引越し並びにお通夜のお知らせ 

February 20 [Mon], 2006, 21:33
http://blog.livedoor.jp/roiyouichi/
 
 引っ越しました。今の気が短い私にはこの夜になると遅くなり、ダウンする
ここのブログに我慢なりません。

既に敷設された道路の如く 

February 17 [Fri], 2006, 21:59
山田孝之に隠し子ですか・・・。ホリエモンの時は周囲の人にストーンと落ちてしまうと姓名判断に従って予言と言うか予想をしていたのだけど、この人も名前見た時から成功が不思議な人のうちの一人でした。総画19のハプニング運に人格12の中途挫折運。サスペンスや風変わりな役が多かったので19の持つミステリー運が上手く行っているのかなと思って、凶運に打克っている貴重な人と思っていたのですが・・・。やはりアウトでしたね。まだ若いし、大きく伸びる前だったので周囲の人に予想を発言してなかったのが悔やまれる。いやいや、自分の中でわかっていればいいんですけどね。
 今回の一件を巡っては好意的にマスコミが発表しているとの事ですが、19の凶意を考えるとこの人の転落は未だ始まったばかりだと思います。外格7と総格19から考えると、今回の子供を作ってしまった顛末は自業自得な気がします。運だけで見ればの話ではありますが、、かなりテレビでの印象とは違う人だと思います。地格は11なので真面目に見えるのだと思いますが、その他の運を見ると強引さと小ざかしさ、意志の弱さが見て取れます。早くからTVの表舞台に分不相応に出てしまっただけに、
急激な成功とその後の転落が19のいうようにミステリーな運に翻弄されてしまう気がします。
 余談ですが、松本清張の原作に関わる人はどうも登場人物名、逆に演じる役者の側も凶数や9,19のミステリー運を持つ人が多かったりします。何か因果があるのでしょうか・・・?

企業環境の理解の程度 

February 14 [Tue], 2006, 0:22
 今日、絶縁後輩Cに呼ばれて昼を食べた(え?!絶縁じゃないのか?!というツッコミは省略して頂いて)。とはいえ、まあ例の件以外は普通に話をしたのだが、やはり彼の「現」師匠というかコーチは
M中尉しかいないと思った。チームSの環境についての理解の程度が低かったのかもしれない。
M中尉はかなりよく育成の過程というものを頭に描いて、後輩Cを「連れ回して(C風に表現)」いると
思われる。しかし、問題はいつの時代もというかうちのチームの話というか歴史としては、肝心の
Cの方がそこまで理解しているか、言い換えればその人の意を汲めているか?という事に尽きる。
現在のクラブの前身が墨田で好成績を残しそうな時に瓦解したのも、教習所偽通学事件もすべからく
Cが発端であった(まあ、今ではこれらは笑えるネタとして語っているので掲示したが)。

 M中尉はあえて利害関係者の多い、とある道場でCを育成する気だろう。Cが自分のチームに残らなくても構わないと言う。組織の定義が違う俺には出来ないが、彼は彼なりの哲学でチームSを作って
いる。ある部で優勝して名前が載った我々のチームI。再び再定義が迫られるのかもしれない。
やはり維持は難しいのかなぁ。それとも妥結か・・・。チームIが成績を出すためだけに集結するとあるチームみたいに(後輩CはNさんのクラブと言えばわかるはず)なる、ていうか同じものな気がして、どうにも結果オーライとは自分には思えない。 うーん、夜はダメだな。考えがマイナスになりやすい、ではおやすみなさいませ。

今日の出来事 

February 12 [Sun], 2006, 18:17
クラブ嫌いのM中尉を引っ張り出すとは、チキンの野郎やりやがったな。一番アイツが望んでた、でも一人で行くのは怖いからと今まで散々、俺に助言されながらも行かなかった某クラブにM氏付きで入るとはね。これで、彼にとっては最高の展開ですな。とはいえ・・・まぁいいか(ry。

補足その2 

February 06 [Mon], 2006, 22:20
 予想の範囲内に影響がとどまった定義発言に端を発したS観戦中止事件。まだ、多くの人が誤解もあるようなので、まず結論はとりあえず今回の発端になった事件については私と当事者間の組織ではなく個人の間の話という事でとりわけ大波乱もなく、主義の違いとして終結しました。ただ、今回の解決に付き誤解が無いように、双方承諾の上、今回の一連のやりとりを伏字で示すかもしれません。

 そういえば、今回の件の最中にふと自分は今までは自分が共感できるまたは似ている君主・策士というと毛利元就(基本的に似てる気がする。嫁にぐちるとかw)、織田信長(エキセントリック、急進派なところ)、陳宮(三国志呂布の参謀 負けを覚悟しながらも曹操には自分の道理が合わずと呂布に与するも最後は敗北。負けとわかってても道を貫く悲劇的なとこが好きかも)だったのですが、もっと両面持っている近い存在のいました。その名も竹中半兵衛。この人は暴君斉藤竜興を見限り、わずか16名ほどで稲葉山城を乗っ取るという全員が驚く荒技をやってのけます。しかし、この人は「義によって、城を頂戴つかまつる」と無駄な殺生はせず、君主の更正を願うなど「甘い」点もありました。基本的には隠遁生活の方が好きだったようですが、世の混乱や道理の曲がり、義を見てみぬふりが出来ない人だったように思われます。参謀というと戦場に出なそうですが、この人は仲間の窮地と見るや作戦上の不利・危険を顧みず飛び込むなどやはり内面に熱いものがある人だとおもいました。温厚さと誠実さとエキセントリックの同居する半兵衛こそ、自分が目標とする策士な気がします。ところが私の場合、策士以外に君主の機能を望んだり、また求められる時があります。その点では元就を最高に手本としている所ですがこれはまた別の話で。

記事への補足 

February 06 [Mon], 2006, 0:31
更新が間隔開く+不定期だからみんな見て無いかと思いきや、かなり頻繁に見てますねぇw。とはいえ、
かなり物議を醸しているようなので、先に述べておきますが、今回のは決して、脅し文句を旗に掲げて友人も含めた多くの人の顔色を見て楽しんだり、家康が小早川に鉄砲打ち込んだように脅しの意味を込める事もなく、さりとてお情け頂戴の気を引くためのアドバルーンでもありません。

時期的に一人を特定したかのような部分もありますが、たまたまこれまで考えというか決意というか腹が固まるような、溜まって来た所にある件があり、かなり昔の話も含んだまま数人分吐き出されただけ。だから、多くの人が知らない人もいるし、知らない事も含んでいる。時期的にある件に結び付きやすかっただけ。しかし、私は組織=団結という事への思い入れが強すぎるのでしょうか。個人にも同じ事で表面と本心が、または主義が乖離している場合は無理をして同船する必要は無いと思うのです。これはお袋の「友達とは」の定義の影響を強く受けているといえるでしょう。私自身もかつて、とある組織でクーデター同然で一度決まったトップを引っくり返して、自分がトップに立った事があります。その時、危機感から同じく同調して加勢した手勢は4名でした。私は組織は数じゃないと思います。質の方が大事だという事を青年期から思い知らされてきました。話は戻りますが、人の付き合いというのを考えた時に相手だけでなく、自分のその時の状況というのが大事だと思っています。自分が平坦な時期、逆風の時、ある壁を越えて成功してからの絶頂期。皆さんはもうおわかりだと思いますが、自ずとこの3期、いや2期に起こり得る友達の対応というものは変化します。苦境の時に得た米10Kgの食糧は値千金でしょう。逆に成功して身なりが整い、金銭的にも裕福になり、自分の固めてきた人脈に一斉に勢いが出始めた時に擦り寄ってくる人というのは自身の凋落と共に離れてしまいます。組織の目標がバラバラで仲間同志が不和=三国志の袁紹軍の敗走、没落期に人が逃げ出す=末期の豊臣政権、売れてて一番魅力があるときに結婚し、落ち目で離婚=芸能人の結婚離婚 このように歴史でよく見る出来事というのは過去の出来事・経験から将来を推量する自分にとってもっとも嫌いかつ留意すべき事と考えています。と、何だか長くなりました。結論を見ませんが一時休憩とします。

切捨てと絶縁宣言 

February 05 [Sun], 2006, 19:35
 タイトルが物騒かもしれないがこれで合ってます。これに一瞬ギョッと該当する人は少ないはずですが、いくつかの共通点があるはず(普通に関係ない人が多いので気楽に読むべき)。共通項として向こうは私を外見・概観で判断して、こちらの勘や推論力が弱いもしくはさほどでも無いと思っている。ところが、相手が思う以上に、過去の状況や歴史等の出来事と照合しながら先を推量する事を長らくやってきた者にとっては、事実そのものにほとんど証拠を集められなくても、ある程度の状況証拠(これについても相手は状況証拠を呈するミスをしたとは露ほども思っていない)とを組み合わせれば結論は得られる。少なくとも、それを基にした基本的な距離の置き方、外交方針、付き合い方、を設定する事で自分が騙されるリスクは大きく低減するだろう。また、大きな信用リスクを被る事も無い。私はこれを大学時代に大転換に迫られ、以後これを採用する事にしたが、これによって付き合いをしないと決めた人(注:但し、その結論を出すまでが3度ほど見逃すものの、最近では親しいダチに我慢しすぎで甘いと指摘をされた。そうかもしれない)に対しての事後経過を見るとやっぱり大きくは外さなかったなぁと思う事がある。  だから、何だと言われると何かあるわけじゃないが、今回かなり思い当たるくらいまでギョッとした人というのはやはりこちらも「認定」しているのだろうから、今から2〜3年後は私の定義する協力関係というのには無いかもしれない。まあ、驚かしてしまった危険はあるけど、ほとんど全ての人はこれに該当しないので読み流しを。

何度目かの挑戦 

February 01 [Wed], 2006, 19:31
最近、やたらとブログが遅い。というかフリーズする。意図的にやられてるとしか思えない。ライブドア事件と地震によるJR東遅延事件についての構造的背景について、表面の出来事にまどわされないようにという情報を発信したかったがいずれも文章送信を押してから、このサイトのシステムエラーとやらに阻まれた。たぶん、わざとだな、このサイトw。最近、このサイトから変更する人が多い理由も分かった気がする。

その時レキシが動いた ピンポン編1−2 

December 29 [Thu], 2005, 22:43
(つづき) 当初、策士は某地区における寒さは、攻撃開始予定時刻の午前から昼に照準を合わせていたため、少なくとも以前自分の連隊が取り残されて凍える寸前まで長対陣させられるほどまでは行かないと踏んでいました。しかし、冬で機動力が落ちたり、陣中に病人が出ることは避けたいと防寒の対策を出陣にあたって指示します。しかし、公共放送では攻撃日は激寒の予想を立てていました・・。
 しかして、攻撃当日、出だしから社都連隊は混乱します。まず、先陣を切ったチキン三等兵と陸から車で進攻したK大尉の行軍に対し、茨城方面から進撃するM将軍、そして何より策士は某都市において輸送列車が故障し足止め状態になっていました。先陣を切ったチキン三等兵は自分が盾や的にされてしまうとにわかに浮き足立ちます。M将軍の到着が遅れていたら戦闘前から総崩れになる所でした。
 策士がどうにか攻撃予定開始時刻前に到着し、敵の陣容を観察します。斥候のチキン三等兵から見取り図を取ると、対する部隊は3隊。何と最初に前線に到着する部隊を撃破しないと後がきついという予想が立ちます。策士は攻撃オーダーについては事前に部隊内で納得いく形の形成を目指していたためM将軍やK大尉とも協議は終えていたため特に問題とはなりませんでした。相手のT師団はたいていが熟練の老将軍が出てくるものの、どこから援軍が現れるかわからない。遠くにいるはずの敵将がまぎれていたりする。策士Gの予想は当たっていました。そして、相手の裏をかいたにはかいたのですが、M将軍とK大尉にまさかがあると後陣を守っていたのはいつも出だしの悪いチキン三等兵と作戦立案中心で攻撃威力は高いものの的中率に難のある策士Gの部隊でした。まかり間違えば大逆転負けという状況は変わっていなかったのです。敵陣には明らかに余裕の表情が見えました・・・。つづく

その時レキシが動いた ピンポン編1 

December 18 [Sun], 2005, 18:50
今日のその時:05年12月18日 18時50分 チキンが某大会において賞状を受け優勝が確定した瞬間


 今回の話は10月から始まります。策士は部下のチキン三等兵が自主的に卓球解禁に踏み切った事にいささかの不安がありました。その時の心情を日記にこう記しています。「チキンの奴は今が正念場だというのにMS戦争以来すっかり内面が乱れている。これでは、あいつも仲間が足りず不安定だろう」
そこで策士は以前に卓球方針を巡って、世話になっていながら喧嘩別れしたM将軍との講和を考えます。10月下旬、とある出来事をきっかけにM将軍は地元に帰ってきました。それを利用し、チキンをこっそり呼び出して、鉢合わせさせ言葉巧みに講和を持ちかけます。元々、卓球解禁による環境確保のために、訓練相手として最適なM将軍との講和は喉から手が出るほどチキンにとっては欲しいものでした。おあつらえの展開に餌を蒔いた策士の策は的中し、約2年の月日を経て両者は講和に至り、場所の名を取ってサイゼリヤ講和条約が締結されます。その際に持ち上がったのが策士とチキンが長年攻撃しては落とせなかった某大会がありました。講和の印に某大会に遊びに出てみてはどうか?もう一人の有能な将軍イケメンK大尉の行方も気になっており、K大尉との再会もしたい。陣を揃えるにはK大尉が必要だとして、チキンにK大尉捜索を命じます。

 ほどなくして、K大尉と連絡が取れ、4者は集結します。今までありそうでなかったこの組み合わせ。1昨年の時はK大尉が大暴れして、かなりの戦果を出していたものの、後一歩でチキン三等兵が敗北し撤退を余儀なくされました。これ以降、その事件は「Nの悲劇」と言われ今世に語り継がれています。

 しかし、この後、策士には12月に向け、母の軽手術で足立区に何度も遠征や外交に追われ、ろくな準備が出来ないまま開戦の期日が目前に迫っておりました。季節は冬、ところが本当の問題は策士の予想をはるかに超えるところからやってきたのでした・・・。つづく
2006年02月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28
最新コメント
アイコン画像yuichi
» その時レキシが動いた ピンポン編1−2 (2006年01月10日)
アイコン画像大前形一
» 続・カトリーナが暴いたのは偽善性 (2005年09月19日)
アイコン画像選ばれなかった者
» 導かれし者 (2005年09月16日)
アイコン画像加納義久
» 導かれし者 (2005年09月15日)
アイコン画像加納義久
» 続 三崎口デートプラン (2005年09月13日)
アイコン画像親友けい
» 阪急電鉄 (2005年08月29日)
アイコン画像加納 義久
» いつかどこかで (2005年08月17日)
アイコン画像加納 義久
» お盆その3 (2005年08月16日)
アイコン画像加納 義久
» お盆参り (2005年08月14日)
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:syato
読者になる
Yapme!一覧
読者になる