雀が見てる。なんだか姿勢を良くして歩かなくちゃと云う感じ。
楽しそうに跳ね回ってる。こんながらくたの中が一番なのかな。
早くも辛夷の花を見た。 早蒔きなのだろうかポピーも野外で咲いている。 こうしてはいられない、心急かされる日。 春はもう此処に来ている。 如月の月は明るい。
それは年月の長さでもない。 近くにいるという意味でもない。 一日でも意気投合で影響を受ける場合もある。 会うことも無く遠くの存在でも影響を受けることもある。 大方は懐かしさを残して日々行き交う人々ではあるのだが、当り障りなく過ぎる世の中で会えて良かったという人は多くはない。 会うだけで人を励ますちからのある人、明るい人、しらず知らずのうちに引き込まれ、自然に笑顔をもって百年の知己のごとく対することができるような人、それは利害関係もなく、或は一つの事に夢中になれる仲間かもしれない。 30年も毎回会っていた者でも会いたくも無くなる人もいる。 矢張り介在するものは節度を持った態度、言葉価値観が大事ということだと思う。 また決して人を傷つけてはいけないという事だ。 自分しか見えないときは得てして人を傷つけ易い。 また自分が陽のあたるところに居るときは強気になり、気付かないうちに人を傷つけていることもある。 思いやりももてない。 あまりいそがし過ぎてもいけない。 困難に出会っている人を見ても受け入れることも、話を聞く余裕も無くなるから。 80年、しみじみと多くの人と出会ってきたと思う。
また余分な事を書き足したくなってしまった。 空白の一日で巨人の投手の席を射止めた江○さん。 陽が当った所で過ごしていたと思われてきたが、トレードで阪神に回された小○さんとは試合で顔を合わせる時があっても話はしたことも無かったという。 引退後、どなたかの粋な計らいで、お酒のコマーシャルで会う。 初めてお互いの気持ちに触れ合ったという。 長い年月だった。 先日急逝した小○さんが、未来の野球選手を育てる為に力を尽くしていた仕事を、今度は江○さんが引き継ぐという。 これは空白の一日がもたらした運命の二人。 因縁は深い。 良かったとか悪かったかはいう積りもないし、云うべきでもない、 ただ両者が背負った、背負わされた、人生の重みが感じられる。
もっと楽しい出会いの話をしておくれ、歌でも唄おうかねえ。
外出から帰って玄関を入ると桜の花が目に飛び込んできた。敬翁桜、話には聞いていたが見るのは初めてである。暫らく佇んでから、いい名がついているねえ。この桜には何か木にまつわる物語がありそうだ。だれかご存知の方が居られるだろうか。
2月1日、心の時代。 を偶然に見ることが出来た。話の内容が書に関係があったのでチャンネルをそのまま見入ってしまった。書家・金沢康子さん。 結婚して3回の流産のあと8年目に漸く長女翔子さんを授かった。生まれてから会えないのを不思議に思っていたら、ダウン症であることを告げられる。ご主人はクリスチャン、それを知った時、空に向かって、神の挑戦を受けますと云ったそうである。康子さんは迷いの中で、子供の成長が是か非か大きく悩んだことがあり、ミルクを少なくしたり、事故を願ったり、しかしそれを止めたのは子供の笑顔であり、可愛いしぐさだったという。
幼子を抱いてお地蔵さん巡りをし、般若心経を唱えて奇跡を願い続けた。奇跡は起こらなかったけれど、般若心経が人生の指針である事を理解できるようになると、自分の歩んだ来し方を振り返る事ができた。先輩を追い越して来たことや、そうしたときの思いやりの無さ、あいてのきもちに気付かされるようになった。 翔子さんには5歳から筆を持たせた。字の線の上がり下がりが理解されないので実際に坂道に立って、上がる、下がるを教えたという。 友達が出来る事を願って、教室に障害児を受け入れた。やがて一緒に勉強する子供達は翔子さんの云う事なら素直に受け入れ理解したという。 不思議な力を持っていると・・・。
体で覚えたものは自ずから力強い字を書くことが出来る。 二十歳になった時、鎌倉宮で席上揮毫をした。大きな筆で、おやおや!筆が立っていない!。寝てるじゃん! 思わず呟くが、しかし書き上げたものは無心で力強さに満ちている。何の気負いもない、生きてる命そのものの表現が・・・。 ダウン症の子を抱えて・・・金沢康子さんの締めの言葉は ”闇の中にこそ光がある” ”光の中に居るときこそ危うきものがある”と。 「月は自分で輝く事は出来ない。翔子は月の存在です。 自分から輝く事はできないけれど、周りに助けられ、皆に照らされて生きているのです。」
感想(筆を握ろうが、寝かそうが、神経質にならないこと、字はその人の生命の発露。ちょっと考えが方向転換しそう
初めての体験だった。墓前に今、収めようとする壺を、参列者二十数人一人ひとりに手渡しでまわされた。ずしりと両手で受け止めた。壺の重みか、小さくなった甥の重みか。悲しい重さだった。
かって、彼が生まれて一年ばかりの間共に暮らした日があった。新しい命を抱き、男の子であることを祝福し、これから我が家を盛り立て背負って立つ事を願って詩を創ったりしたものだった。 そのときの重みを思い出しながら、永らえてこの両方の重みを知るに至った自分が立って居た。 一瞬どちらが重いだろうかとの思いが走ったが、比すべくも無く我に返った。 なぜこんなにも早く、叔母たる者の前に逝ったのか。 遣り残した事は多く代わるすべは無いものを。
水仙の花はただ冬の陽に咲き誇っている。
植木鉢に見つけた小さな春。新鮮な緑が嬉しい。
