毛糸遊び 

2005年01月04日(火) 17時03分
あみものをはじめたのは2004年の初夏。
仕事の関係でやらざるをえなくなったからなのだけれど、
ついつい、練習、と称して編んでいるうちに今では趣味のひとつ。

最近ではあみぐるみ(ヤプース日記に写真掲載中)、
ルームくつした、
をメインに、タワシや猫の首輪、コンセントの紐を束ねるやつ…と、いろいろ。

あみ図も自分でかけるようになったし、
そのうち、オリジナルの生活雑貨編めるようになりたい今日この頃。

まずは目先の目標、ヨウコのおうちのあーちゃんに、赤ちゃんくつした編むぞ☆

福村くんの一周忌にて 

2004年12月08日(水) 1時20分
私は福村君のいたころのルーシーを1度だけ見たことがある。
1999年の秋、中部学院大学の文化祭、体育館のステージだった。
福村君、番場さん、アイコちゃん、石坂さん。

はじめて生音でルーシー聴いた。福村くんのアフロも間近で見れたし、すごく楽しかった!smile againは、CDで聴くよりいいかんじ。一応席は前売りで取ってあって、きれいに椅子も並べられてあったんだけど、ルーシー登場でみんな前のほうに行っちゃってた。ルーシーのライブははじめてだったから盛り上がっててよかったっていうべきなのかマナーが悪いっていうべきなのかわかんないけど、みんな楽しそうだった。あ、ライブハウスと違って椅子があった方が不思議だったのかな(笑)福村くんの投げたピックはどこに消えたんだろう…。目の前に来たのに…。あーそれにしても、けっこう音すごいし、アイコちゃんはめちゃかわいいし、行ってよかったぁ☆ (No.125 E-17)

ルーシーを教えてくれた恋人と、岐阜で待ち合わせていった。
そのとき、恋人は富山から、私は名古屋から。
はっきりとは覚えていないけれど、はじめてみたルーシーのライブは、
大学祭でよかったと今はおもう。
ルーシーと出会わなかったら今の私はないから。
こんなにライブハウスへ行くようなこともなかったし、
がんばってるまだ小さいバンドたちを聴いたりもしなかった。
福村君、番場さん、石坂さん、アイコちゃん。
この4人のルーシーを見たのはこのときが、最初で最後。
ライブのことはもちろん、大学祭で回ったところや、
帰りに岐阜のCATSでごはんを食べてから名古屋へ帰ったこと。
私の思い出はほとんどが、ルーシーの曲とリンクする。

advantage Lucy 

2004年12月08日(水) 1時17分
11月26日 24:30 新宿LOFT
"胸キュン☆アルペジオ アコースティック" 〜福村貴行君の一周忌

第2部のLOFTの記憶は、ほとんどない。
安心して眠れそうな、実際うとうとしながらの夜。
スクリーンの対角線上に座って、少しずつおしゃべりしながら
オレンジブロッサム、だっけ?ジュースだと思ったんだよ。
私はセブンアップを飲みながら、それでもとろーっとしていて。
第1部とは違うバンドさんが出てきて、さらっと演奏していたり
ルーシーや3BIのけっこう前の記録映像やルーシーPVとか、そんな
懐かし映像満載だったり(私には新鮮なものばかりだったけれど)。
安心したのは、時々髪を撫でてくれたその手でもあるんだ。
(ほとんど寝てたけど、それでもわかったよ)
朝5時のアイコちゃんの挨拶がおもしろかったのだけは、しっかりと憶えてる。
みんなどこかぼーっとした、それでいてうれしそうな、満ち足りたやさしい顔。
電車に乗って、本格的に眠ってしまうまで、幸せな気分が続いていた所以。

今は、アイコちゃんと石坂さん、それにタイスケくんとチガちゃん、外村さん。
この、おなじみになったメンバーで、これからも私はルーシーを聴くんだ。

advantage Lucy 

2004年12月08日(水) 1時01分
11月26日 18:30 下北沢CLUBQue 
"胸キュン☆アルペジオ" 〜福村貴行君の一周忌


去年、福村君はいなくなった。
ルーシーを脱退した後も、大きな大きな、福村君だった。
福村君を悼んで、懐かしんで、愛をこめて、イベントをやった人たちと、
そこに思い出を重ねる私たちの、大きな思いのつまった、オールナイト。

第1部の会場、Queに着いたのはもう開演後だったけれど、
バンドとバンドの間の、"縁の人インタビューVTR"とか、
フロアに普通に下りてきているバンドマンさんたちや
その友達、家族、あったかい人たちの中で安心して見れた。
3BIのこもって広がっていくやさしい音や、
以前より音が安定してきたLost in found、
orangのボーカルはちょっと、気に入ったし
バサロのかっこよさにくらくら。
ミラーボールきらきら。
友達が偶然となりにたっていたりして、懐かしい感覚。
福村君のお母さん。
きれいな涙のアイコちゃん。
このステージを、私は忘れないと思う。

いつのまに12月 

2004年12月07日(火) 23時40分
12月です。
もう7日。いつの間に・・・。

冬が寒くなくて
私は寒い冬に外に出るのが以前は好きだったので
こう、あったかいと、感覚的に冬を迎えた気がしなくて
それでも布団からはでたくない、おかしな毎朝です。

fumi号受難 

2004年11月23日(火) 23時27分
突然ですが、今、ちょっと交渉中です。

というのは、愛車fumi号(みどりいろのワゴンR)が怪我をしたから。
さかのぼること、ちょうど1週間前の11月16日、
通勤時、恒例の渋滞停車中の出来事です。
前から走ってきたケッタが、fumi号の左のわき腹をこすったのです!
前から、ということは、そのケッタ(男性)は右側走行をしていたということ。
そして、普通に左側走行してきたもう1台のケッタ(女性)をすれ違うときに、
がりっ
とこすったようです。
幸い、女性がその男性を呼び止めてくれたので逃げられずにすみました。

たいした傷ではなかったものの、ショックだった私、
「車、渋滞中で動いてなかったんですよ」と言ってみたわけです。
(内心どきどき、手も震え気味。ううん、しっかりしろ、私。)
男性が以外にもすんなりと折れて、
「全面的に私が悪いんです」と宣言してくれたので
あとで修理の見積もりを送る、ということで連絡先の交換をしてわかれました。

見積もりが出たので
(というかその日のうちに出ていたのだけれど、連絡先が見つからなくて探していたら1週間たってしまって
連絡をして、今、支払い方法やら金額の交渉中。

…fumi号が傷だらけはいやだけれど、けっこう、面倒くさいのです。

文章中、ちょっと気分で名古屋時代に戻ってます(ケッタ=自転車)

強くなりたいのです 

2004年11月22日(月) 0時01分
この間、テレビで「ピンポン」をやっていて、
映画でもDVDでも何度も見ているのに、やっぱり見てしまったのでした。
飽きもせず。
見るごとにCGに笑い、つっこみながらもそれでもしっかりと。
私は誰タイプだろう、なんて考えるのはちょっと恐れ多いけれど、
しいて言うならキャプテン太田…?
心意気はペコなのだけれど、なかなかあそこまで無敵にはなれません。
ピンポンなみんながみんな、自分を持っていて、その中でも、
途中で卓球から足を洗っていったアクマ。
彼のこころが好きです。

今日、久しぶりに卓球をして、ちょっと調子が良かったのです。
といっても私の場合、苦手とするものがほんとうにはっきりとしていて、
勝ち負けの問題も相性の問題といっても過言ではないくらい…
せっかく前半に多球練習したバックも、試合ともなると全然出せなくて、
打たれて返して、また返されて、
と、およそ攻撃選手らしからぬ試合運びになってしまうので、
私の調子が良かったというよりは、相手の調子が悪かった、
というほうがあたっているかもしれません。

(でも最近やっと、打ち返せるようになったのよ)なんて、まだまだの証拠。
自分から攻めないと、と思いながらもそれが全然決まらないのでした。
大抵、セットの最後、落とすときには自分のミスだったのもものすごく反省点。
根は小心者、素が出てしまってそうなってしまう、弱さがあります。
次の練習日には、スマッシュとドライブ、とにかく自分から自分から、いけるように練習してきたいと思います。

ねこのはなし 

2004年11月09日(火) 21時31分
ねこが好きです。

私の家には来た当時ヤンママだった親猫と、
今では親よりおやじくさい息子猫がいます。
親猫はさすがにノラ出身なので迂闊に手は出せませんが
(手のひらに食い込む爪の感触はもう味わいたくありません。)
息子猫のほうは、もうそれこそ、おもちゃねこのようです。

日向ぼっこしている後ろアタマ(時々揺れる)、
信じられないくらいの柔軟性(安心感抜群)、
駄菓子屋のさくらんぼもちの感触の肉球(いつもきれい)、
人間を見下したような態度で横切る足のはこび(不敵)、
気まぐれに擦り寄るあごの、さきっちょにだけあるざりざり(ひげ?)、

もう、ねこそのものがとても好きです。


職場の裏で仔猫を生んだ、左目がガラス玉の”おかあさん”。
彼女が失踪して、もう10日も過ぎようとしています。
残された実子3匹
はなくそはなちゃん 妹ななちゃん 茶トラ
他所から仲間入りした少し年上の子2匹
ぱんだ まっちゃ
5匹の仔猫が、今日も庭の芝生でなかよく積み重なって寝ていました。

妹ななちゃんはとても慣れていて、
仕事場に入ってきてはみんなに擦り寄ってみたり、
目やにをとってもらったり、膝で熟睡したり、しています。

小さい猫たちと、大きい猫たちから、交互にネコパワーをもらう毎日です。

何事もかたちから 

2004年11月07日(日) 23時46分
卓球をする時、
私は大概、ユニフォームを着ています。
(でも下はジャージ。大学時の、いわゆる部ジャー)
「今からたっきゅうします」という気合の表れ。
というわけでは決してないのだけれど、やる気はでます。

今日は前半の2時間、となり反面が珍しく剣道で、
私たちとほぼ同時に始めたので、すごい声だったわけです。
いつもはバドミントンなのでシャトルの音もあまりしないし、
時々、試合前で気が立っている奥さま方の声が響くくらいなので、
いつもと違う、掛け声というのか雄たけび、と言うのか、
とにかく、やたらかっこよくみんな吠えてるわけです。

つい、でてしまった対抗心で、
叫んでみました。
ドライブ決まったときに、
スマッシュ返した時に、
サービス入った時に、
「タァ!」「ニャァ!?」
やる気でます。
のってきます。
すっごい絶好調でした。
・・・惜しくも全敗でしたが

ダブルスの最後の一戦は勝利したので有終の美は飾れました。

古明地洋哉 

2004年11月03日(水) 18時53分
11月2日 19:30 渋谷7thFLOOR
"wish you were here" 2004 弾き語り

古明地洋哉。
彼は去年の5月ころ、友人が聴かせてくれたイヤホンから聴こえた声が最初の出会い。
それが、一昨年10月のアルバム『hallelujah』の、7曲目 tears in the morning 。そのときはエミネムの映画の試写会の会場にいて、始まる前で、ちょっと衝撃を受けながらもすんなり私のなかに入ってきた声。
RADIOHEADとかbjorkのライブも一緒に行っていた友人だったから、彼の持ってくる音楽はけっこう信頼していて(というか肌に合って)、そのあたり無防備だったのかもしれないけれど、とにかく、ひと月たたないうちにライブに行った。
それからは、都内のライブはイベント含め、都合がつく限り行っている。

最近とても好きになったライブハウス、渋谷道玄坂の7thFLOOR。
前回はコンドウさんとの2マンだったけれど、今回はワンマン。
客席からステージに上がった古明地と、2本のギター。
MCで発声練習、と言っていた最初の民族音楽は、パキスタンの宗教音楽とのことで、とにかくびっくりしながらも、妙に新鮮で面白かった。
新曲ばかりではなくて(正確に言うと新曲なのだけれど、ライブで何度か聴いている曲もあって)、とても好きな『untitled#1』もあって。
1時間半のライブ、空っぽの、瞬間。

今、『空砲』がとても好き。音源化をまつ。
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