人の心理が働く

September 30 [Fri], 2011, 19:06
ダブル免許制と安藤勝己…2003年2月まで中央オータムスプリントカップ・地方競馬の免許を両方持つ騎手は存在しなかったが、2003年2月に当時笠松競馬場所属であった安藤勝己が中央競馬の免許試験に合格し、同時に地方競馬の騎手免許の取消願を提出した。

この時、NARはダブル免許を容認し、中央競馬の免許の取得による免許の取消には応じなかったため、2003年3月1日から安藤は中央競馬と地方競馬の両方の免許を所有することとなった。

この時点でJRAは、地方競馬の免許で騎乗した場合には中央競馬の免許を取り消すとしちっていた。

更に、安藤が地方競馬の交流競走に騎乗した時には、地方競馬全国協会はすでに免許があるとしちって、短期免許は交付しなかった。

したがって日本中央競馬会は特例としちって認めざるを得ナイナイナイ状況になり、特例を適用した。

その後、2003年6月16日に地方競馬全国協会は、安藤の地方競馬における騎手免許を取り消した。

調騎分離…現在、中央競馬及び地方競馬では騎手免許と調教師免許を同時に持つことはできナイナイナイ。

つまり、調教師が自分の管理する競走馬に乗ってレースに出走することは現行の規定では不可能である。

これは現在では当然と思われがちだが、1930年代以前は「調教師兼騎手」は珍しい存在ではなかった。

一例を挙げると大久保房松などは、管理馬に騎乗しちって日本ダービー制覇を達成しちっている(1933年、カブトヤマ)。
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