takes place after the 2nd episode "嵐を呼ぶ瀬戸内の謎!" of
the 38th part,
I own no rights to "水戸黄門", no copyright infringement is intended.
なにを捨て なんのため愛すのが 生きること
―― Yutaka Ozaki, 1988
「助さんはあそこでなにを?」
誰にともなく言いながら新助が立ち上がった。返事を期待しているのではない証しに、そのまま助三郎の方へ歩き出そうとする彼を、格之進は呼び止めた。
「新助」
「へい?」
「すわっていろ」
と言って格之進は自分が立ち上がる。新助の両肩をぐいと押して強引にすわらせると、木陰で思い思いの石にすわって寛いでいる一同に背を向けて、格之進は陽射しのなかへ歩き出した。
彼らは、今朝発った赤津の旅籠に用意してもらった握り飯で昼食を終え、しばし休んでいるところだ。
ご老公のお相手をする志保の隣では、新助がなにやら忙しく捲くし立て、お娟と共にそれを聞いていた格之進だったが、その実ほとんど聞いてはいなかった。
一方、早々に飯をおえた助三郎はご老公に断って辺りを散策にゆき、いまは川べりの草むらに腰を下ろしていた。藍の着物と手拭いの白が草の中に見え隠れしている。
気持ちよく晴れた日だ。
空が青い。白く、透けるような半月が浮かんでいる。
「助さん」
歩きながら少し離れた位置から呼ぶと、彼はごく普通に振り向いた。
「おう、格さん」
青々とした草のなかで、その顔には笑みがあった。
その笑顔に勇気づけられて、格之進は大またに足を進める。
「もう行くか?」
「いや、ご隠居はまだお休みだ」
「そうか」
と助三郎がうなずいたときに、格之進は助三郎の隣に行きついて、膝を折った。
その動きの間に、すでに助三郎は視線を川面へ戻している。
「助さん」
もう一度、格之進は呼んだ。
助三郎が黙ってこちらを見る。
目が合って格之進は笑顔を浮べたのだが、それが多分にぎこちないものだと自分でもわかった。不器用なのだ。ともかく、格之進は尋ねた。
「なにを見ていた?」
「川だ」
そりゃ川だろうさ、と思いながら、質問を変える。
「では、なにを考えているんだ」
小首を傾げた助三郎は、
「…まあ、いろいろとな」
「助さん」
思わず、格之進は吐息と一緒に名前を呼んだ。
「それは答えになっておらん」
「そうだろうか」
と助三郎はもう一度、首を傾げた。
「そうだとも」
格之進が語尾を強く言うと助三郎は少し声を出して笑ったが、それ以上はなにも言わずに、そのまま顔を川の方へ向けてしまった。
片膝をついた姿勢だったので、格之進はどさりと音を立てて草の上に腰を下ろし、助三郎と同じように胡坐をかいた。
そんな格之進の所作にも、助三郎は注意を向けなかった。疎んでいるふうでは決してない。どちらかといえば、上の空なのだ。助三郎は水の流れを…いや、水際の草が風に揺れる動きを見るともなしに眺めている。
あのとき俺は、と、その横顔のまつ毛でちらちらと光っている埃の粒を睨むように見て、格之進は思った。
あのとき俺は、なぜもっと助三郎の気持ちを察するということをしなかったのだろうか。
あの旅籠の一室で、あのとき。
赤津藩の血気に逸った若い侍たちや山内志保の決意と、それを止めようとした助三郎の、その経緯を、彼自身から告げられたときのことだ。
「それは違うぞ、助さん」
と、のっけから、格之進は糺すような声で言った。
「兄を殺され、藩を奪われそうになっている志保殿の、命を捨てるという覚悟はわかるだろう…!」
筆を置いて振り向きながら言った格之進は、助三郎の口元に、ぐっと力が入るのを見た。それでも、同じ口調で言葉を続けた。
「藩を召し上げられそうになっている若者が、命を捨ててかかろうというのもわかる」
それが武士の武士たる所以というものだ。そんなことに疑問を覚え、彼らを止めたという助三郎に、格之進は苛立ちというよりもむしろ、どこか不安を覚えていたのかもしれない。
格之進の言葉を聞くうちに助三郎の表情はすっかり固くなっていたが、格之進はきっぱりと断じた。
「安易に止めるのは間違っている」
すっと、助三郎の頬から血が引いた。
「それじゃ格さん…!」
と立ち上がった彼は既に激していた。
「俺たちはなんのためにこんな遠くまでやって来たんだ!赤津藩を救うためだろう!?」
助三郎の声はひどく、もどかしげだった。必死だった。
「なにもしないうちにみんな死んでしまってもいいと言うのか!?」
刹那、首筋が熱くなった。格之進がにわかにかっとしたのは、助三郎の言葉そのものではなく、むしろ彼が声を荒げたからだ。滅多にあることではない。
「そんなことは言っておらん!」
込み上げた腹立ちに任せて声を荒げ、格之進も立ち上がった。
「俺は、志保殿の気持ちや、侍が命を捨てるとはどういうことか、ただそれを言っているだけだ!」
感情に任せ、頭で考えるより前に、そう言い放っていた。
助三郎は反論しなかった。激昂した感情をもてあまし、痛みを堪えるような、どこか失望のような、複雑な視線で一瞬だけ格之進を見つめたが、すぐに顔を背けて目を閉じた。体中の理性をかき集めて冷静になろうとするように、彼は大きく、息をついた。
格之進が助三郎と声を荒げて言い争ったのは久しぶりだ。
あの場は、ご老公が治めた。赤津と花崎の戦も回避できた。が、以来、どうも二人はぎこちない。少なくとも格之進はそう感じている。
「助さん」
しばらくして、格之進は呼んだ。
「怒っているのか」
その言葉に、助三郎が格之進を見た。意外そうな顔をしていた。
「怒る?」
「ああ」
「俺が?」
と、ますます意外そうな、怪訝そうな表情を助三郎は浮かべたが、それこそ格之進には意外だった。
格之進が黙っていると、真っ直ぐに格之進の目を見て、助三郎は尋ねた。
「俺が、なにを怒っているというんだ」
なんとなく格之進は目をそらしてしまいながら、
「わからないのか」
と笑ってみせた。
「わからん」
と、助三郎。見当がつかないという顔だった。
格之進は当惑する。
「…赤津でのことだ」
呻くように、言った。眉を寄せたのは、陽射しが眩しかったからだけではない。
「口論に、なっただろう」
ああ…と溜め息のように、助三郎はうなずいた。すぐに首を左右に振って否定した。
「怒ってなど」
目が川面に向けられる。
「そうだろうか」
格之進は視線を落として膝頭を見た。助三郎がこちらを見る気配を感じたが、顔を上げなかった。
川べりは陽射しで満ちている。背の高い草は濃い緑で、かぐわしい匂いがした。まだ熱い空気に、涼しげな水音が満ちている。
しばらくの沈黙を経て助三郎が呼んだ。
「格さん」
「このところ、素気ないだろう」
「格さん…」
心外そうだった。それから助三郎は考えるふうに、言葉をつづけた。
「格さんがそう感じていたのなら、詫びねばならんのは俺だ」
え、と格之進は視線を上げて、彼を見た。
「すまない」
と助三郎が言った。
「助さん…!やめてくれ」
格之進は思わず、非難めいた声を出していた。助三郎に先に謝られては、立つ瀬がないと感じるからだ。
格之進はあのときのことを少々後悔している。
自分の言ったことは間違っていないと、いまも思うのだが、なにもあんな言い方をする必要はなかったと悔やむのだ。
兄、または友を亡くし、藩を憂う志保や赤津藩士たちの気持ちを慮るなら、なぜ、その前に助三郎の気持ちを察してやれなかったのだろう。親友である助三郎の悲しみや迷いを、辛い気持ちを思いやることなく、どうして、あんなふうに頭ごなしに批判し、反論してしまったのか。
ほかでもない俺が理解してやらずに、どうするのだ。
その思いに、格之進はきつく目を閉じる。
山内裕之進は助三郎の友人だったのだ。知っていたはずではないか。山内が助三郎にとっていかに大事な友だったかを。その出世を我が事のように喜び、誇ることのできる、そうした友だったのだ。
その友を、助三郎は殺された。力になろうと奔走しながら、結局、救えなかったのだ。
妹と藩の行く末を案じて、山内は死んだ。助三郎が、あとを託されたように思っていて不思議はない。戦を避けて、赤津藩も志保も無事であるようにというのが、山内の遺志ではなかったか。
だからこそ助三郎は、なんとしても戦を避ける道を模索していた。そのために、血気に逸る若者たちと志保を止めたのだ。
それを俺は…
ばかめ、と格之進は腹のなかで念じた。
「本当に、怒ってなどいないぞ」
格之進が長いこと黙していたのだろう。念を押すように助三郎が言った。
「だいたい、怒るも何もないだろう」
薄い笑いを含んだ口調だった。
「助さん」
助三郎はすっと息を吸い込んで、
「格さんはあのとき、正論を言ったまでだ」
と言った。彼は微笑を浮かべたが、それはすぐに風に吹かれるように、彼の顔から掻き消えた。
やはり、と格之進は思った。ばかめ、ともう一度、己を罵っていた。
助三郎は怒っていたのではない。むしろ、悲しかったのだ。
正論、と助三郎は言った。
己が往々に正論ばかりを杓子定規に延べて、融通の利かない性格であることは自分でも感じている。
そして、正論が、常に正しく、役に立つのではないことも、認めたくはないのだが、格之進も経験的に知るようになっていた。たとえば生真面目が常に善であるわけではないのと同じように、時に正論が人を傷つけ、事態を悪化させることもあるのだ。
だからといって、格之進にも曲げられない自分というか、信念のようなものがある。そもそも持って生まれた性格はそう簡単に変わるものでもない。
それでも、それでも格之進は、いまや自戒の念を禁じえない。
あのとき、あの状況下で、助三郎に突きつけた自分の言葉が武士としての正論であればあっただけ、助三郎を苦しめたのだと思うからだ。助三郎とて、その「正論」を百も承知の上で迷い、悩んでいたのだと、いまならばわかるからだ。
「すまなかった」
格之進が頭を下げると、助三郎はまず驚き、そして困ったような、情けないような妙な顔をした。彼は言った。
「格さんが詫びる必要などない。そう言ったではないか」
「ともかく詫びる」
「どうして」
「どうしてもだ」
「子供じみているな、格さんは」
そう言って助三郎は目を細めて笑ったが、それは決して明るい表情ではなかった。
長すぎる。しかもまだ本題に入っていない…
もしもここまで読んでくださった奇特な方がいたら、礼を云います。ありがとう。
続いてしまいます。
尚、回想のお二方の口論は無論、第2話から。よって台詞は桐花に帰属しません。
the 38th part,
I own no rights to "水戸黄門", no copyright infringement is intended.
なにを捨て なんのため愛すのが 生きること
―― Yutaka Ozaki, 1988
「助さんはあそこでなにを?」
誰にともなく言いながら新助が立ち上がった。返事を期待しているのではない証しに、そのまま助三郎の方へ歩き出そうとする彼を、格之進は呼び止めた。
「新助」
「へい?」
「すわっていろ」
と言って格之進は自分が立ち上がる。新助の両肩をぐいと押して強引にすわらせると、木陰で思い思いの石にすわって寛いでいる一同に背を向けて、格之進は陽射しのなかへ歩き出した。
彼らは、今朝発った赤津の旅籠に用意してもらった握り飯で昼食を終え、しばし休んでいるところだ。
ご老公のお相手をする志保の隣では、新助がなにやら忙しく捲くし立て、お娟と共にそれを聞いていた格之進だったが、その実ほとんど聞いてはいなかった。
一方、早々に飯をおえた助三郎はご老公に断って辺りを散策にゆき、いまは川べりの草むらに腰を下ろしていた。藍の着物と手拭いの白が草の中に見え隠れしている。
気持ちよく晴れた日だ。
空が青い。白く、透けるような半月が浮かんでいる。
「助さん」
歩きながら少し離れた位置から呼ぶと、彼はごく普通に振り向いた。
「おう、格さん」
青々とした草のなかで、その顔には笑みがあった。
その笑顔に勇気づけられて、格之進は大またに足を進める。
「もう行くか?」
「いや、ご隠居はまだお休みだ」
「そうか」
と助三郎がうなずいたときに、格之進は助三郎の隣に行きついて、膝を折った。
その動きの間に、すでに助三郎は視線を川面へ戻している。
「助さん」
もう一度、格之進は呼んだ。
助三郎が黙ってこちらを見る。
目が合って格之進は笑顔を浮べたのだが、それが多分にぎこちないものだと自分でもわかった。不器用なのだ。ともかく、格之進は尋ねた。
「なにを見ていた?」
「川だ」
そりゃ川だろうさ、と思いながら、質問を変える。
「では、なにを考えているんだ」
小首を傾げた助三郎は、
「…まあ、いろいろとな」
「助さん」
思わず、格之進は吐息と一緒に名前を呼んだ。
「それは答えになっておらん」
「そうだろうか」
と助三郎はもう一度、首を傾げた。
「そうだとも」
格之進が語尾を強く言うと助三郎は少し声を出して笑ったが、それ以上はなにも言わずに、そのまま顔を川の方へ向けてしまった。
片膝をついた姿勢だったので、格之進はどさりと音を立てて草の上に腰を下ろし、助三郎と同じように胡坐をかいた。
そんな格之進の所作にも、助三郎は注意を向けなかった。疎んでいるふうでは決してない。どちらかといえば、上の空なのだ。助三郎は水の流れを…いや、水際の草が風に揺れる動きを見るともなしに眺めている。
あのとき俺は、と、その横顔のまつ毛でちらちらと光っている埃の粒を睨むように見て、格之進は思った。
あのとき俺は、なぜもっと助三郎の気持ちを察するということをしなかったのだろうか。
あの旅籠の一室で、あのとき。
赤津藩の血気に逸った若い侍たちや山内志保の決意と、それを止めようとした助三郎の、その経緯を、彼自身から告げられたときのことだ。
「それは違うぞ、助さん」
と、のっけから、格之進は糺すような声で言った。
「兄を殺され、藩を奪われそうになっている志保殿の、命を捨てるという覚悟はわかるだろう…!」
筆を置いて振り向きながら言った格之進は、助三郎の口元に、ぐっと力が入るのを見た。それでも、同じ口調で言葉を続けた。
「藩を召し上げられそうになっている若者が、命を捨ててかかろうというのもわかる」
それが武士の武士たる所以というものだ。そんなことに疑問を覚え、彼らを止めたという助三郎に、格之進は苛立ちというよりもむしろ、どこか不安を覚えていたのかもしれない。
格之進の言葉を聞くうちに助三郎の表情はすっかり固くなっていたが、格之進はきっぱりと断じた。
「安易に止めるのは間違っている」
すっと、助三郎の頬から血が引いた。
「それじゃ格さん…!」
と立ち上がった彼は既に激していた。
「俺たちはなんのためにこんな遠くまでやって来たんだ!赤津藩を救うためだろう!?」
助三郎の声はひどく、もどかしげだった。必死だった。
「なにもしないうちにみんな死んでしまってもいいと言うのか!?」
刹那、首筋が熱くなった。格之進がにわかにかっとしたのは、助三郎の言葉そのものではなく、むしろ彼が声を荒げたからだ。滅多にあることではない。
「そんなことは言っておらん!」
込み上げた腹立ちに任せて声を荒げ、格之進も立ち上がった。
「俺は、志保殿の気持ちや、侍が命を捨てるとはどういうことか、ただそれを言っているだけだ!」
感情に任せ、頭で考えるより前に、そう言い放っていた。
助三郎は反論しなかった。激昂した感情をもてあまし、痛みを堪えるような、どこか失望のような、複雑な視線で一瞬だけ格之進を見つめたが、すぐに顔を背けて目を閉じた。体中の理性をかき集めて冷静になろうとするように、彼は大きく、息をついた。
格之進が助三郎と声を荒げて言い争ったのは久しぶりだ。
あの場は、ご老公が治めた。赤津と花崎の戦も回避できた。が、以来、どうも二人はぎこちない。少なくとも格之進はそう感じている。
「助さん」
しばらくして、格之進は呼んだ。
「怒っているのか」
その言葉に、助三郎が格之進を見た。意外そうな顔をしていた。
「怒る?」
「ああ」
「俺が?」
と、ますます意外そうな、怪訝そうな表情を助三郎は浮かべたが、それこそ格之進には意外だった。
格之進が黙っていると、真っ直ぐに格之進の目を見て、助三郎は尋ねた。
「俺が、なにを怒っているというんだ」
なんとなく格之進は目をそらしてしまいながら、
「わからないのか」
と笑ってみせた。
「わからん」
と、助三郎。見当がつかないという顔だった。
格之進は当惑する。
「…赤津でのことだ」
呻くように、言った。眉を寄せたのは、陽射しが眩しかったからだけではない。
「口論に、なっただろう」
ああ…と溜め息のように、助三郎はうなずいた。すぐに首を左右に振って否定した。
「怒ってなど」
目が川面に向けられる。
「そうだろうか」
格之進は視線を落として膝頭を見た。助三郎がこちらを見る気配を感じたが、顔を上げなかった。
川べりは陽射しで満ちている。背の高い草は濃い緑で、かぐわしい匂いがした。まだ熱い空気に、涼しげな水音が満ちている。
しばらくの沈黙を経て助三郎が呼んだ。
「格さん」
「このところ、素気ないだろう」
「格さん…」
心外そうだった。それから助三郎は考えるふうに、言葉をつづけた。
「格さんがそう感じていたのなら、詫びねばならんのは俺だ」
え、と格之進は視線を上げて、彼を見た。
「すまない」
と助三郎が言った。
「助さん…!やめてくれ」
格之進は思わず、非難めいた声を出していた。助三郎に先に謝られては、立つ瀬がないと感じるからだ。
格之進はあのときのことを少々後悔している。
自分の言ったことは間違っていないと、いまも思うのだが、なにもあんな言い方をする必要はなかったと悔やむのだ。
兄、または友を亡くし、藩を憂う志保や赤津藩士たちの気持ちを慮るなら、なぜ、その前に助三郎の気持ちを察してやれなかったのだろう。親友である助三郎の悲しみや迷いを、辛い気持ちを思いやることなく、どうして、あんなふうに頭ごなしに批判し、反論してしまったのか。
ほかでもない俺が理解してやらずに、どうするのだ。
その思いに、格之進はきつく目を閉じる。
山内裕之進は助三郎の友人だったのだ。知っていたはずではないか。山内が助三郎にとっていかに大事な友だったかを。その出世を我が事のように喜び、誇ることのできる、そうした友だったのだ。
その友を、助三郎は殺された。力になろうと奔走しながら、結局、救えなかったのだ。
妹と藩の行く末を案じて、山内は死んだ。助三郎が、あとを託されたように思っていて不思議はない。戦を避けて、赤津藩も志保も無事であるようにというのが、山内の遺志ではなかったか。
だからこそ助三郎は、なんとしても戦を避ける道を模索していた。そのために、血気に逸る若者たちと志保を止めたのだ。
それを俺は…
ばかめ、と格之進は腹のなかで念じた。
「本当に、怒ってなどいないぞ」
格之進が長いこと黙していたのだろう。念を押すように助三郎が言った。
「だいたい、怒るも何もないだろう」
薄い笑いを含んだ口調だった。
「助さん」
助三郎はすっと息を吸い込んで、
「格さんはあのとき、正論を言ったまでだ」
と言った。彼は微笑を浮かべたが、それはすぐに風に吹かれるように、彼の顔から掻き消えた。
やはり、と格之進は思った。ばかめ、ともう一度、己を罵っていた。
助三郎は怒っていたのではない。むしろ、悲しかったのだ。
正論、と助三郎は言った。
己が往々に正論ばかりを杓子定規に延べて、融通の利かない性格であることは自分でも感じている。
そして、正論が、常に正しく、役に立つのではないことも、認めたくはないのだが、格之進も経験的に知るようになっていた。たとえば生真面目が常に善であるわけではないのと同じように、時に正論が人を傷つけ、事態を悪化させることもあるのだ。
だからといって、格之進にも曲げられない自分というか、信念のようなものがある。そもそも持って生まれた性格はそう簡単に変わるものでもない。
それでも、それでも格之進は、いまや自戒の念を禁じえない。
あのとき、あの状況下で、助三郎に突きつけた自分の言葉が武士としての正論であればあっただけ、助三郎を苦しめたのだと思うからだ。助三郎とて、その「正論」を百も承知の上で迷い、悩んでいたのだと、いまならばわかるからだ。
「すまなかった」
格之進が頭を下げると、助三郎はまず驚き、そして困ったような、情けないような妙な顔をした。彼は言った。
「格さんが詫びる必要などない。そう言ったではないか」
「ともかく詫びる」
「どうして」
「どうしてもだ」
「子供じみているな、格さんは」
そう言って助三郎は目を細めて笑ったが、それは決して明るい表情ではなかった。
長すぎる。しかもまだ本題に入っていない…

もしもここまで読んでくださった奇特な方がいたら、礼を云います。ありがとう。
続いてしまいます。
尚、回想のお二方の口論は無論、第2話から。よって台詞は桐花に帰属しません。
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