今日は亡き妹の誕生日です。
それを忘れてはなかったけど
朝、長女がそれをメールで送ってきました。
「あれから半年とか、一年とか・・
時間が経つのは早いもんやね」と。
毎月の月命日にも必ずメールが届きます。
それほどまでに、長女と妹は深いつながりがあったのです。
生まれた時から
「シイちゃん、シイちゃん」と可愛がってもらい
自分の娘のように大切にしてくれたことを
長女はずっと感じていたし
今、いなくなったことを本当に悲しく想っているのでしょう。
普段は離れていてそれを分かち合うことはできないけど
きっと私と気持ちは同じで、それを外には見せてないかもしれません。
昨日のヴァレンタインも、きっと主人は
香織が毎年ゴディバのチョコをくれてたことを思い出したでしょう。
妹はみんなの中にずっと生きつづけていて
いないことが不自然なほどに
まだ実感がない、というのが近いです。
去年のこの日は主人と盛岡の病院に妹を迎えに行って
フラフラになってる妹となんとか家に連れて帰りました。
誕生日に家に戻れてよかったね、と
ただそれだけが喜びの一日でした。
そう、あれから一年。
香織は今日から若返っていくのかな。
おめでとう
うん、勝手にやってくれ・・という感じですが。
娘は頑張って準備をして彼氏の元へ出かけました。
昔は大丸の地下でチョコ争奪戦に参戦してましたが
もう遠い、とお〜い過去の思い出となりました。
今週は娘の引越し先を探しに行く予定なので
なんだか気持ちがソワソワしております。
私の中では戦闘モードに近いのです。
久々1年ぶりの東京は、心の準備が必要。
多分香織との思い出に押しつぶされてしまうだろう・・
それも心得てのこの時期の出発です。
飛行機の中、外に見える富士山
羽田空港の中、エスカレーター
お土産ショップ、レストラン
モノレール改札口
東京の町並み
今回はオマケでディズニーシーにも寄るので
香織と2回も行った旅行の記憶がでてくるでしょう。
今から想像しても怖い。
家族が一緒にいても、想いはそれぞれ違うもの。
何をみても思い出してしまうかもしれません。
それほどに「まだ行けない場所」ってあります。
ここ数日それを思うとため息しかでなくなっていますが
こんな私にはまだ誰も気付いていません。(ここで言いましたけど・・)
ほんと、ヤバイ心理状況。
楽しもう!なんて、全然できそうにないのに
妙に家族との微妙な温度差を感じながら
荷物を詰め始めています。
しみじみと誕生日を前に、この一年の速さに驚きます。
まだじっくりと思い出せない記憶も多い中
場所や形を変えて、いろんな疑問への答えが返ってきています。
それは妹の言葉のようだったり
それは神様のお告げのようだったり・・
ここ最近は私の力で動かしたとは思えないような
「何らかのチカラ」ともいえるご縁を頂きながら
今後益々、精進せよ、と言われている気がします。
さっきNHKの「プロフェッショナル」の録画を観て
また有難いことをひとつ知りました。
毎回、プロの考えることを学び
くじけそうなときには思い出すようにしていますが
いくつかの「言葉の力」が紹介されていて
心ににズキュ〜ンときました。
*行く道は決まってない、行き先があるだけだ
*自分の場所に誇りを持つ人が好きだ
そして、末期がん患者さんの言葉
*山を降りてはいない、まだ登っている
この終末期にも人は強さを持ち続けていることに
ハッとさせられました。
私は妹の最後の姿に、それを見出せていませんでした。
きっと彼女は強かったんだと思います。
なぜなら、たった一度も弱音を吐かなかったからです。
普通なら「もう嫌だ」とか「死にたい」くらい言いそうな時期
ただ黙って、自分の死を受け止めていた姿は
非常に清らかな、聖なる存在にも感じます。
だから、今日の言葉は妹が
「お姉ちゃん、私は下りてない、ずっと頂上目指して登りよったよ」と
そんなことを伝えている気がしました。
まだ私には受け止めきれない想いがたくさんあります。
でもそれをひとつずつ紐解きながら
神聖な存在となった妹の傍に近付こうと思います。
*何とかなるものは、何とかなる。
何とかならないものは、なんともならない。
・・・・それはありのままに。
そんな言葉も今はすんなりと胸に入ります。
*毎日が一個の点、それを繋いだら人生の一本の線になる。
そのように、今日一日悔いのない生き方をしたいと思います。
今日は祖母の一周忌
あれから一年。季節は巡っているのですが、
私の心の時間はまだ進んでないようです。
去年の今頃は毎週、
妹のワクチン接種に付き添い盛岡へ同行してました。
100歳の祖母が亡くなった週は
妹が腸閉塞になったので緊急で岩手医大に入院し
妹を一人残し、私だけが高知に戻った時でした。
最近の大雪のニュースをみるたびに
東北新幹線から見た雪景色を思い出します。
飛行機から眺めた白銀の富士山。
今時分の風景はすべてが妹とみた景色と重なり
時々逃げ出したくなります。
祖母の訃報を知ったのはヨーガ教室の終わった平日。
葬儀はたまたま私の誕生日でした。
祖母の死を、わたし達は妹に知らせないことにしました。
妹はその一週間、治療のためとはいえ
たった一人で東北の冬を過ごして辛かっただろうに
それ以上の悲しみは味あわせたくありませんでした。
大雪の日、わたし達は静かに祖母を見送りました。
大往生、とみんなが言いました。
祖母の半分も生きられなかった妹を想います。
一年目の祖母を偲ぶ一日に
なんだか私は妹のことばかり思い出します。
妹が旅立った時
真っ先に祖母が出迎えたんじゃないかと
そんな気がしています。
ニュースを見ていると、東北地方の雪景色
私には懐かしい景色に思えます。
昨年、妹と生まれて初めて見たあの大雪。
盛岡駅で雪を踏みしめてはしゃいだあの夜を思い出します。
地元の人から見たら、変な二人だったと思いますが
南国育ちの私たちには、別世界へ来たことが嬉しくて・・・。
寒かったし、大変だった。
高知から飛行機で羽田→モノレールで浜松町
→山手線で東京駅→新幹線で盛岡(翌日この順路で帰路)
ただでさえ厳しいこの日程を1月から3月まで
毎週、途中震災がありながらも妹は10回通いました。
季節は一番寒さが厳しい中、腸閉塞を2度も起こし
2月には盛岡に一週間入院しました。
痛みに堪え、絶食のまま、時には点滴を提げての旅路。
今思うと可哀そうでなりません。
でも妹は抗がん剤を拒み、ワクチンを選びました。
あの旅が妹には希望だったのです。
たった一本の注射を打つだけに高知から東北に通う人、
そんなにたくさん居ないと思います。
私が立てた旅行プラン、本当はキツかったと思うけど
絶対弱音を吐くことがなく、決意が強かったです。
まだ一年も経っていないのに、遠く感じますし
雪をみると、妹の歩く姿が目に浮かびます。
まだ生きていた、あの日。
私の目の中にはとても鮮明に残ったままです。
いつかまた、いつになるかわかりませんが
盛岡に行ける日がきたらいいなと
行ける私になりたいな、と思っています。
全国的にものすごい寒波で
南国土佐もじつは冷え込んでいます。
こんな時期こそヨーガ!なんですが、
寒いし、インフルエンザの流行などで
冬場は生徒さんの欠席は目立ちます。
それでもお休みせずに通って下さる方もいて
そんな方たちから、時々嬉しい報告を聞けます。
以前は肩こりは肩を揉みほぐすこと、って
思っていた方がヨーガを学ぶことで
全身を動かして血流をよくすると緩和されると気付き
お膝を痛めていた方が簡単なアイソメトリックで
毎日太ももを鍛えようと、それを続けていること
リウマチだった方が最近からだが軽いんです〜と
嬉しそうに教室にモップをかけてくださっている
身体の変化、というより心や意識の変化が大きいこと
私にとって、こんな嬉しいことはないのです。
たった一人から始まった私のヨーガですが
今ようやく、ヨーガの楽しさやその効果を実感する人が
一人ずつ増えてきたのかもしれません。
それは私からなにか一つ「ヨーガを手渡した」とも言える
嬉しい出来事なのです。
いろんな教室で
「途中退出していいですか?」とか
「遅れて途中から入っていいですか?」という方もいます。
そこまでして受けようとしてくれる気持ちが嬉しくて
今まで一人もお断りしたことはありません。
これからも仲間が一人でも増えていくのが楽しみです。
ヨーガ教室の始まりにいつもしているヨガ式ご挨拶
三礼と開講の祈りを唱えています。
日本人には慣れない週間ですが
今からヨーガさせていただきますのお祈り、ご挨拶。
大きな宇宙と小さな宇宙、という考えに基づき
この世の創造主である絶対者ブラーフマンに対し、
私の中の神様をアートマンと呼びます。
大きな存在は神様であり、宇宙的な力
で、小さな宇宙の神様はどこに在るかといえば
それは私の中に在ります。
え、私が神様?ってちょっと宗教じみて好かんと思いますが
違うんです、そこは私の中では全然違う。
神様、つまり神聖ななにか。です
それは私たち持っていると思います。
もう神業でしかない神秘的なもの、わたし達はもらってます。
それは、この肉体です。
こんなよくできたシステム、だれが与えてくれたんでしょう?
未だ解明されてない肉体の神秘があって謎だらけのわたし達。
それはもれなく全員がこの世に生まれた時、
一人に一つずつ与えられました。
それを上手に動かして、養って、育てながら生きているのですから
大事に使わないと壊れてしまって当たり前です。
私は妹の闘病中に何度も医師からの病状説明で
「なんと身体はよくできている!」っておどろいたことか。
小さな神経が、筋肉が、骨が、ホルモンが・・・
まったく絶妙のバランスで健康を保とうとしています。
それは我々の無意識のところで、です。
すばらしい神秘です。
それはもう神的な業です。
ですからわたし達の肉体は神聖なものだと
私は考えてヨーガを行っています。
病気したら、まず身体に聴け、と思います。
答えはいつも自分の中にあって
アメリカのグラディズ・テイラー・マクギャレイ博士のお考えのように
最高の「内なるドクター」が誰の中にも居てくれるでしょう。
自分で自分を治せる人
これが私のヨーガの道としての目標です。
もう早くも1月は後半。
次女の高校生活も来週までです。
思えばこの9年間、中高通して作ったお弁当。
本日をもって終了!いや〜、長かった!よくやった!
たいしたものは作れなかったけれど
文句を言わずに平らげてくれた娘たちに感謝です。
長女は最後にお弁当を洗って
「今日まで美味しいお弁当を作ってくれてありがとう」といいました。
あ、次女はアッケラカン!としています・・・
明日は最後に学食でランチするということです。
ずっとお弁当で学食にいく機会がなかったので行きたいそうです。
で、でも・・実は私のお弁当つくりは終わりません。
それは姪っ子がうちに来たからです。
今年高校3年、来春まで受験生のお弁当作りが始まります。
子育ての延長で、気が抜けないところ・・・
妹の分も育ててやります
私はカオリほど甘くないんで、あの子もこれから大変だ!
娘が巣立って淋しい、なんていう暇はなさそうです。
