今日の小笠原 

August 21 [Tue], 2012, 22:40
数年ぶりにこのブログを更新。
いま読み返しても、顔から火が出るような思いの日記がつづられている。
世界一周した時の、よくも悪くも若くて勢いのある日記だ。
こんな時が自分にもあったなんて、まるで隣の家の息子のできごとのような感覚である。

さて、少し今までの経歴をさかのぼろう。
高校・大学と中学校教員をめざしていたが、社会人1年目のGW。
青春18きっぷで北海道は函館の友人宅を目指していた。
青森から北海道に渡る駅のホームで、家からの着信。
「〇〇先生が亡くなった。」小学校時代の恩師が亡くなった。
昔からおじいちゃんのような、平気で子供を殴り、字は汚く、口は悪い、
お世辞にもいい先生とは言えない人が亡くなった。
葬儀を手伝い、すべてがひと段落して、盟友とファミレスで一杯飲んでいるときのことである。
今までのことが走馬灯のように思い返し、涙があふれてきた。
死の直前でなくても、人の命がかかったとき走馬灯は現れる。
それを学んだできことだ。小学校の教員はこんなにも人の心に大きな影響を与えるんだ。と思い立ち、
その時、小学校教員を目指すことを決意。
通信教育で2年かけて免許を取得。いざ採用試験へ。

一度目の採用試験は、筆記は合格。しかし、論文で石原都政を思いっきりバッシングしてやった。見事D判定で不合格。その後、社会人として働きながらも、ずっと思い描いていた教師像に近づくために、勇気を出して覚悟を決めて行動した。ちなみに、目指す教員像は社会を教えるなら社会に出た経験があり、世界に出た経験のある先生。という漠然としたもの。なんとなく、人としておもしろそうぐらいの軽い気持ちだった。
人生で大切なのは勇気ではなく、覚悟と誰かが言っていた。
そう、いきなり上司へ辞表提出。そして、世界一周の旅へ行ってきます。と一言残し、その場を去る。上司は唖然とし、そして親へ報告するや否や、おやじはぶち切れ勘当された。

それもそのはず、この世界一周。昔からの夢でもなんでもなく、なんとなく行ってみたいと思っていたら、
周りの人間が世界に出まくっていて、あこがれが強くなり、そして調べたら当時の貯金120万円程度で十分いけるとわかった。
日本という経済的にも国際情勢的にも宗教的にも恵まれた国に生まれて、いけるのに行かないのはもったいない。と、自分に言い聞かせ、ノリで世界一周へ。
めちゃくちゃ楽しかった。しかし、勘当されたおやじとの約束で、教員採用試験は受けることに。
1次試験を受けてから出発。その時は恵比寿の居酒屋でバイトをさせていただき、大変お世話になった。

その後採用試験のたびに日本に帰国しながらの旅を続けた。
そして、中東のヨルダンで出会った最高の仲間とともに南下し、エジプトにわたる直前のアカバという町で親からの合格メール。桜咲くというタイトルだったことを今でも覚えている。
仲間とともに狂喜乱舞。無理を言って、その町にとどまり、みんなでチキンの丸焼きを肴に、アルコール度数12度というストロングビールを一気飲みして、記憶をなくしたことを記憶している。
とにかくうれしかった。仲間とともにいたこともそうだが、親の愛情を強く感じた。

そして児童数1000人以上の町田の小学校で3年働き、卒業生を出したのを機に、人口2000人の小笠原父島へ異動。
新たなステージに立っている。

世界一周9 〜再開= 

August 31 [Fri], 2007, 20:23
東京都小学校教員採用試験二次試験のため、極秘に日本へ3週間ほど一時帰国しておりましたが、二次試験もだいぶダメダメだったので、傷心を癒すために明日再度出発いたします。

明日の昼の便でタイはバンコクへ出戻り、10日間ほどタイの南の島で現実逃避した後、あらゆる意味で最強と名高いインドへ身投げします。。。

ちなみに、東南アジアの旅は1ヶ月で86キロ→78キロまで落ちてみました。(その後日本で84キロまでリバウンド成功したことは秘密ですが。。。)
なので、インドは84キロ→70キロくらいを目標に頑張ります。
いや、頑張る必要もなく、落ちてしまう予感満載です。。。
インドは3週間〜1ヶ月予定ですが。。

その後の予定は未定です。
また諸事情により日本へ帰国するかも知れませんし、インド人になってるかも知れません。
順調に行けば、インドの次はトルコです。
トルコでノアの箱舟の舞台であるアララト山へ上るふりくらいはしたいのですが、未定です。。。

とにもかくにもまた行ってきます。
皆様いずれ会いましょう。

世界一周8 〜一休み編〜 

August 29 [Wed], 2007, 15:22
皆様無事日本に帰国いたしました。

エアインディアで、0:15タイ発予定が結局3:00にタイを出発し、8:00日本着予定が結局12:00過ぎに到着いたしました。
さすがエアインディアです。

言っても結局は、たったの1ヶ月間しか海外にいなかったわけですが、それにしても日本、特に東京はすごいっすね。

何がすごいか。
・でかい(とても歩いて観光できない。でかい町が多すぎる。)
・きれい(道が舗装されている。虫がいない。)
・暑い(車の排気ガスとエアコンの室外機で蒸されている。)
・高い(1食が1週間分だったり。)
・エアコンが効いている(旅中はセブンイレブンとバス内だけでしたので。)
・くだものが冷えている
・24時間営業が多すぎる

などなど、一言で言うと金持ちの国だなぁと。というか、いかに自然に反しているか。
そんな感想です。たかが1ヶ月ですが。。。

でもそんな日本が大好きです。
一応感じたことを記しておこうかなと。

世界一周7 〜シェムリアップ→バンコク。そして・・・〜 

August 29 [Wed], 2007, 15:21
アンコールワットを不慮の体調不良により早々に立ち去った寿司部長。

シェムリアップからのバスは、誰もが二度と乗りたくないと噂される悪路+ホコリだらけの最低な旅路。

激しいの初体験!!と思っていたら、ぶっちゃけたいしたことなかった。
道路が舗装されてたわけではなかったし、高低さ50cmくらいの凸凹道だったし、エアコンバスのはずがエアコンつかないし、そのせいでみんな窓開けるからホコリまみれになるし。。。

確かに最低だったけど、でもそんな中見事に爆睡してやりました。なんたって、今までのバスもかなりのレベルだったものですから。。しかも、たかだかカンボジア〜タイ国境までの5時間程度。余裕、余裕。もう、バスは何でも来いって感じですね。

そんなこんなで、無事にバンコクに到着いたしました。

早いもので約一ヶ月間。
移動の連続による東南アジアの旅も終わりを告げます。

旅の途中で出会った人が、「カオサン通りにホームシックしてる」と言っていましたが、その気持ちがわかりました。
騒がしく、うるさいカオサン通り。初めて来た一ヶ月前は大嫌いでしたが、現在戻ってきてなぜかホッとしております。

旅の途中で出会った人との再会もあり、かなり楽しいです。
カオサンに沈没して、長期滞在する人の気持ちが少しだけわかります。

ゴミゴミした街中に、多種多様な人種。
1日中休むことなく、大きなバックパックを背負った旅人を、吸い込んでは吐き出すカオサン通り。
すべての店に英語メニューがあり、どこか懐かしい気すらする物売りの声。
あー、やっと帰ってきた。と感慨深い自分。

ということで、ボクはカオサン通りに少しだけ長期滞在してみようと、、、、は全く思いません。

だって、カオサンに長期滞在されている日本人の方って、葉っぱや薬に漬かって、先のない人生を歩んでいらっしゃる方が多いんですもの。

それにボクにはこの先がありますから。
そう、この後は、今まで何千何万という旅人を飲み込み虜にしてきた、世界最大のうざさにして最強、最汚、最貧、最高な巨大大陸インド編。。

皆様乞うご期待。。

と言いたいのですが、実は諸事情により日本へ一時帰国を余儀なくされてしまいました。。。
約1ヶ月間帰国いたします。自分の将来に関することなので、いたし方ございません。
もちろんその後は旅を再開いたしますので、あふれんばかりの愛情を持ってお見送りいただいた方々、ご安心ください。
しばしお待ちを。

ではでは、インド編まで皆様気の向くままにお楽しみください。

世界一周6 〜ホーチミンからプノンペン。そしてシェムリアップへ〜 

August 29 [Wed], 2007, 15:18
どうも、ぼくですが何か?
いま、カンボジアはアンコールワットのお膝元、シェムリアップと言う街よりペンを取っております。。

さて、ベトナムのホーチミンからミニバンでイスラエル人カップルとフランス人カップルとぼくの5人でカンボジアとの国境に向かいました。
国境では相変わらず、ベトナム人の追い越し、詰め掛けというIQの低い行動に辟易しながらも、無事カンボジアIN。

そこで一悶着。

最近は、ホーチミンからカンボジアのプノンペンまでダイレクトバスがあるのですがまだまだ10ドル〜14ドルくらいと高めなので、6ドルの国境越えてから乗り換えが必要なチケットを買ったんですよ。
購入時はもちろん、ベトナムを出る瞬間まで、カンボジアでも同じ形のバスが待ってるからと言われていたのに、待っていたのはTOYOTAのCamry。いわゆるふた昔くらい前の普通の乗用車です。

乗客5人。運転手1人の計6人!?
ちなみに、男は全てぼく以上にでかいです。。。

さてさて、とりあえず運転手に英語で切れ掛かるも、英語が全く分らない様子。後ろで訳していた、レストランのおばちゃんに英語で切れ掛かると、私は知らない。何も問題ない。嫌なら乗らなければいい。などと言う始末。
いやいや、問題大ありですよ。
無理でしょ、ぼくみたいな男3人もいて乗用車に6人は。。

と思いながら、みんなと話合い、しぶしぶ何とか乗車。
意外と行けてしまった。。。ちょっとビックリ。
他の方々もちょっとビックリ。

しかし、何が一番驚いたって、走行距離を計るメーターが、な、なんと、568219キロ。。。
56万キロですよ。地球約14周分。。。

日本では多分お目にかかれないでしょう。。

そんなこんなで、無事(?)プノンペンに着いたぼくは、とりあえず入手していた情報どおりアサヒのスーパードライ350ml缶をスーパーにて45kで購入。2本買っても1ドルしません。すばらしい。(理由は知りませんが、とにかくドライが安い。)

その日はぐっすり休んで、翌日朝AM8:00からバイタクを貸しきって、ポルポトが2万人を棍棒で虐殺したと言われる現場、キリングフィールドへ。

中央に塔が立っており、そこには、虐殺された人々の内見つかった9千人分の頭蓋骨が高く積まれている。

いまは、きれいに整備され、のどかな場所という印象だったが、現場に立った瞬間寒気を感じた。
当時の惨劇を想像するのも恐ろしい。
狂気の沙汰としか表現できない自分の語彙の少なさを恨みたくなる。

その後、同じくポルポトが虐殺するために捕獲した人々を拷問にかけるために収容所として使っていた、トゥールスレーン博物館へ。

ここは、元々高校だったらしく、日本とそう変らない教室をコンクリートの建物。だが、ここは個人的にはキリングフィールド以上のものを感じた。

ずっと寒気がして、頭痛がしてきた。
何千、何万の人々がここで考えられないような拷問にかけられ、そしてその後処刑場に連れて行かれる。
考えるだけで、気分が悪くなる。
そんな現場を肌で感じることができたのは、本当に貴重な経験だろう。

残念ながら勉強不足につき、ポルポトについても、そこまで詳しくは知らないが、これから絶対に知らなければいけないと思った。

とりあえず、皆さんもぜひ一度足を運ばれてみてはいかがでしょう?

さて、そんな衝撃的な1日を送った翌日は、すでにアンコールワットのお膝元の街シェムリアップへ移動しました。

なんたって、東南アジアの旅のハイライトである、アンコールワットですもの。所用で8月6日に一度バンコクへ戻らなければいけないので、急ぎ目で旅をしてきたけど、アンコールワットだけはゆっくり数日かけて見たいと、いても立ってもいられず出発。

某「地球の迷い方」と呼ばれるガイドブックに老舗と言われる日本人宿「タケオゲストハウス」にステイ。

到着がPM9:00頃と遅めだったけど、さすが日本人宿。さすが夏休みシーズン。いきなり大学生の宴会に遭遇。
さっそく混ざってみたら、意気投合し、翌日天空の城ラピュタのモデルとなったと巷で噂のベンメリアという遺跡へ。

ラピュタ納得。すげぇ、すげx。
何がすげぇって、おれの汗の量と、あんな遺跡の中をビーチサンダルで駆けずり回ったおれ。

崩壊寸前の遺跡のため、積み重ねられたはずの大きな石片が、もろくも崩れて重なっている感じ。
ま、遺跡は言葉より見たほうがわかりやすいと思うので、感想終了。

昼過ぎに宿に戻り、よし、明日からアンコール三昧だぁーー。
明日は4:30に起きて日の出を見に行くぞー。おー。
と気合入れたまでは良かったけど、そこから体調悪化。最悪。

体温計ないからわからんけど、熱が確実に38度以上ある感じ。東南アジアなのに寒気が止まらず、Tシャツの上に長袖シャツ。そして、ウールのセーターに寝袋という完全防寒体制で臨んだけど、一向に良くならず。。。

翌日は結局1日寝込んでしまった。。
あー、愛しきアンコールよ。目の前にして、いまだ夢叶わず。。

ということで、今日体調まずまず、天気まずまずの中5:00に宿を出て、アンコール行ってきました。
バイタクを1日貸しきったので、他にも結構遠くの遺跡まで行ってきました。が、名前忘れました。
しかも、サンライズ曇ってて拝めず。。。

でもやっぱり、アンコールはさすがだなと感心しました。その人の多さに。。。早朝にも関わらず日本人の多いこと多いこと。

本当は2〜3日はアンコールめぐりをしようと思っていたのに、結局1日しか時間取れず、明日の朝のバスでバンコクに向かわなければならないぼくは、体力の問題もありサンセットを断念し、いまこうしてPCの前にいます。。

まぁ、アンコールは自分が生きている間は存在するだろうから、今度は乾季に来ようっと。

ということで、長くなってしまいましたが、まだ生きてます。
ではまた。

世界一周5 

July 30 [Mon], 2007, 21:26
ベトナムは北の首都ハノイより、南の大都市ホーチミンまで丸2日間48時間をかけて、バスでやって参りました。

48時間バスに乗っても、腰を痛めることもなく、大きな問題なく無事ホーチミン到着。

行く直前に、18時にゲストハウスまで迎えが来るって言うのに、19時過ぎても来ないので、電話で思いっきり「テメェ、18時っていつの事だ?あと5分以内に来なければテメェが迎えに来い。テメェが来なければ、おれがそっち行って殺すからな」と思いっきり罵倒してやるってなことはありましたが。。。(はぁ、こんなことではインドでやっていけない気が。。)

さらに出発直前からお腹を壊し、1時間に10回はトイレに行く羽目に。結局、ホーチミン着くまで回復せず、休憩の度にかなりハイレベルなトイレ(ドアはない。水はない。紙はない。。かなりでかいゴキブリがいたり、クモがいたり。。などなど。)に行かざるを得ない状況でしたが。。

他には、ツアー代理店にバスの乗り換えは無いって言われたのに、3回も乗り換える羽目になったりしましたが。。

そして、なんと言っても、最大の問題は、2日間風呂に入れず、着替えることもできないので、かなり臭くなってしまいましたが。。。

全く大きな問題はなく、無事到着したホーチミン。
夜の8時過ぎに到着したので、即効安宿探し。1泊3ドルのドミに決定。
その後、道端で知り合った日本人と飯食って、日本代表が韓国に敗れる瞬間を見て、軽く飲んで、隣のシンガポール人のエロいおっさんと話したりして、1時就寝。

本日は7時に起床して、クチトンネルとベトナム戦争証跡博物館に行って参りました。
ベトナム戦争のことを少しでも身をもって知りたくて、ベトナムに来たようなもの。

やはり、過去の負の遺産は、地球人として、知り、伝え、同じ過ちを繰り返さないことが大切だと痛感いたしました。
しかし、自分は勉強不足のため、認識が十分ではないので、日本に帰り次第、ベトナム戦争について勉強することをここに宣言いたします。(宣言の有効期限は2日間となります。予めご了承ください。)

相変わらずベトナム人があまり好きではない僕は、早速明朝カンボジアのプノンペンに向かいます。
そこでもやはり、キリングフィールドや、トゥースレーン博物館など、興味深いものが多いです。

直接現場に行き、身をもって、肌で感じる。
これもまた旅の醍醐味だなと、嬉しく思います。

バスでの移動が長かったため、大して書くこともありませんが、また次回の日記に乞うご期待。

世界一周4 

July 30 [Mon], 2007, 21:21
「一人0泊3日弾丸ツアーの旅」編

みなさーん、お元気ですかぁ。

先日ラオスのビエンチャンからベトナムのフエに向かって17:30出発予定で、前日からチケットを抑えていたのですが、出発1時間前の16:30に気分が変わり、行き先をベトナムのハノイに変更してしまいました。

そう、ベトナム来るついでに(あくまでついでにですが。)アジアカップ準決勝、日本対サウジアラビア戦を観に来てしまいました。
ラオスからはるばる、エアコンの効かないおんぼろバスで、埃まみれになりながら、24時間かけてハノイに来ました。

以下、詳細。

とりあえず、ラオス〜ベトナムのイミグレ前に夜中の1:30頃到着し、イミグレOPENまで待機。

4:30頃にバスの20mほど後ろで野○ソをしてことは秘密ですが。。
しかも、それまで、誰もいなかったのに、まさに野グ○を終えようと拭いている時に、なぞの女性30名ほどが早朝ランニングか何かでイミグレから何もないバスの後方へと走り去って行きました。
かなりきまずい○グソです。。。

7:30ころイミグレOPEN。その後ハノイまでバス。
イミグレの時点でぼくはベトナムが嫌いになりました。
さらにハノイに来てまたぼくはベトナムが嫌いになりました。

ベトナム人IQ低すぎです。
・くそ暑い(昼間は地獄のようです)
・イミグレの前で列は作らず押し合いになる(結局みんな一緒のバスに乗らなければいけないので急ぐ意味が全くない)
・街中で2秒に一回、最近は暴走族ですら聞かないようなクラクション鳴らす(ベトナムでは絶対に運転できません。対向車線から抜きにかかってそのまま対向車線走ったりするし。でも、運転がうまいわけではなく、すでに3回ほど事故を目撃しました。しかも、一緒にバスで来た日本人はハノイに着いた早々いきなりバイクにはねられていました。。ご愁傷様です。)
・常にぼってくる(まぁ、東南アジア諸国は当たり前ですが、ベトナムはひどすぎ。皆さんもぜひベトナムへお越しください。)
・そのへんすべてがゴミ箱(なんでもそのへんに捨てる様は最低です。)

19:30頃ベトナムにつき、バスで一緒になった日本人と韓国人(みんなアジアカップ目当て。)とともに宿を探し、4人(内2人は韓国人)でルームシェア。

宿で1泊して、翌日アジアカップ。
いくら、ついでにベトナム寄って、ついでに代表戦観たからとは言え、かなりテンション上がりましたわ。
結果はさておき、スタジアムきれいだし、ベトナム人平気でタバコ吸うし、液晶が小さすぎてリプレイも何もないし、とにかく最高でした。。

その後、自棄酒を飲んだことは言うまでもありませんが。。

宿に一泊して、今日はホーチミンを目の当たりにして、共産主義の国を満喫いたしました。

ということで、これから48時間くらいかけて南のホーチミンまでバスでダイレクトに南下いたします。

結果がどうであれ、時間の都合で世界遺産のフエやホイアン、ベトナム随一のリゾートビーチのニャチャンなどをカットしてまで、いまこの瞬間を生きている証として代表戦をついでに観に来てしまいました。

世界遺産やビーチは何十年後に行ってもありますが、代表戦はいまだけですので。
と言い聞かせ、世界遺産はまた行けばいいやと思っておりましたが、残念なことにもう二度とベトナムに来たいとは思いません。
昼は暑いし、IQ低いし。。

いずれにせよ、これぞ旅だなぁということで、自分に言い聞かせております。

ではこれから地獄のバスツアーに行って参ります。(5分後に気分が変わらなければですが。。)

次回は多分ベトナムのホーチミンもしくはカンボジアのプノンペンからシリアス日記を書こうと思います。
もちろん嘘ですが。。。

世界一周3 

July 30 [Mon], 2007, 21:18
どうも、ニートです。

さて、先日日記を更新した5分後に気が変わり、フィリピン人について山の上に行くことなく、翌日チェンコンという国境の町に向かいローカルバスに乗り込みました。
現地のおばちゃんに現地語で話しかけられ、とりあえず英語と日本語両方とも通じないことを確認した後、なぜか、自分の知ってるすべての言語で自己紹介しておきました。
おばちゃんは、ぽけーっとしてましたが。。
最終的には笑顔がすべてです。
みなさんも笑顔の練習をしておきましょう。

その後、チェンコンで一泊して、そこで知り合ったスイス人シリーと一緒に翌日国境を船で越え、そのままラオス入りしました。
ラオスのフエイサイという街からスローボート(超スロー)で、1泊2日かけ世界遺産指定都市のルアンパバーンへ。

雄大なメコン川を優雅に下るこのスローボート。
あまりにスローな上に、木の硬いせまいイスしかない中、1日7時間程度乗るので、最初はみんな写真を取ったりはしゃいでましたが、2日目には欧米人もみんな船の汚い床の上にぐったいでした。
ぼくは、トレッキングで一緒になった韓国人と偶然同じ船になったので、韓国式ポーカーを一緒にやり、金を巻き上げてやりました。1日の食事とビール分くらいは勝ちました。
スローボートは個人的にはあまりお薦めできません。

ちなみに、地球の歩き方には、ルアンパバーンと書かれていますが、現地人や外人などは全員ルアンプラバーンと発音しますので、要注意。
スイス人シリーが現地人にルアンプラバーンに行きたいと確認した後、発音がわからない自分は、直後に同じ人にルアンパバーンに行きたいと確認しておきましたので要注意。

さらに地球の歩き方に乗っている宿の金額や、入場料などはすべて5年ほど情報更新されておりませんので、要注意。
写真などもかなり違ってたりするので要注意。
でも、それでも地球の歩き方に頼っちゃう自分に要注意。

ちなみに、この街(ラオス全体的に)は、非常に穏やかで落ち着いており、ゆっくり時間の流れる素晴しいところです。
とは言うものの、正直世界遺産に登録されている理由がよくわかりませんが。。。

ということで、そこで知り合った2人の日本人と一緒になんちゃらという鍾乳洞の中に仏像が2500体もあるとう意味不明な場所などに行き、2日後バスでバンビエンという街に行きました。
何も無い贅沢を堪能しよう、と、地球の歩き方に書かれている通り、本当に何もない。
1時間ほどで街中も歩ききってしまうようなのどかな場所。非常にすばらしいですね。

バンビエン行きのバスで知り合った日本人からいろいろ情報をもらい、ついでに的な感覚でベトナム行きを決定しました。

ということで、今日昼過ぎにラオスの首都ビエンチャンに着き、チャリで街中を一周して、一息ついたので、明日の夜行バスで20時間ほどかけてベトナムのフエという、これまた世界遺産に指定された街へ行きたいと思います。

そこから、怒涛のバス旅開始。
フエからホイアン、そこから南下しホーチミンへ。そこで、クチトンネルに入り、ベトナム戦争時にアメリカ人がノイローゼになった理由を探りに行きます。
そして、その後プノンペンでいろいろな物思いにふけり、シェムリアップのアンコールワットで感動し、バンコクに戻る予定です。
普通1ヶ月くらいかけて回るルートを、2週間という強行スケジュールで回ります。

観光している時間と、寝てる時間と、バスの中の時間どれが一番長いか自分でも微妙ですが、とりあえず日本人らしく、急ぎ足で回ってきます。

ということで、次回の更新は多分カンボジアで一息ついてからになりそうな予感です。

ラオスは本当にいいところです。
ぼってくる人はいないし、町を歩いているとおっちゃんが一緒に飲めをビールをくれるし。そのまま、携帯で日本のエロビデオを強制的に見させられるし。

とにもかくにも、地球の歩き方には「日本に疲れたらラオスへ行こう」と書かれてある通り、どこものどかで優しい町です。

しかし、ガイドブックに疲れてしまう国というレッテルを貼られてしまう日本に要注意です。

ではまたお届けします。

世界一周2 

July 16 [Mon], 2007, 21:53
はーい、僕は今、タイ北部のチェンマイという街からお届けしておりマース。

こちらは日中40度(体感)はあり、とろけそうな毎日です。

さて、12時間揺られたバスで、スーツケースで65歳くらい(推定)のおばちゃんバックパッカーに会いました。
滋賀県の方らしく、外人にも関西弁でまくし立てまくってました。
車中、いきなり栗をくれるなど、かなりぶっ飛んでましたが、何とかチェンマイにたどり着き、煙にまいてやりました。
あー、懐かしきおばちゃん。。

ということで、いまもまだチェンマイに沈没気味でステイしております。

チェンマイ初日はAM7;30に到着後、30分ほどでミニラみたいな、ちょー人の良いおばちゃんがオーナーのゲストハウスに決めました。
シングル70B(約250円くらい)の格安です。
その後、洗濯し、隣のゲストハウスにいた日本人にレンタバイク屋を紹介してもらいバイクでいざドイステープという海抜1080メートルの山の上にあるお寺へGO。

チェンマイでは、ホンダカブの3人乗りや、雨の中の傘さし運転、携帯片手の運転(警察まで)など日本では考えられません。
そして、気持ちよく運転していたぼくですが、いきなりやってしまいました。。
スコールの中、急なくだり道を運転していたら、前の車が急ブレーキを踏みやがって、自分も急ブレーキ。。。

そして、その直後、タイヤがツルッと行きまして、、
そのまま、ツツーーーっと滑りまして、、、
人生初コケをタイのチェンマイでやってみました。。。

最低です。かなりダサいです。
カウルわれまくりです。。。。

ああーー、やばいーーーと思っていましたが、
タイ人の適当さに助けられ、何とかばれずにセーフ。

ちなみに、体は無傷で、一番影響を受けたのは、地球の歩き方でした。。。

ま、何とかなるでしょう。

という初日に始まり、その後トレッキングツアーへ参加。

これまたスコールの中、象さんに乗り、山道(富士山より辛い)を3時間ほど上り、山頂の原住民の村で1泊しました。

韓国人5人組と、スペイン人4人組の中にぼく一人です。。
でも、韓国人にビールと焼酎をおごってもらいかなり楽しみました。

2日目は、ゴムボートで渓流くだりとバンブーラフティング(竹でできたいかだで川くだり)をするなどかなり楽しんでおります。

明日からは、ゲストハウスで知り合った、ヨガの先生をしているという怪しいフィリピン人に着いて行き、またどこぞの山の上で原住民族と楽しい夜を過ごしたいと思います。

生きて帰ってこれるといいな。

その後ラオス→ベトナム→カンボジアと抜ける予定でしたが、いま気が変わり、ベトナムはカットしそうです。
ラオスからバンコクへ戻り、バンコクからアンコールワットへ。そして、その後タイの南の島でダイビングでもしそうな勢いです。

皆さん、ベトナムって行った方が良いですかね??

ではまた更新できればと思います。

世界一周1 

July 12 [Thu], 2007, 18:09
皆さんお元気ですか。

僕はいま、タイバンコクのカオサン通りから、汗をかきまくtってシャツに白い粉を拭かせながら、旅立ち後ミクシイ初更新をしております。

これといって特筆すべきこともございませんが、とりあえずバンコクの空港からカオサンまでのバスの中で、アフリカ大陸制覇しエジプトから来たという、鼻毛伸び放題のカナダ人と友達になり、ともに宿を探しメシを食ったのが初日です。

2日目はトゥクトゥクの運転手に無理やり連れられた宝石店で何も買わずに速攻出てきたら切れられたので、日本語で思いっきり切れてやりました。
その後、明らかに怪しいイギリス人に話しかけられ、「宝石を買わないなんて、お前はバカだ。ブルーサファイアが高く売れるぞ」と、初対面でStupid呼ばわりされたので、日本語で「ハイハイ、ふぅーやれやれだ」と落胆してやりました。
ちなみに、そのイギリス人はご丁寧に、宝石を買った明細とメールアドレスを無理やり渡してきたので、アドレスを公開いたします。
みんなで、思いっきりバカやローメールを送りましょう。

jason69buvge@yahoo.com

3日目はハトの餌やりにむりやり餌をつかまされ、金を請求されたので、F○○Kと罵ってやりました。

話しかけてくるタイ人のうち、120%はぼってくることがわかったので、ぼられる前に本日夕方より12時間かけてバスでチェンマイまで行ってきます。

そこで象に乗り、さらに太った自分の体重に耐えられるかを試して、さらに首長族に会って長州力ばりのラリアットをかました後、逃げるようにしてラオスへ船で密入国します。

その後、ベトナム→カンボジアと渡る予定です。

3週間ほどでバンコクには再度戻り予定なので、夜遊びはその時にしたいと思います。
ま、そんなお金もございませんが。

では、また更新できればと思います。
P R
プロフィール
  • アイコン画像 ニックネーム:Sushi
  • アイコン画像 性別:男性
  • アイコン画像 誕生日:1981年6月16日
  • アイコン画像 血液型:B型
  • アイコン画像 職業:その他
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2007年5月末に人身売買組織を、肝臓を犠牲に脱退し、思い立ったが吉日で7月10日より世界一周旅行敢行中。 2008年3月には帰国すると周囲に洩らすも、確実に楽しすぎてうれションを漏らす予感。 現在86キロの体重を、どこまで落とせるかが将来の鍵を握る。
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