も終わり、7時に15年のおばちゃんの荷物を、タクシーに載せる。さすがに15年だけあって、荷物の量は多く、そして重い。タクシーのトランクに入りきらず、トランクが空いたまま出発することになった。荷物が落ちるかどうか心配だったが、タクシーの運ちゃんが大丈夫というので、大丈夫なんだろう。ちょうど前を走っていたタクシーも、トランクから荷物が見えたまま走っていたので、インドではよくあることなんだろう。間違いなく、大丈夫そうだ。
 
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Posted at 19:02 / インド / この記事のURL
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ドューンエクスプレス / 2007年07月08日(日)
 バラナシでの滞在も終わり、カルカッタに帰る時が来た。後はカルカッタに帰り、お土産を買い、タイのバンコクに行き、少しタイに滞在して帰るだけだ。これから行く場所は全て、1度行った場所。だから何事もなく、簡単にカルカッタに行けると思っていた。が、しかし、、、、、。

  リキシャに乗り、バラナシの駅に行く。俺の列車の出発時刻は午後4時15分だったのだが、チケッ

トを購入したときに、駅員から3時半には駅に来ているようにと、言われた。が、ホテルを出たのが、

3時半。もうバラナシの駅に行ったことがあるので、早く行く必要はないと思っていた。それに、イン

ドの列車は時間通りに到着することが少ないので、遅れてくるだろうと思ってもいた。まあ、4時15

分には、駅にいれば全く問題はないはずだ。
 それでも4時前には、バラナシの駅に着いていた。2リットルのミネラルウォーターを買い、長距離

の移動に備える。そして、駅の電光掲示板を確認する。ドューンエクスプレス、ドューンエクスプレス

っと、、、。ドューンとは変わった名前である。気にはなったが、調べてない。
 ニューデリー駅の時みたいに電光掲示板に載ってない事も想像してはいたが、ドューンエクスプレス

は、しっかり載っていた。
 よっしぃ!!楽勝!!
 ドューンエクスプレス、8番、5時15分。1時間ぐらい遅れてくるみたいだが、プラットホームの

番号と時間が分かれば、全く問題ない。そして一応、構内放送もしっかり聴いていれば、乗り遅れるこ

とはない。まあ、こんだけ旅してくれば、いくらインドといっても要領を掴むものだ。今回は、何事も

なくカルカッタに戻れるはずだ。
 外国人専用チケット売り場のソファーで、構内放送を聴きながら待つ。バラナシ駅では、外国人専用

のチケット売り場が個室になっており、空調が整っている。チケットを購入した人はここで待つことが

出来、暑いプラットホームの地べたに座る必要はない。さすが、観光客の集まる街である。
 30分ぐらい過ぎただろうか。再び電光掲示板を確認しに、外に出る。室内と外との温度差で曇って

いるメガネの回復を待ち、電光掲示板の前まで行く。すると、先ほどは5時15分となっていた出発時

間が、6時15分に変わっていた。もう1時間、列車の到着が遅れるようだ。まあ、しょうがない。再

び、寒い部屋に戻る。
 時計は6時を回り、再び電光掲示板を確認する。表示は変わってはおらず、6時15分のままだった

ので、少し早いがバックパックを背負い、8番プラットホームで列車の到着を待つことにした。今まで

始発で乗ってきた俺には、2時間待ちは結構しんどいものであった。でも、もうドューンはやってくる

。もう少しだ!!
 8番プラットホームに着くと、インドアーミーがいた。たくさんの荷物をホームに置いており、かな

りの場所を占領していた。皆、銃を装備しており、偉そうな人が指揮し、若いアーミーはそれに従って

いる。たくさんのアーミーが一般の列車で移動するということは、俺にはあまり考えられないことだっ

た。普通、軍専用の列車があってもいいと思うのだが、、、。まあ、インドだ。こういうこともあるの

だろう。写真を撮りたいところだが、また捕まったら大変なので、やめておこう。銃持ってるし、、、


 6時10分。列車は、8番ホームに入ってきた。しかし、列車の番号が俺のチケットとは違う。でも

行き先は同じハオラ。どういいうことだ??電光掲示板によると、8番ホーム、6時15分発。確かに

ここは、8番ホーム。そして時間的にいって、この列車が本命だ。行き先もあってるし。どういうこと

だ???考える、、、??  !!!!
 
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Posted at 23:45 / インド / この記事のURL
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聖地バラナシ PART.2 / 2007年07月02日(月)
 次の日の早朝、再びガンジス川の辺に、俺は来た。朝早くに、沐浴する人は来ると聞いたからだ。

 日の出が射すガンジス川は、美しかった。ゆっくり流れるガンジス川の水面に反射する日の出。早起きで眠い俺には目が痛くなるほどの眩しさがあり、強すぎるのだが、聖地と呼ばれるここで見ることにより、日本で見る日の出とは別なものに感じられ、神秘的な何かに感じられた。というか、そう感じようとさせる自分がいた。ガンジス川に集まるインド人を見ていると、勝手にそうさせられた。



 沐浴する人。


 お祈りする人。


 沐浴する人、丘でお祈りする人も皆、太陽に向かってお祈りをしている。太陽は本当に偉大なものである。

 洗濯する人。


 泳いで遊ぶ者。


 普通に沐浴する人の隣で、遊んだり、洗濯したりしている。ガンジス川は、誰のものでもない。全てを受け入れる。牛であろうと、人間であろうと、物体であろうと、、、。(ちなみに、最初の写真の右下でしゃがんでいる男の人は、おしっこをしている。)同じ人間なのに、他宗教を受け入れられない人間とは、違う、偉大なものなのである。自然は、全てのものにやさしくもあり、厳しくもあり、平等である。これから急成長するインドでは、偉大な自然が違う姿に変えられていく。あと何十年もすれば、この風景も変わってしまうのであろう。寂しいものである。偉大な自然を、人間が消していくということは、愚かな行為と解っているのだが、出来ないのが、人間である。だから、俺の旅は、終わらない。俺の学びも、終わらない。
 
   
Posted at 03:14 / インド / この記事のURL
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