謹賀新年 

2017年01月01日(日) 23時11分


謹んで新年のお慶びを申し上げます

このブログのタイトル「昭和の残照を求めて」と深い関わりのあられる先帝(昭和天皇)の御代が、もし今も続いていたとしたら「昭和九十二年」となる、丁酉(ひのと とり)年の年頭に当り、改めて、六十年以上もの長きに亘って私達国民をお導きになり国民と歩まれた昭和天皇の御聖徳を偲び奉ると共に、昭和天皇のみ心をお心として日々御公務に精励遊ばされている今上陛下の御健康と、皇室の彌栄、我が国の隆昌、世界の平和を、心より祈念申上げます。

扨、本年の干支である「酉」は、現在では一般に動物の「鳥」を意味し、鳥の中でも具体的に「鶏」を指すと解されておりますが、「酉」という漢字そのものは、少なくとも歴史的に考察する限りに於いては、お酒を盛る器である「壺」の象形であり、実は鳥とは特に関係はありませんでした。
そのため本来の「酉」は、お酒を意味したり、もしくは、酒壺の中で発酵する様子から「実り」を象徴する文字とされていました。

今年は、本年の干支であるその「酉」に因んで、このブログを読んで下さる読者の皆様方にとって、いろいろな意味で「実り」が多き年とならん事、そして、皆々様方の益々の御健勝を、心よりお祈り申上げます。
本年も何卒一層の御指導・御鞭撻を賜りますよう、宜しくお願い申し上げます。

平成二十九年(昭和九十二年)
皇紀二千六百七十七年 西暦二千十七年
元旦

朝ドラ「すずらん」のロケ地として知られる、留萌本線の恵比島駅 

2016年10月18日(火) 23時37分
ほぼ一年前の昨年9月末頃、私は仕事の関係で、留萌市内で開催された某研修会に出席してきたのですが、その際に、沼田町恵比島にある、JR留萌本線の恵比島駅に立ち寄ってきました。
1面1線の小規模な無人駅ですが、平成11年に放送されたNHK朝の連続テレビ小説「すずらん」の、主要な撮影地のひとつとなった事で知られている駅でもあります。

以下の写真2枚に写っている、いかにも古めかしく見える木造駅舎が、「すずらん」のロケセットとして建設されたもので、つまり、ドラマの時代設定(昭和初期)に合わせて古く見えるように造られた、実は新しい建物であり、ドラマの中では明日萌駅(実在しない架空の駅です)として使用されました。
この文章の直ぐ下の写真に写っている、その明日萌駅の駅舎右側に隣接している小さな小屋が、本来の恵比島駅の駅舎(ロケセットではない実物の駅舎)で、この駅舎は、ヨ3500形車掌車を改造した貨車駅舎です。
ドラマ撮影の際に、古い建物に見えるようカムフラージュするため壁に木製板が貼られ、ドラマ撮影終了後もそのまま使用されているため、一見すると貨車駅舎には見えませんが。





以下の写真は、いずれも駅舎に貼られていた解説文で、ここに、この恵比島駅が明日萌駅として使われた経緯などが記されています。





以下の写真は、いずれも明日萌駅の駅舎内の様子です。ロケセットの駅舎ではありますが、内部には誰でも自由に立ち入る事が出来、劇中の人物の等身大人形なども配置されていました。
ちなみに、駅事務室内で座っている男性の人形は、橋爪功さんが演じた明日萌駅長で、ヒロイン萌の養父でした。









以下の写真は、いずれも恵比島駅のホームから撮影した風景です。撮影をしていたら、丁度ディーゼルカーがやってきました。2両編成の留萌方面行きでした。






ちなみに、この恵比島駅を訪れる数日前には、以下の記事で述べたように、私は南富良野町にある幾寅駅(高倉健さん主演の映画「鉄道員」のメインロケ地)も訪ねていたので、私は短期間にほぼ続けて、ドラマのロケ地を訪れた事になります。そういえば「鉄道員」も、「すずらん」同様、平成11年に公開された作品でした。
http://yaplog.jp/syouwa-scene/archive/163

国鉄からJRへの引継書 

2016年09月02日(金) 6時48分
7月29日の記事で述べたように、私は今年の7月中旬、JR西日本が運営する「京都鉄道博物館」へ行ってきたのですが、そこで見学してきた史料の中で、個人的に特に印象に残った物のひとつが、昭和62年3月31日、国鉄からJRに引き継がれる時に署名された日本国有鉄道最後の公文書である「引継書」でした。



以下の写真3枚が、金属プレートに刻字された、その引継書です。
鉄道マンとしての矜持、鉄道事業再生への思い、国鉄分割民営化への並々ならぬ強い決意、国鉄終焉とJR発足の瞬間を迎えるに当たっての高揚感など、当時の空気がひしひしと伝わってくる、実に格調高い名文です。







上の写真では読み辛いと思うので、以下に、この引継書の全文を転載します。

引継書

 日本国有鉄道は、昭和二十四年日本国有鉄道法の施行により、国の事業としての鉄道事業を引き継ぎ、爾来国の基幹的輸送機関としてわが国輸送の大宗を担い、国家の発展、国民生活の向上に多大の貢献をしてきたところである。
 しかるに、近年のわが国の輸送構造の変化、経済情勢の進展により、鉄道輸送はその独占性が失われ、経営状況は悪化の一途をたどり破局的状況に陥ってきた。
 ここにおいて、国は、鉄道が今後ともわが国の交通体系の中で重要な役割を担うことが期待されていることに鑑み、その特性を最大限発揮させていくためには、抜本的改革によって速やかに鉄道事業を再生させる必要があるとの認識をもつに至り 民営分割による改革の基本方針を決定した。
 日本国有鉄道は、民営分割による鉄道事業の再生こそ、鉄道を将来に向けて維持発展させる唯一の方途であると確信し、国と一体となり、また役職員一丸となってこの歴史的大改革に取り組み、遂にこの難事業を成し遂げる瞬間を迎えた。
 いままさに世紀の大事業が成就せんとするとき、これを推進してきた我々には、日本国有鉄道が百十五年にわたる歴史のなかで培ってきた世界に誇りうる正確無比な運行と安全性、更に国鉄改革において示した職員一人ひとりの内に秘めたる鉄道魂をしっかりと後世に伝え二十一世紀の鉄道に繋げる責務があると考える。
 もって昭和六十二年四月一日午前零時、承継法人成立のときにおいて、日本国有鉄道の経営してきた全鉄道事業並びにそれらを支える鉄道マンの叡知と勇気と技術を、法令の定めに基づき新しく誕生する旅客鉄道株式会社、日本貨物鉄道株式会社等承継法人に確実に引き継ぐことを確認しここに署名する。

 昭和六十二年三月三十一日二十四時零分現在
 国鉄全線で事故発生の報告なし。日本国有鉄道は、全ての列車運行を無事故で確実に各会社に引き継ぎ、ここに鉄道事業の役割を了える。

 昭和六十二年三月三十一日
 日本国有鉄道
 総裁  杉浦喬也
 副総裁  橋本雅司
 技師長  岡田宏
 総裁室長  井手正敬
 総裁室文書課長  本田勇一郎


個人的には、これは鉄道マンとしての魂が籠った名文だなと思いますが、それだけに、分割民営化後にいくつかの重大な鉄道事故が発生してしまった事は、引継書に記された崇高な思いが活かされなかった事になるわけで、その理念と現実の乖離は本当に残念に思います。

平成3年には、信楽高原鐵道の列車と、同線に乗り入れていたJR西日本の列車が正面衝突する「信楽高原鐵道列車衝突事故」が発生し、計42名が死亡し614名が重軽傷を負うなどしました。
また、平成17年には、福知山線(JR宝塚線)を走行中の快速列車が脱線して、一部の車両がマンションに突っ込むなどして原型をとどめない程に大破する「JR福知山線脱線事故」が発生し、計107名が死亡し562が重軽傷を負うなどしました。

最北の離島で保存・公開されている、映画のロケセット 

2016年08月21日(日) 6時32分
私は今月上旬、2泊3日の日程で宗谷地方(北海道北部)を旅行してきたのですが、2日目の午前中は、、稚内の西方60kmの日本海上に位置する日本最北端の有人島(但し北海道本土や北方領土を除く)である礼文島(れぶんとう)に行ってきました。
礼文島は、行政的には礼文島1島で礼文町という自治体を構成しており(昭和34年に村から町に昇格しています)、平成28年4月現在、礼文町の人口は2,658人です。
ちなみに、礼文島には高校が1校、中学校が2校、小学校が3校あり、また島内に、コンビニは1件(セイコーマート)、警察機関は駐在所が2ヶ所あります。



礼文島は、海抜0メートルから高山植物が咲く希少な島で、緑豊かでありながらもほとんど高木の無い丘陵が広がる景色や、断崖絶壁が連なる海岸の景色などは独特で、見ていて実に面白い島でしたが、今回の記事で取り上げるのはそういった自然ではなく、礼文島で私が最後に立ち寄ったスポット「北のカナリアパーク」です。

ここは、東映創立60周年記念作品として平成24年に公開された、吉永小百合さんの116本目の出演作でもある映画「北のカナリアたち」のロケ地となった施設で、以下の写真の建物は劇中で小学校(麗端小学校岬分校)として使われました。
但し、昭和レトロな雰囲気満載のこの木造校舎は、あくまでも映画のロケセットとして、映画の美術班によって古く見えるように造られたかなり新しい建物で、実際に小学校として使われていた建物ではありません。
既存の分校を撮影に使う案もあったそうですが、平屋の木造校舎というイメージに合う建物が見つからなかったため、島内の自然が豊かな場所で、対岸の利尻島にそびえる利尻富士が望めるこの地にセットが作られたのでした。













校舎内も見学してきましたが、教室の窓からも雄大な利尻富士が望め、ロケーションは最高でした♪
ちなみに、建物内は写真撮影禁止だったので、教室など内部を撮った写真はありません。

京都鉄道博物館の館内で再現されている、昭和の駅と駅前商店 

2016年07月29日(金) 7時06分
私は今月中旬、2泊3日の日程で関西に行ってきたのですが、2日目の午前中は、前々からずっと行ってみたいと思っていた「京都鉄道博物館」へ行き、同館を初めて見学してきました。
同館の見学記は、以下の2本の記事として別のブログにアップしておりますので、宜しければこれらの記事も是非御一読下さい。
http://sky.ap.teacup.com/kansai/371.html
http://sky.ap.teacup.com/kansai/372.html


今回の記事では、京都鉄道博物館の館内で再現され、私が見学・撮影してきた、昭和30年代頃をイメージした駅と駅前商店の様子を紹介させて頂きます。
展示されている車両や建物内の小物などは、ほとんどが当時のものですが、駅舎や商店の建物などは、あくまでも当時をイメージして新たに作られたものであり、実際に昭和時代のものではありませんが、それでも、いかにも昭和テイストなその情景からは郷愁を感じずにはいられません。





















上から2枚目と3枚目の写真に写っている三輪車は、昭和32年に小口荷物の運搬用に製造された軽三輪トラック「ダイハツミゼットMPA」で、写真の車両はアメリカへの輸出用に製造されたものです。
また、一番下の写真に写っているテレビは、この時代を象徴する“昭和の三種の神器”(洗濯機、冷蔵庫、テレビ)のひとつで、テレビは、発売当初は20万円もする大変高価なものでしたが、昭和30年代の前半には7〜8万円にまで下がり、皇太子殿下(今上陛下)の御成婚や東京オリンピック開幕などの影響で一般家庭にも目覚ましく普及していきました。
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