266回 〜今日でお別れ〜(最終回) 

2006年07月11日(火) 17時02分
 いっぱい曲がり角を回ってワタシはここまで生きてきた。この後をどう曲がればいいのかを今からゆっくりと捜したいと思っている。

 どこかにこんなワタシでも必要とされる人がいるかもしれない。現にお局様は三十一歳になったマリアでも充分写真になりB誌には必要だと励まして下さっている。B誌はこの一年余マリアを欠いて低迷していると。

 いつしかワタシの心にはこのB誌のほかに、また平塚元議員のことが戻ったり、もう一つ新たな関心も生まれている。

 英文学への志向だ。きっかけは病室に見舞って下さったあの青い目のママだった。ワタシに英文学の素養を注いで下さったママだ。

 ママはワタシの紹介であれから大学の英文学の講師として週三回出勤しておられたのだ。

 ワタシはママの懐かしいお顔を見ると無性にママの学んだ英国の大学へのあこがれが心に沸いたの。あわせてワーズワースゆかりの湖沼地方へのあこがれも。

 ママにお話しするとママはご自身の生家にホームステイすることをすすめて下さったものだ。

 
 このほかに解決しなければならない問題も持ち上がっている。実はポールのお父上の会社からワタシ宛に全く形式的でかまわないから社長に就任願いたいという公式な要請が届いているの。

265回 〜お局様に慰められて〜 

2006年07月10日(月) 14時42分
 ワタシは自分の人生最大の決心が、清水の舞台から飛ぶ思いで決断したあの決心が、ポール一家の破滅を招いたと思うと自分の罪深さにおののいた。

 うちひしがれて、ワタシは自分一人ではこの辛さにとても耐えきれないと悟った。でも、母さんには打ち明けられなかった。

 母さんには今回随分ご心労をおかけしてきた。その上にまたこういうやっかいなご心配をおかけするのは忍びない。

 ワタシには母以外にこういう心の奥底を打ち明けられる相手はお局様以外になかった。親友二人には荷が重すぎる。

 受話器の向こうのお局様はワタシの訴えを聞き終えられると次のように慰めて下さった。

『彩ちゃん、よく話してくれたね。あなたの気持ちよくわかるわ。人一倍優しい彩ちゃんだから、自分の責任をとことん追い求めなきゃ気が済まないでしょうね。

 今の世の中、多くは自分の責任を棚に上げておいて、他人が悪いと人を責めるものばかりなのに、彩ちゃんはえらいよ。

 でもね、彩ちゃん、そんなに自分を責めないで!彩ちゃんがそんなに苦しむとワタシも辛い。許してね、ポールとの出会いのきっかけを作ったのはワタシだから。

264回 〜ワタシの自責の念は〜 

2006年07月09日(日) 10時23分
 ワタシは心身共に回復するにつれて、自ずから自分の来し方を振り返らずにはおれなかった。

 なぜポールを、ポールのお父様お母様までを失わねばならなかったのか。ワタシの何が拙かったのか?ワタシの自責の念はまたしてもそこに集中したの。

 ワタシの専属契約が直接の原因だと今までも反省した経緯がある。専属契約さえしなかったら…。少なくとも一緒に死ねた!

 でも、一緒に死んだのではポール一家は救えない!となれは何が原因なのか?ワタシの思考は行きつ戻りつ、迷路をさまよったの。

 何かワタシにそうさせたものが必ずある!そう思えてならなかったの。ワタシはポールとの出会いからを何度も何度の心の中でたどってみて、原因を見いだそうと試みた。

 しかし、何度たどってみても、あの正答とはならない専属契約以外の原因らしいものは見いだせなかった。

 
 
 この後、すっかり捜しあぐねた頃、ワタシの脳裏に突然ひらめいた驚愕の答えがあったの。その恐ろしい答えとは…。

 これは、そう考えたくはなかったけど、それ以外にどうしても答えが見いだせないので、その辛い答えを受け入れるしかなかったもの!

 その受け入れ難い辛い答えとは、ポールとの結婚そのもの!この答えが浮かんだ時、ワタシは必死に否定を試みた。

263回 〜心の旅路を〜 

2006年07月08日(土) 13時23分
 ワタシがすべてリフレッシュして社会復帰できたのは三十一歳の初夏の頃だった。

 社会復帰とはいってもそれは精神病棟を退院しただけだったけど、もう幻も夢も見なかった。ポールの死をいつしかしっかりと心に受け止めることができたの。

 退院してワタシは新たにワタシに関わる愛する二人の人の死亡を知らされた。父さんとパリのお祖母ちゃまの死だった。

 心神喪失状態のワタシには知らされなかったのだ。悲しかったけどこれも辛い現実、涙を堪えてワタシは受け入れた。

 母さんと一緒に父さんの墓参りもした。墓の前で改めて涙が溢れた。これでニューヨークにもパリにもワタシに関わる愛する人はいなくなったの。

 残るはお局様ご夫婦と母さんだけ。ワタシの今後はこの三人に捧げようと空っぽの心に刻んだ。

 そのワタシにカウンセラーは「人のためもいいけどもっと自分のために生きることにしたら!」と示唆を下さった。

 でも、それはワタシにとってなかなか簡単なことではない。ワタシの心に染みこんだものは容易にはぬぐい去れないの。

 なぜなら、ワタシ自身の人生はとっくに何度も何度もみずから終わらせようと志し、その度に母さんを悲しませてはいけないと、思いとどまったのだから。

 いうなればワタシ自身の人生はもうとっくに終わっていて、母さんを悲しませない人生のみ残っていたの。だから…。


 
 もう一つワタシが自分を見失っていた間におこった重いことを知らされた。ワタシが退院する少し前に総選挙があって広告塔を欠いた平塚議員は今回は涙をのまれたということだった。

 ワタシに応援の要請があったのだそうだけど、心の旅路をさまよっていたワタシにはそれどころではなかった。…ごめんなさい、お役に立てなくて。
                              〜続く〜

262回 〜何もかもリセット〜 

2006年07月07日(金) 15時11分
 このころのワタシはまだポールの幻影に引かれて夜の夢だけでなく昼間でもしばしばポールの幻を見た。

 この状態はパリでの錯乱状態からの引きずりだった。精神病院での入院は葉桜の頃まで続き、ワタシは海辺の精神科療養所に移された。

 母さんらの取り計らいだった。お局様は姉御や子鹿ちゃんらと度々お見舞いに来て下さった。

 母さんはワタシのために特別に経験豊かな看護士さんをつけて下さった。療養所の裏の海辺にこの看護士さんとよく散歩に行った。

 なにも考えずただボーッと海を眺めている毎日が続いた。カウンセラーともここへ度々きた。ワタシのいちばん好きなところとなっていた。

 砂浜に打ち寄せて砕ける波の白い泡に痛んだ心を洗い続けた。こうして一年が過ぎていった。

 心を空っぽにして何もかもリセットするための一年間だった。
                               〜続く〜

261回 〜この絶望的荒廃から〜 

2006年07月06日(木) 16時54分
 この絶望的荒廃からワタシを救い出して下さったのはポールの旧友たちだった。夜のダンスホール辺りをマリアらしい女性がポールを捜して放浪しているという噂が彼らにもたらされたのはマリアが泥沼にはまってから二ヶ月も経ってからか。

 旧友ら数人が手分けして捜していて、泥酔して安ホテルに連れ込まれようとしているところを助けられて、即入院の処置となったの。

 あらゆる検査診察が行われて、いちばん深刻だと診断されたのは深い心の傷だった。

 他にも感染症などが幾つも見いだされたけども、それらは取るに足らないほど心の傷は重症だとドクターは告げた。

 東京から母さんとお局様が駆けつけて下さり、感染症の治療が見通しつくとワタシは看護士さんをつけられて東京に移され、精神病棟入りの身となった。

 桜前線のニュースが南の国に出始める頃だった。
                              〜続く〜

260回 〜生き馬の目を〜 

2006年07月05日(水) 16時26分
 ワタシは知らなかったけど、パリだけでなくヨーロッパや米国の都市ではワタシのようなスキだらけの女は正気でも一人では安心ならない怖い現実が多かったの。

 そのためガード役として若い子を秘書としてつけられたらしい。というのは、生きた馬の目を抜くというたとえはこの欧米の怖い状況を表してあまりなかったの。

 もっと具体的に説明すると、ワタシのような幼稚な女は、一人ではたちまち周囲の餌食になるのが目に見えていて、ポールのお父上らはほっておけなかったの。

 あの若い秘書の子は可愛い子だったけどその点では海千山千の強者だったのだ。スケジュールの調整だけの秘書ではなかったの。

 断っておくけど、これは彼女が特別の強者だったのではなくて、向こうの女の子は嫌でもそういう防衛センスを身につけざるを得ない環境だということ。

 そのガード役がいなくて、しかも正気でないというのだから、周囲のオオカミの餌食にされるのは火を見るより明らかだった。

 こんなことだけでなく、ヨーロッパの大都市には油断ならない現実が随所に転がっている!詐欺、かっぱらいなど日常茶飯事!引っかかる方が悪いという有様。

 ポールの始めたエージェントという商売だって同じ危険が至るところ転がっていて油断ならなかったの。だから老エージェントという先達が必要だった。 

 ワタシはその罠の一つにつかまってしまったの。         〜続く〜

259回 〜ふと気がつくと〜 

2006年07月04日(火) 15時18分
 ワタシの口から出る「ポール!」という尋ね人の声はすぐに多くの男達の知るところとなって、ワタシの辛い悲劇の始まりだった。

 背の高いポール似の若い男はワタシをダンスに誘いながらささやきかけた。
『ポールは見つかったかい?まだだったら僕がポールに会わせてあげようか!』

 その言葉はワタシを盲にした。疑いもせずワタシはその男の後に従ってホールを出、すぐ傍のバーにポールを待つのだと連れ込まれ、飲めないはずなのに口当たりのいいリキュールを飲まされ、そのあたりまでは記憶にあるのだけど…。

 ふと気がつくと見知らぬ狭い部屋のベッドの中にただ一人だった。痛む頭を振って記憶を呼び覚まそうとすると、かすかに思い出せるのはポールに抱かれている甘美な一瞬だけだった。

 ワタシは「ポールったら一人でいいコトして、ワタシを置いてけぼりにして一人で先に出て行くんだから!」と憤慨しながら脱がされた下着を着け服を整えてフロントに行った。

 そこにはワタシの乱れた手で「ポールとマリア」のサインがあった…。

 次の日からも相手の男は変わったけど同じようなことが繰り返されてワタシはポール会いたさに飲めない強いリキュールを口にし、泥酔し、後は記憶になかった。

 気づくと同じ安ホテルの一室だった。時には全裸でベッドに横たわっていて寒さで目覚めたこともあった。

 それでも「ポールったら寒いじゃないの、毛布ぐらい掛けておいてよ!」とワタシはまだ疑わなかったの。

 僅かに身体の一部に残るポールの余韻がつかの間ワタシを癒してホテルを後にした。心の飢餓が招いた精神と肉体の悲しい危機だった。
                              〜続く〜

258回 〜重症の心の病〜 

2006年07月03日(月) 13時42分
 ワタシは遂に意を決してお祖母ちゃまがお休みなのを確かめると、あのポールの後ろ姿を見た街角を調べに出かけたの。それは午後の日課になった。

 タクシーの走った場所はすぐにわかったけど、いくら捜しても当然ながらポールには出会えるはずはなかった。

 それでもワタシはいつか必ずあの日のようにポールに出会えると信じていた。亡くなってしまったポールにいつか出会えると信じるなんて!

 もう重症の心の病だったのだけどワタシは自覚するはずもなく、ワタシの周囲にそのワタシの病に気づく人もなかった。

 ワタシのポール探しはやがて次の段階へエスカレートしていった。そのエスカレートとは、同地区での夜の徘徊だった。

 昼間あんなに捜しても見つからないのは時間が拙いのではないかという単純な疑問からだった。

 その地区の夜は若い男の姿が昼間よりも遙かに多かった。言い換えればそういう繁華街だったの。

 最初はひと渡り探し回って諦めて引き返したけど、夜を重ねるにつれてそれではすませられなくなり、時間も範囲もふくらんだ。

 度々ポールに似た若い男の後ろ姿に胸をときめかせた。でも…。ダンスホールを見つけるとワタシはすぐに吸い込まれた。

 そこでワタシはたちまち男達に取り巻かれた。その中をポールを捜して泳ぎ回るという毎夜となったの。

 似ていると見ると私はたまらなくなって「ポール!」と呼びかけた。振り向く顔はどれも似てもにつかなかった。

 ワタシは打ちのめされた心を抱いて深夜帰宅した。        〜続く〜

257回 〜隠された深い傷が〜 

2006年07月02日(日) 11時30分
 お局様はそのお祖母ちゃまのご様子とワタシの状態を大丈夫と見届けられると数日のパリ滞在で帰って行かれた。

 引退間近い編集長パパをサポートなさってお忙しいのだろう。残されたワタシにはお祖母ちゃまのお傍だけという毎日が続いた。

 来る日も、来る日も、お祖母ちゃまのお眠りのお顔を見守るだけの毎日!お局様が大丈夫と見られたワタシの心の、隠された深い傷がその単調さの中で少しずつうずき始めたのには誰も気づかなかった。

 ジャンボの機中で見て以来忘れていた、ポールに置いてけぼりにされるという悪夢がまたまたワタシを襲って痛めつけられる毎夜となったの。

 それは、ポール恋しさの心が次第に高まっていたからに違いなかった。パリに着いた時タクシーの中から見たポールの後ろ姿がいつも孤独のワタシの心を占領してワタシの弱った心はかきむしられた。

 お祖母ちゃまがお話しできる状態だったらこんなにもワタシは孤独に突き落とされることもなかったろうに、目の前の愛する方はワタシに一言だってお話になれない。その孤独さ!

 こうして、ポールに会いたい!というワタシの切ない思いは高じていった。やみくもに、とにかく会いたくて会いたくて、切ない思いは増幅するばかり!

 せっかく回復しつつあった心の傷は、孤独という触媒でその傷口を人知れず大きく広げていったの。                        〜続く〜
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