From the 1st story "小藩を救え!いざ西へ" of the 38th part,
以下は劇中のワン・シーンを切り取って、桐花の勝手な解釈で小説っぽく書いたもの。
登場人物、脚本は桐花には帰属しません。
「助さん」
彼が脚絆を結び終えて立ち上がったとき、格之進は呼んだ。
「忘れ物はないか」
「ない」
旅装に身を包んだ助三郎が振り向いた。憎らしいくらい、晴れやかで明るい表情をしている。
それで思わず格之進は、
「真っ直ぐ上屋敷へ向かうんだろうな?」
草履を引っ掛けて三和土に降りながら、畳み込むよう言った。
すると助三郎はそれには応えず、興味深そうに格之進の顔を見て別のことを言うのだった。
「どうも格さんは、俺の世話を焼く嫌いがあるな」
と。
「お前がときおり妙にいい加減だったり、羽目を外したりするからだ」
格之進の口調は自然と強くなっている。眉をひそめて、言葉をつづけた。
「江戸で問題を起こさないでくれよ?」
「人聞きの悪いことを言うなぁ」
と、助三郎は笑った。
「俺がいつ、問題を起こしたって言うんだ」
「そうは言っていないが…」
格之進は苦々しく言った。こういう自分がどこか面映くもある。どうしてこう言わなくてもよい、親のような口を利いてしまうのかと自分でも不思議に思う。
一方、左手の手甲を整えている助三郎はすでに格之進の言葉を気にしていない。一切の支度を終えた彼は、上がり端に置いた平陣笠を手に取った。江戸へ行くのが嬉しいのだ。そのわくわくした気分が格之進にも伝わってくる。
「例の友人に会いに行くんだろう?」
格之進は尋ねてみた。
山内裕之進とかいった。瀬戸内の小藩、赤津の江戸詰め藩士のことだ。
「ああ」
ごく簡単に、助三郎がうなずいた。
「そのつもりだ」
先だって、その助三郎の友人は江戸の留守居役に昇進したらしいのだが、それを知らせる文を受け取ったときの助三郎の喜びようは大変なものだった。友の昇進を我がことのように喜び、その友人がいかに優秀で素晴らしい友なのかを、ご老公と格之進に熱心に語ったのだ。
自分でも多少呆れるが、その様子に格之進が嫉妬を覚えたほど、そのときの助三郎は嬉しそうで、その友人のことを誇っていた。
もっとも、助三郎が江戸行きを喜んでいる理由は、山内裕之進だけではないはずだ。
堅物で面白味のない格之進と違って助三郎は柔軟性に富み、大らかで人好きさせる性質だ。だから交友範囲が広い。上屋敷にも、あるいは中屋敷や下屋敷の藩士にも、それにどこそこの道場にだって、会いたい友や仲間がいるはずだった。
久しぶりに彼らに会い、語ったり酒を飲んだりできることが、助三郎は嬉しいのだろう。
「そう言えば、」
と助三郎が思い出したように格之進を見た。
「なんでもいま江戸で流行っている酒があるらしい。土産に買ってくるから、戻ったら一杯やろう」
格之進は笑顔になる。
「ああ、それは楽しみだな…!」
もう心はすっかり江戸へ向いているかのような助三郎の一言が、格之進はうれしかった。
そのとき中庭で騒がしい物音と、頓狂な新助の声がした。
覗くと、どうやら鶏を捕らえようと格闘していて転んだらしい新助にお娟が駆け寄るところだった。
新助は相変わらずだ。ご老公だけでなく格之進にも助三郎にも、笑顔をもたらす。
「なにをやっているんだ…!」
ついつい笑ってしまいながら、格之進は陽だまりにいる二人のところへ出ていく。背後から、助三郎の柔らかな笑い声がついてきた。
「まったく…」
溜め息と一緒に言いながら格之進は、子供のように泥にまみれ、擦り剥いた肘に唾をつけながら泣き言を言う新助の汚れた膝をはたいてやる。
「あれ、助さん」
新助が助三郎を見て、素っ頓狂な声を上げた。
「これから江戸へ?」
「ああ」
と、助三郎は笠を掲げて見せた。いつもの見慣れた町人旅装ではない、彼の武士の旅装姿は妙に清々しく見える。
「お供しやしょうか」
鶏のことも転んだこともすっかりさて置いて、新助は両手を揉みながら助三郎を見上げた。その表情から、なにを期待しているかは見え見えである。
「新助」
格之進は大仰に溜め息をついてみせる。
「助さんは物見遊山に行くのではないぞ。大日本史編纂の大事な資料を受け取りに、江戸の上屋敷へ出向くのだ」
仰々しく言いながら格之進は助三郎を見た。
その視線を受けて助三郎がうなずいたとき、格之進は、自分が新助に言ったというよりもむしろ、助三郎に釘を刺していたような気がした。
「そうは言っても助さんのことですからねぇ」
と、新助が言う。
「ん?」
どういう意味だ、と言いたげに助三郎が反問した。
そのときには、格之進も助三郎も縁側に現われ、庭へ降りてくるご老公を視界の端に見ていた。
気づかない新助がつづけた。
「鬼の居ぬ間のなんとやら、なんて…」
「鬼とは、わたしのことですかな?」
言いながらご老公が近づいてくると、驚いて飛び上がった新助はそれこそ子供のように、助けを求めてお娟の背に回った。
助三郎までが少しばかりばつの悪そうな顔をしているのは、新助の言葉が遠からず当たっているからかもしれない。
「いや、あの…その…」
返答に困る新助は、お娟の背後で小さくなった。
そんな新助に微笑したご老公は、それから眩しそうに目を細めて助三郎を見た。
「助さん。では頼みましたぞ」
「は」
朗らかに助三郎がうなずく。
「ちょうどよい折りですので、昌平黌で共に学んだ友人と旧交を温めて参ります」
勢いよく、彼は言った。
「ああ、それは楽しみですな」
ご老公の顔で、波紋が広がるように笑みが大きくなる。
「たしか、瀬戸内赤津藩の留守居役に昇進した友だと言っていましたな」
「は、」
うなずく助三郎は、新助顔負けの子供のような表情を浮かべていた。
助三郎にこういう顔をさせる男について、いったいどんな人物なのかと格之進は思わざるを得ない。
果たして助三郎は、俺の話を誰かにすることがあるんだろうか、とも思う。あるとすればそのとき、助三郎はどんな顔をしているのだろう。どんなことを、語るのだろう。
そんな格之進の思案のうちにも、
「それでは」
と、助三郎はご老公に頭を下げて踵を返した。
空気が動いた。助三郎が動いたからだ。
「お気をつけて!」
明るいお娟の声がすでに歩き出している助三郎を追いかけた。
「おう!」
と手にした笠を上げて見せるだけで、颯爽と、助三郎は出かけていった。残像のように、明るい笑顔だけをあとに残していった。
以下は劇中のワン・シーンを切り取って、桐花の勝手な解釈で小説っぽく書いたもの。
登場人物、脚本は桐花には帰属しません。
「助さん」
彼が脚絆を結び終えて立ち上がったとき、格之進は呼んだ。
「忘れ物はないか」
「ない」
旅装に身を包んだ助三郎が振り向いた。憎らしいくらい、晴れやかで明るい表情をしている。
それで思わず格之進は、
「真っ直ぐ上屋敷へ向かうんだろうな?」
草履を引っ掛けて三和土に降りながら、畳み込むよう言った。
すると助三郎はそれには応えず、興味深そうに格之進の顔を見て別のことを言うのだった。
「どうも格さんは、俺の世話を焼く嫌いがあるな」
と。
「お前がときおり妙にいい加減だったり、羽目を外したりするからだ」
格之進の口調は自然と強くなっている。眉をひそめて、言葉をつづけた。
「江戸で問題を起こさないでくれよ?」
「人聞きの悪いことを言うなぁ」
と、助三郎は笑った。
「俺がいつ、問題を起こしたって言うんだ」
「そうは言っていないが…」
格之進は苦々しく言った。こういう自分がどこか面映くもある。どうしてこう言わなくてもよい、親のような口を利いてしまうのかと自分でも不思議に思う。
一方、左手の手甲を整えている助三郎はすでに格之進の言葉を気にしていない。一切の支度を終えた彼は、上がり端に置いた平陣笠を手に取った。江戸へ行くのが嬉しいのだ。そのわくわくした気分が格之進にも伝わってくる。
「例の友人に会いに行くんだろう?」
格之進は尋ねてみた。
山内裕之進とかいった。瀬戸内の小藩、赤津の江戸詰め藩士のことだ。
「ああ」
ごく簡単に、助三郎がうなずいた。
「そのつもりだ」
先だって、その助三郎の友人は江戸の留守居役に昇進したらしいのだが、それを知らせる文を受け取ったときの助三郎の喜びようは大変なものだった。友の昇進を我がことのように喜び、その友人がいかに優秀で素晴らしい友なのかを、ご老公と格之進に熱心に語ったのだ。
自分でも多少呆れるが、その様子に格之進が嫉妬を覚えたほど、そのときの助三郎は嬉しそうで、その友人のことを誇っていた。
もっとも、助三郎が江戸行きを喜んでいる理由は、山内裕之進だけではないはずだ。
堅物で面白味のない格之進と違って助三郎は柔軟性に富み、大らかで人好きさせる性質だ。だから交友範囲が広い。上屋敷にも、あるいは中屋敷や下屋敷の藩士にも、それにどこそこの道場にだって、会いたい友や仲間がいるはずだった。
久しぶりに彼らに会い、語ったり酒を飲んだりできることが、助三郎は嬉しいのだろう。
「そう言えば、」
と助三郎が思い出したように格之進を見た。
「なんでもいま江戸で流行っている酒があるらしい。土産に買ってくるから、戻ったら一杯やろう」
格之進は笑顔になる。
「ああ、それは楽しみだな…!」
もう心はすっかり江戸へ向いているかのような助三郎の一言が、格之進はうれしかった。
そのとき中庭で騒がしい物音と、頓狂な新助の声がした。
覗くと、どうやら鶏を捕らえようと格闘していて転んだらしい新助にお娟が駆け寄るところだった。
新助は相変わらずだ。ご老公だけでなく格之進にも助三郎にも、笑顔をもたらす。
「なにをやっているんだ…!」
ついつい笑ってしまいながら、格之進は陽だまりにいる二人のところへ出ていく。背後から、助三郎の柔らかな笑い声がついてきた。
「まったく…」
溜め息と一緒に言いながら格之進は、子供のように泥にまみれ、擦り剥いた肘に唾をつけながら泣き言を言う新助の汚れた膝をはたいてやる。
「あれ、助さん」
新助が助三郎を見て、素っ頓狂な声を上げた。
「これから江戸へ?」
「ああ」
と、助三郎は笠を掲げて見せた。いつもの見慣れた町人旅装ではない、彼の武士の旅装姿は妙に清々しく見える。
「お供しやしょうか」
鶏のことも転んだこともすっかりさて置いて、新助は両手を揉みながら助三郎を見上げた。その表情から、なにを期待しているかは見え見えである。
「新助」
格之進は大仰に溜め息をついてみせる。
「助さんは物見遊山に行くのではないぞ。大日本史編纂の大事な資料を受け取りに、江戸の上屋敷へ出向くのだ」
仰々しく言いながら格之進は助三郎を見た。
その視線を受けて助三郎がうなずいたとき、格之進は、自分が新助に言ったというよりもむしろ、助三郎に釘を刺していたような気がした。
「そうは言っても助さんのことですからねぇ」
と、新助が言う。
「ん?」
どういう意味だ、と言いたげに助三郎が反問した。
そのときには、格之進も助三郎も縁側に現われ、庭へ降りてくるご老公を視界の端に見ていた。
気づかない新助がつづけた。
「鬼の居ぬ間のなんとやら、なんて…」
「鬼とは、わたしのことですかな?」
言いながらご老公が近づいてくると、驚いて飛び上がった新助はそれこそ子供のように、助けを求めてお娟の背に回った。
助三郎までが少しばかりばつの悪そうな顔をしているのは、新助の言葉が遠からず当たっているからかもしれない。
「いや、あの…その…」
返答に困る新助は、お娟の背後で小さくなった。
そんな新助に微笑したご老公は、それから眩しそうに目を細めて助三郎を見た。
「助さん。では頼みましたぞ」
「は」
朗らかに助三郎がうなずく。
「ちょうどよい折りですので、昌平黌で共に学んだ友人と旧交を温めて参ります」
勢いよく、彼は言った。
「ああ、それは楽しみですな」
ご老公の顔で、波紋が広がるように笑みが大きくなる。
「たしか、瀬戸内赤津藩の留守居役に昇進した友だと言っていましたな」
「は、」
うなずく助三郎は、新助顔負けの子供のような表情を浮かべていた。
助三郎にこういう顔をさせる男について、いったいどんな人物なのかと格之進は思わざるを得ない。
果たして助三郎は、俺の話を誰かにすることがあるんだろうか、とも思う。あるとすればそのとき、助三郎はどんな顔をしているのだろう。どんなことを、語るのだろう。
そんな格之進の思案のうちにも、
「それでは」
と、助三郎はご老公に頭を下げて踵を返した。
空気が動いた。助三郎が動いたからだ。
「お気をつけて!」
明るいお娟の声がすでに歩き出している助三郎を追いかけた。
「おう!」
と手にした笠を上げて見せるだけで、颯爽と、助三郎は出かけていった。残像のように、明るい笑顔だけをあとに残していった。
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