多数決という制度による瑕疵

June 15 [Fri], 2012, 4:40
どうも全然書きまくりのライトです。
さきほど、会社で会議を行っていて、あまりの非効率的な議ニよくわからない意思決定の方法に少し懐疑的になったので、ここにその理由を書きまするまあ、タイトルにもある通り、多数決というものに対する制度の瑕疵を今回述べたいと思う。
例えば、民主主義が完璧だとかゴールだとかすばらしいものだと思ってる人は、どれくらいいるんだろう。
全員ではないのはよくわかるが、半分よりは多いかなよくわかりません。
人はそういう感覚をどこで身につけるのかあんまり民主主義って何かとかって学校で習った記憶はないでしょ。
だから経験から判断している人が大半だと思うけど、普通どこで民主主義はすばらしいって感じるようになる刷り込まれるのかね。
戦争の時代の記憶がある人に関しては、よくわかる。
比較すれば、戦後民主主義は極めて安心で平和なんだろう。
比較級の形での民主主義はあの時の制度よりマシっていうのは、よく理解できます。
でも、比較級で言えば、戦争に突入するようになる前必ずしも民主的ではない社会の方がよかった、という人もいるでしょう。
どの時代が比較的よかったか、というのは、人によって、立場によって異なる。
ここの日記の読者が大学時代のサークルの人が多いので、みんけんを具体的に述べますが、例えば園田みたいなコッテリ派だと昔がよかった的な回顧主義だったりしますし、もしかしたら、飲み会なんてやりたくない的な今風な新入生群だったり、立場や時代が変われば、意見が変わるのです。
あとね、民主主義はうさんくさいとかキライという気持ちの方は、これはわかりやすい。
アメリカを見てて民主主義って汚いとか自分勝手に振る舞うことをそう呼ぶのかとか思う人はたくさん家出サイトいるだろう。
民主主義に懐疑的な人の多くが、このパターンだと思う。
この話はむかつくから今日はもうしません。
これはすごく一般的なことにもつながる。
例えば、少し前にアメリカがイラクを木っ端みじんに粉砕した戦争のあと、マスコミでイラクの人はフセイン体制の方が幸せだったと言ったりする人を報道していた。
それが本当かどうかは不明です。
当時も今も不幸という人もいるだろうし、クルド人なんかは今の方が幸せだろう。
しかし、確かに前の方が余程よかったという人もたくさんいるでしょう。
つまり、立場によって違うわけだ。
前の方がよかった人には2種類の人がいる。
というか、2種類のパターンかな。
ひとつは、特権階級であった人がパンピー一般ピープルの略になった場合。
自分が不当な特権を享受できていた非民主的な制度の方が好ましいだろう。
サウジアラビアの王家のみなさんとかさ。
金正日も同じ。
民主主義なんてくそくらえ。
もうひとつは、経済的状況とか安定度、とかですね。
民主主義ってのはややこしい制度なのだ。
イラクを見てればよくわかりますが、民主主義ってのは原理的に不安定だし、無秩序だ。
その上、経済的な状況は必ずしも民主主義のレベルと相関しない。
だから、軍事独裁下だが、今より安定していた予測可能だったし、経済的にもましだったしということが起こりうる。
だから前の方がよかったという場合がありうる。
園田とかが感じているのは、いわゆる組織としての安定度が不安定になったためと考えられる。
このままでは、みんけんという組織が崩壊してしまうのではないかという不安感だろうと思う。
だから、比較的、みんけんに対して熱量の高かった時を思い出して良かったというのかもしれない。
ちなみに民主主義とは何かあなたの定義を言えと言われたら、皆さんどー説明されますかいろんなこと言う人がいそうですね。
ちなみに僕が民主主義ってなにって言われたらどう答えるかと言えば、民主主義は多数決って言うと思う。
結局そーゆーことではないかと思ってるのだに。
んでもって、これこそが、僕が民主主義というものに懐疑的でシニカルであることの理由なのだ。
どーもすぐれた制度とは思えないのだもの、多数決って。
たとえばね、仕事上の大半の判断って、多数決なんかで決めないでしょうこの商品をどういう商品にするか、とか、この喧を結cрラきかどうかとか、まともな会社でそんなことを多数決で決めてる会社はないです。
ちゃんと話し合うわけ。
どっちがよい策か、どちらが採るべき案なのか、って。
普通に考えて、生き残り戦略や成長戦略を話し合う場面で、どちらかを選べなんて多数決は採用しません。
たとえ違う意見の人が極めて少数でも、時にはひとりだけが強硬に主張しているような場合でも、一応検討するよね。
というか、まともな会社はこういう少数派の声を数の力でむりやり押し切ってきてないから、まともな会社に結果としてなっているのだ。
個人の判断もそうですよね。
進学、結婚、出産、転職、なんにしろ多数決で決めたことなんてひとつもないでしょ。
あなたに家族が5人います、と。
転職するかどうか多数決をとったりはしない。
いろんな人の意見を聞いて、一人で決めるか、もしくは、奥さんなり旦那のみと話し合って決める、でしょ。
そう、人は、大事なことを多数決で決めたりしないのだ。
多数決で決めるのは今日は焼き肉にするそれとも中華みたいなですね、どーでもいいことだけです、普通。
ところが、この多数決ですべてを決めようというのが民主主義なんじゃないかと。
と考えるとすごく不完全というか、てきとな制度じゃない民主主義って。
もっとつきつめれば、民主主義って何が正しいかまでをも、多数決で決める制度だと思う。
それってどんなもんだかと思うよね。
やっぱさあ、正しいと思うことは話し合う議キるという行為を通して追求すべきではないかと思うのだ。
多数決で決めるというのは、議ニ思考の放棄諦めだと思う。
人間としての知恵の放棄であり諦観だ。
あんまし前向きな感じがしない。
何かというとすぐに多数決にしようと言い出す人がいるのだが脳に持久力がないんだよな、と思って暗くなるだよ。
みんけんの総会が形骸化しているとか言われるのは上記理由がそうだと思う。
僕がすこぶる嫌なのは、総会のような場面で思考停止族が多数いることである。
脳に持久力がないということをつくづく感じるからこそ、不満を感じていたのだと思う。
今回、会社の会議に対しても、同様のことを思う。
十分に議ェなされていないままで、決をとるということがかなり微妙に思うから、嫌なのだ。
こうした憤りは日本国民はほぼ同じ経験をしているように思う。
例えば、政治について、明らかに議ェ不十分であるような問題を強行採決する場合、よくあるのが消費税増税議A年金問題、議員定数削減問題などなどテレビで観ていても、実際に話をしている内容をみても、非常に低位な次元での議ェなされているのがよくわかる。
特に民意をきちんと反映しているのかという苛立ちが国民には根強い。
でもね、結局は仕方ないから多数決を使う。
だって、1億人とかで話し合えないからね。
そう、多数決って、そういうテクニカルな理由から民主主義の意思決定方法として採用されているのだ。
将来テクロジーがすんごい発展して、中国だって13億人で話し合えるもんねみたいになったら、こういう方法多数決は、大事な場面では使われなくなるかもしれない。
そういう次善の策ってのが民主主義的なるものの本質であって、決してそれは目指すべきものでもすばらしいものでもない。
あくまで仕方ないから多数決なのだ。
そしてそれは、僕に言わせれば仕方ないから民主主義だ。
本当のことを言えば、僕としては、先ほどの日記でも挙げたが、あるべきvをもっと多くの人に伝えて、一定数の母集団を形成する必要があると思う。
結局、リテラシーにばらつきがあるからこそ、議ェ十分でないように思う。
であるから、哲人みたいな人を増産するべきだと考える。
それは、誰かの思想で偏重された考えではなくて、自分の頭で考えることができる人を増やすと言う意味だ。
つまり、究極的なことを言えば、モチベーションの高い人間、すなわちリ候補を養成することが大切なのだ。
今をもって考えるならば、多数決で何かを決めるというのはさ、すんごい非効率だよね。
なぜなら現象ごとにYESNOが決まるんだもの。
一本筋の通った設計思想があって、それにそっていろんなことを判断していく、という搏Iな帰結とはほど遠くなる。
税金は少なくして欲しい社会サービスは充実させてほしいとか、ってことになるでしょ。
どーすりゃいいんだって感じです。
僕に言わせればよりよい生活がしたい格差社会は問題であるというのも同じだ。
個別の問いかけにバラバラに私はこうしたいという多数の声が反映させられては、全体として動かなくなっちゃう。
いわゆる個別最適の総量の和は全体最適の総量と一致しないということを示唆している。
その上、多数決はとるたびに結果が違うでしょ。
昨日はYesだった人が今日はNoでも全くかまわない。
話し合いならそうはならないです。
お前、昨日はこういってただろと言われます。
意見が変わったなら、それがなぜなのかとか説明が必要になる。
んだけど、多数決って今日はYesな気分とかっていう気まぐれな判断の集積なのだ。
だからとても不安定。
というわけで、あまりにも欠陥は多いのではあるが、仕方ないので採用されている多数決という方法が、この世の進歩を大きく阻害していると。
そして、その多数決が選挙を含め民主主義の意思決定方法の大原則として採用とされているということが、民主主義の大きな限界というか、欠陥であると。
そう思うライトでありました。
はい。
こうしたことに仕方ないじゃんって言ってしまう組織の人は思考停止症候群になっていますよね。
福島みずほみたいに何でもかんでも矛盾したものを言うのと同じような支離滅裂メです。
最近はそうした大局的な観唐ゥら物事を見れない病にかかっている人が多い気がするのです。
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