黄昏ロマンス 

2005年02月04日(金) 21時27分
 結局、注文したものの大半以上を平らげたのは千石だった。反対にずらっと開けられたアルコールの缶のほとんどは跡部が消化していた。こんなに飲んで大丈夫か?と思いはしたが、相手が「大丈夫」と言うのならそれ以上は口にしない。過剰に干渉すると却って相手の機嫌を損ねる原因になることを、千石は経験から知っている。
 
 それにしても…一体どうしたことなのか。

 何か用事のついでに寄ったにしては、次の予定はないという。泊まる場所も決まっていないらしい彼の相手は、酔いとともにソファにもたれて弛緩した状態だ。
(こんだけ飲んだのって、はじめてじゃないのかな)
 日常の様々な場所で催される会合でも、跡部は最初の乾杯だけで、後は一切アルコールを口にしないようにしている。それは自身の管理のためなのだと、以前そう言っていた。そんなことを思い出しながら、千石は片付けるためのゴミ袋をキッチンから持ってくる。
 デリバリーで頼んだものの利点は、洗い物がないことだ。出たゴミをさっさと袋に詰めてしまえば片付けはあらかた完了する。なるべく音を立てずに事を終えると、千石は跡部の側へと近付いた。寝ているのか、ただ目を閉じてるだけなのか。判然としない表情を見ながら小さく声を掛けてみた。
「あとべくん、ここで寝ると風邪ひくよ」
 反応は、ない。寝ているのか、と判断し、だったらとそのまま話し掛けた。
 
「おれは別に、”君よりご飯”ってわけじゃ、ないからね」

 瞬間、すいと跡部の瞼があがった。そのまま千石の瞳を捕らえるように固定する。
「てめぇ、聞いてやがったな」
「君の声だもん、逃すわけないじゃん」
 にやりと人の悪そうな笑みを浮かべて、千石が問い返す。
「きみは、どうなのさ?」
「どうだと思うよ」
「おんなじ」
「分かってんなら、聞くな」
「聞きたくなるときだって、あるよ」
 千石のその言葉に、跡部の首が傾げられる。疑問のような、その言葉の先を問うような仕種に千石は言葉を続ける。
「だってさ。今日だっていきなり来るし、何にも言わないし、やっぱりなんつーかさ、”何事!”って思っちゃうじゃない。そりゃおれとしては会えることが嬉しいわけだから、何の文句もないんだけど、やっぱり……」


「たまには言葉で、確認させて」





 

黄昏ロマンス 

2004年12月26日(日) 23時04分
 ようやく配達されたピザと、並べられたチキン、サラダ。それに千石宅の冷蔵庫の中からお目見えしたアルコール。グラスに注ぐ、などという上品さはなく、缶のプルトップを開けて軽くお互いのものを合わせた。
「乾杯」
「何にだよ」
「ん〜…取り敢えずクリスマスに。あと…」

「君が来てくれたこと?」

「何でそこで疑問系なんだ」
かつんと味気のない音がして、互いに手に持ったアルコールの缶を口元へと運ぶ。久しぶりに口にするそれは、跡部の喉を焼くような刺激とともに体内へと落ちていった。
「やー、まさかね、ほんとに会えるなんて思ってなかったし、正直いまでも半信半疑なとこ、あるよ」
 くすりと笑いながら床に直接並べて開かれた箱からピザを掴み、千石は跡部の方を見ずにいう。昔から、千石という男は妙に飄々として、何を考えているのかが見えにくい。それが彼の特徴でもあるし、跡部がもっとも苦手なところでもあった。

 今も見えない。相手の感情が。
 来てよかったのか。それとも……

「取り敢えず、さくっと食べちゃおうよ。時間、大丈夫なんでしょ?」
「ああ、今年いっぱいオフだから」口にしたサラダにかかるドレッシングの油分がきつい。なんとか飲み込んで、口直しにと缶を煽る。
「もう、ないのか」
「ペース早くない?」
さっき手にしたのとはまた違うピザの一欠けを口にし、幾分覗き込むように千石が問いかける。
「大丈夫だ。気にするな」
「そう。ならいいけどさ」
 千石はそう言って立ち上がると、ぺたぺたと足音を立て、キッチンに備え付けられた小さな冷蔵庫まで歩いていった。

「……より、食い気か……」
 
 小さく口にされた跡部の言葉は、千石の耳には届かなかったようだった。












黄昏ロマンス 

2004年12月25日(土) 23時04分
「どうしよう。ピザか中華かどっちがいい?」
跡部が部屋の中に入ってからも、妙な気まずさが互いを取り巻いていた。そんな中で千石が口にしたのは食事の懸案。別にわざわざ飛行機に乗って、食事をしに来た訳ではない。そんなことはどうでもいい。けれど、では、何を求めているのか、と聞かれれば答えに詰まる。千石は備え付けられたキッチンの辺りで何やらがさごそと探している風だ。
「ごめん、ピザのしか見つからないや。こん中から選んでよ」
数枚のデリバリー用のチラシがすいと差し出される。ああ、と受け取ると、千石はにやっと笑って、壁に添って置かれたソファにその身を沈めた。そこで跡部はようやく、部屋に入ってからずっと自分が立ったままだということに気が付いた。
 立ったままでは居心地が悪く、けれど座るとなればその場所は、今しがた千石が身を沈めたその横しかない。またしても奇妙な間。ちらりと視線を向けると、口元を緩ませた千石の表情が目に入る。
(くそ…、なんなんだ)
 やり場のない感情だけが、ちりちりと膨れてさらに刺激へと変わっていく。
「取り敢えず、これとこっちのピザ一枚ずつと…あとチキンにサラダでいい?」
 チラシを持ってぶ然としたままの跡部からそのなかの一枚を抜き取って、千石はさっさと注文する内容を決めていく。「飲み物はウチにあるし、デザートなんて…いらないっしょ?」
 聞くだけ聞いて返事も待たず、千石は携帯からやり取りを始めた。
「さすがに三十分待ちだって。待てる?」
 ああ、とだけ口にすると「じゃ、お願いします」と言う台詞で注文を終え、携帯を閉じた。 

 ピザが届くまでの時間はことさら長く感じられた。話すことが何もないのだ。そして、千石は自分から敢えて話し掛けるようなことをしない。きっと以前もこんな時間を過ごしたことがあったはずなのに、そのときにどんなことをして、話していたのか、それすら上手く思い出せない。たったの数年前のことなのに、随分と昔のことのように思えて、跡部は千石に気付かれないように小さく息を吐いた。

黄昏ロマンス 

2004年12月24日(金) 23時17分
 すっかりと足取りが重くなってしまった。
 けれどここまで来ておいて、目的の場所に行かないなどとは今更に思えない。
 跡部にしては珍しい、小さな覚悟のようなものを決めてようやく辿り着いた先は、周りの建物と比べれば幾分目立つ、鉄筋の五階建てアパートだった。けれど下から見ただけでは不在か在宅かの判断はできない。
 すぐ前にある階段に進む前に、集合ポストで改めて部屋番号を確かめる。教えられてからずっと記憶されていた数字の場所には、愛想のない字体で、けれど確かに『千石』と綴られていた。

 目の前の扉に妙な威圧を感じる。居るのか居ないのか、横に付いているインターホンを押せばすぐに分かることなのに、何故か腕が上がらない。もし、万が一にでも居なかったら。あり得ないくらいに気弱い思考。ずっと連絡をしていなかった訳ではない。現に相手は引っ越し先を跡部に連絡してきているし、跡部からも何度か国際電話で近況を伝えている。
すう…と冷たい空気を吸い込んだ。そして動かした指先がインターホンをようやく押した。調子の外れた音階が外にまで聞こえる。
「はーいはいっ、と…」
 しばらくして、中からそんな声が近付いてきた。

 こんな時間にインターホンが鳴るなんて。始めは悪戯かと思い、次に千石は宅急便かと思った。ならば判子がいるなと探して少し手間取った。いつもの集配人なら、その間にもう一度くらいはインターホンを押すはずだ。けれど今日はそれがない。やっぱり悪戯か、いやいや時節柄のバイトくんかもしれない。他愛もないことを繰りつつ、取り敢えずの在宅を知らせるために返事をしてみた。「はーいはいっ、と…」扉に乗り出すような体勢で鍵を開ける。「ごめんね〜待たせちゃ」

 扉を開けて覗かせた千石のその顔は、跡部が予想していたものに輪を掛けて、随分と間抜けなものになっていた。

「あれ?おかえり?」
「ああ、ただいま」
 愛想のない言葉を互いに口に出す。一瞬の空気がほんの僅か気まずい。
「なんでそんな薄着なの?」言いながら千石がその手を伸ばし、扉をさらに大きく開けた。その先に見える明かりと空気が、跡部が今立つ場所に比べて格段に温かそうな気配を伝えてくる。入りなよ、と促され、跡部はようやくその空気に触れた。

黄昏ロマンス 

2004年12月24日(金) 14時05分
 (今年が暖冬だなんて誰が決めたんだ!)
 ジャケットの襟元を思わず合わせてそうごちる。
 手荷物は小さな鞄一つだけだったから、跡部はそのまま税関を通り、都心へと向かう電車へ乗るために改札へと足を向けた。車を使ってもよかったのだが、今回の帰国は家族には知らせていない。完全な個人の気紛れだ。また、家族に知らせると時期が時期だけに面倒臭い集まり事に巻き込まれそうで、それだけでも疲労してしまう。タクシーは昔から好きではなかった。知らない相手と密室のような環境などと、考えたくもないし、しかもその相手は(運転手だが)気を利かせるつもりでか、どうでもいいようなことを話し掛けてくるのだから堪ったものではない。過去に数度、仕方なく使ったタクシーは、そんな悪印象を跡部の中に残していた。
 交通機関を乗り継いで目的地近くの駅に着いたのは、空港到着からニ時間ほど経った頃。すっかりと日も落ち、空気もしんと温度を下げている。吐く息が白く染まって、余計、身に寒さを知らせる。以前に伝えられていた場所は、ここから数分ほどの距離らしい。あらかじめ調べてきた地図と合わせて初めての道を歩いて行く。時期柄か駅前には簡単ではあるがイルミネーションが瞬き、しかしすれ違う人影はさほど多くなかった。この時間なら恋人たちはまだ都心のどこかでゆったりと楽しんでいる頃であろうし、家族があるならもう家に帰って、団欒を囲んでいるのだろう。そこまで考えて、件の相手はどうなのだろうと、思い返した。事前に連絡するほど表面では近しいとは思ってない。けれど、逢いたいとふいの脳裏に浮ぶのはいつもこの相手だった。辿り着いた先で明かりが消えていたら…。いや、明かりが付いていても誰か別の過ごす相手がいるのかもしれない。そんな想像だけで、気持ちが波立っていっぱいになる。
 外気の寒さとは違った冷たいものが、一瞬すいと身体を撫でていった気がした。

黄昏ロマンス 

2004年12月23日(木) 13時10分
「俺、君の持ってないもの持ってるし、君の知らないこと知ってるよ」

「だから一緒にいるのって、お得だと思わね?」

+++++++++++++++++++++++++
 どれくらいぶりか本当に久々な、この地のクリスマス。
 今年の日本は例年に比べれば暖冬なのだと、昨夜聞くともなしに聞いていたテレビのニュースがそう伝えていた。
 だったら持っていく荷物は最小限でいいだろうと、ジャケットは軽めのもの一枚にしてあとはセーター、その他の身の回り品。持っている中では一番小さな鞄に、ざっとそれらを詰めてもまだ余る。随分旅慣れたんだな…とこそりと浮んだ笑みを鏡越しに見て、跡部は今度ははっきりと笑んでみた。
 高校の途中から、跡部は海外で生活している。それは自分で選んだことで、一遍の後悔ももちろんない。唯一気になることはあったけれど、それは今後自分を形作るであろう未来を考えれば、一旦保留をかけることが可能なものだった。だからそのまま、そしてそれきり、自身の意思でこの地を踏むまでは、と棚上げにした。
 棚上げにされたのはある種の感情。そしてそれは相手がいなくては成り立たない種類のモノで、だからこそその人物からも距離を置きたかったのだろうと今では思える。ただ、そのときは自分も相手も幼過ぎ、不必要に近付いては互いに傷を付けあっていた。
 まともに意識したのは中学二年の夏、関東選抜の合宿。何がその琴線に触れたのか、相手から接触してくることが増え、次第に意識が認識に変わって、次の年にはそこに感情が混じった。いま思えばそれは恋情。でもそのときは、同じ性を持つ相手に、と、内心の否定を繰り返した。否定が肯定に転げたのはその相手からの言葉。単純に、捻りもないたった一つの。

 そこまでをぼんやりと思い返しているうちに眠ってしまったらしい。がくん、と身体に振動を受け、そのまま機内アナウンスが空港への到着を知らせる。外は薄く闇色に染まっていた。


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