帰らざるスパイ 

2010年06月13日(日) 19時23分


 新井勇になって三十年、自分がロシア人でモスクワ生まれ、と言う意識も薄れてきた。
SVR(ロシアによる対外情報庁、旧KGB)の職員で失踪した日本人になりすました。
新井勇は新潟県柏崎市生まれ、北朝鮮で日本人技術者としてミサイル開発に協力させた、と聞いたが真実は分からない。
モスクワ工科大学の時に日本語を覚えた。まだ、ビクトル・サビンの時である。
小さい時に柔道の道場に通い、その時から少しだが日本語に触れていた。
日本に来て、すぐ名古屋に連れてこられ、それから一度も他の土地に住んだことがない。

新井勇は50歳、ビクトルは55歳である。
「お母さん、今日は送別会があるから夕食はいらない」と、妻の和子に言った。
和子は新井と同い年である。
「お父さん、お酒飲めないから、つまらないでしょ」
「そうでもないよ」
新井になってからは、一度もアルコールを口にしていない。
ビクトルの時は、ウオッカを好んだ。特にモスクワの冬は寒い。
氷点下の日は、暖かいウオッカは必需品と思っていた。
「私の卒業式は、お父さんが来るの?」と、長女の早苗が聞いた。
新井はご飯に味噌汁、納豆に焼き魚の朝食を終えて、緑茶を飲んでいる。
「そうだね。お父さんが行っていいのか?」と、和子の顔を見て早苗の顔を見た。
「お父さんステキだから来て」と、早苗は口にご飯を入れながら話す。
「女子高生はお父さんを嫌がるのに、娘からリクエストあるなんて幸せですね。ほとんどのお父さんが羨ましがります」と、
和子は笑って言う。
和子が早苗に言いなさい、と裏で糸を引いているような気がしたが、新井は嬉しさを隠さず洗面所へと向かった。
鏡の前で歯を磨く。
(どこから見ても日本人)と、いつも思う。
家族は、新井がロシア人であることを知らない。

長男の悟は、北海道のH国立大学、工学部電子工学科の2年生である。
札幌市内のアパートで一人暮らしだが、4月から妹の早苗と同居する。
早苗もH国立大学の理学部物理学科に合格した。
「札幌の帰りに、新潟のお墓参り行こうか」と、新井は洗面所から和子に言った。
「私も行きたいです。早苗も第一志望の大学に合格できたし、その報告をかねてね」
「しばらくぶりだね」
「悟が大学合格した時も行っていませんから6年ぶりです」
「お母さん、飛行機予約した?」と、早苗が聞く。
「まだよ」
「私がネットで予約する。新潟までは飛行機、電車?」
新井と和子は顔を見合わせた。
「お父さんが飛行機工場で、働いているので飛行機にしましょうか」
新井は、笑いながら頷いた。
「分かった。今日、アクセスしてみるね」
春休みで帰っている悟が、モシャモシャ頭で起きてきた。
「早いじゃない?」
「バイト」と、言いながら一杯の水を飲み、新聞を手に取った。

テレビでは、花粉情報の後、ロシア製新型魚雷の設計図を不法に入手した疑いで8ヶ月以上にわたってレフョル刑務所に放置され、モスクワの裁判所から禁固20年の実刑を言い渡された、実業家で米海軍出身のエド・ダグラスのニュースをワシントンD.Cから日本人記者が実況している。
「ダクラス氏は、非常にまれな骨ガンのため健康状態も懸念されている。アメリカ政府は、ロシアのサーチン大統領に特赦願いを提出、サーチン大統領とアメリカのハンクス大統領との電話でダクラス氏の釈放を約束した。これを受けてダグラス氏の妻とアメリカの元海軍情報部員がレフヨル刑務所を訪れ、そのわずか2時間後の釈放となりました」と、早口で一気に喋り捲った。
悟と早苗は、食い入るように画面を見ている。
新井は、2人の子供がロシアに興味を持ち、いつしか父がロシア人であることを知られる日がくるのではないか、と不安になる。
悟は、第二外国語はロシア語を履修し、札幌からデジカメで写し、それをメールで送信するがロシア人の友達と一緒の画像を見るたび、静かな恐怖を感じる。

 名古屋市中村区の自宅からK重工業の名古屋第一工場まで車で通勤する。
名古屋港臨海工場地帯に航空機構造部品の製造組立工場で平成4年から働いている。
その前は、第一工場に隣接している第二工場で旅客機製造分担品の組立作業をしていた。
新井は、勤勉で親しみやすい性格を評価され、岐阜工場に工場長としての昇進の話があったが、丁重にお断りした。
「本当に辞退していいのかね、新井君。子供は大学生と高校生の2人、金がいる時ではないかね」と、第一工場長の藤森まさとし雅俊が聞く。58歳だが、白髪頭で顔の皺が深く、60代後半に見える。
「妻と高校生の娘を置いて単身赴任は出来ません。休みで帰ってくる息子のためにも両親で迎えてあげたい、と思います」と、作業服の新井は、帽子を取り、手を膝の上にのせて藤森の前に座っている。
「息子さんはH国立大学と聞いたが?」
「はい、工学部電子工学科の2年です」
「二十歳?」
「そうです」
「国立大学に現役合格か」と、溜息交じりに言う。

新井は、工場長室を出て、生産工場を通り、組立作業工場へ小走りで戻った。
飛行機の胴体部分の組立作業に従事している。
パネル組立ラインと呼ばれる当社開発のモノレール搬送により、高効率組立ラインで、ある程度の胴体部分が出来てゆく。ハイテク満載のジャンボジェットではあるが、最終の組立段階では手作りに近いものがある。
新井はキャビンの荷物入れを組立てる。
荷物入れを丁寧に手際よく組立てる姿は、勤勉な作業員以外には見えない。
だが、新井には荷物入れを二重構造にする任務がある。奥行き部分に1枚多くボードを張る。
乗客やキャビンアデンダントは奥行きのボードの裏に少しの空間があることに気がつかない。
この任務のためにビクトルから新井に任命された。まだKGBが存在していた時である。旧KGBになったが、新井の任務は続く。
指令により、二重構造の荷物入れを作っているが、その活用方法は聞かされていない。が、(機内の荷物入れで機密情報の受け渡しをしているだろう)と、推測する。
(乗客、あるいはキャビンアテンダントがスパイであろう)と、確信しているが、実態は、いまだに分からない。
荷物入れは、アメリカのシアトルからバスで1時間弱のところにある工場へ船で運ばれる。
普通の荷物いれと二重構造の荷物入れの比は440〜550対1ぐらいである。ジャンボジェット機に一つ、二重構造の荷物入れがある計算になる。それをどのように仕分けし、どの飛行機に組立てるのかも知らされていないが、シアトルの工場にも新井のようなロシア人がアメリカ人になりすまして、働いているのだろう。
新井への指令は、今はメールで送信されてくる。「お元気ですか?」が、暗号である。
メールの前は、物置のダイレクトメールだった。
その前は、ラジオのリクエストであった。
「鹿児島県垂水市にお住まいの嶽釜さんと広島県広島市にお住まいの中野さんからのリクエストで青春です。」と、女性の声がラジオから聞こえる。
鹿児島県の市と広島県の市、そして中野と春が暗号であった。
この指令の変更は、名古屋駅での切符である。国鉄時代からJR東海になっても同じ方法が取られた。
男が360円の切符を買う。
「すみません。金額を間違えて買いました。取り替えて下さい」と、駅員に言う。
新井は、切符の金額を見て
「僕が360円の切符が欲しいです」と、言って男に金を払い、その切符を受け取る。
すでに準備していた360円の切符で改札口を通る。
男から受け取った切符は、二つに裂く。その間に、くだらない文章が書いてあるが、それを解読する。
30年間、360円の切符である。最近では、360円の意味を考える。
36年間任務、解釈してみた。新井が56歳で、ビクトルが61歳である。
(男はビクトルとして、指令しているので61歳まで任務をこなせ、と言う意味かな?)
名古屋駅での切符の受け取りの指示は、Y新聞の名古屋版に小さな広告が載る。
それを解読して指定された日時に行く。

 港区麻布台にあるロシア大使館では、どこの大使館にも見られるように国旗を掲げている。
東京タワーが見える大使館をロシア大使館駐在武官として赴任しているロシア軍参謀本部情報局(GRU)情報官のドロホフ・バカチョフは好きである。
その場所からテレビのインタビューに答えている。
「ロシア外交官の5割はスパイ活動に従事している、とアメリカ政府が述べたが私たち、少なくとも私はスパイ活動には一切関わっていません」と、声高々に言った。
44歳だが、太っていて年齢より老けても見えるし、若くも見える風貌に親近性があり、テレビのインタビューはドロホフの仕事である。
モスクワ生まれで、日本語はモスクワの大学の時に覚えたが、綺麗な日本語を話す。
「趣味は?」と、女性リポーターが聞く。
「バレエとバレーボールを見ることです」と、愛嬌たっぷりに言う。
リポーターの間で笑いが起きた。
真実の程は分からないが、日本人受けする答えでサービスしてくれる。
「サーチン大統領の来日が健康による理由で変更になりましたが、詳しい病名をご説明頂けますか?」と、
男性リポーターが本題のインタビューをした。
「過労です。休養して1週間後に来日しますので皆さん宜しくお願い致します」と、頭を下げた。
大きな体の男が、不器用に頭を下げ、カメラマンやリポーターたちの間に和やかな空気が流れた。
「お疲れ様でした」と、リポーターたちは散らばった。
テレビインタビューを終え、ドロホフは西日が当たる自分の部屋に入り、ドアを閉めて、ゆっくり息をしながら鍵をかけた。
鍵をかけた音と同時に温厚な顔から厳しい軍人の顔に変わった。
ロールカーテンがしっかり閉まっていることを確認して、ノートパソコンのスイッチをオンにした。
ドロホフは大使館に4台と歩いて5分の自宅に6台のパソコンを使いこなしている。
「お元気ですか?昨日、くしゃみが出て、目が痒くなりました。私も花粉症かな?」と、新井にメールを送信した。
N航空会社がB社にBイング747―450を発注した。座席数569で全長70.7mである。この飛行機にも二重構造の荷物入れを最低一つ、理想は3つ作りたい。
日本の航空会社での機密文書の機内受け渡しは理想である。
日本にはスパイ防止法がない。だから、日本の領地で受け渡しの指令を出す。
みきのりお三木則男にもまた、メールを送信した。
「ご無沙汰しています。バタバタした生活が続き、なかなか時間が取れませんでした」
三木則男は51歳、新井と同じ会社で働いているが、検品・出荷担当である。
三木もロシア人で日本人になり、30年になる。
三木は、二重構造の荷物入れをシアトルにいるロシア人に分かるように、検品・出荷する担当である。
荷物入れの奥行きを測り、二重構造をチャックするが、今では、一目見て奥行きの違いが分かる。
新井も三木もお互いの存在を知らないが、推測はしている。
旧KGBの職員は、笑顔の奥に表情がある。
シアトルに住むクリス・ベネットにメールを送信した。
「ご機嫌いかがですか?シアトルマリナーズのオープン戦をテレビで見ています。日本人選手の活躍を中心にテレビや新聞で報道しています」
ご機嫌いかがですか?これが、暗号である。日本からの大型タンカーでK重工業の名古屋第一工場で作られた部品などがB社に送られる。
(旧KGBの職員は、任務を忠実に遂行し、秘密は家族にも話さない忠誠心を教育された。
SVRになっても同じ教育をしているが、ソ連時代とは違い、個人を捨てきれない若い世代が目立つ。5年〜10年の間に新井や三木に変わる存在を見つけられるだろうか?)と、思う。
ドロホフの任務は、世界各地に指令を送ることだ。
指令後のことは聞かされていない。
ドロホフへの指令は、モスクワから送られてくる。
相手はSVRであると確信しているが、そこの誰が指令を出しているのかは、想像も出来ない。
(裏切ると命はない。どこかで見られている)と、思っている。
コーヒーメーカーでコーヒーを作る。
部屋に香りが漂い、1滴1滴音を立てて落ちてゆく。
メールを受信する。
デジカメでモスクワの遠い春の画像を見る。
「昨日、モスクワに行った。
映像を送るので懐かしんで下さい」と、サビンからの短いメールである。
デジカメの映像に2人の女性の帽子とコートの色で指令の内容が分かる。
(サビンは男性である)、と思っているが、画像とメール文に繊細さを感じる時がある。
プライベートの電話の前に立ち、盗聴器の有無を確かめてダイヤルした。
「桜井です」と、ドロホフは綺麗な日本語で話す。
「松井です」
「すみません。間違いました」、デジカメの画像で送られてきた指令を終えた。
日伊電気のふるや古谷かずお一男は府中事業所で働いている。
38歳で北朝鮮のスパイ工作員である。
彼への指令は、航空自衛隊のバッジ(自動防空警戒管制)・システムに関する文書をコピーして欲しい、と言う内容である。バッジ・システム全体の概念図や関連部品の設計図のほか、レーダー・システムの性能諸元や新バッジ・システムを整備するための情報なども含む。
バッジ・システムとは、日本に領空侵犯した航空機の情報を全国のレーダーサイトで補足し、これを迎撃するために戦闘機やミサイルを指揮するもので、防衛の根幹システムである。
古谷とは、ギブ・アンド・テイクの間柄である。
「5人の日本人技術者をひそかに平壌に招き、ミサイル開発に協力させる。新潟からロシアへ飛び、それから平壌へ。パスポートとチケットの手配を頼む」と、古谷から暗号でメールが届く。
ドロホフは、早速、失踪した日本人のパスポートとチケット5人分を準備し、ロシアからは、失踪したロシア人のパスポートとチケットで平壌へ行く手配をした。
ドロホフが古谷宛にメールを送信した。
「3月21日、N航空JN6便、成田発12時発ニューヨーク行きのエコノミーB737」
古谷がコピーした文書の受け渡し場所である。
その日は、古谷がニューヨークへ海外出張を命じられた日である。
(近くに僕の行動を監視している人がいる)と、直感し、背筋に冷たいものが走った。

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