衝動的に彼氏の実家に行って相棒の実家に行ってまだ見ぬ期待の新人を冷やかしに行った話

November 05 [Sun], 2017, 14:14

タイトルはわたしの常の様子を知らないとまったく意味がわかりませんね。
彼氏は鯰尾
相棒は歌仙
まだ見ぬ期待の新人は小龍くんです。



おひさしぶりです、結婚式ラッシュに飲まれて遠征が滞っているいざなみです。

今回は2017/10/14(土)に篤姫と和宮の展示を見に名古屋に行った話と、
2017/11/4(土)に目白の肥後細川庭園松聲閣でアンティーク着物展を見て、
その後上野に移動してトーハクで小龍景光を見てきたよ〜って話をぐちゃっとまとめてお送りします。

綺麗にまとまればいいな!って感じのゆるい書き方でいきますので
ぐだぐだしてつまんなくなったら適当に読み飛ばしてくださいね!



10/14名古屋編

秋季特別展
天璋院篤姫と皇女和宮

は、徳川美術館にて9/16〜11/5の期間で開催されていました。
刀剣遠征でだいぶ徳川美術館に通うようになっていましたけど、刀関係なくても篤姫と和宮は見たい!って思ってたので
「まって開催11/5まで?じゃあ行ける日今週末しかない?おっけー行こう」
ってその週の水曜日に職場で昼休みに夜行バスのチケットをポチりました。

さて、金曜夜に夜行バスに乗り込み、名古屋着は翌朝5時。
ささしまライブ着でしたので、駅まで歩く途中にあるマックで準備整えつつ時間をすこし潰して、
6時くらいに行動開始。
「朝早いね!ひらいてるとこどこもないね!そんな時でも安心の寺社仏閣!24時間開いてる!」
とコンビニ感覚で熱田神宮へ向かいました。



まいどおなじみの熱田神宮
おなじみでない審神者さまのために一応の補足ですが、太郎太刀と次郎太刀はこちらの宝物館に所蔵されています。
太郎太刀は常設展示、次郎太刀はたまーに展示されます。

今年の10月は週末に天気に恵まれることがほとんどありませんでしたけど、
その日もそんなかんじで





熱田神宮朝6時。
雲が厚くて日が昇ってないみたいな明るさで、朝と夜が逆転しちゃったみたいで、
人もまだそんなに歩いていないし、暗いし、
何度も来てるはずの場所なのにここがどこなのか分かんなくなる瞬間がたびたびありました。
「これちゃんと本殿にたどり着くかな?ぜんぜん知らないとこに出ちゃったりしないかな?」って思ったりしたけどちゃんと本殿にたどり着きました。ファンタジーは起こらなかった。
ん〜〜〜〜物語みたいな感覚だったね!
こういう感じをたまに味わえるから一人で歩くことが好きなのです。

ひととおりお参りをして、暇つぶしに境内をお散歩したりしたけどまだ7時。
当然宝物館はまだ開く時間ではないしそれまで待つにしてもちょっと時間ありすぎるし、
今回は太郎兄さんには会わずに撤退することにしました。



でもまだ7時なんですよね。開いてるとこないですよ。
モーニングするにしたって朝ごはんはさっきマックで食べちゃったし。

ということで。



暇だったので約8km歩いた。

ちょうど徳川美術館の開館30分前くらいに着いたよ!ちょうどよかったよ!
よい子は真似しないでねという気持ちといや逆に真似して!という気持ち!!



まあ街中なので田舎道を歩くみたいな感じの楽しみはないのですが
熱田神宮のすぐ近くなのにぜんぜん存在を知らなかったなんかいい感じにレトロな商店街とか、
あとポケモンGOで認知度が上がった鶴舞公園の横とか通りました。

歩きがてらとちゅうにローソン見つけたので、ローチケで徳川美術館の前売り券買いました!



これはいま検索してでてきた画面なのでわたしが買ったときとは違う展示のチケットなのですが、
ふつう一般1400円のところを1200円で購入できますし、
今回みたいに見に行くその日の朝でも大丈夫でした(細かい決まりはご確認ください)!

徳美で待ち時間はそうそう発生しないですけど(去年夏の鯰尾骨喰展示のときくらい)、
チケット購入の列だけは毎回少し並びますからね
前売りだとさくっと入れます。


さてさくっと入って、まずは刀剣のお部屋。
いつものように気になったもの箇条書きです!


●刀 無銘 正宗

正宗って、わたしまだピンとくるものに出会えてないんですよね。
でも正宗の弟子筋の作では好きなの多いんです。
亀甲貞宗や江雪左文字とか。
「これぞ国宝!なるほど納得!」ってなるしお気に入りなんですが、
なんでか正宗ではお気に入りに出会えない。
わからない。見知っていた一振りがある時突然お気に入りになるのかもしれない…

という話は置いといて、この展示されていた正宗ですが、
根元の方から拳一個半くらいの位置にある地鉄のうねうね具合がすてきでした。
肌も刃もきらきらしいかんじでした!


●脇指 銘 江州高木住貞宗

貞宗なのに銘があるの!?とびっくりしました。
以前亀甲さんの「貞宗は無銘なのさ」というセリフをきっかけに調べてみたことがあったんですが、
そのとき調べたかぎりでは銘のある貞宗はない、という結果だったので。(ネット調べのみなんですけど)
理由としては、貞宗の師である正宗がそうなんですが、
「打った刀はすべて献上するため、わざわざ銘を入れる必要がなかった」
というのが一般的なようです。
貞宗についてもこれと同じ、というようなクリティカルな記述は見つけられてないのですが、
まあ似たような理由で銘を入れる必要がなかったんだろうなと思ってます。

今回のキャプションによると
「正宗の門に入る前、近江国(滋賀)の高木というところで打った刀剣に「江州高木住貞宗」と銘を入れたとの説があるが、その真偽は不明である」
とのことでした。

その説の通りだとするとこれは正宗の弟子になる前の作ということになるのですが、
でも十分に相州伝っぽさみたいなものを感じました。
物吉貞宗と同じような彫刻が入っています。

きっさきの刃文がたっぷりとしていて、火炎帽子というほどめらめらとした印象ではないのですが、
雲を切ったみたいなきれいな帽子をしていました。


●短刀 来国次

来だ!と思ったけど、来国行、国俊とは違って相州の流れの影響を受けています。
こちらも正宗の門に入ったお弟子さんです。正宗すごいなー!



軽く整理してみるとこんなかんじ。


国行(明石国行など)

国俊(愛染国俊、蛍丸など)(同じ名前の人が2人いたという説もあり)(国行の子)

国次(今回の短刀)(正宗の弟子に入る)(国俊の娘の婿さん)


国行・国俊は京都で活動したので山城に分類されますが、
国次は相州になるんですね。

ところで国次と同じ世代の来派の弟子に来国安という人がいて、
この人は別名千代鶴国安
次郎太刀を打った刀工なんですが
この人は来一門だったのが福井に移住したらしいんですよね。
「越前来」と呼ばれるようになります。
国次は正宗の弟子になったことから「鎌倉来」と呼ばれるとか。
来派、流れを辿ると繋がること多くて面白い!





という来国次の話だったのですが、この国次の短刀、今回出ていた中では一番好みでした!
刃文のふちの線の光がすっごい強くて、リアルに目がやられる感じです(ほんと反射すごい)
このふちの線の光(ちゃんとした言い方すると沸えとかになりますけど)、この光の感じで「相州だ!」って思うことけっこうあります。個人の感覚です。

▼参考


刃がたっぷりとられてて、地鉄は柾目に近い?ってかんじでした。ギリギリと歯ぎしりするような緊張感のある肌目。
きっさきのところに丸く黒く見えるところがあったんですが、あれは映りが入っていない部分が黒く見えたのかな?



思わずぴかぴかした感じのエフェクトを描きいれちゃうくらいのすてきな短刀でした。



刀剣のお部屋を出て能舞台のあるお部屋で見た能装束がすごかった。

●紅・水色段秋草文唐織

今年の夏くらいに「夏の薄物の生地で作られた能装束に刺繍のようなものが入っていることがありますが、あれは刺繍じゃなくて織りで作っている場合もあります」というのを知って、それからちょっと気にして見るようになったんです。
今回はじめて「唐織」というものを覚えました!
これすごいんです、
練糸を浮き織りにしている。つまり刺繍のような文様、ぜんぶ織りで出してるんです。



九州国立博物館で展示されたときのサイトで画像がでていたので、そのキャプションです!



わかる?わかる?!?!この草花、ぜんぶ織りで出してるのよ、想像してみてよ!なんて気の遠くなる作業!
刺繍だと思ってた、刺繍だってすごく手間がかかることは同じだけど、でも絵を描くように縫っていくぶんわかりやすいと思うんです、
でもこれ織りなんでしょ?横一本の線ごとで情報を整理して作成していかなきゃいけないんでしょ、
エクセルで絵を描く狂人みたいな作業だよ!変態!好き!!!!!
とひとりでゼーハーしてました。



たまたまなんですけど、祖母が昔仕立てた和服を何点か譲ってくれたんですよね。
この写真のは、「お能で使うのと同じ生地で仕立てた」という道行。
今回の唐織を見たあとで改めて眺めてみたら、文様も浮き織りではないにしても特殊な織りをしているところも似てて、
なんかもう「これめっちゃ大事にする…」って気分になりました。うちの押し入れに美術がある。




篤姫と和宮展のメインを張っていたふたりの打掛・振袖ですが、以前に広島の徳川展でみたことあったやつでした!





このとき和宮の振袖について「結婚後にも着てたのかな??」って疑問に思ってたのですが、
「当時武家社会では振袖は未婚女性のものと限っておらず、結婚後も懐妊して袖留の儀を行うまでは着用が許されていた」
とのキャプションがあって、一年ごしで疑問が解決しました!こういうのすごく達成感あるね!

大河の篤姫を楽しんで見ていたことがここまで続いてます。よいことです。
宮崎あおいが和装をしたときの首の細さの際立ち方がとても美しいと思います。




美術館内の喫茶でクリームソーダ飲んで(バニラビーンズの存在を確認できるお高いバニラアイスを乗せてくれていた。これはちょっと贅沢なクリームソーダだった)、



名古屋駅まで戻って矢場とん食べて(ごはんおかわりしました)、

その後はビッグカメラで充電ケーブル買うとかいう旅行感のない行動などをして
夕方の高速バスで名古屋離脱、さくっと日付が変わる前に東京に着きました。


そんなかんじの彼氏んち遠征でした!彼氏には会えなくとも楽しいぞ!






11/4都内編

名古屋に行ってから11/4までの間で結婚式2件ありました。
結婚式って喪女からしたらまあ気付かれしますけど、何が楽しいって上等な着物を見られることですよ。

というわけで着物で心が温まる秋です。
雅なあの人のご実家でスーパーハッピー雅な催しがあったので遊びに行きました。



アンティーク着物展は目白・早稲田エリアにある肥後細川庭園 松聲閣(しょうせいかく)で開催されている催しです。
わたしが存在を認知したのは去年からなのですが、どうやら今年で五回目みたい。
で、場所は松聲閣。聞き覚えのある人は挙手してね!



去年永青文庫で歌仙兼定の展示がありましたが、そのお隣にあるお屋敷です。
熊本の殿様、細川さんちです。永青文庫は細川さんちのお宝を展示する小さい美術館ですねとてもざっくり言うと。

まあとりあえず雅って言っとけば間違いないよね!!

という感じで着物好きが楽しんできました!!!







めくるめくロマン!!!すき!!!ここで死にたい!!!



お抹茶は茶室で500円でいただけます。
着物が展示されているところに入るのには500円かかりますが、松聲閣の建物の見学自体は無料です。



お庭もいい感じに色づいていて!
来場者の7割くらいが着物で来ていたのですが、クラシカルきっちりめな着付けの方から、短めに着つけてブーツを合わせる!ベレー帽と合わせる!みたいな着方の方もいて、
あと普段ではなかなかお目にかかることのできない着物の男性もちらほらいらしてて、
お庭でなにもせずに座っているのもずいぶん楽しかった!通ってゆくひとの着物見るのが!

展示品のアンティーク着物も素敵ですし、来場者の着物も素敵ですし、
お庭も建物もすてきですし、あと蛍丸サイダー売ってるし
また来年やると思いますので、ご興味のあるかたは是非いらしてみてください!



月末にはライトアップと蛍丸とのコラボがあるよー!

松聲閣からちょっとだけ歩くとホテル椿山荘のお庭に入れますので(結婚式のお客さんでいっぱいだった!)、
お庭を通って目白通り側に抜けて、
ホテルの無料シャトルバスで池袋まで乗せて行ってもらいました。


さて、そこから上野に移動だよ!

ひさびさのトーハクでした。上野に友達と来る用事はあったんだけど、国立科学博物館に行ったんですよね。


(微妙にバズった)

科博も建物きれいだし金曜土曜は遅くまでやってるし、
トーハクヘビーユーザーはたまには科博を覗いてみるのもおもしろいかもしれません。






というわけでトーハクです!土曜の昼下がり!人が多かった!

●刀 山城大掾国包

江戸時代の作。砂流しが印象的でした!



刃文の白い部分の中に見える筋ですね。
直線状になっているので砂流しで大丈夫だと思います。
うねうねなみなみした曲線状だと金筋。









全体的にスッときれいな感じで流し見で終わりそうだったんですけど、
砂流しを見て足を止めた次第です。


●刀 加州兼若

加州なんとかって名前の刀をトーハクを見るのは初めてです!
加賀(石川県)の刀工さんですね。





根元のとこのはなんなんだろう?湯走り(沸えが地に一部だけ濃くついたもの)みたいなものなんだろうか?
刃文じゃなくて地鉄のほうに白いのが見えていて…自信はないけど…

▼参考


あと中ほどに丸いのが浮いてるんですよねー!



刃文の白いとこの中に白いのがぽーんと。
これはなんだ?これはなんだ?が多くて面白い刀でした




●太刀 古青江康次

なんか今度こそ澄み肌がわかった気がするぞ!!!!!





これか!?これが澄み肌か!??!?そんな気がする!!!!
となりました。
この肌、ちりめん肌と呼ばれるんですが言い得て妙って感じですよね!特徴的!



刃文もいいです〜〜〜低く燃え残っている火みたいですね、
焚き火の最後の火をずっと消えるまで眺めているような気持になってきます。
すてきです。






●太刀 粟田口国綱

もうこのころ朝から着物着こんでけっこう移動してたので疲れてて、
「でも小龍くんはちゃんと見よう…あとはとりあえず今日は流し見で…」
って思ってたのに「あ〜〜〜〜なんなのお前〜〜〜〜〜流し見とか無理じゃん〜〜〜〜〜!!」ってなったやつです。



もうしょうがない粟田口、青く詰んでるのはもうしょうがない、その美しさの前にひれ伏すしかない。
ところでこの肌にところどころ浮かんだ筋が、緊張感があってビリビリきちゃいます





もうどうしようもないところまで鍛え上げて、それでも耐え切れず出てしまう個性、のような、
バレリーナの手足に浮かぶ筋みたいな、そんな印象の肌です。好き。尊い。





●脇指 畠田光守

流し見で済ませたかったのに「ねえあんた備州でしょすぐわかるそんな派手なツラしちゃってさ!!!(おこ)」みたいな感覚でやっぱり流し見できなかったやつです。





二枚とも写真ぼんやりしちゃってるから実物見てほしい。もう!!すぐわかる!!派手!!!って思う。
でも別に長船ってわけでもないみたいですね。
そう思うと光忠の丁子乱れよりも丁子の頭が小さい感じがします。
見たとき「土砂降りの雨みたいな刃文だ」って思いました。



ずんぐりした感じの姿もツボいです。シュッとはしてない。
こういう刃文すごくわかりやすいから、初心者さんにちょうどよさそうだなーって思います。






●太刀 長船景光 (号小龍景光)

はーいまだ見ぬ期待の新人小龍くんです!
自分の過去の鑑賞ノートやブログを見返しても記述がなかったのですが、
なんとなく見た覚えはあるんですよね。
「へえそれでのぞき龍かあ」って思った覚えはあるので。

自分的に「へえ」で収まってしまった刀ですが、ゲームでの実装で改めてきちんと見ようと思うきっかけが与えられたので、よいことだなって思います。



ここがのぞき龍の部分ですね!
いまははばきを取った状態で展示されていますが、はばきをはめると龍が隠れて上体だけ覗く形になるので、
それで「覗き龍」とも言われます。

刃文がね、雲みたい!



朝日に照らされる雲の間を飛んで行く龍を、これまでいったい何人の人が、これを見て連想したんでしょうね。
きっと大昔のひとも同じこと考えた、って思うとめっちゃロマンです。

根元のあたりはこんな風にほんとの雲みたいな形状ですが、
上の方はもっと線っぽくなってきますね。
その線もとても細くて繊細で、細密画に使う一番細いペンで引いた線みたいなのを連想します。



写真はぼんやりしてしまっているので、ぜひ実物で!







そんな感じであとはあんまり気負わず流し見でお散歩程度にトーハクを歩いてました。
刀を見るようになってから同じ美術館博物館に年何回も通うというようになって、
それで最近やっと気づいたんですが、
トーハクや徳川美術館のような、大名家等がバックボーンの大きい博物館って、
所蔵品が潤沢だから、季節ごとで季節に合ったものが出てるんですよね!





博物館で紅葉狩り!
心に栄養がくる感じがします。

刀はね、なかなか季節感というのは出にくい美術品ですけど
どうせ見に来るなら常設展や他の展示も覗いてみてくださいね!
春には春のもの、夏には夏のものがちゃあんと選んで出してあるんです。
こんなこと足しげく通うようになるまで知らなかったよー!







という感じで、ゆるっとしたここんとこのまとめでした。
長々だるだるした記事ですみません!
あとトーハク2階の刀剣と武具の部屋も覗いてみてね!いま幽斎さんいるから!

小龍景光は2018/1/8までの展示です!

以上、ここまで読んでくださってありがとうございました!
なにかの足しになっていればうれしいです!

嵐を呼ぶ!石切→福山→丸亀遠征(勝利B)

September 18 [Mon], 2017, 13:30

三連休いかがお過ごしでしょうか。台風一過で暑いです。いざなみです。



さて三連休の半分を使って、西日本遠征してきました!
結果は勝利Bです!!しょっぱい!!
勝利Bという時点でオチが透けて見えてる感じがあるのですが
嵐を呼ぶ9月の西日本遠征についてレポします〜




2017年9月16日からの三連休は
・大阪・石切劔箭神社での宝物館特別公開(石切丸、小狐丸、小烏丸写し)
・香川・丸亀市立資料館にてニッカリ青江展示
・広島・ふくやま美術館にて江雪左文字展示

が重なっておりました。

せっかくの三連休だし、東京脱出しちゃうよね!!ってわけで予定ねりました
事前に組んでいた予定はこんなかんじ

9/16(土)
始発の新幹線で大阪
→石切劔箭神社にて音声ガイドと石切丸、小狐丸、小烏丸写し
→大阪城(刀剣展示もちょっとある)
→鈍行で広島へ移動
→福山で宿泊

9/17(日)
ふくやま美術館で江雪左文字
→鈍行で丸亀へ移動
→丸亀城でニッカリ青江
→金毘羅さんへお参り
→丸亀20時発の夜行バスで東京へ帰還

勇んで予定を組んだときには全然予測していなかったんです、
台風18号が直撃するなんて…

という訳で波瀾の遠征の幕開けです。




さて、9/16(土)早朝4時、予定通りに起床して始発の新幹線。
9時すぎくらいには石切さんに到着できました。





森ノ宮から新石切って地下鉄で7駅。
大阪城が燃えたとき、石切神社から見えたんだろうなあとかそんなこと思いました。(わたしは鯰尾推し)

本殿でお参りをしてから音声ガイドを借りてきました!



境内のそこここで石切丸さんに案内してもらえます。
加持祈祷がそんなに手間のかかるものだって知らなかったな!
あと絵馬殿の存在を今回初めて知りました。



境内に緑が多いから、ここから見るとすごくきれいな画だった。雨がおっくうであんまりしっかり撮ってないですが





よくある仁王様とかとは違う雰囲気のお像でした。
石切さんには今まですでに2回行ってるのにね!知らなかったし知れてよかったです

以前の▼


音声ガイドを借りるのは待ちもゼロでスムーズだったんですが、
宝物殿拝観はちょっと並びました。
ちゃんと時間計ってないけど、人気のご飯やさんに並ぶくらいの列だったと思います。
列整理の方が「外で並んでる方が雨に濡れないようになるべく詰めて」と配慮してくださってました。



これも今回初めて知ったんですが、石切さんはもともと穂積という名のお寺さんがあった場所であったり、祭祀のお名前が穂積という姓に連なるものであるとか(うろ覚え)なんだそうです。



上の写真に写ってる擬宝珠もそうなんですが、ちょいちょいいろんなところで稲の装飾がしてあって、
穂積という名前とあわせてなるほどなー!と思ったりしました。


さて、宝物館での展示品で気になったやつピックアップです!

●脇差 康光

肌がてらてらしているのはおそらくお手入れの癖でしょうか。
この康光は肌が立っていて、まるく円を描くような肌目の部分がありました。
いま軽くググってみたところ、康光は備前長船派のようです。同名さんでなければ。


●脇差 忠國

これは刃文ががっつり丁子で、ここに展示されてた中では一番華やかなものでした。
ググってみたけど、信濃大掾藤原忠國であってるのかな?だとしたら江戸時代の新刀のようです。
系統としては堀川派の流れを汲んでるみたい。


●短刀 来国俊
刃がとても細くて、だいたい直刃。
だけどきっさきだけ小さく火が立ってるみたいになっていてそれがすてきでした!
ちょうど最近「逆足」とならんで「京足」という言葉をツイッターで見かけたばっかりだったので、
これはきっさきなのでたぶんそれとは言えませんけど、でもそれを連想してちょっと嬉しかったです。




●小烏丸写し

月山貞勝氏が昭和期に打ったもので、音声ガイドによると
・月山氏が一時期石切神社境内で軍刀を作刀していた
・そのつながりで奉納刀を打つことにしたのではないか
・月山といえば綾杉肌だが、奉納刀の場合は綾杉肌にせず、刃文も直刃にする


とのお話が聞けました。(メモ取ってたわけじゃないんでまちがってたらごめんね!!!!)

ほかのとこでも小烏丸づくりの刀は見たことあるんですけど、
きっさき両刃造りって、どうしてかそんなに鋭さとかヒヤっとする感じがしないで、まろやかな感じを受けます。
鋭いというよりやわらかい。刃が二つだからこっちのほうが殺傷能力はありそうなんだけど。不思議。

じいっと見てみると、刃文のふちのつぶつぶがきれいでした。

参考にどうぞ▼



●小狐丸

小狐丸と石切丸は一回だけ見ています。



小狐丸は折り返し銘。53.8cmなのでサイズとしては脇差。
小さいけれどーーー!!!です。

最近トーハクで三日月参りをしてるのでそれと比較してしまいますが、あのへんほどの反りはないように思いました。
かがむと肌が見えて、それは三日月とも似てる肌だ、と思います。

三日月参り▼


つやつやして粗のないきれいな肌、というよりはちょっとざらついてる部分があるのですよね。
古い和紙みたいな。荒いというわけではなく、おだやかだけどしっかりとある肌触りというか。よく着込んでやわらかくなった麻の服みたいな。

やっぱ見方がわかってきて、比較できる対象やパターンが増えると得るものが違うなー!たのしい!


●石切丸

音声ガイドで小烏丸と小狐丸の紹介のあとに石切丸の段になるのですが、
「太刀、石切丸」ってナレーションするときの声色が「太刀、石切丸(*`・ω・)ゞ」って感じで他と比べて若干るんるんしててあるじもつられてるんるんしました。

いろはに刀剣のときはテント内でライトが見づらかったのもちょっとあるとは思うんですが、
今回すごく「肌もっと見てたい…!!!!」ってなりました。
同じ三条派でも結構肌の雰囲気違いますね!

ちりめんみたいにつぶつぶして細かい肌ですが、でも新刀のつるんと詰んでる感じとは違って、
つるんとしてるわけではないけどちりめんみたいな…?
刀でちりめんって言っちゃうと肌目が分からないくらい詰んでるってことを指すんですがそういう訳でなくてそれなりに肌目わかるくらいあるんだけどでもガチのちりめんっぽい感じ、
…ちょっとあれですね語彙力の限界。

姿もいいなあと思いました。
なかごが長いように感じました。その長さが無理に大きくした感じを弱めてくれて、なだらかで無理のない姿。
反りが腰でぐっと反ってるかんじではなく、丸く反ってるように感じました。なだらか。
全体的に漂うなだらかさ。やさしい。

石切丸に入っている銘は「有成」。有成の在銘の作はこれ一振りのみだそうです。
有成は宗近の子という説と、宗近が宗近を名乗る前の名前、という説の2パターンをわたしは聞いたことあります。
(個人的には以前の名前説がなんとなくロマンチックで好きです)

小ネタですが、刀ミュの石切丸のキャラクター紹介では「三条宗近の作」と書かれていたので、
刀ミュでは宗近を名乗る前の名前説を取ってることになりそうです。つまりは三条の長男。ひゅう。

もういっぺんちゃんと見たいなあと思ってたのでまた見れてよかったです!
また来年再来年とかに見ると違って見えるのかな、楽しみ。





雨の中でしたがお百度参りをして、最後に御朱印をいただいて、境内の正面のお店でお昼ご飯。
すずやさんが混んでたので右側のお店でおでんと親子丼食べました。



このぐずぐずになるまで煮たおうちのおでん感おいしい。

新石切までの参道にあるカフェもツイッターで見かけて気になってたので、食後のお茶に入ってみました。







席は多くないんですがお店は広々としていて、店内の空間の使い方が素敵でした。
スコーンがおいしかった!紅茶とスコーンで600円。
サンドイッチ系も充実してたのでお昼ここで全部済ませてもよかったかも。

この時点で13時くらい。

お百度を踏んでくたびれたのと、これからまた雨がひどくなりそうだしなあということで
この後大阪城に行くのはなしにして、そのまま広島へ鈍行で移動しました。
のんびり4時間の旅。



台風の様子を気にしながら、持ってきていた本を一冊読み終えました。



あとがきにもある通り、丸亀をモチーフにしたお話。
物語のラストと今の季節と天気がすごくかみ合っていて、ちょうどこのとき読み終えてよかったなあと思ったりしました。

夕方に福山に到着。





福山はばらの町として身を立てているので、この時期は秋のばらが咲き始めていました。
繁華街がちゃんと栄えているのですが、地面が濡れて光が反射していてとてもきれいでした。
あとカープの赤い服の人たちがちらほらいたよ。





外で夕ご飯を済ませて、お宿でおやつ食べたりゴキブリと戦ったり活撃見たりしてその日は眠りました。



福山の駅の中で売ってたフルーツ大福。
ピオーネはちょっと皮が硬かったけど桃太郎とシャインマスカットは美味しかった。



cocシナリオのガシャン!を連想した感じの古いビジネスホテル。
ゴキブリと戦いました。立地と値段はいいんだけどね…






翌朝、9/17(日)!



まさかのチェックアウト20分前の時間に起きてしまってすたこらさっさと宿を出ました。
駅のパン屋さんで朝ごはんを食べて、11時ごろからふくやま美術館へ!
駅のすぐ裏だよ!



今回は常設展の展示品のうちで、3振りだけ刀剣が展示されていて、その内一振りが江雪左文字です。
以前は明石国行と一緒にパネル展示のあった時に来ました。




さて、鑑賞開始!常設展なので入場料が300円です。ひょええ。
今回入場時に申し出をすると写真撮影可となりますが、SNS等へのアップロードは禁止となっていました。
だんだん撮影可の展示が多くなってるような肌感覚がありますね!


●脇差 朱銘貞宗/本阿(花押)(名物朱判貞宗)

銘に赤が入れてあるので朱銘ですね。



いちばん綺麗に描けたのはこれだなあ…

キャプションでは
「沸がよくついて地景が現れた地鉄」
「金筋や砂流しを交えたのたれ刃」
「身幅が広く浅く反りが付いた姿は南北朝時代の典型」

などの説明がありました。

わたしは金筋や砂流しを人に説明できるほど理解できてないんですが、でもものうちのあたりのやつ!
あれがすごいね、あれのことなんでしょ!!ってのはわかりました。めっちゃ目が行っちゃう。

参考▼


筋が3本くらい見えていたので、すだれ刃みたいだなとも思いました。
すだれ刃は新刀の時代の美術的要素の強い刀の刃文として生まれたものなので、時代は全然ちがうんですけど。

参考▼



●国宝 太刀 筑州住左(江雪左文字)

江雪さんを初めて見たとき、「国宝納得だわ…」って思ったんですよね。
一番最初に見たときは広島県立美術館でした。これで三回目になる。

初見▼


今回がこれまでで一番すいていてじっくり見れたので、思う存分見ることができました。
初めて見たとき、この刃文を山の向こうから日が昇る時の、光る山の稜線みたいだなって思ったんですけど、
今回は太陽を隠してる雲の端が、明るく光っているみたいだなって思いました。

つまりあのときわたしはまだ、化粧研ぎの線しか見えてなかったってことなんですねえ!!(自虐)



肌がすごく詰んでてきれいで、でも一か所丸く肌が立ってるとこがあるのとかも今回初めて気づきました。
刃文の線の乱れがよくわかりました。
改めてよく見えたうえで、明るい刀だなあと思いました。
だってどっちにしろ太陽の光を隠して、その光で照らされた輪郭を連想するんだものねえ。

そしてやっぱりとどのつまり「国宝納得だわ」となる刀でした。


●刀 無銘 伝 長義

貞宗:キレイ系
江雪:キレイ系
長義:オラオラ系

というわけで長義が目に入ったところで「ひゅーーーかっこいーーーー!!!」とテンション上がりました。かっこいいよ!!



地鉄もおもいっきりうねってるし刃文も思いっきり強いし姿も強い、もう強いかっこいい。
そうだね長義!おまえはそういうやつだね!っていうかっこよさ。裏切らない。
個性が強いんですよね、人間が美人って思う人の顔って粗がない→一番平均に近い顔っていう部分があるそうなんですけど、
キレイ系はキレイだけど美人なんできれいだなーってことは覚えててもすぐ忘れちゃったりすると思うんです、
新刀なんかだときれいで粗やムラがないからいまいちピンとこない、って人聞いたことありますし。

その点長義はすごい!個性めっちゃ強い!忘れないインパクト!

っていうわたしの個人的テンションは置いといて、刀見始めた人に長船の派手系なやつ見せてあげると分かりやすいだろうなーとか思うんですよね。
そんなことを思う長義でした。

一応の補足ですが、山姥切国広の本科は長義です。これの兄弟刀ということですね。
名古屋の徳川美術館所蔵です。脳筋を感じる長義です。




そのほかの所蔵品の絵画では、岸田劉生の「麗子 十六歳之像」とか
ジョヴァンニ・セガンティーニの「婦人像」がいいなと思いました。
両方ポストカードがあったので買っちゃった。

岸田劉生の麗子像はおかっぱの女の子の絵で、日本史の教科書にも載ってたりしてますが
ちょうど今トーハクで麗子像が展示されているんですよね。この間初めて見たところだったんです。
これはその麗子が十六歳になって、初めて日本髪を結って晴れ着を着た姿で父・岸田劉生に描かれたもの。
岸田劉生はこの絵を描き終えた年の12月に亡くなっています。
…っていう物語と、わたしが最近初めておかっぱの麗子を見たこととが重なって、放っておけない感じで気になったのでした。

婦人像は光が吸い込まれるような黒が良いなと思いました。



ミュージアムショップでは福山のばらをテーマに資生堂と共同開発したグッズなんかも売ってました。
リップクリームとか石鹸とか!女子向けのお土産にちょうどいいです。




さて、この時点で12時すぎくらい。展示の品目数の割には時間掛りましたね!じっくり見れてよかった!

もともとの予定だと、この後午後から丸亀に行く予定。
しかし昨日の時点で17日(日)は青江に会えないことが確定してました。






でもこの時点で丸亀ゆきの道はまだ止められていないし、帰りの丸亀発のバスも12時更新の情報では運行予定と出ているし、バス代払い込み済みだし(←これが一番重要だった)

「どっちにしろ鈍行で岡山まで移動するしな〜そうだ岡山で刀見れるじゃん?」
と思って白羽の矢を立てたのはココ






「うんうん、どうせ気になってたし、早めに丸亀に入れても行くとこないしね!金毘羅さんも無謀だし!日中は岡山県立博で刀を見て、夕方また判断しよう!」

てなわけで、夕方5時くらいまでに丸亀に移動できてかつバスも動くのなら夕方に香川入り、
夕方まで様子を見て香川入りが無理そうなら支払い済みの一万円は捨てて新幹線で岡山から帰宅。

…って考えていたのですが、いざ福山で駅構内に入ってみると、まだ電車は動いているものの14時台で最終としてあとは運転見合わせ、
不安に駆られながら山陽新幹線の運行状況を見ると「今後の天気によっては運休の可能性もアリ」との表示で

「…やっぱ無理くない?」

となって岡山県立博物館も諦めました。ゴーバックトゥートーキョー!!!





旅程を切り上げて帰ることにするのは今回が初めてでした。13時ごろの新幹線に乗って東京へ帰宅。
でも14時すぎにバスの運休が決まったとのメールが届いたので(そして全額返金だったので)早めの判断をしてよかったです。



というわけで健全に19時ごろには自宅についてました!これにて旅の記録終わり!
天災に旅程を左右されることってそうそうないとは思うんですけど、いい経験になりました。
こういうこともあるんだなって思っていただければ。

とにかく言いたいことは、
青江に会えなかった!会いたい!また行く!絶対行く!!
です!!

何かの足しになっていたら幸いです!
ながながとここまで読んでいただいてありがとうございました!

こぐまのひたいの上は空のめぐりのめあて〜イーハトーヴ旅行記

August 27 [Sun], 2017, 1:30

一関市博物館から平泉駅へふたたびバスで戻って、
ここからは鈍行で花巻へ向かいます!



ということで、今回の記事はひたすら花巻を歩き写真を撮り
宮沢賢治を語り飯を食う超純粋な観光記録です。

刀剣要素はひとつ前の記事にありますので、そっちが欲しい方はそちらをご覧ください!





平泉から鈍行で1時間半ほど。
新花巻は新幹線が停車する新しくできた駅で、夜に向かいたい場所はそちらが最寄りですので
新花巻へ向かいます。花巻駅のほうが平泉から見たとき手前にある。
先日の有備館のように、ワンマン列車。でももうだいぶ慣れたぞ!

乗り換えで花巻のホームに降りたら〜!



うおおおおおん!!!!



わたしが賢治さんのお話のなかで一番好きなのは鹿踊りなんだ!

このお話には3層の若い男が出てくるんです、
一人目はこの話を「すきとおった秋の風から聞いた」、疲れて横になっていた男。
二人目は鹿の言葉を聞く嘉十。
三層目は鹿たち。

鹿の牡って、若いころは牡同士でつるんで遊ぶんですが、
成長すると昔つるんでいた仲間であるとかそういうの全部なくなって、牝を巡って戦うようになるんです。
六番目の鹿が歌った「うめばぢ」はウメバチソウのことですが、
これは彼らにとっての牝の象徴と読み替えることもできます。
角と角をぶつけて、角がからまって、そのまま二頭もろとも死んだりもするんです。
そういう骨がたまに見つかるんだって。

その牡鹿たちの最後の青春の時間と、
青春の時間の中にいるはずなのに、疲れていて、たぶんなにかに傷ついたであろう若い嘉十と、
そしてその物語を風から聞いた「疲れて横になった」「わたくし」のそれぞれが、
「すきとおった秋の風」を媒体にしてリンクする。
それがすごく神秘的だし、美しいし、最後の一瞬というきらめきがとてもとても好きなのです。

例えてみるなら高校3年生みたいな。
もう来年はみんなそれぞればらばらの道を行くね、僕らはそれぞれこれからどう生きていくか決めなくてはならないね、みたいな時間。だからこそのきらめき。
蹴りたい背中の解説で「日本人は青春ものが好き」って言うのを読んで、それにすごく納得してるんですけど、
これもれっきとした「青春もの」の物語だと思うんです。

わたしこのことを知ってから、知ったのが高校生くらいだったんですけど、
それからずっと「秋になったらすすき野原に行って一面の銀の波が夕陽で白く光るのを見たい」って思ってて
でも大学で上京して行ける範囲のすすき野原ってわかるのがせいぜい箱根の仙石原、
でもあそこニュースで出てくるくらいの行楽地だから人多いんだよなあでもわたし人のいないとこ行きたいんだよなあ!
わたしはすすき野原に行きたいの!!すすきさえあればいいの!!嘉十の一瞬を味わってみたいの!!
っていう思いだけ膨れるそんな上京7年目です!!!



……語ったよ!!!!!
こういうテンションでこの記事書くよ!!!読み進める気なら覚悟しとけよ!



新花巻に到着して、時刻はひぐれどき。

去年から行きたいと思っていた場所へ駅から徒歩20分。



道のわきにはこういう飾りがてんてんと出ています。
よだかだねえ、よだかだねえ…!

鹿踊りでもそうですけど、よだかにもそういうシーンあるんですが、
宮沢賢治が「にわかに」って言葉を使ったあとの「にわかに」具合ってほんと「にわかに」って感じしますよね(語彙力の限界)!
すごい緩急がついてるかんじある、よだかも鹿踊りもそのシーンすきなんです、「にわかに」からのシーン。

よだかの星は妹の道徳の教科書には(かなり短縮された版が)載ってたのでそこそこの認知度だと思うんですが、
ツェねずみやオツベルと象、カイロ団長など、割とマイナーだよね?!ってお話のかざりも出ていてもうめちゃくちゃ楽しかった!

銀河鉄道は最近になって何回か読み込んでやっと咀嚼した感じ、
風の又三郎とかグスコーブドリとかは1、2回読んだと思うけどあんまり染み込んでないなあという具合で、
有名どころよりも短い童話でマイナーなほうにすごくなじみがある育ちなのです。

いちばん好きなのは鹿踊りで、その次は水仙月の四日かな!
雪女(BBA)に殺されかける話だけど、青空から雪が降るシーンがとってもきれいなんです!



高校の時スキー合宿に参加して初めてスキーをしてあんなにたくさん雪があるとこに行ったけれど、
すごく天気がよくて、青空で、でも気温の具合か頭上の木の枝からぱらぱらと雪が降ってきて、
「水仙月の四日だあああ!」って一人で感動した思い出があります。

そういえば宮沢賢治って日蓮宗なんですけど、
日蓮つながりで数珠丸さんは宮沢賢治の本をけっこう気に入って読んでるっていうmy本丸設定があります。
うちの本丸の数珠丸さんは虔十公園林が好きです。



「成したことは必ず誰かが見ているものですよ」って感じのお話です。
ちょっと教訓的な雰囲気が鼻につくかもしれないけど、こういうふうにめぐり巡って救われるとしたら
こんな優しい話ないなあって思うようなお話。

そんなこんなで小さいときから身近にいた物語があっちこっちで「やあやあよく来たね」って手を振ってて
もうほんととびきり楽しかったです。

たぶんデンマークに行ったりしたらこういう感じになるんじゃないかな
町中にアンデルセン童話があって、あっちいったら人魚姫がいるよ、みたいな。
よく知らないですけど。
あとプリンスエドワード島とか。こころおどる。こころおどる!

さてさてもくもく歩いてたどり着いたのはこちら



宮沢賢治童話村のライトアップ!

去年も開催されていて、またことしも開催されると聞いて6月くらいから「行きたい行きたい」ってうめいてたんです。

Twitterで「花巻に行きたいけどついでに刀見れる場所あるかな…」みたいなことつぶやいたら
二輪で全国どこにでも行っちゃう系のフォロワーくんが「一ノ関行ったらどうです?」って教えてくれて
「一ノ関ここにあるのかー!花巻も平泉も行ける!ありがとうこの方向で計画立てるよ!」って話をしたんですけど、

その翌日に一関市博物館で博多藤四郎展示ってニュースが飛び込んできましたよね!

エスパーかとおもったよね。わさくんのことだよ。



という、かれこれ2か月計画をねりねりしていた場所にようやく来れたわけです!





まだ日が残っている時間から夢中で撮って、







だんだん灯りが灯ってきて、









日が完全に沈んでだいぶ撮りづらくなってきてもまだ夢中で撮っていたので
3時間くらいたぶんいたと思う、ぜんぜん退屈せんかった…

小雨が降ったりやんだりの天気だったのでカメラにはちょっと苦労したんですが、
濡れた地面に光が反射してそれがとてもきれいだった!

ぬかるんだ地面に片膝ついて写真撮ってた!
ズボン一本しか持ってなかったので翌日宿着いたらすぐ手洗いするはめになった!

童話村のスタッフのおじさまに「新幹線でいらしたの?」って声かけられて
なんじゃ!?ってびっくりしたんだけど、新花巻の駅から歩いてるわたしのこと見かけてたんだって。
傘の心配とかしてくださったり、このあいだここ取材入ってこんど放送されるよって教えて下さったり
まめまめしく親切なおじさまでした。



屋台でなんとか汁(名前忘れた)を食べたよ!
売ってるおばちゃんに「なに入ってるんですか?」って聞いたら「すいとんみたいなもので、団子の生地をつかったものがはいってる」って教えてもらいました。
だが名前を忘れた!



白鳥の停車場は童話村内にあるお土産物やさん(広域表現)です!



もともとtwitterでつながってたハンドメイド雑貨のお姉さんがこちらにアクセサリーを委託販売してて、
それを物色するのも楽しみにして来てた!



ひとつにしようと思ってたけど財布はゆるゆるだったね!二つお迎えしました!かわいい!好き!



賢治童話をモチーフにしたマステもあったんです!
虔十公園林とよだかの星!


むちゃくちゃに夢中になって夜が更けて、
「そうだここ岩手だったね!!!!」って思い知るような真っ暗な道を歩いて
童話村から20分弱くらいのところにあるお宿に到着しました。



お値段安かった(4000円 バストイレ共用 朝食付き)し
外観がダサい(失礼)しでちょっと身構えて行ったのですが、
4000円でこんなにいい宿!!!と感動するきれいさでした





すごーい!あたらしい!きれい!大当たりだった!

そう言えばチェックインして、館内の設備をお宿の奥さんに説明してもらいながらちょっと歩いたんだけど、
しょっぱなからいきなり「カメラとかですか?」って聞かれてびっくりしました。
そりゃさっきまで夢中でカメラしてたけど!そんないきなり当てられちゃうような格好かな!

…そうだねそういう格好だね!黒ジーンズに黒パーカーに黒リュックに小さいカメラバッグ持ってるもんね!
ほわほわとした観光の雰囲気はしてないよね!なんか映像制作業界の人みたいな恰好してるよね!

ってちょっと客観的に自分を見て笑った夜でした。




翌朝はお宿の朝ごはんをいただいてプリキュアを見てからチェックアウト、
そしてまた今日ももくもくと歩く!



あああの林、きれいに枝打ちされてるなあ、虔十公園林はあんな感じかなあとか思いながら
イギリス海岸を目指してあえての徒歩です。
距離は5キロくらい。真っすぐ行けば1時間半かかるかかからないかくらいかな。

ほんとは北上川に沿って歩いて行ってみたかったんです、嘉十みたいに。
でもなかなか川に沿ってあるく道が上から見えなくて、とりあえずはもくもくと。



日本のあらゆるところにあるこういう景色はこういう景色だから気にしてしまうのしかたないですよね。



まあ、覗いてみるよね。



位置的にはこの「八坂神社」さんのようなんだけど、「花巻 八坂神社」でぐぐったら3件出た。
花巻八坂神社多すぎ問題。



「鳥…海…?」(脳裏にうかぶじじい)



「!!! あーっ!!!鳥と海!!!!」

どういう意味や理由のある鳥海なのかまったくわからないんですけど、
なんか妙に感動した。


ここからわたしの脳内BGMは「さんぽ」に切り替わったよ!
(※訳 ここから畑道に踏み入ったよ!)

♪坂道〜


♪トンネル〜


♪草っぱら〜


♪一本橋に〜


♪でこぼこ砂利道〜



(悪いことしてるわけじゃないけど怒られそうでちょっとびびってました)


そんなこんなでメイちゃんみたいに闊歩して、たどりついたイギリス海岸





賢治さんが「ここはイギリスみたいな地層だね」って言ってイギリス海岸って名前を付けられた場所です



北上川と猿ヶ石川の合流地点





ガイドボランティアのおっちゃんに声を掛けてもらって、いろいろ説明聞かせてもらいました
おっちゃんにこのくるみ見せてもらいました。



黒いのは、イギリス海岸の地層から発見したオオバタグルミの化石。
オオバタグルミの化石が濡れてるのは、川から発掘されてるしで水にひたして保管してるから。
これね、賢治さんが初めて発見したんだって!
白いのは比較用のふつうのくるみです。

「おや、変なものがあるよ。」カンパネルラが、不思議そうに立ち止まって、岩から黒い細長いさきの尖ったくるみの実のようなものをひろいました。
「くるみの実だよ。そら、沢山ある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」
「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」


これね、銀河鉄道の夜のプリオシン海岸の場面です。

おっちゃん「ほら、カンパネルラがくるみを拾ったでしょ、ふつうの倍大きい変なくるみ」
わたし「あっ…あ〜〜〜!!!!これ!?!?」
おっちゃん「そう、これ!」

賢治さんがここで化石を発見したという経験があの場面に反映されていると考えられる、
だからここは銀河鉄道の夜の、プリオシン海岸のモデル地だね!!って自慢げに教えてもらいました

なんだそれ〜〜〜〜うれしいよ〜〜〜〜!!!!


銀河鉄道は最近になってやっと咀嚼できたお話なんですが、
カンパネルラの「ぼくはおっかさんがほんとうに幸いになるなら、どんなことでもする」っていうせりふの切々としたいたみとか、
結末のあっけなさとかが物語としてすごくいいなあと思うのと、
あと「人魚の町のようでした」という表現と「この砂はみんな水晶だ」っていう表現と「その銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです」っていう表現が、
すごい部分的なパーツの話になっちゃうんですけどとても好きです。

きれいな言葉を味わうのは、ビー玉を口に入れてるときみたいな感じだね、
味も栄養もなくたって、ころんころんとすずやかだね、とてつもなく幸せだね!


結局わたしどこに行っても聖地巡礼しちゃうんだな!!
などと思いながら、おっちゃんにばいばいしてまた駅方面へ向かいました



そこからまたしばらく歩いてとうとう花巻駅。
こちらでは行ってみたかったカフェに入りました!



宮沢賢治の弟のお孫さんがオーナーのお店です。
twitterでも評判を見かけたので混んでるかな?と心配していたのですが、
日曜のお昼時でも常に1〜2席は空席な状態だったので
かなり自由気ままに長居させていただきました。



ブレンドとゴーシュのサブレをいただいたんですが、
そのゴーシュのサブレがとっても美味しかった!
ボリュームのないお菓子なのにしっかりおいしかった!

帰りにお土産用に箱で買っちゃいました。



旅ノートをまとめたり、写真を整理したり。
ほんとおもいっきり長居しちゃったけど(2時間以上)すごく居心地よかったです。



りんぷうしゃ、って北守将軍のリンプー医師が由来かなあ?とは思っていたんですが、
いまこれを書くためにサイトをみたらそうらしいですね!
リンプー医師は三人兄弟の医者の真ん中っこなので、賢治さんを長男としたときの自分の位置となぞらえたかな?などと推理してみたり。

北守将軍は中華っぽい雰囲気のお話なのですが、
北守将軍が「門を開けてもいいではないか」って言うときの口上と、
あとその直後の兵隊たちの軍歌の歌詞がとても好きです。



「みそかの晩とついたちは 砂漠に黒い月が立つ
西と南の風の夜は 月は冬でも真っ赤だよ」


わたしは朗読のCDをめちゃくちゃ聞いてて、この軍歌にもメロディついてたんですが、
いまでもそらでだいたい歌えると思う。重くて疲れたメロディでこんな歌詞でとても好き。
小さいときは別に好きでもなかったんですけどね、いまになってみるとって感じ。


2時直前くらいにりんぷうしゃを出たのですが、お昼食べ損ねたので、
すぐ近くにったお店で甲子園を片耳に聞きながらカツカレー



グラスがかわいい。




このあともうちょっとだけ時間を潰したかったので、
駅の近くの喫茶店を検索したらすごくおしゃれなとこがあったので行ってみた



これ書くためにググりながら「サイト持たないでFBだけにしてそうだよな」って思ったらやっぱりそうだった。
つまりはそういう傾向のすげえオシャレな感じのお店。



「南青山かな!?」
とか思った。南青山そんな行ったことないけど。




そして上手い具合に時間を潰して、この日のお宿へのシャトルバス!



ボーナスも出てるしね!ってことでちょっと奮発のお宿です!でも1万円にぎりぎりいかないくらいのお値段!
前に福岡に行ったときもそんなことあったんですが、
今回も「同じ料金で広いお部屋にグレードアップさせていただきました^^」ってなってラッキーでした



広いぞ!これ合宿だったら6人くらい詰め込んで平気だね!って判断されるくらいの広さあるぞ!



旅館に泊まるならこのスペースは欲しいよね!
このスペース!(名前知らない)

お風呂入って豪勢なご飯食べて、玉集めしながら本読んだりしてゆったり過ごしました。



デザートで出てきたキャラメルのムースがとびきりおいしかった!



雨が降ってるのかな?って思ったけど川がすぐ近くを流れてて、川の音だった。
きもちよくのんびりできた一日だった!



翌朝は10時にチェックアウトして、シャトルバスできのう2時間かけて歩いた道を15分で走り抜けて
新花巻駅から新幹線に乗って東京へと戻りました。



また新幹線直前にお土産を買ってしまったよ…フレーバーティ…
いつもの遠征は「展示を見る!神社にいく!お寺に行く!めしはコンビニでOK!終わったら帰る!」みたいな旅程がほとんどなんで
今回みたいに観光の比重が多いのめっちゃ珍しくって、
そして普通に観光メインにするとめっちゃお金ぽんぽん飛んでくんだな!って再認識しました
いつもこうだと破産するけど、たまにはいいね!たまにはね!

そして月曜の昼過ぎに東京に着いたわけですが、
絶賛修羅場週間だったためそのまま出社して夜9時まで働いてからやっと家に帰りました。
黒ジーパンに黒パーカーにリュックにマーチンのブーツで出社するような日が来るとは思わなかった。

修羅場週間を乗り切り、いろいろと落ち着いて、やっとここまで書きあげましたよという次第です。





さて、いろいろと好き勝手書いて趣味に走った内容でしたが、
わたしの語りでなにか興味のあるお話が増えてたりしたらうれしいです!

宮沢賢治は好きじゃない人はぜんぜん好きじゃないけど好きな人はだいぶ好きになる方向のお話が多いように思いますし
著作権切れで青空文庫にいっぱいあがっていますのでよろしければどうぞ!

あと先ほど特務司書さんのツイートで知ったんですが、今日(8/27)って宮沢賢治の誕生日だそうですね!
たまたまですけど、その日にこの記事をあげられること嬉しく思います

ここまで読みおおせた方々の酔狂さには頭が下がります。
わざわざ読んでくださってありがとうございました!

しばらく千歳のかたみとなれり〜平泉と博多藤四郎編

August 26 [Sat], 2017, 16:35

夏は旅の季節ですから!
春も秋も冬も旅の季節ですけど夏はひときわ旅の季節ですから!

ということで、夏の旅のふたつめの記録を書こうと思います、いざなみです。
平泉と花巻に行ってまいりました!

今回のブログでは平泉編花巻編に分けて書こうと思います。
平泉編では中尊寺や毛越寺、義経堂を歩いた観光ログと、
一関市博物館で博多藤四郎を見た話をしようと思います。

花巻編では、宮沢賢治童話村をはじめとした
花巻市での観光の話です。

つまりは平泉編の一部しか刀剣乱舞要素はないですよ!
欲しい情報選んでね!てきとーに読み飛ばしてね!という前説です。





8/18(金)、池袋の芸術劇場わきのバスターミナルから出るバスに乗り込んで岩手へ。
池袋にはそれほど親しんでないタイプのオタクなんですが、夜の芸劇の雰囲気って好きです。
選んだ夜行バスが芸劇のとこ発だとラッキーって思う。

翌8/19(土)、朝5:40ごろ平泉へ到着!



霧雨がふったりやんだりの天気でした。
夏の朝だね!旅だね!遠征審神者の朝は早いんだよ!って感じの雰囲気です!

駅のトイレで身支度をしてまずは中尊寺へ。



徒歩30分くらいの距離です。
駅前にはレンタサイクルやさんとか、もちろんバスとかも出てますけど、
早朝でまだ始業前ですしだからって始業まで待とうと思っても他に開いてるお店で時間を潰すこともできないですからねだって田舎。
徒歩30分という時間つぶしです。



街灯のレトロ感に「そうだよね〜そんなかんじだよね〜」みたいな納得をしつつ歩きます。
むちゃくちゃ商店街!お土産物ストリート!ということはないんですが、
ぽつぽつ観光客向けのお店が建っているという感じのほどほどの観光地感でした。





日本史の授業で聞き覚えた程度しかない奥州藤原氏のおぼろげな知識が、
めきめき肉付けされていくような一日でしたが、これがその一番はじめ。



中尊寺に着いたものの、一番下の門からけっこうな傾斜なんですね!
早朝でよかった!あんなに息きらしてるの周りの人に見られるの恥ずかしい!



参道の両脇の木は、伊達藩が植樹したものなんだって。
そうか、ここも伊達の領地か!今年の夏は伊達のシマを荒らしまわってるな!などと思いました。

▼夏の旅のひとつめは仙台のほうを荒らしに行きました



「うおっ!?」


唐突にあらわれた弁慶どの



弁慶堂というお堂でした。

そっか〜そうだったここ平泉だもんな〜ってなりました。



建築はそれほどわからないのですが、弁慶堂の彫り飾りすごいな〜って思った。





由緒がき。この建物自体は再建なんだそうです。



「なるほど、して文久九年とはいつなんだ!」と思ったら



やっべ〜〜〜〜痒い所に手が届く〜〜〜〜〜!!!!まじありがとうスキ〜〜〜〜〜〜!!!!!
となった。

本堂のお歌の奉納を読んで雨に打たれたような気分になったりとか





目にご利益があるとことか





能舞台とか




(うおおすげえ秀次と政宗〜〜〜!)

いつでも拝観できるようになっている場所をぐるりと回って、
メインディッシュの金色堂が開くのは8:30でしたので、のんびりツイッター警備員などをしました。



中尊寺おもしろいなあと思ったのが、小さいお堂がいくつもあって、
それぞれでみんなそれぞれのお守りとか御朱印とか出してるんですよね。
あれよ、ディズニーランドで、キャラメル味のポップコーン食べたければあっちのエリアまで行かないとない、
ポップコーンも欲しいけど容器も可愛いよねまあ買うよねってなるじゃないですかわたしじゃないですよ友だちの話。あれと似てる。

仏教アミューズメントパークかよ!みたいな感想でした。


そんなこと思いつつ8:30になったので金色堂と宝物殿に入りました。
宝物殿は讃衡蔵というのですが、ここのお土産物を売っているところに奥の細道が置いてあって、
手に取ってみたら開き癖のついているページが平泉のページでした。
中学ぶりに読みました。こんなに短い文章だったんだなあ。



夜光貝と言ったかな、金色堂の螺鈿に使われている貝の名前がとてもロマンチックだなと思いました。
修繕の際には沖縄から取り寄せたものを使っているそうです。



宮沢賢治の詩碑とか。そっか地元(広域)だもんなそりゃ詩くらい書いちゃうよな。

金色堂自体は写真を撮れないのですが、
「しばらく千歳の記念となれり」という芭蕉の言葉、とてもうまいよなあってこと思いました。
あと友人に言わせると中尊寺はエロスオアシスだそうです。主にミイラのあたりのことを言ってるんだと思います。



このツイート、たくさんの人の同意の声とともにTLを何度も泳いで渡っていましたが、
偶然ですがわたしも同じ日に拝観していたなあと。
もしかしてわたしが見ていた、そのとき同じ場所で隣で見ていた女の子にとって、
この数分がこの先何年も残る特別になるのかもしれないなあとかそういうこと思ったり思わなかったりしました。



でっかい卒塔婆だああ



金色堂エリアをぐるっと回って出たところにある綺麗なお堂。
すごく写真にいい感じの場所だった!





だれだ最初に石を積んだのは



ぐるっと歩いて10時近くなっていましたけど、まだ朝から水以外何も口に入れてなかったので
山を下りつつジャンキーに買い食いしました。



買い食いすると観光っぽいよね!おもち200円!



金色棒なるもの300円!鶏肉とチーズを揚げたものがまずいはずはない!

この金色棒を食べたのは山門を出たところにあるお土産物やさんだったのですが、
そのお向かいに弁慶のお墓がありました。



弁慶どの〜…



六道の道のちまたで…



あとこの字を書いたのが比叡山のお坊さんでちょっとびっくりしました。
よかったね弁慶どの


あと帰りがけに弁慶堂に寄って、御朱印をいただきました。(朝は開いてなかったからね)
御朱印待ってる間にお土産物見てたらこんなん見つけて



「おお岩融だ!なあにお前、なんだよおボールペンにでもなっちまったの?」

って思って引き抜いてみたら


>>>岩融(耳かきの姿)<<<

「い…岩融〜〜〜〜〜!!!!!」



というのがツボにはまりすぎて、いつもだったらこういうの買わないのに買ってしまいました。
というわけで今うちにはちっこい岩融がいます。かわいいやつです。



さて、ここから駅方面へ戻る途中、義経堂へ立ち寄ります。



義経公最後の地ですね。
物語ベースで話せば、今剣が役目を果たした場所ですね。



義経堂が建てられたのは江戸時代で、その当時の伊達の領主さんが建てたんだとか。



供養塔のほうは昭和61年に造立されたもの。かなり最近なんですね。
これ、ホームページを見てみたら、義経の供養塔じゃなくて、「義経主従」の供養塔なんだって。
なんだよそれ、なんだよそれ…となりやすい文字列。




高館から見た衣川。芭蕉が平泉の項で書いてる風景です。
時のうつるまで泪を落し侍りぬと芭蕉が泣くのを
何百年も前のこと思って泣くなんて大げさだなあって思っちゃうけど、
昭和61年になって供養塔を立てちゃう後世の人間の一員なんだからなんも言えないですね。
けっきょく我々はみんな同じものに惹かれるのだなあなどと思いました。





義経堂にも、弁慶堂にも、8月でも色のきれいな青い紫陽花が咲いてて、
なんだかちょっと主従を感じました。



駅まで戻って、今度は毛越寺へ!
駅からは10分くらいの距離です。



こちらはお庭が見せ場のお寺さんです。
宗派のことぜんぜん知らないからアレなんだけど、「天台宗 別格本山 毛越寺」ってなんかすごいね!?
別格本山ってなに!別格!






この写真を見て「ああ線香の煙ってほんとに青いんだな」って思った



お池をぐるりとするタイプのお庭です。
日本史の資料集に載ってた寝殿造りのあるお屋敷みたいなかんじ。舟遊びのできそうな池。



この赤見つけたときヨッシャアアア!って思った。



抹茶オレみたいだな〜と思いながら撮った。



境内にある茶屋でお昼を食べたりしました。


宝物殿も見学したのですが、秀衡の「鉄樹」というお道具があって、
これは祭事のときの飾りにつかうもの(大ぶりなことが珍しいらしい)なのですが、
「舞草鍛冶の作と伝わる」と書かれていておおお!と思いました。

舞草鍛冶は一関市内で刀を作っていたと言われる、とっても古い刀工集団です。
(まいくさじゃなくてもくさって読むんだよ。普通読めないね)
日本刀の源流って言われたりもします。



髭切が奥州舞草鍛冶文寿の作という説もあります。
(すごいいろいろ説があるみたいなんですけどね。そのうちの一説)

刀として名前を見るならそれほどびっくりはしなかったのですが、
こういう美術品?なんだろう工芸品?こういうもので名前を見るのはまったく予想してなかったのでびっくりでした。
でも剣も祭事に使うものでもあるし、なんとなくモノとして繋がりがある気はしますね。



いま参考資料をググってたらこんな動画ありましたね!地鉄がっつり見えて楽しい映像です!

というわけで、このあとはその一関へ向かいました!






平泉地域から一関市博物館へ行くバスが、本数はすごく少ないんですが出ています。
毛越寺からでも、駅からでも。
時間は20分くらいで、案外近いんだな〜!とびっくりでした。距離感土地勘がないとこういう風。




さて、一関市博物館だよ!!!!


名刀ぞろいですが、その中でもやっぱりメインのお目当ては博多藤四郎
代々木の刀剣博物館に委託されていて、そのうち見れる機会はあるかもな?と思っていたのですが
まさか初の機会が岩手だとは思っていませんでした。
刀剣博物館が移転する関係もあったでしょうし、所有者様がいろいろ考えて、結果的に文化庁が購入することになったのだと思われます。

というわけで、今回の展示は「文化庁が近年購入した作品・資料」を中心とした展示となっています。
写真は受付で申し出て、簡単な手続きをすればOKというとっても嬉しいスタイルでした。





地味に好きなこの手のもの。







さて、刀剣のお部屋です!


●国宝 太刀 銘 久国

キャプションを見る前に考える練習をしました。
「すごく丁寧な肌だ」って思いました。



なんだろ、姿的には古いよね、肌こんなだし、山城?
とだけ思ってキャプションを見て、久国ですごい納得しました。



わたしまだ粟田口の系列しっかり覚えられないんですが、久国が六兄弟の次男さんですね。
長男の国友の子どもが則国、その子どもが国吉、国光、吉光。
国吉が鳴狐の作者で、吉光は藤四郎ですね。

せめて世代と名前は一致させたいね。うっかりとんちんかん言いそうで怖いし。
という目標です。



●国宝 金象嵌銘 正宗本阿
本多中務所持(名物 中務正宗)


ちゅうむじゃなくてなかつかさ。
なかつかさは本多平八郎忠勝のことです。
つまりは本多忠勝所持の正宗ですよ、というもの。ごつめな姿です!



遠目で見ると「うおおがっしりしてるなあ」って思うんですけど、
近づいて細かい肌を見るとものすごいキレイ目さんで、正宗納得だ〜って感じです。



(今回の展示な、ガラスと刀が近くって、すごい肌めっちゃアップで撮れるの超楽しかった・・・)

パッと見は実戦刀っぽいがっしりさがあるんですけど、
刃文や肌がきれいだから近くで見ると実戦刀っぽい印象がさっと消えちゃうんですよね。
肌は全体的に詰んでるけど、真ん中ちょい下のところはぐるぐるうねうねした肌が目立ってました。

あとテンション上がっちゃったのははばき!



「なにこれ!お歌!?わかんない!でもすごいぞこれ!」

刀身彫刻とかもそうですけど、こんな場所にあえて文字を入れるってすごい思いが込められてるように思います。
命あずける道具ですもんね(実際使ったかどうかは別として)。
三河武士の願い…熱い男…

(なおこのはばきがいつのころから付けられてる物なのかまったく知らないで好き勝手言ってます)



●重要文化財 刀 銘於南紀重国造之



新しめの刀です。

わたしこれ見て、ぱっと「入道雲だ!」って思ったんです。



う〜ん、写真だとどこが入道雲だよ!って感じなんですけど、
実物を見たらそう感じたのです。
そう感じたってことを残しておきたいから書いた。


●重要文化財 刀 銘 繁慶



とりあえず銘がかわいいねんはんけい。



なんというか分かりやすいのでみなまで言わずともわかると思うんですが
肌がさー!すごいよなー!!!





木目というより、水みたいな印象ですね。
なんかこう、うねる線の幅が広いからそういう感じがするのかな?とか思います。


●重要文化財 短刀 博多藤四郎


入って真正面で堂々とし過ぎて一周して戻ってくるまで気付かなかった(←)



陰翳礼讃といった感じですっと浮かび上がるように佇んでいました。

twitterでもさんざん写真回ってきて、吉光でこんな肌するんだ!ってびっくりして楽しみにしてたんですけど、
ほんとにすごい特徴的な肌でもう写真が楽しくてしょんない!



このぐるぐるうねうねはきっさきのほうが強くでていて、
根元の方はもっと落ち着いた感じでした。とんがってるねえ博多!



「ゴッホの絵っぽい」っていう感想を小耳にはさんでいたんですけど、
すごく納得する例えだなって見て改めて思いました。



ゴッホみたいな肌もすごくテンション上がるんですが、
わたしがすごく気に入ったのは刃文のふちの様子。



ずっと「これなんかに似てるんだよなあ、なんかに似てるんだよなあ…!」って思ってたんですけど、
あれです、ハリポタの憂いの篩



見せたい記憶を抽出するときのあのひかりの糸!
ひかりの糸のようだった、ってtwitterでは言ったけど、そのときイメージしてたのはこういう感じだったのです。
やっとわかったー!すっきりしたー!

ぴんと張った糸ではなく、うるんで垂れさがった糸でもなく、
こういうゆるゆると伸びて繋がってそれでいてしっかりと発光しているような感じ、
すごくきれいな糸だなあって思ったのです。

きれいだったなあ。見れてよかったです。



あとうおおすっげええってなったのがはばきの厚さ。
厚い!!
これ金無垢だろうし、原材料だけでウン百万しそうな厚さしてるよ!
すごい。すごいんだねはばき…



博多のキャラクターとしての博多らしさ(?)をほんのり感じて、一関市博物館を後にしました。



わたしの稚拙な感想じゃ物足りないぜ!って方はこちらをどうぞ。
予習として読んだら写真がすごすぎてテンション上がって困った。



という感じで平泉編を閉じますよ!
このあとは花巻へ!イーハトーヴへ向かいます!ただひたすらに観光です!

長々と書きました、なにかの足しになっていれば幸いです。
ここまで読んでいただいてありがとうございました!

くもりなきこころの月を2017〜大倶利伽羅と乱藤四郎に会いに行ったよログ〜

August 15 [Tue], 2017, 14:35

夏は旅の季節です!春も秋も冬も旅の季節ですけど!

今年の夏の旅のひとつめは、宮城に行ってきました。
去年と同じく、大倶利伽羅・乱藤四郎の展示です!

場所は宮城県大崎市、最寄り駅は有備館駅。





去年と同じく中鉢美術館日本刀剣博物技術研究財団のタッグで、
今年は佐野美術館致道博物館も協賛として各館所蔵の刀剣が数点出張してきていました。

今年は去年と違って、開催会場が二か所。
中鉢美術館では中鉢美術館所蔵の舞草刀などと、財団所蔵の刀、致博、佐野美の刀などが展示されていて、
これは8月末日(予定)まで展示が続くそうです。

もう一か所の会場はそこから徒歩20分くらいの場所にあるスコーレハウス。市民文化会館的な建物でした。
こちらで2017/8/11〜13の3日間、大倶利伽羅、乱藤四郎をはじめとしたレアな刀が展示され、
講演会もこちらの会場で行われていました。

ということで、去年とまったく同じだと思って行くとヘタこくぜ!って感じにレベルアップしています。
財団も中鉢さんもツイッターアカウントを開設されて、ちょいちょい情報を発信してくれていました。
来年も開催される気がしますし(だってノリノリだし)、上手に情報受信したいよねってところです。


そういうヘタはこかなかったけど、出鼻くじかれるところから始まったわたしの今回の旅のレポはじまります!



今年も去年も行った日は同じで初日の8/11。
去年は新幹線で向かったのですが、今年は夜行バスを見つけられたのでバスで行きました。

▼去年の




東京駅のバスターミナルの行き先に「古川」というのを見つけて
「古川ゆきのバスあったんだ!?!」
と知って捕まえることができたバス。予約は一か月前からです。

東京から向かうと東京→仙台→古川までは新幹線で行けるのですが、古川→有備館までは鈍行になります。
目的地に一番近い主要駅って感じでしょうか。
「やったー6時台に古川に着ければ7:30からの整理券配布にちょうどいいくらいの時間に着けるじゃん!」
ってわっしょいわっしょいした気分でおりました。

ところがどっこいお盆舐めてた。

帰省まっさかりの下り路線、大幅に遅れ3時間遅れで古川に到着しました。
10時少し前くらいの時間でしたが、10時台にある列車は特別料金の必要な全席指定の急行のみ。
「ほんの20分で行ける距離を課金して行きたくねえよ!」と思いつつ一応窓口で確認したのですが、
どっちにしろ全席満員で乗られませんでした。
そしてその次の電車は11:15。

お盆舐めてたね!!!

タクシーも考えたけど概算6000円って出たのでまあ諦めました。
のんびりゆったりの布陣で駅ナカのタリーズでお茶してから11:15のに乗っていきました。
コンセントつきの席がありました。人は多くないです。よい朝だね。



という感じでのんびりと有備館駅へ。
入場はICカードでできてしまうんですが、有備館駅は無人駅でICカード対応していません。
きっぷを買って乗りましょう。



ずいぶん出遅れた出発でしたが、整理券は1090番台。
整理券の番号順で25分入れ替えで中鉢美術館での展示が見られます。
まだ入場まで時間があったので、先に有備館を見てきました。



中鉢美術館の整理券で団体料金で入場できます。
小雨だったので明るい写真はあんまり撮られなかったのです。







8月になってこんなに色付いてる紫陽花見られるとはなあと思いました。



あちこちに竹雀がいました





さて時間がきたので美術館へ!
時間が限られてるし、空いてるところをつまむ感じで見てきたので、全部をじっくりは見られませんでした。
ほんとは地元の刀もじっくり見たいところだったんですが(他ではそんなに見られませんものね)、そうもいかず…
ただ、自分的にすごくちゃんと見れた!よかった!って思ったのは清光です。

今回の展示では刀と太刀の二振りの加州清光が展示されていました。
あまり美術館に所蔵されているような刀ではないので見る機会がそんなになかったのです。

太刀のほうが抜群の出来、講演会では「これを見て清光だと当てられる人はいない」と言われていて、
それはわたしも見てわかりました。
全体的になめらかで刃文はふわふわ、良い鉄を使えたんだろうなあとか思います。
美術品っぽい雰囲気むんむんしてる。

でもわたしが見て好きと思ったのは、もう一振りの「並みの出来」の刀の清光のほうでした。
刃文のふちの沸えが、つぶつぶきらきらとしたのがずうっと伸びていて、海の泡みたいでした。

その隣には11代兼定の作も二振りあって、これも片方がいい出来、という風に紹介されていたんですが、
いい出来、と言われるのがどっちなのかはわたしもわかって、
でも「おもしろいな!」って思ったのはいい出来じゃないほうでした。
バウムクーヘンみたいなしましまの肌してたんですよね。

だんだん、「良い」と言われる刀がどういうものかっていうのはわかるようになってきた気がします。
他のとこでも「これ国宝ね〜納得〜」みたいなのあるし。
でも「良い」と言われるのと自分が「好き」って思うのは別の部分だし
良いものを見分ける力と、自分が好きなものを好きって思う感性を切り分けて両方持っていきたいなって思いました。

ほかにきちんと見れたのは安綱
銘がかわいくて、ほわほわと映りが立っていました。

地鉄はなんというか流れがなくて、
柾目の肌を川みたいだと言うとしたら、これは地面みたいな肌だなと思いました。ずっしり。
刃の部分がすごく細くて、
これは最初からこういう焼きなのか研ぎ減ったのかは知らないんですけど、
刃がなくなったら刀としての機能がなくなってしまうじゃないですか。
もうすぐ消えてしまう古いお祭りとか、古いお社とかを連想してなんだか胸がぎゅっとなりました。


それから左文字のファミリーも展示されてました。
小夜たちを打った左文字は左のいちばん最初なので「大左」と呼ばれるのですが、
大左の作、左文字の父の実阿の作、左文字の名前を継いだ刀匠の末左の作も展示されていて、
あまりじっくり考える余裕はなかったので理由はよくわかんないんですが、
今回展示されてるやつだと大左以外の実阿、末左の作が好きなように思いました。
大左はきれいめだから、いろいろと特徴のある他の刀匠の作のほうが見ごたえがあるように感じたのかな?


あと財団さんが噛んでる展示だと毎回やってる気がするんだけど
「あっ正宗あったんだよね正宗見なきゃ…ってお前か!会ったことあるな!」ってなる真田の正宗とか
「あっ同田貫あるじゃん見なきゃ…ってお前か!お前も会ったことあるな!」ってなる血吸ってるたぬきとか



(この雑なイラストで「あああれのことね」とわかったらえらい)

さて、タイムアップで美術館から出たら遅めの昼ご飯くらいの時間でした。
スコーレハウスでの講演会は3時から、特別展示の時間は17:30からでしたので、
のんびり歩きながらスコーレハウス方面へ向かいます。



朝3時間も遅れなければさっと行ってぱっと仙台へ戻って市内観光も考えていたんですけどね、
もうすっぱり諦めたのでのんびり田舎道で夏を探して歩いてました。





日本酒、持ち帰るのも大変だしあんま飲めないし、ってことで中は覗いてないんですが
この森泉さんは日本酒の専門のお店。
さっき知ったんですが、おとなりのレトロ館もこの森泉さんの持ち物なんですね。



日本酒のゼリーがおいしかったってTwitterで見た。

たぶんもっとちゃんと探せばあるんだろうけどあんまりお店見つけられなかったので
十字路のとこにあった柳月食堂さんに素直に入ってお昼にする。



お昼は2時で閉めるみたいでした。





雨だったのもありとても涼しい気候だったのですが、
クーラー使わずに窓開け放って営業していたので、こういう感じいいなあなどと思いました。





からあげラーメン。680円だったかな?

食べ終わってまたぶらぶらと歩く。わざと道を外れてみたりする。





大き目な通りを通るとこういうお店も。
青い鳥のカフェはちょっと気になってたんですが、営業が土日のみでこの日(8/11(金・祝))はやってませんでした。



まっすぐ行けば20分で済む道を1時間以上かけて歩いて、
講演の始まる3時ぴったりくらいにスコーレハウスに到着です。

2時間超えの大盛り上がり講演だったのですが、自分がメモったとこだけかいつまんだ雑レポしますね!
財団理事長さんである澤口氏の講演です。あいかわらずキレッキレです。


●例のアレ(ヤフオクでの偽物出品)のせいで講演内容と展示に乱藤四郎追加

概要については財団のサイトに出ているこの説明でご確認いただくとして、





押形を参考にして作られているんだなあという感じの刃文はしているんですが、
新しい鉄で作られているために刃文の白と肌の黒のコントラストが強すぎる。
目貫穴が綺麗すぎる、電気ドリルで開けられているのがよくわかる。
銘が違う。勢いがない。などのお話がありました。

「銘の勢いがない」って刀剣の真贋鑑定で聞く言葉ではあるんですが、あんまりしっくりきていなかったんです。
今回のお話では
「自分の名前って打ち慣れているから、勢いよくカンカン打つことができるでしょ?だから彫りも深くなる。
偽物の銘は、本物を横に置いて見ながら、似せようとして打つからどうしても弱くなる」

って説明をされてて、なるほどしっくり納得がいきました。

あといままではばきってあんまり気にしていなかったんですけど、
あれ金無垢だったら単に材料費だけでもめっちゃするんですもんね、
由緒のしっかりした刀だとしっかり贅沢なはばきが付いてるって考えてもいいんですもんね。


(いちおうはばきはココの金具だぞっていう図)

なんかはばきってもっとちょくちょく取り換えるものだという謎の思い込みがありました。
いまの持ち主が付けたもんやろ的な。
これからもうちょっと気にして見ようと思いました。


●乱藤四郎は織田信長所蔵だったの?

テレビで今回の騒動が紹介されたときに「織田信長も持った短刀」という感じでナレーションされていて
「そうなの??」って声がtwitterで上がっていたりしたのですが、
一応織田信長の所蔵でもあったらしいです。

乱藤四郎は足利義昭(室町幕府15代将軍で最後の将軍、足利義輝の弟で元坊さん)の所蔵でした。
1569年に三好に足利義昭が襲撃されたとき、朽木元綱という人が足利義昭を助けます。
この朽木さんは織田信長の家来で、足利義昭は朽木さんに助けてもらったお礼をあげたいと思いました。

でもこういう時に、朽木さんに直接褒美を上げるといろいろと角が立つので、
まず織田信長に品物を渡して、「こないだ朽木にめっちゃ世話になったのでよろしく頼むな」って伝えて、
その品物を信長経由で朽木に渡してもらいます。

この「品物」が乱藤四郎だったと言われ、だから「信長所持」であったということになるそうな。
たぶんしばらくは信長の手元にあったもんね。

▼参考


という解説をしてくださってました。この流れが書かれた由緒書きも展示されていました。

あんまり関係ないけど享保名物帳の乱藤四郎の書かれてるページがスライドで出たんですが、
乱藤四郎の前が毛利藤四郎、その前が信濃藤四郎でした。
こ…こういう並びか…!と思った。



毛利くんいません!


●大倶利伽羅広光

大倶利伽羅の刃文に、二つのちいさい丸が見えます。
これを「二匹目の龍の目玉」と呼んでいるのですが、これは何億分の一の確率で出現するもの、
腕と運の両方がないと出現しないもので、
「だから大倶利伽羅広光の偽物は作れないね!」と先生おっしゃってました。

去年の中鉢での講演会のときは龍の上部にわずかに残っているちょんちょんとした彫りについて、
「なんなのかわからない。オーラの表現かな?知ってる人いたら教えて」という話だったんですが
今回の講演では「龍が上を向いて炎を吐いている、炎の跡」と明言されていました。
リアルタイムで研究が進んでいる…!

中鉢で展示されていた清光と対比して語っていたのですが、
清光も広光も鉄の粗悪さという点では同じくらい悪い鉄を使っていたそうです。

清光は鉄が悪いから、良い作がなかなか作れない。たまにすごく良いのがあるので腕が悪いわけではない。
美術品としての刀よりもよく斬れる刀をたくさん作った。たしかによく斬れる。

広光もよくない鉄を使っているけれど、そのくせすごくいい刀ばかり作る。
こういう鉄でこんなにきれいに作れるというのはすさまじい腕。

というような話でした。
ここで言う「いい作」というのは、主に肌の滑らかさのことを指すみたいです。

ホットケーキ作る時、あんま混ぜないでダマいっぱいの状態で焼いたらボコボコになるじゃないですか。
食べたら「うえっ粉そのまんま残ってる!」ってなるやつ。
しっかり混ぜてダマなくして焼いたらつるんとなめらかなお肌に焼きあがるじゃないですか。
しっかり混ぜられた生地じゃないのにしっかり混ぜられた生地で焼いたみたいなホットケーキ作れる人らしいです、広光。
すっげえ腕だったってわけです、広光。
(どういう例えだ)



という感じでかいつまんだレポを締めさせてもらいますが、
質疑応答で理系の人たちの質問がキレッキレでわけわかんないけど面白かったです。
なんか知らないワードが頭上を飛び交っていた。ぼくは文系だからね。



終ったら17時少し過ぎで30分からの順番だったので少し時間はあったんですが、
もう番号関係なくどんどん案内していたのでさくっと特別展示の会場に入れました。

ひとつひとつじっくり見れないぞ、比喩力一本勝負だぞ!という勢いで臨んだので一言メモ程度になりますが以下の通りです。

弾正左文字、流れ星みたい!
鄙田青江、うつり、ちりめん肌、肌細かい!
、上まで焼き、刃文ふわふわ、肌潤ってる!
大倶利伽羅、白の龍、刃文と地鉄に星がたくさん、天の川みたい でかい、がっしり!

じりじりと目に焼き付けるように見たのですが一振り10秒であっという間。
でもこの時間人が全然いなくて、びっくりするくらい空いてたので会場の方に
「もう一巡できたりしますか…?」と恐る恐る聞いてみたところ、
「下で受付しなおしていただければ」とのことでしたので、ぐるっと入口に回ってもう一巡見てきました!


●乱藤四郎

講演で「エステ80%完了♡」だなんてお茶目な言い回しされてたのでその刷り込みがあったのか?とも思わんでもないのですが、
なぜか肌がすっごく潤って見えたんです。
刀剣用語的なやつではないですよ、人間のお肌と同じ意味でのうるおいですよ。
スチーム当てて水分調節して毛穴ケアして高い化粧水とクリームで仕上げしたかのような肌に見えて
自分でも意味が分からない。うるつやでした。意味が分からない…なんだったんだあれは…

あと地鉄ですが、根本のところは穏やかで下から3cmくらいのところからうねる肌でした。
きっさきにある錆びの跡とか、目貫穴のぎざぎざしてる様とか、焼きが上までぐるっとまわるのとか、
講演で言ってた部分を実際に確認することができました。



●大倶利伽羅広光

去年見たときも「南北ゴリマッチョのはずなのにそれほどゴリマッチョな印象じゃない」って思ったのですが、
今回もそんなにゴリマッチョしてないように見えました。この基準がなんなのか自分でもよくわからない。

刃文の白い龍や、地鉄の様子など、天の川みたいで見どころたくさんあったのですが、
しんしんと心に響いたのは龍の彫のほうでした。

銘の彫りの勢いの話を聞いたあとだからか、こんなにたくさん研がれてすり減っているのに、
まだこんなにしっかりと彫られているって、
これ彫られた当時はどれだけ深く深く彫られていたんだろう、って。
これだけ深く彫り込むって、どんな思いを込めて彫られたものなんだろうって。
700年前に彫られた龍はまだここにいて、
700年前の炎は消えかけていても、またその存在を再確認されたんだなあ、とか。

関連するようでしない話なんですが、
わたしはモノを大事にできる性分じゃないので、刀を手で持つような会にはとても行けないなあと思っています。
現代における刀剣は実用品ではなく美術品ですから、絶対に傷付けちゃいけないし、
後世に残すためにできる限り研ぐことも少なくするべきなのですよね、
研いだらその分なくなってしまうんですから。

わたしはそういう、精密さを必要とする「モノを大事にする」は上手くできない性分なのです。
モノは使ってなんぼだし、限定グッズとかも実用できないものだったら買わないし、むしろ使って傷をつけていくのが好き。
マーチンのブーツはくたくたに履きつぶしたいし、いっぱい傷つけて革をやわらかくしてわたしのモノにしたい。もちろん汚れたら手入れするしじきに中敷きも変えようかなとか考えてるけど。
キレイに飾るよりそういうのが好きな性格です。

今回この大倶利伽羅の龍を見て、これは「モノは使ってなんぼ」の時代のモノだったのだなあとか思いました。
すり減って、くたびれて、それで自分のモノになる、そういう風に愛されていたのかもなあ、とか。
まあどの程度合致するかはわかりませんけどね。




さて、そんなこんなでかなりじっくり二振りを見れて満足してスコーレハウスを後にしました。
スコーレハウスから岩出山駅に向かい、鈍行で仙台へ。



小牛田乗り換えで新幹線もありますけど、まあこれくらいの距離なら鈍行で行っちゃいます。
仙台まで行って寝過ごして慌てたりしましたが、この時間は若干便数が多いのでどうにかなって、
21時ごろ仙台に到着。



駅ナカのお店でお土産買ったり。



都内でも買えるんですけどね、本社は宮城みたいです。
レモンカレーは前食べたことあるけど美味しかった。







もう遅いけどなんか腹にいれねばね〜と牛の乗っただし茶漬けを食べてかろうじて宮城っぽいものを接種したり。



なんやかんやしつつ時間を潰し、23:30の夜行バスで東京へ戻りました。
戻りは渋滞なかったなー、やっぱ下りは要注意なんだね!お盆!





という具合で、のんびりぐだぐだな宮城の旅でした。

文中では紹介しませんでしたが、有備館の駅前に飲食物の出店を出してくれていたり、
武将のみなさんが「写真はどうじゃ」って言ってきたり、
古川の改札前に「有備館駅はICカードが使えません」と張り紙を用意してくださっていたりと
地元の方々がかなり協力してくださっているんだなあというのを感じてきました。
訪れる側も受け入れる側も、お互いにいい気持ちで長く付き合っていけたらいいよなあと思います。


今年の公開はもう終りましたが、来年以降であった場合のなにかの足しになっていればと思います。
ここまで読んでくださってありがとうございました!
P R
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:いざなみ
  • アイコン画像 性別:女性
  • アイコン画像 誕生日:1992年9月2日
  • アイコン画像 現住所:東京都
  • アイコン画像 職業:会社員
読者になる
twitter:@CaaatK
ツイッターでもコメントでも感想とかいただけるとうれしいです。
2017年11月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30