非戦 

September 29 [Thu], 2005, 21:26
”歴史は繰り返される---。”

戦争は、意図的に行われる。

どうして戦争をするんですか?
何のために戦争をするんですか?

戦争をして、得られるもの。
それは何ですか?

私たち人間は、何もしなくてもいつか寿命が尽きれば自然に息絶えます。
病気や、事故、そして自然災害などで、失われる命もある。

誰もが当たり前のように、”命は大切だ”と知っているはずなのに、
どうして殺し合いをするんですか?
どうしてそんなことができるんですか?

この世界に生きるものすべてが、生きる価値のあるものなのに。
無駄な命なんて無いのに。
あるはずがないのに。

なのに。

”歴史は繰り返される---。”

何もしなくてもいつかは終わる、はかない命。
だったらせめて、自分の手でそれを切り取ってしまうことのないような、
そんな世界にしたい。

そう、思いませんか?

戦争をして、得られるものなんて何も無い。
そこは憎しみが憎しみを呼び、それの連鎖、螺旋があるだけ。

判っているんでしょう?本当は。
忘れてはいないんでしょう?本当は。

あなたという大切な命。
あなたという大事なぬくもり。

”歴史は繰り返される---。”

だけどいくらそう未来を予測できるからと言って、私たちが”命”を知っていればそんなことはいくらでも阻止できる。

先人が歩んできた過去を繰り返しては、いけない。

戦争をしては、いけない。
戦争を起こしては、ならない。

命を大切にしなければ、ならない。
命は大事にしなくては、ならない。

知っている。
誰もが、皆知っていること。

忘れないで。
絶対に。

誰もが心のそこから願う、世界平和のために。

「子供」と「大人」 

September 20 [Tue], 2005, 20:09
皆さん。お子さんに聞こえるように、お子さんの悪口を言っていませんか?そう聞くと、「そんなことは無い。」と、おっしゃる方が多数だと思います。ですが、それはただ、あなたが気付いていないだけで、もしお子さんに聞こえていたとしたら?伝わってしまっていたとしたら?

私は今日、一緒に住んでいる祖父・祖母の大きな声の会話を聞きました。大きな声というのは、お互い耳が遠くなっているからで、別にわざと大きな声を出して話していたわけではありません。問題は、2階にいる私に聞こえるほどの大きな声で「何を話していたのか」ということ。祖父・祖母は、私のことについて話していました。そしてそれは、私にとって「悪口を言われている」と思わせる内容でした。私は感情をすぐに表に出す方なので、それが聞こえた時すぐに「悪口を言うなら私のいない場所で話して」と伝えました。私は別に、祖父・祖母が私に聞こえるように言ったとは思っていません。いやみのつもりで言っていたとも思っていません。…ですが、やはり耳に入ってきた瞬間は、そういう風に感じ取ってしまいます。そして、そういう風にしか感じ取れない「子供」もいるということ。

たとえ小さな声で親同士が話していたことでも、どこかで子供の耳に入ってきてしまっているかもしれません。それは子供にとって、「陰口をたたかれた」と、そう思わせる行為でしかありません。子供から見て、そんな「陰口をたたいていた」親が、自分の前ではにっこりと笑っていたら、皆さんはどう思いますか?不安にはなりませんか?「私はあんな風に思われていたのか」「私の前ではそんな態度、微塵も見せないのに」こんな風に動揺しませんか?そう思ってしまった子供に対して、「そんなつもりじゃなかった」は、ただの言い訳にしか聞こえないと思いませんか?

この想いに名前を付けるのだとしたら 

September 18 [Sun], 2005, 16:08
どうして人は、平気で他人に無関心で居られるのだろうか。どうして”心配”する事が出来ないのか。もしこれについて問い詰めたとしたら、「心配するとかそんな事習って無い」などと言い出すのか。……自分ではどうにもしてあげられないからか。だから関わらないのか。だから「どうしたの?」と声をかける事が出来無いのか。頼られて曖昧な言葉で慰めて、中途半端にその人を安心させたくないからか。

……なんて、こうやって考えて他人を無視してる人間なんて無いに等しいか。普通ここまで考えないか。これはただ単に、他人に無関心の人間を正当化する最良の言い訳の想像か。

…それにしてもいけない。多分別にそんな人間ばかりじゃないんだろうに、この考え方は生きている全ての人間が「そうなんだ、そうに違いない」と思わせる力がある。自分の事を想ってくれている人は確かにきちんと居てくれているのに、その人ですらこの考え方の前では霞んで見えなくなる。こうして完全に見えなくなる前にそれに気付けば良いけれど、気付かなかったらどうなるんだろう。気付けないまま、真っ黒な気持ちに押し潰されたらどうなるんだろう。

”誰も信じられなくなる。”?…そんな恐ろしい事になる?信じていた人ですら、疑わしくなる?それすら「疑ってしまった」のかそれとも、もとより「信じて無かった」のか。そしてそれでグラつく気持ちは、本当にその人を心から「信じて」いたのか。

「自分じゃどうにもしてあげられない。だから関わらない。声をかける事が出来無い。だって頼られて曖昧な言葉で慰めて、中途半端にその人を安心させたくないから。」

これは、”他人に無関心な人間がその理由を正当化した考え”ではなく、”自分に無関心な他人を少しでも信じたい人間へのせめてもの救い”なのだろうか。
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