「jupiter」 BUMP OF CHICKEN 

2004年09月25日(土) 0時02分
Title of mine

何故いつまで経っても夜は眠れずに 
もう聞き飽きた筈の歌を聴いたりするの
何を恐れて何が必要なのか
雀が鳴くまで考えたって一つも解らなくて

それは孤独という名の重い鎖だったんです
自ら上手に体に巻きつけたんです
どこで見つけていつの間に巻いたのか
焼けた空を見た時君の声が聴きたくなって
ふと気付いたよ

人に触れていたいと思う事を恥じて
嗚咽さえも噛み殺してよくもまぁ
それを誇りと呼んだモンだ あぁ

この震えた喉に本音を尋ねたら
声も震えていてちゃんと聞こえなかった
差し出された手を丁寧に断ってきた
雀が鳴く様に気にも止めず唄ってきたけど
気付いたら

君に触れていたいと思う俺は何だ!?
今になって思い知った 大切な事を唄い忘れていた

孤独を望んだフリをしていた
手の温もりはちゃんと知っていた
その手に触れていつか離れる時がくるのが恐かった

人に触れていたいと 唄っていいかい

奪い合ったり騙し合ったり些細な事で殺し合ったり
触れてみれば離れたり恐くなったり
だけどそれでも
人に触れていたいと願う人が好きだ
嗚咽さえもタレ流して 何度となくすがりついて傷ついて

君に触れていたいよ 名前を呼んでくれよ
誰もいなくて一人なら

こんな歌を唄う俺の 

生きる意味 

ひとつもない 

あぁ


「about a boy」 映画 イギリス 

2004年09月07日(火) 23時17分
イギリスとラブコメディーが大好きなので、「ノッティングヒルの恋人」や「ブリジットジョーンズの日記」を何回も観ています。この2作に共通する俳優と言えばヒュー・グラント。
そのヒューが自ら「挑戦作」と明言したこの「about a boy」はコメディーとして評価されたこともあるようで確かに、至るところでクスッと笑わせてくれます。(固いパンでカモが召されてしまうシーンとか)。
でも今までのヒューの作品で決定的に違うのは、この作品が「ラブコメディー」ではないということです。

主人公の「マーカス」少年は母子家庭に育ち、学校では執拗にいじめられ、あげく母親は精神不安定、という設定自体がまずオモイ。
方やヒュー演じる「ウィル」はクリスマスソングが流行って儲けた亡き父親の印税で、仕事もせずに女性の尻ばかりを追いかけるちゃらんぽらん男。
この二人が出会うことで化学反応みたいなことが起こる様を描いている作品なんですね。ラブはラブでもヒューマンラブ、といったところでしょうか。
コメディ要素はほんの味付けに過ぎないのです。

やはり面白いと思ったのはこの二人が「大人と子供」として関係しているのではなく、対等の関係で支えあっているという点。
母親にはウィルのような「合格点」の男性が必要だと分析するマーカス。
からっぽの自分の中で、マーカスが唯一意味のある存在だと理解するウィル。
自分の幸せは無視して母親を幸せにしようとするマーカスに、ウィルが言った「人は人を幸せに出来ない。自分で幸せになるんだ。」という言葉。
印税(しかも他人の)で生活しているウィルにいつそんなことが悟れたんだろう?という疑問を差し引いても、心にグッとくる。
そしてそんな作品に穏やかな彩りを与えているイギリスの街並みや、BADLY DRAWN BOYの音楽も素敵でした。

「about a boy」 英 2003・9・14公開 
監督:ポールウェイツ・クリスウェイツ
製作:ジェーン・ローゼンタール&ロバート・デ・ニーロ 他
出演:ヒュー・グラント ニコラス・ホルト 他
関連サイト→公式HP

「The Catcher in the Rye (ライ麦畑でつかまえて)」 小説・村上春樹 

2004年08月01日(日) 0時37分
1950年〜60年代のアメリカ現代文学者、J.D.サリンジャー著、日本では野沢孝氏の翻訳で発売され、村上春樹氏の翻訳で改めて出版されました。

成績不良で寄宿制高校を退学となった主人公コールフィールドがNYに帰郷するまでの3日間を綴り、成人しようとしている彼の大人の世界に対する不信がストレートに表現されている。ホールデンの歯に衣を着せない毒舌や、ひとつの話題から話が脱線していく様子は、読続に困難を極めました。

集中力を稼動して読んだ訳ですがその実大切なのは書かれている内容よりも、揚げ足を取ったり文句を言ったりしてしまうホールデンの精神状態を伺い知ることなのだなと読み終えて思います。読みながら内容が頭に入ってこない私も、矛盾や欺瞞にあふれた大人の世界に馴染んでいるのかも。ホールデンと同じ年頃に読めばもっと違う捕らえ方をしたと思われ、出逢いが遅く残念です。

「The Catcher in the Rye」は、「Comin’through the rye (ライ麦畑で逢うならば)」というスコットランド民謡の歌詞を、ホールデンが思い違いしているという説話からついたタイトル。ライ麦畑は恋人が出逢う場所として歌では表現されているのですが、ホールデンにとってのライ麦畑は何者にも、特に大人には汚されない聖域として解釈されている。「子供達が楽しく遊ぶライ麦畑を僕は日がな眺めて暮らす。周りが崖になっていて恐ろしく危ない所だけど、落ちそうになる子供がいたら僕はさっと走っていって捕まえてあげるんだ。」そうホールデンは言う。しかし、実際に落ちそうになっているのはホールデン自身であり、ライ麦畑は彼にとってのシェルターだ。

子供と大人の境がどこにあるのか、そんなものを気にせず年を重ねていけたら何も苦労はない。けれど誰もがどこかで一度は考えることでもあって。何も疑問に思わずに気付いたら年老いている人生より、何かに楯突き暴言を吐き自己嫌悪に苛まれて眠れない夜があったり、そんな時期を経験する人生の方が豊かで幸せなものだと、私は思うんですけれどね。


「The Catcher in the Rye (ライ麦畑でつかまえて)」

J・D・サリンジャー 著
村上春樹 訳 (画像左)
2003・4・20 初版発行 出版社名 白水社 
ISBN:4−560−04764−2

「スワロウテイル」 映画・日本 

2004年07月26日(月) 15時55分
むかしむかし、「円」が世界で一番強かった頃、いつかのゴールドラッシュのようなその街を、移民たちは「円都(イェンタウン)」と呼んだ。でも日本人はこの名前を忌み嫌い、逆に移民たちを「円盗(イェンタウン)」と呼んで蔑んだ。ここは円の都、イェンタウン。円で夢が叶う、夢の都。…そしてこれは、円を掘りにイェンタウンにやって来た、イェンタウンたちの物語。

そんなナレーションから、この物語は始まります。
三上博史、チャラ、江口洋介、渡部篤朗、山口智子、大塚寧々、桃井かおり…そして監督は岩井俊二、音楽は小林武史という豪華なキャスティングの中でひとり、当時は無名に等しかった伊藤歩という女優が主役を務めています。彼女扮する「アゲハ」が娼婦だった母親を亡くし、グリコ(チャラ)にもらわれる。その後穏やかだったはずの彼女達の生活が少しずつ狂い始める。

全編役2時間半のストーリーはごく自然な流れながら起こっていることは超非現実。でも、この物語が言わんとしていることが、随所にちりばめられていて何度も何度も胸が痛くなる。かと言って陳腐な演出は一切なく、観ている側の価値観に合わせて様々な解釈ができるようになっています。

中でも一番印象的だったのは、アゲハがグリコと同じ蝶の刺青を胸に彫るシーン。アゲハの幼少の頃の記憶が一気に蘇る。その一幕は私が今まで観た全ての映像の中で、最も美しくて、最も悲しい。

人の心の中にはどんな時代にどんな環境で育とうとも、「ノスタルジィ」という記憶があって、それはなぜか古臭く悲しげな漠然とした気持ちなのだろう。ひとつの体験が過去の様々な記憶を呼び、寂しかったり疑問に思ったり腹立たしかったり苛々したり、そういうどうしようもなくもやもやした気持ちになった時にそれが悲しみとなって涙として現れ、その時に佇んでいる場所がノスタルジィという世界。「円都」はそのノスタルジィな世界、悲しみの貯水池みたいなもので、全てがちょっと憂いに満ちていてだからこそ大切にしたい。そんな優しい作品です。


「スワロウテイル」

1996年公開 148分
(株)ポニーキャニオン PCBG−50139(DVD)

関連URL→円都通信

「庭を森のようにしたい つれづれノートL」 随筆・銀色夏生 

2004年07月15日(木) 0時33分
詩人、銀色夏生女史の日々の生活をつづった日記、「つれづれノート」。
その第13弾目となるこの本。

私は中学生時代、まだ恋愛のなんたるかも解っちゃいなかったけれど、そんな幼心にもダイレクトで響いてくる、彼女の詩が大好きでした。
そして集めた本の数60冊近く。今も大切に本棚に並べてあります。

そんな彼女の日記、第1弾が発売されたのは、もうかれこれ13年ほど前のこと。
あんな素敵な詩を書く方って、一体どんなお人柄なのかしら?と思って、この「つれづれ」シリーズを読んでみると、案外気さくでそしてユニークな人だ、ということがわかった。変に芸術家肌なところが全くない。
最初は独身だった彼女も、結婚して子供を生み、離婚してまた結婚して子供を生み、欲しいと思ったものをボンボン買ったり(時には土地までも!)、行きたい所にガンガン行ったり、そういうちょっと、私のようなサラリーマンには無理なこともされているのに、それが全然嫌味ではなく、返って「次は何をしでかすのだろうか…」という楽しみにもなっています。

そして特に題名は付けず、その日その日に感じたことを、ある時は見たドラマの感想だったり、かと思えば思想的なことだったり、織り交ぜて書かれているので、たまにハッとする文に出会ってジーンと来ちゃったりするのです。(私は、彼女の本は中古屋に出すつもりが初めからないので、気になったページはどんどん折って、改めて読み返したりもします。)

さすがに本に携わっている人、文章の構成がとっても見事で、300ページ以上にも及ぶ日記なのにあっという間に読めてしまう、これはものすごく小規模ながらもウェブで日記を公開している者として、とっても勉強になります。やっぱり、文章の上達は、人の日記やエッセイをどれくらい読んだかに比例するのかもしれないなあ、なんて思いながら。そして、このホームページのタイトル「徒然日和」もこの作品にあやかって付けてあるのです。彼女のように、何かにつけて心の中で色んなことを考えていたい。そうやって徒然なるままに思ったことが、実は一番素直だったり、真実だったりするような気がします。


「庭を森のようにしたい つれづれノートL」
銀色夏生 著
2004.6.25初版発行
角川文庫 き

「EMPIRE RECORDS」 映画・アメリカ 

2004年07月03日(土) 15時41分
1995年公開映画「エンパイアレコード」。当時置かれていた状況は、あまり恵まれたものではありませんでした。全国上映されていたのかも怪しい…なのに今再び観てみると活躍している俳優がた〜くさん出ていて驚き!この映画は今をときめくスター達の若かりし青春ムービーです。

個人経営のエンパイアレコードは経営困難で大手チェーン店による買収の危機に瀕していた。それを知った店員が売上金をカジノに賭ける、という所から話は始まります。店員達は若さゆえいろんな問題を持ち、落ち込んで自殺未遂を起こしたり掴み合いの喧嘩をしたり。でも心の底では信頼しあい固い結束力で結ばれている。唯一の大人の店長がこれまた熱い男で!変に頭が固くなっていなくてやっぱり店の雰囲気って、指揮する人間のカラーが出るもんなんだよって納得。若い時にこういう店で働くことができたら、その後偉くなって指揮する立場に立った時にヘンテコリンにならない。きっと。

この映画の魅力は音楽。ジャンルにとらわれず場面に合った音楽を絶妙にチョイス。ロック・パンク・歌謡・ワールドなどなど。そして最後にリードボーカルを目指すレニー扮するジーナが店の屋根上で歌う「シュガーハイ」は最高!感激屋の私はここで涙…。

自分の過去を振り返ったときそれがやけに輝いていて、あの頃は楽しかったなあもう一度もどりたいなあと思うことが私にはあって、この映画を見ているときの心境がまさしくそれ。
当時は嫌なこともあったのだろうけど、そういうことは忘れてて楽しい思い出ばかりが記憶に残ってる。そんなことを思い出して懐かしくなったり猜疑心とか怒りにまみれて自分が嫌になった時、この映画を観ると気持ちが綺麗になってる。観たいものはいつでも安く借りてきて観られる今、「所有したい」と思わせる貴重な1品です。


「EMPIRE RECORDS」

1995年製作 米 90分
監督:アラン・モイル 脚本:キャロン・ヘッキニン 撮影:ウォルト・ロイド
キャスト:リブ・タイラー アンソニー・ラバクリア レニー・ゼルウィガー 他

(C)1995 Warner Bros. 
(C)1997 Warner Home Video WV−14169 (VIDEO) DL−14169(DVD)

「Wallpaper For the Soul」 CDA TAHITI80 

2004年06月27日(日) 16時18分
2000年に日本デビューしたフランスのバンド、Tahiti80の2枚目のフルアルバム。
CMやTV番組のBGなど使われまくった「Hertbeat」」の大ブレイクから2年、待ちに待った新譜が出たわけですが、1発屋?という周囲の予想を一蹴しパワーアップしたのには嬉しく、そして驚きました。

このTahiti80ってバンドは最初に結成した時、英語で歌うってことにこだわったそう。フランス人の彼らが母国語でポップを歌えばシャンソンになってしまう。僕たちがやりたいのはそうじゃなくてポップロックなんだって言っていました。フランス人特有のアンニュイな歌声に英語とポップサウンドが絶妙にマッチして、なんともセンチメンタルな雰囲気をかもし出し、なんかこう、生き戸惑う若者って感じで、涙もろい私はそれだけでなんだかメロウな気持ちになってしまう。コード展開も、聴き手がそういう気持ちになるのを狙うかのように、仕組まれてる気さえします。

必聴は「Happy End」。私って何のためにあくせく働いて、いくばくかのお金をもらっても、行きたい所に行けないし、欲しいものも手に入らないし、こうやって老いていくことに何の意味があるのかしら…なんて後ろ向きになる気持ちをすご〜く代弁してくれてる(泣)。途中♪Make me happy〜なんて歌詞に強く頷いちゃったりして。そのくせサウンドはなんか泣き笑い的な明るさがあって元気出ちゃったり。やるな。
そんで元気出て次の「Fun Fair」で頭振って、立て続けに「Soul Deep」の明るさに勢いづいて、私はどこまでも飛んでいけるわ〜(ちょっと危ないぞ!)
1枚通して聴きたい!って思える程完成度の高いアルバムです。
(因みにその後2003年に「A PIECE OF SUNSHINE」というミニアルバムが出ています。)


「Wallpaper For the Soul」
Tahiti80
2002.9.19 out
Victorエンターテイメント株式会社
VICP61946

関連URL→http://www.jvcmusic.co.jp/tahiti80/

「無罪モラトリアム」 CDA・椎名林檎 

2004年06月23日(水) 1時07分
1998年にデビューした椎名林檎の1stアルバム。
彼女がデビューした時私は某CD屋Hで働いていましたが、センセーショナルなデビューではないものの瞬く間に話題を呼び、知らない人はいないと言えるまでのアーティストとなりました。
彼女のアルバムは計3枚発売され、中でもこの1枚目は本人も「ごあいさつだ」と言っているように音数も少なくシンプルで、より解り易い展開となっています。思い切って言えば、チャート(今ヒットしてる音楽)慣れしてる人の耳にもすんなり入るキャッチーな曲が多い。それでも地名出しや巻き舌を含めた彼女独特の世界観は余すところなく発揮されていて、聞き手の要望を汲みつつも自分のやりたいことをやるというバランスの、このさじ加減がとんでもなくエンターテイナーだなーと思うのです。

因みに今発表されている曲はデビュー前にできていた曲が殆どらしく、じゃあ一体何歳でこんな完成された曲達を書いたというのか!「茜さす〜」や「同じ夜」は、彼女より4つ程長く生きてる私でも共感してしまうというのに。
彼女の魂の奥から発されているような歌声や叫びは時として攻撃的に思えることもあるけれど、1曲毎に強烈なメッセージが込められているように思え、いつも襟を正して聴き入ってしまうのであります。


「無罪モラトリアム」 
椎名林檎
1999.2.24 東芝EMI株式会社 TOCT24065

関連URL→ 公式ホームページ

「エースをねらえ!」 漫画・山本鈴美香 

2004年06月17日(木) 0時28分
RADIOHEAD繋がりの友人が、育児中で外に出られない身を案じて貸してくれた一品。
読み終えて・・・号泣。
このコーナー、「書籍」と銘打ってあるにも関わらず、1本目が漫画ってどうよ?と思ったけど、この作品は私の心の1冊となってしまいそうなので、敢えて1本目とさせていただこう。

最近放送されたドラマでは、宗方コーチが逝去するところで終わったらしいが、この原作ではそこからがまさにストーリの「核」。主人公ひろみが、頼りなくもコーチの導きで成長してきた中、その不幸をどう受け止めるのか、そしてどう立ち直るのか。仏教の教えや、身体に障害を持つ子供たちのエピソードなども盛り込まれた、ひろみの壮絶な試練は、読んでいる側にも大きな影響を与える。むむ〜、単なるスポ根漫画とは大違いだぞ。テニスのシーンに留まらず、家庭問題や母子の絆にまで言及するストーリー展開は、HMBコミック(いわゆる大人コミック)全10巻という長さを、短い、もっと読みたいと思わせるほどの密度の濃さです。主題歌しかしらないなあ〜という方には是非読んでもらいたい逸品。「エースをねらえ!」って、宗方コーチの遺言だったなんて、知ってた?

この「エースをねらえ!」のように、一昔前の長編漫画には娯楽を超えた、存在感を感じさせるものが多い。有名な「キャンディキャンディ」も、あの主人公キャンディのキラキラ、フリフリしたイメージとは裏腹に、途中すごく重くて暗い展開もあったりして、でもそれがストーリーに幅を出している。「はいからさんが通る」も戦争背景や、ロシアとの絡みなんかもあっちゃったりして、「ベルサイユのばら」に至っては歴史小説って分類してもいいんじゃないかって言う位で。
「漫画=怠け」というイメージを誰が定着させたのか知らないけれど、とんでもない。漫画だからこそ描ける世界っつうもんがあって、そこから色んな事を学べたりもするんだな。この先も偉大な作品が生まれることを願いつつ、子供には「漫画なんか読んでないで勉強しなさい!」って、なるべく言うまいと心に誓う次第であります。


「エースをねらえ!」
山本鈴美香 著
集英社・HMBホーム社漫画文庫
ISBN4−8342−7229〜7238

関連URL→公式ホームページ

「CUBE2」 映画・カナダ 

2004年06月03日(木) 15時16分
1997年に公開されたカナダ映画「CUBE」の続編。最初にこの「CUBE」を観たときは色んな意味で本当にびっくり…

立方体の部屋がいくつもつづく大きな物体にいつの間にか入れられ、そこから出ようと隣の部屋に行けども出口がわからない。しかもどうやら各部屋は常に移動しているらしい。そして一部屋ごとに巧妙なトラップが仕掛けられていたりいなかったりで、迂闊に足を踏み入れようものならあっという間にそのトラップに殺されてしまう。
最終的には6名ほどの男女が集合、彼らの生み出す心理的トラップもスリルが。極限状態に陥った時果たして人はどのように変貌するのか、といった怖さ。
そしてとんでもなく安い制作費ということにもびっくり。登場人物も少ないしセットも同じなんだから、そりゃそうか。あまりに壮大なもんだからそんなこと考えもしなかったよってなビジネス的トラップ。唸りました。

そんな「CUBE」の続編が2002年に公開となった。それが「CUBE2 ハイパーキューブ」。
監督が違うようで、確かに前作とはちょっと雰囲気が違う。今回は目が痛くなる程明るい白い部屋。そして前作が立方体の集合、つまり3次元だったのに対して今回は4次元の立方体の集合に。これを、ハイパーキューブというらしいがおじさんちょっと頭がこんがらがってきちゃったな・・・。つまり立方体の各部屋が、時間的にもこんがらがって各々移動してるって事なんだな。だから、同じ人が何人もいたり、もう一人の自分を見ちゃったりするわけだ。

個人的には2は1に比べてちょっと軽い気が。TVドラマ的な軽さがあって本来の怖さが軽減 登場人物のキャラ描写も曖昧。そして何といっても終わり方。あそこまで説明する必要はないかも。ハイパーキューブの概念にはやられた!って思ったものの映画としてはモヤモヤが残る。もうちょっと長くして繊細な描写をしてほしかったなあ。でも、一見の価値あり!是非見てみて下さい。


「CUBE2 HYPERCUBE」
2002 BY HYPERCUBE 
PRODUCTIONS CORP
2002 Lions Gate Films,Inc.
KWX−105/106

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