本番はボディ修理です。 

2017年06月08日(木) 19時11分
さて、溶接の練習を充分行ってから
本丸の攻略と行きますよ。



改めて状況を説明しておきますと、
ボディの一部、サイドシルという部分を
誤ってへこませてしまいました。
板金をするために一旦切開をします。
当然このあと穴をふさがないといけないのですが、
最初は切り出した板をそのまま再利用して
くっ付けてしまおうと思っていました。

しかし、溶接の練習をしてみると
グラインダーで切断した分だけ開いた隙間は
(写真でも縦の切れ込みが2本入っていますね)
埋めるのが大変そうです。

うわ、板を作り直すところからスタートか…。



鍛冶屋も始めてですので、
敬愛して止まないてらむら先生登場です(笑)。
「ん?金床か何かはないんか?」
鉄板をハンマーで曲げ加工する場合は
叩くためのちゃんとした土台が必要です。
でないとキレイにエッジが出ませんし、
板自体も波打ってしまいます。

さて困ったなーと思ったら、
CB250のたかゆき君が
「家に転がってるこれあげます!」と
古いレールを持ってきてくれました。
使ってみると硬さももちろん充分ですし、
直線から各種半径の曲面がたくさんあって
これは意外に使いやすい。素晴らしい!



厚さ0.8mmの自動車用鉄板の廃材も入手し
大まかなサイズに切り出して基準線を引きます。
線に従って金槌で打ち出していきます。
いきなり一部だけ大きく曲げると板が延びるので
全体を少しづつ曲げていきました。

ここでたらむらさんからアドバイスです。

1.金槌は真っ直ぐ振り下ろす。
斜めになると板に傷がつくし、きれいな面が出ない。

2.金槌の丸い方を使うと鉄が少しづつ延びる。
それを利用して板の歪みを取れる。

3.逆にバーナーで板を炙ると縮む。
水で急冷すると、もっと縮む。

この真っ直ぐに振り下ろすが意外に難しいです…。
それと、今回は断面形状が複雑なので
曲げる面の順番を考えないとダメでした。
あとから曲げられない面ができてしまい、
このあと1回作り直しです。



このように案外複雑な形状です。
これは微調整に苦戦しそうだなーと思ったら
「断面の型紙を作ったらいいんや」と
さすがプロの鍛冶屋なてらむらさん!
鉛筆も使わずササっと断面を取ってくれ、
あとはそれにぴったり合うように
叩いていけばOKです。



そろそろ外寸を合わせに行ってみましょう。
突合せ溶接をするので
できるだけ隙間は空かないように頑張ります。
少しづつ外寸を削ってボディに寄せていき、
必要であれば曲げ形状も修正していきます。
ボディを切ったときの平行垂直がいい加減なので
一部ボディ側も削り直しました。

少しづつ、焦らず、清い心で滝をイメージして
ぴったり合うように仕上げます!



さあ、練習の成果を見せる時がやってきました!
まずは点で仮留めして位置を合わせます。
また、こうやって位置を合わせておけば
熱で板が歪んで付けられない、ということも
予め防止できます。



下側はちょっと難しい!
スパッタが容赦なく顔に飛んでくるのと
どうしても目視が難しいので
ジャッキで車体を少し持ち上げました。
下向き溶接の時は溶接機の出力を
必要であれば少し絞ったほうがいいそうです。
まあ、この調子で全周頑張りましょう。



溶け過ぎて穴が空かないように注意して、
忍耐強くちまちまやってると
段々全部の合わせ面が溶接されてきました。
うわ、フジツボが発生したみたいで気持ち悪い(笑)。



ある程度溶接したらグラインダーでビードを落とし
溶接し忘れているところがあれば
追加で作業しておきます。
これを繰り返して最終仕上げとします。
最後の方はビードの分だけ板厚が増えているので
穴が空く心配はあまりなくなるんですね。


ということで大河ドラマのような大作、
ここで目処がつきました!良かったー!
あとは錆び止め塗装をしてから
ヒマをみて軽くパテで表面を仕上げます。

半自動溶接機。 

2017年06月07日(水) 16時37分
先だって3月くらいに、
溶接の練習を始めたと書きましたが
自動車用の薄板を溶接するためには
やはり手棒(被覆アーク)溶接では不可能と知りました…。

溶接したいワークの板厚が薄くなるほど
入力するエネルギーは少なくしたいので、
溶接棒は細く電流は低く設定するのですけれど
手棒の場合はそれにも限度があるのです。

そこで違った溶接方法を模索するのですけれど
TIG溶接、ガス溶接、
半自動アーク溶接、直流被覆アーク溶接の
4種類に選択肢があるようです。
しかしTIG、ガスは設備が大きくなり
プロの鉄工所でないと買えないくらいです。
(金額にすると30万とか50万とか…)

残った半自動、直流手棒ですが、
より操作が簡単そうな半自動溶接機の
導入を決心しました!



ということで、導入されたのはイクラ精機製造、
100V専用のモデルです。
プロ機材からみたらオモチャみたいなものでしょうが
定価これでも7万円オーバーです…。
ちなみに交流の手棒機は1万円も出せば買えます。

さて、買ってしまったので、死ぬ気でモノにしないと。



えー、そもそも半自動溶接機を触るのが初めてです。
我ながら無謀すぎるとも思います(笑)。
半自動溶接機の一番の特徴はこの溶接トーチでしょう。
直径0.8とか0.9mmとかの細い溶接ワイヤーが
トーチの中心を通って常に供給されます。
手棒の場合はくわえた溶接棒をいちいち交換するのですが
こうすると連続して溶接作業を行うことができます。



溶接トーチにあるトリガーを引くと、
機械本体にあるモーターが動作して
ドラムに巻いたワイヤーを送り出していきます。
最初に話を戻すと、このワイヤーが細いので
ワークに掛かる熱量を抑えることができ、
結果薄板の溶接も可能になるということか!

すげえ、何だこのハイテク兵器!
ちなみに溶接業界の皆様は
ここまで知っていることが話の前提だということなので、
情報がまるでなく実物を触ってやっと分かりました…。



さあ、ドキドキしながら試運転です!
薄板ですので設定は出力低め、
電流は2段階のLOW、
ワイヤーの送り出し速度は10段階の6です。

何がまたすごいって、そこも手棒と違って
アークの発生を催すための暖気が要らないんですね!
手棒の場合はこの暖気が一番難しいのに、
半自動のはトーチを溶接したいところに近づけて
トリガーを引くと、ほとんど勝手に
「バチバチバチー!」と溶接が始まります。

点で付ける練習をしてみます。
同じ位置での溶接時間が
1秒から2秒以内なら穴も開かず、
きれいに溶け込みます。しかも範囲は狭い。
3秒以上やってると穴が開く程度でした。



こんどは切断してある2枚の板を
突合せ溶接してみます。
機械の設定は一緒ですが、
板の端っこというのは熱が特にこもりやすく
これはすぐに穴が開いてしまいました。
溶接時間は0.5秒が限度というところです。

かと言ってアークもきれいに出づらく
きれいに溶け込まないか穴開きするか
どちらかしかならない状況です。
点付けくらいが限界ですが、
逆に点付けするなら問題なく溶接できました。



ちょっと調べてみると、プロの板金屋さんでも
点付けして少しづつ全周を仕上げるようですので
「ジパッ!ジパッ!」という感じで
手の動きを考えながらしばらく練習してみます。
いやー穴だらけにしてしまいましたが(笑)
最後には一番手前のように、まあまあなところまで
付けることができました。

また、仮に連続で溶接できたとしても
薄板ですと加熱による歪みがかなり大きく出るので
なるべく冷却しながら溶接せざるをえませんね。
そうなると結局点付けになりそうです。

ちょっと余談になりますが
条件が悪い場合は、手棒のことを思い出して
ちょっとタッピング/ブラッシングをして
先端を暖気してもいいでしょう。
そう考えると練習の基本は結局手棒なのかな、
とも思いました。




さあ、ようやく本番に向けて始動です。
切り取ってしまったボディの一部を
てらむらさんと作成中です!

滋賀県初飛行だそうです。 

2017年06月04日(日) 22時31分
彦根市のシンボル、彦根城が築城されて
410年がたったという記念祭が開かれておりまして
(400年祭の時に誕生したのがひこにゃんです)
今回は何をやってくれるんだろうと思ってましたが

なんと!あのブルーインパルス様が
展示飛行をしてくれました!すごい!

まあブルーインパルス、説明するまでもないが
航空自衛隊の戦闘機乗りの皆様のなかでも
一番上手い人がやってる曲技チームです。
(正確には戦技研究班、というらしい)
日本一というかほとんど世界一ではなかろうか。

30年ほど前子供の頃、入間基地の祭りで
展示飛行を1回見たことがあるのですが、
そのときは超音速練習機を使っていました。
現在ではもう少し速度の低い、亜音速練習機での
展示となっています。
空中での機動を考えると、ちょっと丸くて可愛い
今の機体のほうが有利ってことになりますね。



さて、事前に市の広報では
見学者で市内は大渋滞するとのことでしたので
店に近い秘密の高台に上がって陣地を取ります。
天候は快晴。ですが、ちょっと風が強い…。



ゴオオオオ〜とエンジンの爆音が響いてきたと思ったら
遠くの方でキラキラ光る何かが!
(写真は展示途中の旋回風景ですが)



キタコレ!どうだ!紺碧の空に描く白線!
一糸乱れぬ密集体系を保ったまま、
5機の練習機が目の前を航過していきます。
聞いた話ですけれど、機体の距離をこんなに詰めるのは
ほとんど不可能な話なんだそうです。
車で言うと車間10cmとかそんな話なんだとか。



私の300ミリ望遠レンズが火を吹きますが、
残念ながら描いた桜の花を収められませんでした…。
6個の円が時間、位置ともに全くずれることなく
見えない手で描かれるように空に浮かびます。
東京オリンピックで描かれた伝説の五輪、
こうやって作られたんですね。



5機で揃ったまま、こんどは大きく円を描きます。
最初は車間が広くとってあるのですが、
段々と詰めてきてこの写真です。
個人的にはこの写真が一番迫力が出て
今回のベストショットかな。

なお5機の集団を1機の別動という構成は
演技の航過から旋回して戻ってくるのに
多少時間が必要なので、その時間に
単独機による演技を入れるからなんだそうです。



密集体系から一斉に散開します。
特に両端の2機がキュッと向きを変え、
高機動を見せるさまは圧巻です。
なお市街地上空ということで、
アクロバット的な演技は省かれているそうです。
ということは本当はもっと凄いの!



最後に一番の接近を見せて
ブルーインパルスは帰っていきました。
特別塗装がくっきり撮影できました。やった!
20分の展示時間ということでしたが、
結構長く感じられて大満足です。

使っている機体はT-4というもので、
意外にも数少ない純国産機だそうです。
武装はありませんが高い操縦性を持ち、
評判は良さそうです。

しかも作ってるのはカワサキ!いいね。
同じカワサキ乗りとして鼻が高いよ(笑)。

SR400。名車です。 

2017年05月19日(金) 14時44分
まあそんな訳でSRに乗りました。
SRは…私からは遠いジャンルだな(笑)!
バイク業界のご長寿四天王と言えば
GPZ900R、刀、V-MAX、そしてSRでしょう。
1978年デビューから何と、まだ売っている…。
もうすぐ祝40周年ですか。まじかー!

気になって調べてみましたところ、
250CCくらいまでの小排気量のものは
単気筒のオンロードモデルというのはありましたが
400CC級の単気筒オンロードモデルって、
実はありそうでなかったんですね。
クラシカルなモデルと見せかけて超革新的。
ちょっと面白かったので、
秘蔵の資料からビフォーアフターしてみましょう。
(この本便利なのですが、出版元が倒産です。悲しい。)



元々雑誌のエイプリール企画が発端だったと、
半ば冗談のような生い立ちのようですが、
そもそも発売したヤマハ自身は
ダートトラッカーのようなものを考えてていたのですが
発売されると英車風カスタムが流行した、と
当時の本にも書いてありました。
のっけから波乱含みな立ち位置に放り込まれます。



そんな訳で最初の頃はヤマハも迷ったのか、
キャストホイール付きにモデルチェンジして
大バッシングを浴びたりもしましたね。
こうして見ると色合いといいホイールといい、
むしろアメリカのダートラですね。なるほど。



徐々に英クラシック路線に転向し、
フロントブレーキを敢えてドラムに、
フロントフォークにブーツを付けたり
1988年くらいになるとお前誰だよ(笑)。
GPZも恐らくメーカーの意図を越えた
愛され方をしたのではないかと思いますが、
SRはそう考えるともっとすごいですね!
これを作ったのは、もはやユーザー自身。



ということで試乗します。
写真のとおりですが95年型くらいだと
需要も安定してきたのか
外観は88年型から大きく変化していません。
(シートなどは社外品に変わってます。念のため。)

このモデルを扱えるかどうかは、
キックスターターでエンジンを掛けられるかで
ほとんど決定するといっても間違いはありません。
実はワタクシどうでもいいコンプレックスなのですが
大昔北海道で同じ年齢くらいの女の子に
SRを貸してもらった事がありまして、
エンジンを掛けれなかったんです…。
その後2スト250単気筒、4スト250単気筒と
キックスタート級(?)を段々と上げてまいりました。

ペダルを軽く回して上死点を探す。
ステップの上に立ってひと呼吸する。
「キエエエエストオオ!!」と叫びながら
骨折しない程度に全力でキック!

「ボルン!ボトトトトト…」

20年の自分の進化に、感動したっ!
これで話を終わりにしたい位ですが、
ちゃんと走って下さい。



サイドスタンドをしまい忘れて
エンストをするという悲しいことが起きましたが
エンジンはそうね、でかいセローですね。
7000回転までが許容回転数ですが、
3000回転も回していれば充分です。
逆に低回転がぎくしゃくすることはなく、
「ドタタタタッ!」と軽量の車体を
気持ちよく引っ張ります。
全然かったるくない。面白いくらいの加速です。

懸念される振動も、まあするんですが
硬質でガンガンくるというものではなく
柔らかい「鼓動」という感じで上手く仕上げています。
XLRとかもっとガルガルガンガンですよ。

速度的においしいのは60kmから80km、
下道をツーリングするのに最高なところです。
しかし100kmは超えたくないかな…。
充分やれるトルクはあるのだけれど、
敢えてゆっくりめに景色を見ながら走ると
これは極上です。さすが名車!楽しい!



シャシーは1978年デビューということを考えると
当時は結構操縦性もいい部類だったかもしれません。
2014年11月に1970年型CB250の試乗をしてますが、
感じとしてはその延長にいる乗り味なのですが
全体としてこちらが積極的に操作して
荷重移動で曲がるものではありません。

ブレーキはワンテンポ遅れてカックンと効くし、
足のストロークも少なくハナがはいりにくいです。
しかし、CBは「やばい、ゆっくり曲がれ」と
ぎゅうぎゅうブレーキを掛けて曲がるのを
SRはそこまでせずとも自然に曲がってくれます。
それがまた不自然じゃなくて、
リラックスしながら気負いなく曲がると
結果的にきれいな定常円を描く感じですね。

加えて大事なことですが、軽い。
ハナの入りにくさを軽さでカバーし、
結果さほどおかしくない操縦性になってます。
なおのことこちらから無理やりな操作で
バランスを崩すような乗り方はダメですね。

気をつければ意外と峠も行けるんじゃ?と思い
ちょっと連続カーブのところに行ってきましたが
ラインがブレブレになってしまい、
それはさすがにムリでした(笑)。



思ったよりスポーティに走れて
でもカスタム狙いのユーザーが付いちゃったから
そろそろ正常進化した後継モデルを…と
ヤマハが思ってもおかしくないと思いました。
うん、私も思った。あっ?…これは。

SRXじゃないか。完全に…。

多分SRX600の試乗記は書いていないのですが
数年前に峠で乗ったことがあるのです。
SRのいいところを残しつつ、
現代風の積極的に操作できるような構成に
フレームから作りなおしたら
多分こうなるんじゃないかと思いました。
せっかくだからエンジンももうちょっと
パワフルに蹴り出すような特性にして
600ccにアップしてみたのでしょう。

結果SRX、夢のように素晴らしいバイクでした。
タイムは計ってませんが恐らく、
奥琵琶パークウェイ自己最速を記録したと思います…。
アクセルをどれだけ開けても怖くないというね。
あと、セルモーターも付きました。嬉しいです。

しかし、売れなかったな。SRX。悔やまれる…。
ヤマハの心中、いかばかりか。

カミのないSR。 

2017年05月18日(木) 16時24分
車やバイクを使わない時は、廃車、ナンバー返納
(一時抹消登録)の手続きを行い、
そのときに発行される
「返納証明書」という書類を保管しておきます。
この書類は、その車バイクの使用を再開するために
とても大切なものです。

なくしちゃうと、そう、再登録できないんです!

そしてこれを皆さん、よくなくすんですよ…。
125cc以下の「原動機付自転車」の場合は
無論入手先が真っ当である事を確認のうえ
私が古物商の資格を持っているので
自分で「販売証明書」を発行すれば再登録できます。

それ以上の乗り物は…大変でした!

簡単にできると思われてしまうとアレですので、
詳細は伏せておきますけれど、
まずは申立的なことを行いました。
あそこに行ったりここに行ったり、
なくしたらダメな書類だけに結構厳しい色々です。



それを書類にして陸運支局に持っていくと
記録事項証明書というものを発行するように、
とのことでした。300円です。
一応陸運にもバックアップデータはあるんですね。



発行された記録事項証明書をまた提出します(笑)。
しばらく審査時間がかかり、また質問を受け
待っていると証明書に「確認済」の判子が押され、
これで返納証明書の代わりになるそうです!
「不審案件」とはなんだ!そうですね不審ですね。



運良く条件が整い、無事に登録できました。
自走で行ったので、仮ナンバーの発行も
なかなか大変でした…。
まあ確かに、この時点では申立ての書類しかないし
法的な裏づけが全くないということになる。

車検じたいは一発合格です!
試乗記はまた次回…。

バイクもシーズンイン(遅れた)。 

2017年05月10日(水) 11時45分
シーズンインにあたりまして持越案件ですが
知ってる人は知ってますでしょうが
ワタクシ身長165cm体重最大48kgと
大型バイクを扱うにはいささか大きさ不足で
去年は結局、重量約240キロのGPZを
3回ほど倒してしまいまして、
いちいちウィンカーを交換しておりました。

ウィンカーくらいならまだいいのですが、
だんだんと根元のアッパーカウルにまで
ひびが入ってまいりまして、
これ買うと高いんですよねー!
(一説によると8万円くらいするとか…)
あんまり出っ張らないウィンカーを探すと
Y君がありがたいことに手持ちの
埋め込みタイプのものをくれました!





さっそくアッパーカウルを外しますが、
カウルが初めて装備されたくらいのモデル
外すのが結構面倒くさい…!
しかし、フレームやガソリンタンクの形状が
まだ見せるものという発想が残っているせいか
ネイキッドにしても案外キレイだと思います。



1枚目の写真に戻って説明しますと、
純正のウィンカーを外すと、カウルに
はまるような黒い台座も一緒に取れたその先は
カウル自体にもにかなり大きく切り欠きがあります。
そのままでも支障はないのですが、目立つ。

…いっそ切って穴にしてみたらいいんちゃう?

…そして網でも貼ってみたらいいんちゃう?

と、いうことで何かできました。
こんどはTさんが余り部品のステンレス網をくれ、
そのままだと銀色が目立ち過ぎるので
炙って焼け色を付けてから貼ってみました。



新しいウィンカーは問題なく付きますが
水平に付けると保安基準に抵触しそうなくらい
小型のものですので、ちょっと斜めに付けて
正面から見た面積を増やしておきます。
カウルのエッジラインにもぴったり合い、
まあまあ見苦しくないように付いたでしょう。



まだ作業が終わっていませんが
個人的ゴールデンウィークがようやく開幕し
(期間中は普通に働いてました…。)
天気がいいのでお出かけしました!

敦賀のフェリーターミナルに船を見に立ち寄ると
近海郵船のRO-RO船が停泊中です。大きい!
前夜敦賀に到着したのでしょうか、
よく見ていると職員さんが船上で
何か点検したり手入れをしたりしています。



正午前に目的地の越前温泉「漁火」に到着です。
あっ、いつの間にか道の駅になってる…。
気のせいか連休が終わったサービス業の方なのか
バイクも案外多く見かけます。お疲れ様(笑)。
後輩GPZ1100も、登場からずいぶん経ちました…。



が、帰りになにかご飯を食べようとすると、
結構な確率で休業をしています。
なんと目星を付けたお店4連続にフられ
結局敦賀のファミレスで食事…。
いや、ランチメニュー700円で
ここまで美味しいんですから文句はないんですがね!

JMTMからバニングの考察。 

2017年04月23日(日) 22時21分
そもそものコトの起こりは15年くらい前になるでしょうか、
知床の岩尾別ユースホステルに宿泊したときに
読書スペースに大量の青年週刊漫画雑誌があり
(それが何であったかは忘れましたが…)
手に取ると「今、バニングが新しい!」とかいうタイトルで
特集が組まれていたんですよ。



で、バニングというとほら、こういう車を想像しますが
80年代前半の号と思われるその記事には
こういうカスタムのバンは一切出ていなく、
どちらかと言うとアメリカ西海岸風のカスタム
サーファー系というかキャルルック系というか、
そういうテイストのいじり方をしていました。

んんー、80年代にみられたバニングと、
私が知ってるいわゆる「バニング」が
全然形態が繋がらない…。
という疑問をなんとなく長年持っていたのですが
今回のJMTM見学はその辺りを重点的に
観察できたらいいなあ。



まずはE23系キャラバン、80年代ど真ん中です。
旧車ミーティングですので当たり前ですが、
ベース車両はこういうのがぴったりですね!
ローダウンとアルミホイール(まさかのZ32純正!)で
下回りは結構なインパクトを出しつつ、
一方車体はエアロもスモークガラスもなしの
シンプルな構成で決めています。
ローダウンはホットロッドの技法が大元で、
車体はキャルルックというところでしょうか?

うーん、サーファーですね。湘南海岸にいるが
大黒ふ頭はいませんね。確実に。
大原則は威圧的にしたらダメなんでしょうね。
最初の写真と比べてみると、
力の抜け方が逆にすごい(笑)。





M10系とR20系のライトエース/タウンエースを
まとめて行きましょう。大先輩やないか。
これらはホイール交換くらいの改ですけれど
ちょっとポップな色使いや装飾です。
乗用系はメーカー純正に近い状態でも
お洒落なカスタムカーっぽい雰囲気ですね。

冒頭の雑誌のお話ってちょうどこれらが
新車で発売されていた頃の話だと思います。
そう言われてみると、ステーションワゴン系も
ウッドパネル調の塗装が施されたりもして、
この頃の時代はメーカー的にもバニングが
結構注目されていた、のかも知れませんね。



ちょっとラットな雰囲気な50系ハイエースです。
何ですかね、車の世界にも蛮カラの気風、
弊衣破帽の輩がいらっしゃるのですかね(笑)。
私もどちらかと言えば、あんまりキレイにして乗るの
得意じゃなかったりします。分かる。
何ならわざとそういう塗装でヤレを再現したりする
ツワモノも存在しますから侮れん。

しかもこのハイエース、セルシオのエンジンを
座席下の狭いスペースに強引に搭載してます。
派手ではないがローダウンも行って
ああ、その辺もホットロッドの技法が元ですね。
言われて気がつきました。なるほど。



たぶんキャルルックな人とヒッピーな人は
当時でも客層がかなりカブっていたと思いますが
ラブアンドピースですね。花満開です。
徳大寺有恒がどっかで書いていたのですが、
ちょうど60年代から70年代の欧米の若者では
安いバンを手に入れてきて旅行をするのが
流行っていたのだそうです。
ああなるほど、ヒッピーの皆様がバニングですね!

ちょうどその頃日本では、バンは買えないので
国鉄で旅をするカニ族の皆様が大流行していたはず。
考えることは世界どこの若者も共通ってことだ…。
ちょっと話が広くなってしまいますが、
バニングを知ろうとすると当時の若者文化が
垣間見えてぐっと面白くなってきますね。


※ ※ ※ ※ ※ ※

と書きましたら知人が調べてきてくれまして、
「キャンピングカースーパーガイド」という
ムック本の編集長をなさっている
町田厚成という方のブログに大ヒントがありまして
バニング車とキャンピング車に関わる
カスタマー、ビルダーは
かなりの部分で同じ人が手がけていたそうです。

まあ考えてみればトランポ任務が主な
自分自身もそうなんですけれど、
西海岸のサーファーの若者が
愛車を海岸に乗り付けて部屋代わりに使ったり
欧州の金はないが暇はあるヒッピー達が
車内で寝泊りしながら放浪するのは
バンの使い方としてはほとんど一緒ですね!

そしてもうひとつ、バンのユーザーと言えば、
建築業者などの現場作業が多い方々。
バブルの建築ラッシュで余裕資金ができた
日本のそれらの方々が、彼らのセンスをもって
バンをカスタムし始めたら…。



こうなったと!なるほどなあー!


おまけ。



バニングの話と全然関係ないですが、
このジムニー、幌の代わりに木造ですよ!
実はまだ預かってる三菱ジープ、
幌の修理をどうするかと困っておりましたが
この手があったか。思いつきませんでした。
なんかこういう自由な発想で
面白いものが作れたらいいよなあ。
(まあ、負けを認めてパクる気満々です。)

みなべ。 

2017年04月04日(火) 18時14分
娘ちゃんが春休みですので、家族で出かけるかとなり
4人乗れる車がようやく生かされました(笑)。
紀伊半島で梅をみたい、というリクエストだったようで
私は仕事のあと、1日遅れてスタートです。

が、紀伊半島、何度も言ってますがでかい!
国内旅行に慣れ過ぎて下調べがいい加減なせいか
潮岬から西は都市名すら押さえていないので、
「みなべ町だよ」と言われていたにも関わらず
すさみ町と場所を思いきり間違えておりました。
(和歌山県民の皆様、本当に申し訳ありません…)

前夜の10時くらいに自宅を出発、
夜だから亀山の方を回って右回りしようと
国道23号から42号線を快速で移動します。
道は真っ暗で写真を撮ろうにも撮れません…。
峠道→海沿い→峠道を繰り返し
(主に荷坂峠と矢の川峠のことです)
朝5時くらいに道の駅「くしもと橋杭岩」に
到着しました。

もう少しですさみ…あれ?みなべ?

悲しくて、寝ました。しかし寒い…。

起きてまた走り(無料高速道のおかげで助かった)、
9時にはみなべインターを降りました。
串本からすさみ南インターの間の
海が見える景色が最高でした!が、眠い…!

10時にホテルで家族と合流して見学です。
まずはホテルに近い道の駅「みなべうめ振興館」で
娘のリクエストに応えます。
有名な南高梅って、南部高校が由来なんですね!
和歌山県は全国の梅生産量のなかでもぶっちぎりの量で
文学部地理学科出身といたしましては
みかんや茶と生育要件が似ている植物にも思いますが
梅が和歌山に集中している理由って何なんでしょうね。

これはアレか、和歌山県庁観光担当の
こうやくん香港ツアーでご一緒した
Sさんに聞いてみればいいのか!
あれから6年ほど経ちました。元気ですか。



ここまでなんと写真が1枚もありませんが
12時半に白浜市の「南紀白浜とれとれ市場」に
昼食をとりにやってきました。
遠い昔に紀伊半島が家庭内で流行っていた頃
来たことがあったのですが
市場というだけあって魚介類の品揃えがすごい!
お土産なんかもたいていここで揃いますね。
神奈川育ちお魚大好きな私も納得です。

おりしも日曜のお昼時とあって
フードコートは大混雑です。
喫茶のほうもランチをやっていたのでそこに決め、
釜揚げしらす丼を頂きました。
生しらすは貴重なのでついあれば選んじゃいますが
純粋に味で言ったら、釜揚げが好きです。



夕食はかんたんに済まそうということなので、
田辺のスーパーに立ち寄ります。
下手な観光地の美味しい処より、イケますスーパー。
主に串本港周辺で揚がった魚介がすごい!
中でもさんま寿司が私を呼んでいるので即決です。
これも地元の寿司店のもののようだ。



そのまま3時くらいに、奥様の会社と提携の
「紀州南部ロイヤルホテル」に到着です。
うわー、でかい。ジーンズやばい(笑)。
徹夜でしたのでそのままお風呂を堪能し
ぐっすり寝てしまいました…。

明けまして翌日9時ホテルを出発、
奥様のリクエストで千畳敷の海岸を見に行きます。
土ワイだ。土曜ワイド劇場だよこれ…。
付近は白浜の海水浴場も近く、
正しい温泉観光地です。熱海みたいな奴。
ちょっと枯れたこういう所も面白くて好きです。



さてここからはペースを上げて行きます。
途中休憩を挟みながら国道311号、
熊野本宮から168号十津川街道にスイッチします。
十津川街道、半分くらいは立派なバイパスなんですが
急にすれ違いもぎりぎりの狭隘路になったりして
なかなかの酷道ぶりです…。
これでも最速ルートですから文句は言えませんが。

千畳敷を出てから2時間ほど、13時くらいに
谷瀬のつり橋に到着です。
なんか今日、風がものすごく強くないか。
結構な勢いで橋が煽られております。
アシモくんがボックスステップを踏むような
ヘンな足取りで往復しました…。



(ところで、この車でホテル乗りつけました。
従業員なのか送迎車なのか、我ながらパンクロック。)

さて、つり橋見たらコンビニでお昼、と思いましたが
大変なことに気が付いてしまいました。
まさかの本宮から山岳区間全て、
五条までコンビにが、ない!まじか!
見落としていたらそれでいいのですが、
配送のトラックもなかなか行けないのかも。
ということで14時半、お腹を空かせて
五条まで下山してまいりました。

ここからは国道24号で郡山を目指し、
名阪国道→伊賀上野→信楽→自宅と
一路北上していきます。
自宅着は18時半、まあまあのタイムでしょう。
全ての走行距離は770キロでした。
さすが紀伊半島、でかい。

いやでも紀伊半島、割と好きなので、
もうちょっと近くなってくれたら
もっと通いたいんだけどな…。

20年ぶりに溶接。 

2017年03月29日(水) 17時45分
大昔、鉄工所のようなところで働いていましたが
溶接の練習をさせてもらったところ
「酋長くんは溶接のセンスはねぇな!」と
お爺ちゃんにダメ出しをくらっていました。
それ以来どうにも心に引っかかっていたのですが
店内から溶接機が出てきました…。



しかも超間抜けな話なのですが、
タウンエースという車はフレーム付きの
セミモノコックボディという構造なのですが、
普通のフルモノコックボディの車のように
サイドシルにジャッキを当てて持ち上げると
そこには強度がまるでないという…。
ええ、ベッコリやってしまいました。
そのままにしておくのも格好悪いので
切開して板金修正しておきます。



まあ、ここまでは慣れているので大丈夫。
(良く分かりませんが、結構引っ張って直してます)

で、ここからが本題で、
切開した穴は塞がないと車検上もまずいので
なんらかの方法で鉄板をボディにくっ付けます。
鉄板の厚さは薄板、0.8mmです。
ここまで薄い板はリベットで留めてしまうことが
一般的な施工方法なのですが

溶接してみたくない?と余計な心が(笑)。




出てきましたのはごく一般的なアーク交流溶接機、
出力は100V時で15Aから50Aといったところです。
200Vを接続すればもっと大パワーですが、
そこまでの出力は今日は不要のようです。

しかし、ここから先は何の知識もノウハウもないので
ご近所にお住いの職人のご隠居さん、てらむらさんに
ご登場いただきました。
ちょっと電話してみたら「うん?今行くわ!」と
有難いことにすぐご足労頂きまして申し訳ない!
ここから要点を箇条書きにまとめます。

1.溶接用眼鏡は絶対要る。
裸眼で作業は見れない。紫外線で目が火傷する。
アークが発生するまでは暗すぎて何も見えないが
光り始めると作業が目視で確認できる。

2.溶接棒は3種類くらい常備する。
母材の厚みで棒の直径も変えるので、
1.6、2.0、2.3mmくらいの3種を用意する。
溶接棒の太さもセッティングのうち。

3.電流値は相場どおりで。
うん、だいたいでいいんじゃね?
実際やってみてきれいに溶け込むか
確認したらいいと思う。

4.体勢がとても大事。
母材と棒の間隔を正確に1mmくらいに保ちながら
溶ける棒を送り出すし、位置も移動させるので
ひじを何かに押し付けて固定する。
肩から全体を動かしているようじゃ駄目だ。
母材も台の上に乗せて固定する。

おおー、なるほど!以上を踏まえて作業です。

そもそもアーク溶接って何じゃらほい?ですが
もの凄いザックリとイメージで説明しますが
高エネルギーの電力を使うと、
絶縁体であるはずの空気中も
場合によっては通電したりします。
すると高温のアーク(火花)が発生しますので
溶接棒と母材が溶けだしてきます。

溶接棒と母材の高温でさらに電力が流れやすくなり
いつしか連続して溶接棒が溶け出すのですが、
つまりアークをパンパンっと出して、
先端を暖気してやる必要があるわけです。



そのまま溶接棒を母材に押し当てても
ただの回路のショートになってしまうので
溶接棒を2,3回タンタンっとタップします。
すると「バチッ!」「バチッ!」という音が
「ジュオッ!」「ジュオッ!」と変化します。
それで暖気完了と判断していいでしょう。



タップする方法もいいのですが、
目測を誤ると母材にすぐくっ付いてしまい
ただのショートになってしまう場合もあります。
本人のやりやすさにもよりますが
この場合母材を棒でなでるようにすると
上手くアークが発生します。
「バチバチバチチチチジュオー!」と
連続的に音が変化します。



その状態まで行きますと、
溶接棒の先端が赤く発熱していますので
溶接をしたい部分にそっと添える感じで
棒の先端を持っていきます。
すると先ほどのように母材にくっ付いたりせず
「ボオオオオー!」という連続音で
母材が溶け始めました!
あとは母材どうしの隙間に鉄を溶かし込むように
イメージをしながらくっ付けていけばokです。

溶け過ぎる時は電流を絞り、
ダマになって溶け込んで行かない時は逆に
電流を開けてやればいいんですね!

***********************

さて、厚さ2mmのアングル材は一応成功しました。
本番の0.8mm薄板にチャレンジです。



はい、見事に失敗して穴があきました(笑)!

アーク溶接は4000℃以上の超高温なので
薄板に関しては相当電流を絞らないと
すぐに溶け落ちて穴が開いてしまうそうです。
手持ちの溶接機は15A以下には下がらないので
(ちょっと特殊な溶接機なら対応しているようです)
このままではどうしようもありません。

そこでてらむらさんがアドバイスです。
「ちょっと慣れがいるかも知れないが大丈夫や。」
「少しづつ点で付けたら溶け落ちん。」
暖気が終わってからボオオオと押し当てると
熱が発生し過ぎてしまうので
タップするのと同じくらいの間隔で
「ボッ!」「ボッ!」と叩くように
溶けた鉄を少しづつ乗せて行きます。

少し乗せては冷却、また乗せるを繰り返すと
一旦穴が広がりますが、厚みが出てくると
順調に穴が埋まって行きます。良かった!



かなり表面が汚いですが、とりあえず埋まりました!
最初はこんなでかい穴にしてしまって…と
ヘコんでいましたが、ともかく終了です。
ここから表面をグラインダーで均してしまえば
大方もとの通りになる、はず。

ついでに弟子みたいな人と練習してましたが
「いかにも物作りって感じで面白いですね!」と
感想を頂きました。
うん、私もそう思った。楽しいです(笑)。
こんな事ならもっと早く取り組めば良かった…。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

しかし、ちょっと経ってから
スラグをハンマーで叩いて落としてみると
…そうは問屋が卸さない!

スラグの巻き込みがひどく、
ちゃんと埋まっていません。
これは遂に機材の変更かのう。

スピーカー増設。 

2017年03月14日(火) 19時18分
まあ、これでやっと普通の乗用車程度です…。

タウンエースはバン、貨物車ですので
走行性能以外の快適装備は潔く割り切られています。
トヨタという会社は乗用車に関しては
伝統的に豪華絢爛装備をむねとしていますので
本当に同じ会社かとびっくりする(笑)。
まあ電動の色々もサンルーフもナビも
私は全然要らないのでいいのですけれども。

さすがにAMラジオ+1スピーカーは辛い!

今のオーディオはトランスミッターを使い、
スマホから音楽を飛ばせば簡単に音楽が聞けるので
その辺に落ちていたダイハツ純正の
AMFMラジオのユニットに交換します。

オーディオパネルは工具なしで、
手を掛けて手前に引っ張ると外れます。
出てきたネジ4本を外せばユニットが交換できます。
以前にタウンエースはダイハツ製造と書きましたが
ダイハツのユニットも無加工でつきました。
普通は他メーカー同士のユニットは付かないんですが
さすが京都工場製造だ…。

ここまでは良くあるオーディオユニット交換ですが、
左右のフロントドアにスピーカーを新設します。
とりあえずドアの内装を外しましょう。



「うわー、電動じゃないんですね!」と
みずみずさん(琵琶湖一周番組でお世話になりました)に
最近言われ悲しい(笑)手動の窓ハンドルを外します。
この作業も過去のものになるのだろうか…。
隙間から−ドライバーを差込み金属ピンを押出します。
ピンは絶対にどこかに飛んでいくので、
せめてドアを閉めて作業しましょう。





内装を留めるネジを外していきます。
正面から見て3箇所、ポケットの底に1箇所、
赤丸で示したところにネジがあります。
一部は樹脂カバーが付いていますので、
−ドライバーでこじって外します。



ドアミラー裏側に小さい黒いパネルがあるので
これも外します。
特にネジなどは使っていないので
これも−ドライバーで外します。



ここまで色々外したら内装パネル本体です。
外周に数個の樹脂ピンがあるので
折らないように慎重に、しかし力強く
パネルを手前に引っ張って外します。

内装部品は樹脂ピンで固定することが多く、
ヘンな風に引っ張って壊さないように
結構気を使う作業なのですけれど
パネルに手を掛けて軽く揺すってみますと
樹脂ピンの位置と外す方向を
手触りで特定することができます。
時には発見できていないネジもあったりするので
この揺する行為は結構大事なコツです。



買ってきたスピーカーはこれも落ちていた
マークU純正らしいものに決定しました。
トランスミッターが介在してる時点で
音質どうこうをこだわる意味がないですし。
指定の直径は16cmで間違っていないのですが
バッフルの樹脂が大きいので収まりません…。
取り付け穴を開け直したり、
裏側の樹脂を削ったりして収めました。

線の引き通しもちょっと変ですけれど
実害がないように緩く適当にやっておきます。
(ここに通すと内装の樹脂ピンが1箇所止まりません。
けどまあいいか…。)
画面右側にちょっと写っていますけれど
ドアと車体の間にはゴムキャップがあるので
キャップに切れ込みを入れて配線を通します。



スピーカーの取り付け穴を適当に開け直したせいか
内装パネルにちょっと干渉してしまいました。
裏側の見えないところですので
ザクザク削ってしまいます。
なんだかんだで追加工が多くて大変だ…。

しかし努力と小細工の甲斐ありまして
ここまでの金額何と1000円以下(送料別)!
いや電線代で300円くらいかかったかな…。
次回は送料込み6000円で買ってきた
激安スタッドレスタイヤ交換にアタック予定です。

あ、音はちゃんと出ました。素晴らしいです。純正。
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